45.家
孤児院から帰宅した時には、すっかり外は暗くなっていた。
俺はフィレンツェ街のイスフィール家に帰るたび、どこか安心するようになっていた。
ここが俺の我が家。その意識が強くなっている。
「ただいま戻りました~!」
両手に余ったモチを持って玄関を開けるも、返事が帰ってこない。
(あれ……? この時間はまだ起きてるよね。夕食もまだだろうし)
「レーモンさん? ウルク?」
(……おかしい。誰も居ない)
暗闇の中、食堂に足を踏み入れると────パチンッと音が響いた。
「アルト! 男爵おめでとう!」
「わっ! ウルク⁉ それにみなさんも揃って……何を?」
イスフィール家のみんなと、レア王女もそこには居た。
「アルト様! 王都に居た時は滅尽の樹魔の騒ぎで、お祝いどころじゃなかったですから! 今日はアルト様のために最高級料理と……じゃーん! 巨大ケーキをご用意しました!」
並べられた料理の数々と、四段重ねになっている大きなケーキが食堂にはあった。
「こんな立派なケーキまで……」
「ちゃんと祝ってなかっただろ。私が考案したんだ……ん? おいレア……このケーキの上に乗ってる二人の像はなんだ?」
「はい? あぁ、それですか。それは私とアルト様のウェディング像ですが、何か?」
「何かじゃないだろ……」
ため息を漏らすウルク。
静かにウェディング像を撤去する妹の姿に苦笑しながら、フレイが近寄ってきた。
俺はフレイに背中を押され、席に座った。
「主役がぼーっとしててどうするのさ。ほら、座りなよ」
「フレイ、王都の学校は大丈夫なの?」
「数日くらい大丈夫だよ。それに、ヴェインを助けてくれたアルトにちゃんと感謝も言えなかっただろ?」
ヴェインって確か、滅尽の樹魔の戦いで一緒に居た金髪の子だ。
フレイをライバル視して、必死に努力しても届かないから嫌いって言ってたっけ……。
「あれから、ヴェインが変わってさ。この前なんて、俺と剣の稽古したいなんて言い出したんだよ」
フレイが笑顔を見せる。
そっか……関係も良くなったらしい。
同年代の友達が欲しいって前から言っていたから、フレイは嬉しいのだろう。
「アルトのお陰さ」
「俺は何もしてないよ。ヴェインが元々良い奴だっただけだよ」
「やっぱり君は優しいね」
俺は下を向いて微笑んだ。
ちょっとだけ恥ずかしかった。
みんなからお祝いされるなんて初めてだったから。
今まで誰からも祝福されたことなんてなかった。
「アルト? 下なんか向いてどうしたんだ?」
「いやその……俺に家族が居たら、こんな感じなのかな、って」
俺は赤子の頃にルーベド家に拾われ、親の顔も家族の温もりも俺は知らない。
ずっと憧れていた。
いつも蚊帳の外だった俺が、暖かい部屋で大事な人たちに囲まれている。
「ほっほっほ! 何を言っておるのかと思えば、家族じゃろ」
レーモンの声に、思わず顔をあげた。
「もう立派な家族じゃよ。アルトよ」
少しだけ泣きそうになった。
「はい! ありがとうございます!」
楽しく時間を過ごしたのち、ウルクが俺に話しかけてくる。
「アルト、大丈夫か? 泣きそうだっただろ」
「本当? 隠してるつもりだったんだけど」
「バレバレだ。前も言っただろ? アルトは顔に出やすいんだ」
俺をよく知っているウルクには、叶わないな。
「明日、冒険者ギルドで依頼を受けるんだが、一緒に来てくれないか?」
「良いけど、どうして?」
「最近、ここら辺でAランクの魔物、黒鬼人が出現するらしいんだ。私は大丈夫だと言ったんだが……みんながダメだと言ってな。アルトが居たら、きっと文句は言えないと思うんだ」
「なるほど……うん、大丈夫だよ」
黒鬼人は大きく強靭な肉体で、身の丈のある武器を使う魔物だ。Aランクの冒険者がパーティーを組んで倒すような魔物だ。ウルク一人で遭遇したら危険すぎる。
「そ、そうか! 久々に二人きりでいけるなっ……!」
確かに、最近は二人っきりになることはない。
ウルクとの時間は俺にとっても大切なものだ。
ウルクはいつもより張り切った様子でグッと握りこぶしを作ると「よしっ!」と言っていた





