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11:剣聖の娘



 ある日の事、イツがいつものように広場で子供達と遊んでいると、村の門に馬車がやって来た。高価な装飾が施されており、屋根には角を生やした馬の飾りが載せられている。当然子供達はその存在に釘付けになり、わーっと集まり始める。イツもここまで村にふさわしくない物が現れた事には多少気になり、一歩離れた所からその様子を伺った。すると馬車の操縦席に座っていた男性が降り、イツの方に歩み寄りながら手を振って来た。


「やぁ、イツちゃん。久しぶり」

「其方は、あの時の騎士か……」


 それは以前コージスが獣の森に迷い込んだ事件の時に出会った騎士の男であった。優しい満面の笑みが似合い、以前とは違う新品の鎧を着込んでいる。


「また来るとは言っていたが、存外早かったな」

「あははは、君の話をしたら僕のご主人様が是非会いたいって言っててね……前に言っただろう? 会わせたい人が居るって」

「ああ、そうだったな」


 確かにそう言っていたが、まさかここまで連れてくるのが速いとは思わなかった。どうやら騎士が仕えている主はかなり気が早いらしい。

 ふとイツは馬車の方に視線を向ける。すると丁度扉が開き、そこからお姫様のような可憐な少女が現れた。


「ふん、その子なの? マーシュ」

「ええ、アリス様。彼女が前に話した、イツちゃんです」


 ウェーブの掛かった月のように綺麗な金色の髪を腰まで伸ばし、長いまつ毛にキリッと引き締まった茶色の瞳。スタイルも良く、制服のようなピシっと整えられた白色の服を着こなした少女。その姿にイツはどこか見覚えがあった。


「私と大して歳は変わらなそうだけど……あんた、本当に魔物を倒したの?」

「問を投げかける前に名乗ったらどうだ?」

「むっ」


 イツは話す前にまず自己紹介をしよう、という要領で言葉を述べたのだが、冷たい表情と言葉遣いから挑発しているようにも聞こえ、アリスは見るからに不満げな表情を浮かべる。すると慌てて騎士のマーシュがその間に入った。


「ごめんごめん、イツちゃん。この方は僕が仕えている人で、アリス・レイハーツ様。イツちゃんと同じ十四歳だよ」


 マーシュがそう説明すると、アリスは腕を組んでふんぞり返る。見るからにお嬢様のような態度だ。従者が居る事から恐らく本当に地位の高い家柄なのだろう。そこでふと、イツはある事に気が付く。


(む……レイハーツ?)


 聞き覚えのある言葉にイツは首を捻る。すると周りの子供達も覚えがあるのか、ざわめき始めた。


「ふん、こんな田舎の子でも流石に知ってるみたいね。そうよ、私の父はレイヴ・レイハーツ。最強の八英雄である〈剣聖〉よ。そして私はその娘、アリス・レイハーツ」


 途端に子供達の間からどよめきの声が上がる。

 まさかの八英雄の一人、剣聖の子供がこの村にやって来たという事に、皆様々な反応を示した。


「ええっ? あの剣聖様の子供!?」

「すげー! てことはやっぱり剣聖様みたいに強いのかな?」

「当たり前だろー。だって八英雄の子供なんだぞ! 絶対強いって」


 剣聖と言えば八英雄の中でも特に活躍し、多くの功績を残した戦士として語り継がれている。おまけに幼い子供達がこぞって剣が好きな為、八英雄の中でも剣聖に憧れる子供達は多かった。


「け、剣聖様の子……」

「…………」


 あの剣聖好きとして知られるコージスですら驚きで言葉を失い、いつもの強気な姿勢はどこ吹く風だった。そんな中、イツは変わらず無表情のままアリスの事を見つめていた。


「ふん、貴女はあまり驚かないみたいね」

「……否、これでも面食らっている」


 イツはあまり表情が変わらない為、何も感じていないと誤解されがちだが、彼女もしっかりと驚いていた。むしろ自分のよく知る人物に子供が出来ていたという事に衝撃を受け、呆然としていたくらいだ。見た目は普段と全く変わらない表情のままだったが。


(レイヴの娘……そうか、あいつ、子をもうけていたのか……)


 考えれば予想出来る事なのだが、いざ目の当たりにすると衝撃を受けてしまう。イツはかつての同志を頭の中に思い浮かべながら改めてアリスの方に視線を向けた。


(あれから何年も経つのだ。当然と言えば当然か……だが、うむ……確かにあいつとよく似ている)


 先程アリスの容姿に身に覚えがある気がしたが、よく見れば確かに彼女の容姿は父親のレイヴと一致する部分がある。特にキリッとした目つきなどはよく似ていた。それが何だか懐かしく、ついイツの口元が緩む。


「ふっ」

「あっ、ちょっ、何笑ってるのよあんた! 失礼な奴ね!」

「いや、失敬」


 色々と懐かしい事を思い出してしまい、思わずイツは笑みを零してしまった。アリスは顔を真っ赤にしてそれに抗議するが、そんな姿も父親と似ており、更にイツは笑いそうになってしまった。


「もう……本当にこんな奴があの鬼刃様と同じ〈無国刀流〉の使い手なの?」

「……む?」


 疲れたように額に手を当てながらアリスがふと言葉を零す。それに反応し、イツは彼女が視線を向けているマーシュの方を見た。すると彼は優しく微笑んで頷く。


「ええ、間違いありません。彼女の実力は本物ですよ。アリス様」

「…………」


 マーシュからの言葉を聞いて何かを考えこむようにアリスは目を細める。そしてイツの腰に携えている二本の刀を見つめた後、こほんと咳払いしてから改めてイツの前に立った。


「確か、イツって言ったわよね?」

「うむ。紛れもなく、私がイツだ」


 綺麗な茶色の瞳がイツの事を覗き込む。何かを探しているようなその視線は、イツの鋭い感覚にひしひしと伝わって来た。何か答えを求めているようだ。それが何かは当然イツにも分からないが。

 するとアリスは一歩イツへと近づき、指を突き出す。そして口を開くと、突拍子もない事を言い出した。


「あんた、私と勝負しなさい。真剣でね」









「何故こうなったのだ?」

「ごめんね。イツちゃん。アリス様のわがままで……」


 気が付けばイツは村の平原に立っていた。いつもならそこは子供達の遊び場なのだが、今そこで遊んでいる子供は一人も居ない。代わりに皆一列に並び、対峙しているアリスとイツの事を見守っていた。


「別に其方には刀の恩があるから構わんが、何故彼女は私との仕合を望む?」


 イツは素朴な疑問をマーシュに投げ掛ける。

 いくら自分が無国刀流の使い手と聞かされたと言っても、こんな辺境の村に住む小娘。わざわざ剣聖の子が相手にするはずもないだろう。そう彼女は考えていた。

 するとマーシュはアリスの方に視線を向けながら口を開いた。


「アリス様は、とても強いお方なんだ。剣聖様のご息女なだけあって才能豊富で、毎日剣聖様に鍛えられてる。今じゃその実力は並みの冒険者じゃ敵わないくらい」


 確かに、イツもアリスの佇まいからその実力の高さは薄っすらと感じ取っていた。まず間違いなくそこらの子供とは戦いへの意識が違う。既に自分の事を、明確な敵と認識して精神を集中させている。戦いを知っている者の目だ。


「だからアリス様は強敵との戦いを望んでいるんだ。例えば、八英雄の一人〈鬼刃〉様と同じ〈無国刀流〉を使うイツちゃんとかね」

「成程……合点いった」


 要するに彼女は無国刀流を体験してみたいという事だ。強さを求める者にとって他者の戦い方は何よりも有力な情報になる。それが八英雄が使っていた流派となれば、例え辺境の村でも出向く価値はあると判断したのだろう。


「ならば断わる理由はない。私も、〈剣聖〉の子と戦える事は至極光栄だ」

「ありがとう、イツちゃん」


 イツはそう言って刀をぶら下げている紐を締め直し、腰にしっかりと携える。マーシュも感謝してからその場を離れ、いよいよイツとアリスの戦いが始まろうとしていた。


「がんばれー! イツー!」

「アリスさまもがんばれー!」


 横からは子供達の応援の声が飛んで来る。だが意識を集中させている二人はただ静かに見つめ合い、微動だにしなかった。すると、おもむろにアリスが口を開いた。


「父さんから稽古をつけてもらってる時、毎日のように聞かされたわ……」

「……?」


 唐突な発言にイツは意識を集中させたまま耳を傾ける。アリスはどこか不機嫌そうな、それでも懐かしそうに空を見上げながら語った。


「鬼刃様がどれだけ強かったか、どれだけ頼もしく、その刃が美しかったのかを」


 どうやらレイヴはあれから何年経とうと自分の事を慕ってくれていたらしい。子供に言い聞かせる程。その事に喜びを感じながら、イツはアリスのその複雑な感情を抱いている瞳を見逃さなかった。


「そんな鬼刃様と同じ流派の使い手があんたなんて、私はそう簡単に信じないわよ」

「相分かった。ならば、実力で証明してみせよう」


 いよいよアリスは戦闘態勢に入り、背負っていた長い包みの中から己の武器を取り出した。それを見てイツは目を丸くする。


「……! 槍?」

「剣聖の子だから剣を使うと思った? 私の得物は、これよ」


 それは真っ白で鋭く長く伸びた槍だった。それを器用に回転させながら構え、アリスは二ッと笑ってみせる。


「剣聖の娘、アリス・レイハーツ。行くわよ」


 アリスは名乗り、ザンと片足を前に突き出す。槍を下に向けて構えながら、いつでも戦える姿勢を取った。するとイツも鞘から二本の黒刀を引き抜き、構えを取る。


「我が名はイツ。我が刃は悪を討ち、邪を滅する。我が刃に一点の曇りもなし……いざ尋常に、勝負」


 相手がどんな武器を使おうとも関係ない。己は常に最高の刃を振るう為に、最大限の力を発揮するのみ。イツはそう意識を切り替えた。その直後、アリスは槍を前に突き出して跳躍する。


「せえぇぇい!!」

「……ッ!」


 初手から鋭い一撃。すぐさまイツは身体を仰け反らせてそれを回避する。するとアリスはそのまま身体を回転させ、槍を横に振るってイツに叩きつけようとした。それを二本の刀で防ぎ、受け流す。


(速い……俊敏性もある。よくも目が回らずここまで動けるものだ)


 攻撃を流されてしまったアリスはそれを利用し、槍を地面に突き立てる。そして身体を浮かすと、その長い脚でイツを蹴りつけた。体勢を崩し、イツは無防備になる。


「むっ……」

「くらえ!」


 その隙を逃さず素早くアリスは地面に着地し、突き刺していた槍を引き抜いてその勢いのまま振り抜く。眼前に槍が向かってくるが、イツは動揺する事なく地面を蹴り、宙を舞ってその槍の一撃を回避した。


「ふん、中々動けるようね。だったら、これはどう?」


 華麗に着地するイツを見ながらアリスはそう言う。すると彼女は槍を低く構え、イツを狙いすますように先端を向けた。


「〈閃光の一撃グリントショット〉!!」


 次の瞬間、槍が光り輝きながら飛び出す。そのままアリスは槍を思い切り突き出し、槍の先端がイツの目の前まで迫って来ていた。それを見てイツは反射的に刃を振り上げる。


「無国刀流、〈やいばまい〉」


 ガァンと鈍い音を立てながら火花が散り、アリスの槍が弾かれる。アリスは手に痺れを感じながらすぐに飛び上がり、イツから距離を取った。


「……! 私の渾身の一撃を、防いだ……!?」

「良い突きだ。だが踏み込みが足りんな」


 技としては悪くない一撃。速さも十分。だが突きを放つ時、もうあと一歩踏み出せば槍を更に遠くまで伸ばす事が出来るだろう。イツは冷静にアリスの技をそう分析しながら、次の攻撃に備える。


「良いわ……だったらあっと驚く技を見せてあげる」


 イツに確かな実力がある事が分かると、アリスは二ッと笑った。すると今度は槍を肩に乗せて構え、アリスはイツに向けて狙いを定める。


「〈閃光の轟グリントブラスト〉!!」


 次の瞬間、雷鳴のような轟音が鳴り響くと同時に純白の槍がイツに向かって放たれた。


「ーーーー!」


 まさか唯一の武器を手離すとは思っていなかった為、イツは予想外の攻撃に驚く。だがすぐに身体は反応し、二本の黒刀を振り上げ、槍を上空に打ち上げた。突如、宙に影が舞う。それはアリスだった。一瞬の内に距離を詰め、弾いた槍を受け止めて見せたのだ。


「これで終わりよ!!」

「…………」


 そのまま落下を利用してアリスは槍を振り下ろす。だがイツは動揺する事なく、振り上げた刀を交差させ、正面から槍を受け止めた。


「否、まだ未熟」


 そして勢いよく刀を払い、アリスを吹き飛ばす。アリスの細い身体はクルクルと宙を回転し、地面に落下した。


「なっ……!?」


 地面にぶつかる間際に体勢を入れ替え、アリスは何とか着地する。だが槍を地面に突き刺して支えにし、怯んでいる様子を見せた。


(な、なに今の一撃……? あの攻撃に反応したって言うの……!?)


 アリスは目を疑う。槍を投げてからの追撃。これを初手で対応出来る者は中々居ない。だがイツはそれを完全に読み、完璧に対応して見せた。そんな事を自分と同じ歳の子がしている、という事実がアリスは信じられなかった。

 するとイツは感触を確かめるように刀を払い、コクコクと頷くと口を開いた。


「其方の動きは把握した。もう十分……詰め手は整った」


 その綺麗な蒼色の瞳でアリスの事を見ながら、イツは堂々とそう宣言する。そして二本の刀を交差させて鞘に収めた。


「其方は二手で詰む」


 カチン、と音がなる。同時にアリスは意味が分からなそうに口をぽかんと開け、次の瞬間不愉快そうに顔を歪めた。一方でイツは相変わらず感情の色を見せない無表情のまま、静かにアリスの事を見つめていた。



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