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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -アノコロノキミハ-

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金髪の少年

 七月、それは太陽を最も恨めしく思う季節。


 七月はこのクラリスに生きる普通の者にとっては、迫り来る気温の上昇に辟易し始める時期である。

 しかしながら、クラリスの王立士官学校の生徒にとっては、別の大きな意味合いを持つ月である。つまり彼等にとっては、監獄のような士官学校から開放され、夏季休暇へと突入する月である。


 それ故、この時期を彼らのあるものは家族と過ごし、またあるものは友人と過ごし、別のあるものは恋人と共に甘い時間を過ごす。

 そんな個々人毎に、変化に富む過ごし方を送る中で、ユイ・イスターツは先に述べたいずれにも当てはまらぬ過ごし方を送ることとなる。



「たしかここだって聞いていたけど、一体どこに入口があるんだよ?」

 しばらく前から建物の入口を探すために、黙々とその広大な敷地を囲う高い塀の周りを、ユイはだらだらと歩き続けていた。


「やっぱり僕には向かないんじゃないかな……こんなすごい家初めてみたし、作法なんてわからないし、だいたい人にものを教えるって僕には向いて――」

「危ない、避けて!」

「はい?」

 ぶつぶつと愚痴を呟やきつつ歩いていたユイの頭上から、突然若い少年の声が発せられると、ユイは慌てて視線を上げる。すると彼の真上から、見たこともない金髪の少年が、彼に向かって飛びかかるかのように、空から降って来た。


「ぐふっ!」

 その少年は何とかユイを避けようとしてバランスを崩すと、そのままユイの肩口あたりに落下する。そんな想定外の出来事に、ユイはなす術なく、彼ごと地面へと叩きつけられた。


「いつつつっ……」

「ご、ごめん。兄ちゃん大丈夫かい?」


 ユイは突然の走った背中の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、目の前で心配そうな表情を浮かべるオールバックの金髪の少年を目にした。

 そして少しずつ痛みが治まってくると、多少残存する痛みに顔をしかめつつも、ゆっくりと体を起こし、その少年に向かって口を開いた。


「あいたたた……ええっと、君が空から飛んできたのかい? 他人の体に飛び乗ってはいけないって、親から怒られたことは無いのかい?」

「えっと、確かに兄ちゃんの上に飛び降りたのは俺だけど、親父からそんなこと言われたことはねぇよ……っていうか、ゴメンな兄ちゃん」

 その少年は、ややぶっきらぼうな物言いをするが、さすがに悪いことをしたという気持ちはあるようで、申し訳無さそうな表情を浮かべると、再度謝罪を口にする。


「まぁいいよ。それで、一体何をしていたんだい?」

「うん、俺はそこの塀を中から飛び越えようとしてたんだ。で、勢い良く飛び越えたまでは良かったんだけど、まさか下を歩いている人がいるなんて思ってなくてさ」

 金髪の少年は苦笑いを浮かべながら、オールバックにセットした髪を手櫛で後ろに流す。


「はぁ……それはまた。今度からはちゃんと確認してから、塀は跳ぶようにしたほうが良いよ。というか、普通に出入り口が家にはあるんだから、そこから出入りをしなさい」

「はは、ちょっと事情があって、出入り口は使えなくてね。とはいえ、兄ちゃんゴメンな。ほんと普段は、この辺を歩いている奴なんていないから、まさか兄ちゃんがいるとはね。というか兄ちゃんはなんでこんなところを一人で歩いていたんだい?」

 この貴族の屋敷が連なる一帯を、歩いて移動するものなど普段はあまり存在しない。その為、珍しいものを見るような視線でユイの全身を観察していく。


「ん、僕はこのお家に用があるんだけど、なかなか入り口が見つからなくてね。それで入口を探している最中なんだ」

「ああ、この屋敷ね……そうだなぁ、この塀を乗り越えるのが一番早いんだけどなぁ」

 少年のその言動から、塀を飛び越えることに関して、この少年が常習犯であることをユイは確信する。


「君はこの家の関係者だと思うから、別にいいのかもしれないけど、僕がそれをやったらただの侵入者だよ……」

「はは、それもそっか。じゃあ、兄ちゃんにはひどいことしちゃったし、ローザとの約束にもまだ時間があるから、兄ちゃんさえ良ければ入口の近くまでは案内してやるよ」

「本当かい、ならお願いしようかな」

 ユイは入り口が見つからず、そろそろ諦めて帰ろうか悩んでいたところであった。ただ勝手に帰った場合、アーマッドから口うるさいことを言われそうな予感を感じ、彼は少年の申し出を素直に喜んだ。


「お安い御用だって。じゃあ、俺に付いて来な」

 金髪の少年は、ニヤリと笑みを浮かべると、ユイを先導するように前を歩き始める。ユイは頭を掻きながら、ゆっくりとその後を追いかけて行った。


「それで兄ちゃん、この家に何のようなんだい?」

「いやぁ、なんかアルバイトを押し付けられてしまってね。それで今日の夕刻までにこの家に来いと言われていたんだけどねぇ」

 アーマッドに押し付けられた仕事に関し、ユイはあまり乗り気ではないためか、彼は大きく肩を落としつつそう説明する。


「へぇ、バイトねえ。まあ、兄ちゃん体弱そうだからあんまり無理な仕事を押し付けられるようだったら、断ったほうがいいよ」

「そうかな……うん、君の言うとおりだ。無理そうな仕事だったら断ることにするよ」

 少年の提案に対し、ユイは思わず苦笑いを浮かべると、そう返答する。


「へへ、そうそう。わざわざあんな石頭の命令を受けてまで、キリキリ働く必要はないってね。おっと、そんなこと言っているうちに到着したよ」

 塀の曲がり角のところで足を止めると、左の方向を親指で指し示しながら、その少年はそう口にする。


「ん、その角を曲がった所に入口があるのかい? 入り口まで案内してくれるって言ったけど」

「あ……いやぁ、入り口のところを今通るのは、色々と都合が悪くてね。申し訳ないけど、ここからは一人でいってくれないかな」

 少年はやや弱った表情を浮かべながら、ユイに向かってそう告げた。


「ああ、構わないよ。ここまで案内してくれただけでも助かったからね」

「そうかい、こっちこそ、さっきはゴメン。じゃあ、兄ちゃん、またな!」

 そう口にした少年は、ユイに向かって片手を振ると、そのまま走り去っていく。そしてその場に一人残されたユイは、頭を一度掻くと、先ほど教えてもらった入り口へと足を進めていった。




「ああ、イスターツ君。待っていたよ」

 入口の門を通過し、門を警備していた私兵に案内され屋敷の中へと通されると、その玄関には既にアーマッドがユイの到着を待っていた。


「ああ、すいません。こんな大きな家は初めてだったもので、すっかり迷ってしまって」

「はは、そうだったのかい。まぁ、この家は大きいからねぇ」

「ええ、それで困っていたところを、変わった少年に案内してもらったんです。しかしまあ、ここまで大きいとは思いませんでしたよ」

「そりゃあ、一応この国でも有数の貴族の家だからねぇ、ここの家は。ともかく、これからは何度も足を運ぶことになるんだし、次からは迷わないでくれよ。それじゃあ、中へと行こうか」

 アーマッドは苦笑いを浮かべながら、ユイに向かってそう告げると、先を行くように屋敷の中を歩き始める。ユイははぐれないように、慌ててその後を追いかけていった。


「それでアーマッド先生……今からどちらへ向かうのですか?」

「ああ、取り敢えず当主に挨拶してもらおうと思ってね。今日は一日屋敷にいるみたいだから、まず挨拶からと思ってね」

 当主に挨拶するという言葉を耳にした瞬間、ユイは嫌な予感を感じ、わずかに頬を引き攣らせる。


「当主っていいますと……それって、あのライン大公のことですよね。四大大公の一人の」

「そうだよ。ああ、そういえばおじさん偉い人だからね。初対面なら緊張するのも無理ないか」

「いや、緊張などとか、そんな次元じゃなくてですね……」

 クラリス王国は王族を頂点とし、その貴族階級はピラミッド型に構築されている。そしてライン公の正式な爵位名である大公という階級は、王族を除く貴族階級ではその最上位に位置している。そうした大公の地位にある四つの家を四大大公家と呼んで、他の一般貴族とははっきりと区別されていた。

 そんな高位の貴族にあったことのないユイは、真剣にアーマッドの依頼を受けたことを後悔すると、とたんに足が鉛のように重く感じ始める。


「あ、ここだよ、ここ。ジェナードおじさん、連れて来ましたよ」

 アーマッドはノックをした上で、軽い口調で部屋の中の人物にそう語りかける。すると僅かの間の後に、口ひげを生やし立派な身なりをした壮年が、ドアの内側から姿をみせた。


「アーマッド、遅いではないか。すっかり待ちくたびれたぞ。それで、例の人物はどいつだ?」

「はは、申し訳ありません。紹介させて頂きますと、彼が今度エインスの家庭教師を任せるようと思い連れて来た、ユイ・イスターツ君です」

「どうも、ユイ・イスターツと申します」

 そう言ってアーマッドが名前を紹介したタイミングで、ユイもジェナードに向かって頭を下げる。するとジェナードは胡散臭そうな表情を浮かべながら、ユイの足元から頭の先までを値踏みするように目を通していく。


「……まぁ、立ち話も何だ。取り敢えず中に入りたまえ」

「では、失礼します」

 二人を中へと招くジェナードの勧めに従って、ユイはアーマッドの後ろに続いてジェナードの執務室へと足を踏み入れる。その部屋は華美ではないものの、厳選された家具が取り揃えられ、上級貴族の名に恥じないほど厳かな部屋であった。

 ユイは見慣れない部屋をきょろきょろ見回しながらも、アーマッドに従う形でジェナードの腰掛けたソファーと同じデザインの対側に設置されたものに腰掛ける。


「それでアーマッド……非常に若く見えるのだが、彼が本当に今回紹介してくれる男なんだろうな?」

「ええ、彼で間違いありませんよ。予め資料は送っておいたと思うのですが、もしかしてお読みになられませんでした?」

 アーマッドは首を傾げると、そうジェナードに向かって返答する。


「もちろん読んださ。だが、あの資料に書かれた人物と、目の前の人物がどうしても同一人物だと結びつかなくてね」

「……先生、どんな資料を渡したんですか?」

「ん? いや、普通に君のことを、客観的に評価した資料を送っただけだよ」

 話の流れから、アーマッドの渡した資料の内容に一抹の不安を感じたユイは、彼に向かって詰め寄る。しかし、アーマッドはなんでもない事のように、苦笑いを浮かべると、彼の問いかけをあっさり流してしまう。


「アーマッド……お前がそういうのなら、あの資料の人物がこのイスターツ君なのだろう。それは理解したが、果たして本当に彼で大丈夫なのか? 本人を前にしてこう言っては何だが、どうも覇気が弱く、女々しそうな印象を受けるんだが」

「はは、おじさんもそう思いましたか。実は僕も最初ユイくんを見た時は全く同じ印象を持ちましたよ」

 ジェナードのユイに対する素直な感想に、アーマッドも笑みを浮かべながらあっさり同意を口にする。一方、話題の当人であるユイは、別に否定する材料も無いかと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。

 そんな頼りなさ気なユイの反応を目にして、ジェナードは再び彼の適正に疑問を呈する。


「……正直なことを言うと、このイスターツ君にアイツを任すのは、いささか荷が重いのではないかと考えるのだが」

「いいえ。大丈夫ですよ、おじさん。彼なら、エインス君相手でも問題はないと思います」

 ユイが横にいるにもかかわらず、彼抜きで小競り合いをしているかのような二人の会話に、頭痛を感じると、ユイは家庭教師を引き受けるにしろ、受けないにしろ、この不毛な会話を一端終わらせ、話を進ませるために話題を移した。


「あの……つかぬ事を伺いますが、そのエインス君とは、一体どのようなお子様なのですか」

「一言で言えば糞ガキだよ……まぁ、当人に会わせて見たほうが早いか。すまないがローゼルフ、エインスのやつをここへ呼んでくれないか」

 ジェナードの背後に控えていた執事のローゼルフは、主人の依頼に対し、申し訳無さそうな表情を浮かべながら、彼の怒気を刺激しないよう、恐る恐る口を開く。


「……旦那様、それがですね」

「どうした、なにか問題があるのか?」

 言いづらそうな口ぶりのローゼルフに対して、ジェナードは訝しげな表情を浮かべると、彼に向かって話を促す。


「それが……実はエインス様なのですが、実は先ほどより行方がわからなくなっておりまして。部屋も確認させて頂いたのですが、既にもぬけの殻でございました」

「全く、どこをほっつき歩いているんだ、あの馬鹿は。ならば、すぐにでも屋敷の中を探させろ」

 額に青筋を浮かべながら命令を口にする主人に対し、ローゼルフはすぐさまその場を離れようとする。しかし、彼が離れるのを静止するように、向かいに座っていたユイはなぜか弱った表情を浮かべながら、ジェナードに向かって口を開いた。


「あの……ちょっとよろしいですか」

「何かね?」

 ユイからの発言は初めてであったこともあり、このタイミングで自らに話しかけてくる理由が思い浮かばなかったジェナードは、やや冷たい目線で彼を見つめる。


「その、エインス君でしたっけ……もしかして彼は金髪の髪を後ろに流してセットしていたりしませんか」

「確かにその通りだ。最近あの馬鹿は、私に反抗するかのように、そんなふざけた髪型をしておる。ん? なぜ君がそれを知っているんだ。以前にあいつにあったことでもあるのかね?」

 ユイの話した人物像が、エインスと完全に一致していることに、ジェナードは疑念を抱くと、ユイは気まず気な表情を浮かべながら、先ほどの出来事を口にする。


「以前といえば、以前といえるかもしれませんが……実はつい先ほどこの御屋敷の塀の周りで道に迷っていましてね。そうして塀の周りを彷徨うように歩いていたのですが、その際に突然塀の上から私の頭上へと降って来た少年がいましてね」

「……あの馬鹿息子め。また勝手に家を飛び出しおったのか!」

 ジェナードは思わず頭を抱えると、怒りを隠すこと無くエインスのことを罵る。


「と言う事は……やはり彼が?」


「その通りだ。その金髪の糞ガキこそが我が愚息、エインスだ」

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