麒麟児を継ぐもの
「はぁ、はぁ……どうだ。見たか、ユイ! 貴様に勝つために編み出した、この俺の新しい技を」
魔力切れによる全身疲労のためか、肩で息をしながらどうにか立ち上がったリュートは、ユイを見つけるとまっすぐに彼に向かって歩み寄る。
「え、正直にそれを言ってしまっていいのかい?」
切り札を見せておいて今更隠すというのも変な話であるが、それでもなおこのように正面から告げてくるとは思いもしていなかったため、ユイはおもわず面食らった。
「当然だ。卑怯な貴様と異なり、この俺には何一つ隠すことなど無い。今度こそ真正面から貴様を倒してやるぞ!」
「倒す倒さないはともかく、異なる種の魔法を二つ同時使用……か。正直言って、驚いたよ」
「ほう、やはり貴様も気づいたか。次に俺と戦う時こそが貴様の敗北の日であると」
ユイの発言を受けて右の口角をわずかに吊り上げたリュートは、自信ありげにそう言い放った。
一方のユイは、頼んでもいない商品を注文したこととされた気分となり、憂鬱げに頭を掻く。
「……あのさ、君と戦うことが既定事項になっているみたいな脳内設定は捨ててくれるかな」
「ふん、まあせいぜい首を洗って待っておくんだな」
「だからさ……まあいいか。それより、リュート。今回の本題に関してなんだけど、ちょっといいかな?」
未だに自分との再戦を諦めないリュートに呆れながら、ユイは話の矛先を変える。
「本題? 一体、なんの話だ?」
「いや、今日の戦いは家庭教師をする実力があるかどうかを試すための模擬戦であってさ、戦い自体はオマケだったんだけど……そのことは覚えているかい?」
ユイの言葉を受けたリュートは一瞬考えこむも、元々はそんな話であったと思いだしてすぐに返答する。
「ああ、そう言えばそうだったな。魔法を教えるという話か」
「そうそう。それでその生徒なんだけど、こちらの彼さ」
ようやく本題に入れたため、ユイはニコリと微笑むと、彼の隣に立つエインスを紹介する。
「リュート先輩、今後よろしく頼むぜ」
「ふむ、君が俺が教える相手か。まず他人にものを頼む時、特に目上に物事を依頼するときはもう少し言葉遣いをちゃんとすべきだな。そして挨拶する際は自己紹介からと習わなかったか? ……ああ、そう言えば君はユイの教え子だったな。ならば仕方ないか」
眼前の黒髪の男のだらしなさを理解し始めていたリュートは、そのあたりの教育をユイに求めても無駄であったであろうことを理解する。
一方、先ほどの戦いの際に、対戦相手にあまり目上としての敬意を払っていなかったように感じたユイは、苦笑しながら話を進めた。
「はは、ごめんね。じゃあ僕がかわりに紹介するよ。彼の名前はエインス・フォン・ラインさ」
「ふむ、エインスか……ん? ライン……だと」
ユイの紹介を耳にしたリュートは、一瞬何かの聞き間違えかと思い、思考を停止する。
しかしそんな彼に向けて教え子となる当人は、あっさりとした口調で自らの立場を説明するため口を開いた。
「ああ、俺はライン家の長男だけど……それがどうかしたのか?」
「一つ尋ねてもいいか? 先ほど俺が、いや私が戦った相手は、君の御父上だったと思うが、それは間違いないだろうか?」
「ああ。あそこで情けなく這いつくばっているのは、間違いなく俺の親父だぜ」
間髪入れずに帰ってきたエインスの答えに、リュートは表情を凍りつかせると、素知らぬ素振りを見せる黒髪へと視線を向けた。
「ライン家の長男の父親……おい、ユイ」
「ん、なにかな?」
「あそこで這いつくばっている……もとい、大地に横におなりになっている御方に関してなのだが、まさかとは思うが……」
脳内にある最悪の仮定。
それが事実である可能性はすでに限りなく高いと思われた。しかし、一縷の望みをかけて、彼はユイへと問いかける。
だがそのリュートの願望は、あっさりとしたユイの言葉によってたちどころに断ち切られることとなった。
「ああ、ライン公のこと? うん、あの人がジェナード・フォン・ライン大公その人だよ」
「お、お前! そんなこと一言もいっていなかったじゃないか!」
「いやぁ、言おうとは思っていたんだけどね。ほら、君がすぐにどっかに行っちゃうから言いそびれてさ。はは、ごめんね」
そう口にすると、あまり悪びれた様子もなくユイは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
すると、そんなユイを目の当たりにして、リュートの顔は一度青くなった後に、急激に真っ赤となった。
「イスターーーツ!」
丑三つ時のライン大公家。
その主の部屋に、主人以外の男の姿が一つ存在した。
「それで如何でしたか、リュート・ハンネブルグは?」
「アーマッド……貴様が年寄りの冷や水は止せというのが、ただの嫌味でなかったことがわかったわ」
目の前の甥を憎々しげに睨みつけながら、ジェナードは素直に自らの敗北を認める発言をする。
「はは、そうでしょう。正直言って、私も彼に勝てるのかと問われると即答はしかねますから」
「貴様にはムリだろう。何年、実戦から遠ざかっていると思っている」
「よりにもよって、それをおじさんが言いますか。でもまあ、お互い大して差はありませんがね。どちらにせよ、勝負するまでくらいは互角のつもりでいさせてくださいよ」
ジェナードの指摘に対し、アーマッドは肩をすくめながら受け流すようにそう返答する。
「ふん、それは負けたわしに対する嫌味か?」
「はは、彼があまり大したことのない学生ならそうかもしれませんが、あのリュート・ハンネブルグを、そう魔法科の麒麟児を相手にして、嫌味のつもりでこんなことは言いませんよ」
苦笑しながらアーマッドがリュートの二つ名を告げると、ジェナードは驚きとともにその目を見開く。
「魔法科の麒麟児……だと」
「ああ、お気づきになりましたか? ええ、今代では彼がその名を受け継いでいるのですよ」
あっさりとしたアーマッドの答えに対し、ジェナードは思わず息を呑む。そして何かに納得したかのようにひとつ頷くと、ゆっくりとその口を開いた。
「……ふん、だとすればわしはもう何も言わん。ただ、あの人の名を継ぐのであれば、今の彼ではまだ力不足だと思うが? まあ、負けたわしが言うのも何だがな」
「さて、どうでしょうか。現段階では確かに先代のほうが上でしょうが、今後の成長によっては……何しろ腕の磨きがいがある生徒が揃っていますからね、今年の新入生君達には」
笑みを浮かべながらアーマッドがそう告げると、わずかに苦い表情となったジェナードはある人物の名を上げる。
「イスターツのことか……」
「ええ、彼もその一人です」
「彼も? まだ他にもおるのか?」
思わぬ回答を耳にしてジェナードは驚き、そしてアーマッドに向かって問い返した。
「はい、もう一人。まず間違いなく、士官学校の歴史において右に出る者のいない剣士がおりまして」
ある赤髪の陸軍科の生徒を想起しながら、アーマッドはそう口にする。
「歴代最高の剣士、魔法科の麒麟児の名を継ぐ者、そしてユイ・イスターツ……か。ふん、貴様が軍官僚へ戻ることを延期したという噂が本当だと、たった今確信したわ」
「できることなら彼らをもうしばらく見ていたい。そして叶うなら彼らの行く末もです。それが麒麟児の名を継ぐことができなかった、しがない一教師の夢ですよ」
ジェナードの言葉に対して、あえて否定は行わず、自らの口にしたいことだけをアーマッドは告げる。
「お前はもともと戦略科だから継げるわけなかろう。ともあれ、最初にあのイスターツを連れて来られた時はどうなるかと思ったが……ふん、多少は貴様に感謝せねばならんようだな」
「今回の麒麟児君に関しては、イスターツくんが勝手に連れてきたと聞いています。私への感謝は不要ですよ」
「しかし麒麟児……か。まさか親子二代続いて、魔法科の麒麟児に後輩として世話になろうとはな。これは運命というものか、それとも……」
ジェナードはそう口にすると、手元にあったウイスキーを一息に飲み干す。
そして眉間に深いしわを刻むと、決して影さえ踏むことが出来なかった、とある先輩の若き日の姿がその脳裏に映しだされていた。
そう、今はアズウェル・フォン・セノークという名を名乗る、偉大なる魔法士の姿を。




