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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -キミノユウジンハ-

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譲れないもの

 十一月。

 クラリスの大地は次第に寒さを増し始め、そして山々の木々は次第に枯れ木も散見され始める時期。


 そんな気候のまっただ中でライン家の広い庭の中では、黙々と木剣を振るう金髪の少年と、寒さに震えながら椅子に腰掛けてぼんやりしている気だるげな黒髪の青年が存在していた。


「千四十一、千四十二……先輩、いつまでこれを続けるんだい?」

「ん? そりゃあ、腕が上がらなくなるまでさ」

 強い一陣の風が吹き付け、寒さのためか自らの体を抱くような仕草をとると、ユイはなんでもないことのようにそう答える。


「おいおい、本気かよ。いつも先輩は言ってるじゃないか、精神論じゃ強くなれないって。なのに、なんでこんな精神修行みたいな訓練をさせるんだよ」

「精神修行で強くなれないって言うのは、まあその通りなんだけどね。でも今はさ、無駄な体の力を抜いた状態できちんとした型を作る時期だから。要するに、体が程々に疲れた今の状態こそが、自然な剣筋を身につけるのに適当なんだよ」

 再び寒さに体を震わせながらユイがそう答えると、エインスはいまいち納得のいかないと言った表情を浮かべる。


「何となく言っていることはわかるんだけどさ……でも先輩、さっき風が吹くまで、椅子に腰掛けたまま寝てなかったか?」

「はは……そんなことはないよ、たぶん。うん、目を閉じて君の素振りの音を聞いていただけさ」

 椅子に腰掛けて目をつぶったままのユイは、苦笑いを浮かべながらそう答える。


「なんだかなぁ……まあそう言うことにしとくけど、そろそろ日も暮れるしさ、いつものをする時間じゃないか?」

「ああ、確かに日が暮れてきたね。じゃあ、模擬戦をするとしようか。ふむ今日はどうするかな……」

 一日の最後にはエインスの強い希望もあって、必ず模擬戦をして終わる。それが剣技の指導を始めてから、二人の間での取り決めであった。

 寒い中で体を動かすことが億劫であったユイは、気乗りのしない表情を浮かべながら、ライン家の倉庫から引っ張り出してきた数種類の武具を見比べる。

 その彼の視線の先には剣、槍、ハルバードなどと言った数種類の木製の武具が存在していた。


「昨日はハルバードで叩きのめされたんだよな。その前は槍だったし。先輩は何でも使えんのかよ」

「何でも使える訳じゃないさ。僕にも得手不得手はあるよ。ただ実際の戦場では自分の武器が破壊されれば、手近にあるものなら何でも使用しなければならない。敵が使っていた斧であろうが、地面に落ちている石であろうがね。というわけで、いずれ君にも剣以外のものも最低限はたしなんでもらうよ」

「なんか、既に戦場を経験したみたいな口振りだよな、先輩」

 ユイの口振りに違和感を感じたエインスは、首を傾げながらそう口にする。


「いや、そんな話を聞いたことがあると、そんなところかな、たぶん。まあそれはともかく、今日はいろいろ持ってきたけど、久しぶりに無手にするとしようか」

「へぇ、良いのかい? いくら先輩が強いと言っても、俺も少しは剣に慣れてきたんだぜ」

 ユイが武器を手にしないと耳にして勝機を感じ取ったのか、エインスはニヤリと笑う。

 そんな彼の表情を目にしたユイは、苦笑しながら二度頭を掻いた。


「まあ、下手に槍あたりよりは得意だしね。それに寒いから今日は早く終わらせたいし……じゃあ、いくよ」

「ちょ、え、またいきなりかよ!」

 言葉を発すると同時に、一瞬で間近まで距離を詰めたユイに対し、エインスは抗議の声を浴びせると、間を取る意味も含めて慌てて剣を横一文字に薙払う。


「ふむ……悪くない反応だ。先日は面食らって何もできなかったけど、成長の跡が見受けられるね」

 明らかに当てるつもりのないエインスの剣撃であったが、それでもユイの前進を止めるには有効であった。そのエインスの対応を目にして、ユイは逆に嬉しそうな笑みを浮かべる。


「さすがに二度目だからな。先輩の汚いやり口はだいぶわかってきたよ」

「うんうん、それは良いことだ。だけどこれはどうかな、それ!」

 そう口にした瞬間、ユイは足下の砂を蹴り上げる形で、砂をエインスの顔めがけて飛ばす。


「なっ!」

 予期せぬユイの行動に、エインスはとっさに顔を両手で庇った。

 すると次の瞬間、一気に間合いを詰めたユイにより、彼は目を庇うために使った左腕を捕まれる。


「よいしょっと」

 腕をねじ上げるような形で、ユイはエインスの左腕を極めると、そのまま彼を地面へと転ばせる。そしてそのままうつ伏せに組み敷くと、エインスの左足を膝で曲げさせて自らの両太股で挟み込み、ユイは腕を決めていた左腕でエインスの顔をロックした。



「ちょ、先輩、ギブ、ギブギブ! これはやばいって」

 痛みに顔を歪めたエインスは、限界だとばかりに必死にユイの左腕をタップする。

 そんなエインスの行動を受けて、ユイは彼を解放すると、わずかに衣服に付いた砂をパンパンと払った。



「寒いから少し運動してもいいかなと思ったけど、思ったよりも暖かくならないものだね。とはいえ、あまり汗をかいていたら、後で逆に冷えちゃうから、これくらいで十分なのかな」

 ユイは再び吹き付けてきた強い風に体を震わせると、溜め息混じりにそうつぶやく。

 一方、極められた関節の痛みがまだ引かないエインスは、苦痛混じりの表情を浮かべながら、ユイに向かって負け惜しみを口にした。


「くそ、また先輩の卑怯な手にやられた!」

「卑怯?」

 悔しそうな様子のエインスに向かい、その発言の内容をユイは聞き咎める。

 すると、すぐに観念した表情になり、エインスは両手を上へと上げた。


「わかってるよ、戦場に卑怯もくそもないっていうんだろ」

「いや、別にそこまで言うつもりはないけどさ。卑怯な手を使わずに済むなら使わない方がいいし。それに今のはまだ常識的な範囲の策だと思うんだけどなぁ」

「……先輩のつかう常識って言葉は、一度言葉の定義を考え直した方がいいと思うぜ。マジで」

「そうかい? やっぱりあれくらい普通だと思うんだけど」

 ゆっくりと大地に手をついて立ち上がったエインスは、呆れ気味に口を開くと、ユイはその発言に首を傾げる。


「くそ! しかし戦場を想定して戦うんなら、今日は俺も魔法を使えば良かった」

「いや、別に使っても良いけどさ。でも、今は剣技の訓練なんだから、それを中心に模擬戦はして欲しいかな。魔法を組み合わせる機会は、またいずれ作るからさ」

「なんか不公平な気もするけど、先輩も魔法を使わないからな。仕方ない、しばらくは剣だけで相手してやるよ」

「なんか君の口振りだと、僕らの立場が逆な気もするけど……まあいいか。あ、魔法で思い出したけど、今度魔法の実習の時だけは別の講師を連れてくるから」

 言い忘れていたとばかりに、苦笑いを浮かべながらユイがそう告げる。

 するとエインスは、とたんに眉間にしわを寄せて彼へと問い返した。


「講師? 先輩が教えてくれるんじゃねえのか?」

「あれ、前に言ったこと無かったっけ? 僕はほとんど魔法使えないんだよ。もちろん基本的な理論など座学は僕が教えるけどさ、魔法の実戦だけは僕じゃできないからね」

「ふぅん、まあ別に良いけど、その連れてくる奴は俺を教えられるくらいにはつえぇんだろうな?」

 一番の懸念事項をエインスが口にすると、ユイはすぐに問題ないと答えかける。

 しかし彼がその言葉を発するよりも早く、彼らの後方から割り込むような大きな声が、二人の鼓膜を突然震わせた。


「おい、イスターツ! 中途半端なものにエインスの魔法を指導することは、ワシが許さんぞ!」

「あれ、ライン公……何時からそこにいらっしゃいました?」

「貴様が汚い手を使って、エインスを組み伏せたところからだ。いくら戦場の技だからと言って、まったく品がない」

 頭を掻いて苦笑いを浮かべるユイに対し、ジェナードは好意的とは言いがたい視線を彼にぶつけつつ、そう指摘する。


「はは。その点に関しては、まったくもって返すお言葉もありません」

「だが指導方針を変えるつもりはないと……つまりはそう言うことだな?」

 視線の強さを一層増しながら、ジェナードはユイに向かってそう問いかける。

 しかしその問いかけにユイが回答するよりも早く、横からエインスが口を挟んだ。


「親父……前にも言ったと思うが、ユイ先輩の方針以外の指導は――」

「わかっておる。別にこやつを首にしようといっておるわけではない。ルネにも怒られるしな……と、ともかくだ、たしかにこやつの指導は認めたが、勝手に連れてくる魔法士まで認めるとは言っておらん」

 エインスの発言を遮りながら、ジェナードはユイを睨みつけたままはっきりとそう宣言する。


「ふむ……では、どうしろとおっしゃられるのですか?」

「ワシも士官学校時代は魔法士ジェナードここにありとまで言われた男じゃ。わし直々にそやつのテストを行ってやる」

「おいおい、親父。年寄りの冷や水は危ないぜ」

 茶化すようにエインスがそう発言すると、ジェナードは視線をユイから彼へと移して叱責した。


「うるさい。わしに一度も魔法で勝ったことのないくせに、えらそうな口を利くな」

「ふむ、ライン公の魔法の腕はエインスより上手と……なら大丈夫かな。わかりました、では、来週にでも彼をここに連れてきますよ」

 聞かせたくない部分は口の中だけで呟きながら、ユイはジェナードに向かって受け入れる旨を表明した。


「いいじゃろう、来週じゃな。それで、そやつの名前はなんというのじゃ?」

 所詮は学生のユイが連れてくる相手だと高をくくったジェナードは、負けるなどという可能性を微塵も考えることなく、自信満々にそう問いかける。

 すると、講師として想定している男のフルネームをあやふやな記憶から引っ張り出し、ユイは僅かな間の後にその名を告げた。


「ああ、講師の名前ですか。えっと……リュート。そう、リュート・ハンネブルグと言う男です」


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