勝者と敗者と割烹着と
「ふふふ、どうだ我が店は。なにを勘違いをしたのか、あの馬鹿が賭けを申し込んできたが、まさに身の程知らずというべきだな」
自らのクラスの店を悠然と眺めやり、リュートは満足げな笑みを浮かべる。
突然黒髪の男が、どうせ勝負をするならちょっとした賭けをしないかと申し込んできたのが三日前。
負けた方は勝った者の言うことを一つきくといったシンプルな賭けではあったが、リュートとしては勝負事を嫌がるあの男からの申し出ということに若干の胡散臭さを感じてはいた。しかしながら自らの店に完全なる自信を有していた彼は、わずかばかりの迷いを振り切りその勝負を受け入れる。
そして今、繁盛したコーヒーショップを目の当たりにして、彼は勝利を確信していた。
「リュート君、あの……ちょっと伝えたいことがあるんだけど」
同じクラスに所属するセムランが、少し近寄りがたい笑みを浮かべるリュートに向かって、やや遠慮がちに声を掛けてきた。
上機嫌のリュートはどうしても溢れそうになる笑みを押し殺すよう努力しながら、彼の方へと向き直る。
「どうしたんだセムラン?」
「実に言いにくいことなんだけど、戦略科のクラスのことでちょっと伝えておいた方がいい話があって……」
「戦略科? もしやユイの奴が負けを認めて店を畳んだとかそう言った話か?」
目の前の光景に満足しきったリュートは、余裕の笑みを浮かべながらセムランへとそう問いかける。
しかしその問いを受けたセムランは、気まずそうな表情を浮かべ、あえて視線を外したまま口を開いた。
「いや、そうじゃなくてね……すごい人気なんだ。廊下で待っているお客さんが数珠繋ぎになるくらいに」
「な、なんだと!」
その言葉を耳にした瞬間、リュートは脇目もふらずその場を駆け出した。
そして廊下の人をかき分けながらまっすぐに戦略科のクラスへ向かうと、並みいる行列を無視して彼は部屋へと飛び込む。
「こ、これはどういうことだイスターツ! 貴様、今回は一体どんなズルをしたんだ」
「いや、いきなりズルといわれてもさ……」
次のお客さんに届けてもらうための注文をお盆の上に乗せ、給仕に手渡そうと調理場から姿を現したユイは、迷惑なクレーマーを発見すると渋々彼の対応を引き受ける。
「む! 何だその怪しげな飲み物は、貴様良くないものを客に飲ませているのではないだろうな!」
ユイが手にするお盆の上に、怪しげな緑色の飲み物が乗せられていることに気づいたリュートは、険しい表情を浮かべるとユイへと詰め寄る。
すると目の前の男の対応にめんどくささを感じたユイは、もっとも簡便にリュートを納得させる方法として、手にしている緑色の飲み物とお菓子を彼へと提供することを提案した。
「いや、そんなことはしないけど……これを飲んでみるかい?」
「ふん、いいだろう。しかしなんだこれは、緑色の水とは実に気持ち悪い」
リュートはユイの手にするお盆の上から、緑色の液体の入ったコップを手にすると、しげしげとその中身を眺めた。
「母の故郷の飲み物でね、ちょっと葉っぱが手に入ったから、お菓子と一緒に提供してみることにしたのさ」
「所詮こんなもの、物珍しさだけの……な、何だこの香りは! しかもこの見たことのない菓子も、まったりとして……く、くぅぅ」
茶の隣にあったお菓子も勝手に手にとったリュートは、これまでに口にしたことのないこれらの品々に思わず唸ると、言葉を見失う。
そして悔しそうな表情を浮かべたまま、無言の内に全て完食すると、彼はユイをキッと睨みつけた。
「く、くそ。覚えていろ、イスターツ!」
「あ、代金……」
無料で提供したつもりはなかったユイは、捨てゼリフを残してそのまま飛び出していったリュートの背に向かい慌てて声をかける。
しかし彼の言葉が届くより早く、リュートの姿は見えなくなってしまった。
「食い逃げかぁ……やれやれ。まぁ、エインスの魔法授業を無料でこれからやって貰うんだ。これくらいはまけてあげるとしようか」
肩をすくめながらユイは苦笑いを浮かべると、誰に言うとも無くそう独り言をつぶやく。
すると、そんなユイの姿に気が付いた女性が、彼に向かって声を掛けた。
「ユイ君。これで一応、今回は君の勝ちと言うことでいいのかな?」
「ああ、協力ありがとうね。セシル」
背後からセシルの声を耳にしたユイは、笑みを浮かべながら彼女へと振り返る。
そのユイの視線の先にはきものと呼ばれる東方の衣服に身を包み、その上に東方風の白いフリルの付いたエプロンを着た美少女の姿がそこにあった。
先日のクルム事件の報酬として、彼らが密輸していた東方の茶を極秘裏にアーマッドから譲り受けることに成功したユイは、茶と和菓子をメインの出し物とした上で、如何にして客を店へと引きつけるかを考えていた。
そこで彼はあまり気は進まなかったが、母の遺品を探った上である男のもとを訪れることにする。
「ティレック。この辺りの服を使って、なんとかお客さんを呼べないかな?」
「ユイ……一応見てはやるが、メイド服以外に客を呼べる服なんてないさ」
王都一の服飾商人の次男であり、メイド服への愛を常々語り続ける男は、ユイの持ち込んできた服を、あまり興味なさげに順に確認していく。
しかしそんな彼の表情は、ある一枚の白い衣服を目にした瞬間、一変することとなった。
「おい、ユイ。こいつは何だ。一見エプロンのようにも見えるが……むぅ」
「ああ、それは割烹着と言ってね。調理をする際に母が使っていたものさ」
「カッポウギ? ふむ……待てよ。こいつにフリルを足して……ユイの持ち込んできた、このきものという服装と組み合わせれば……」
割烹着を手にしながら、ユイが隣にいることも忘れて突然ブツブツとつぶやきはじめたティレックは、その脳内で様々な服装の組み合わせを夢想する。
「ティレック……もしもし。そろそろ戻ってきてくれないかな?」
完全に自分の世界に入り込んでしまったティレックに向かい、ユイは困ったような表情を浮かべながら、彼に向かって声を掛けた。
すると、ハッとした表情になったティレックは、ようやくその意識を現実へと引き戻し、ユイに向かって熱く語りかける。
「ユイ、俺に任せろ。俺が最高のカッポウギを作り上げてみせる。だから、お前は女子達の説得を頼む!」
「あ……ああ。まあ、出来る範囲ではやってみるけどね。うん」
両肩をティレックに掴まれ、真正面から依頼を受ける形となったユイは、勢いに押される形で彼の頼みを引き受けた。
そうしてユイは手始めとして学年でも有数の美少女であり、クラスの女子達の中でも中心的人物であるセシルとラナの下を訪ねる。そして彼は東方風の喫茶店を行うことと、その際の服装として東方の標準的な服装の一つを採用することを彼女たちに説明した。
ラナは当初あまり乗り気ではなかったが、メイド服ではなくあくまで東方の標準的な服装をお店で採用するとユイから聞かされ、渋々といった体で納得する。そしてセシルもユイの頼みならと了承を示した。
こうして女子二人の同意を得たユイは、他の女子たちを切り崩していき、今回の文化祭の根回しを全て終える。
一方、ユイがそのような工作を行っていた頃、ティレックは王都一の服飾職人である父親に泣きついていた。
当初、息子の道楽に手を貸すことに難色を示した彼の父であるが、ティレックが持参してきた東方の衣服を目にするなり新たな商売の種の匂いを感じ取ったのか、むしろ積極的に彼の計画に加担することとなる。
こうして、ティレックは王都一である父親の工房の全面協力を得ることで、文化祭までに女子全員分の服を制作してのけたのであった。
「でも、ユイ君。本当に東方では、こんなの服装が標準的な格好なの?」
「さあ、どうなんだろう。いや、母親がたまに着ていたのを覚えているから、まあ特別な服ではないと思うけどね」
ティレックの趣向が大胆に加えられたため、既に母親が着ていた割烹着とはまるで別物になってはいたが、あえてその点には触れること無くユイはセシルに返答する。
すると、そんなユイの言葉を耳にしたセシルは途端に興味深そうな表情となった。
「え……つまりこの服って、もしかしてユイ君のお母様が着てたものと同じということなの?」
「厳密にはそのまま再現したわけじゃないから違うとは思うけど、それに近い服装をたまに母さんはしていたかな」
決して大量のフリルなんかはついていなかったけどと思いながら、ユイは目の前の美少女に向かって苦笑を浮かべる。
「そっか。ユイ君のお母さんと同じか、ふふ。なんか、ちょっとだけ嬉しいな」
そう口にしたセシルは、ユイに向かって本当に嬉しそうにニコリと微笑んだ。
ここにユイの士官学校での伝説がまた一つ刻まれた。
美少女達に東方の服を着せ、そして見慣れぬ菓子と茶を振る舞うことで文化祭の話題を独占した男。
こうしてユイ・イスターツの日常は、彼の意図せぬところで新たなる伝説を積み上げていく。




