実地訓練
「先輩……確かに訓練ばかりで飽きたとは言ったよ。だけどさ、いきなり実戦をするから付いて来いってのは、いくらなんでも無茶じゃないか?」
王都の外れに存在する空き倉庫。
本来は伽藍堂としているはずのその建物の内部に、今は少なくない量の荷物が運び込まれている。その数ある大きな荷物箱の一つの中に、二人の男が忍び込みながら様子をうかがっていた。
「エインス、声が大きい。バレたらどうする気だよ、まったく。だいたいさ、『僕は実戦派なんで、訓練じゃなければもっと実力を見せれますよ』なんて大見栄切ったんだから、ただそれを見せてくれって言っているだけじゃないか」
「いや、確かにそれに近いことは言ったけどさ……でも、なんか釈然としないんだよな」
事の起こりはある日の授業の終わりにあった。
「エインス。だいぶ腕を上げたけど、あともう一歩だね。それじゃあ、まだ僕に届かない」
「先輩に届くわけ無いだろ。でも、もういい加減剣技を教えてくれてもいいじゃないか?」
叩きのめされて地面に這いつくばったままのエインスは、涙目を浮かべながらユイに向かって抗議を口にする。
「僕に届かないと思っていてはダメだよ。でも、君がそういうのなら、もしかすると君では無理なのかな……フェルナンド君はだいぶ僕に近づいているんだけどね」
「は? ちょっと待ってくれよ、先輩! なんでアイツが先輩に近づいてるんだよ」
思わぬ名前を耳にしてエインスは眉間にしわを寄せると、顔を真っ赤にしながらユイを問いただす。
「いや、彼は武術ではなく研究の面だけどね。座学に関しては君の数段上にいる程度だけど、実際に研究となれば彼の発想力と考察力はすばらしい。まさに実戦派というやつさ、君と違ってね」
「た、確かに勉強でアイツに負けているのは認める。だけど、そう言うなら俺だって実戦派だ。もし実際の戦場に出たならば、俺はアイツ以上に実戦派なところを先輩に見せてやるよ」
売り言葉に買い言葉といった調子で、エインスはユイを睨みつけながらそう口にする。
すると、その言葉を耳にしたユイはニコリと笑みを浮かべ、その後にこう続けた。
「へぇ……君も実戦派なんだ。だとしたら、一つちょうど手頃な戦場があるんだ。せっかくだから、君の本当の実力を見させて貰うとするかな」
「ま、ここまでくれば覚悟を決めるんだね。大丈夫、念の為に僕の友人に頼んで既に下調べはしているんだ。今回はあまり大規模な取引じゃないようだし、立ち会う人数も少ないらしいよ。だから取り敢えずは、大船にでも乗ったつもりで、伸び伸びとやってくれたらいいさ」
やや拗ねたような表情を見せるエインスに向かい、ユイは笑いかけるようにしてそう述べる。
その言葉を耳にした瞬間、エインスはすぐさま首を左右に振った。
「先輩が口にする大船って、なんか泥でできていそうな気がして嫌なんだよ」
「はは、大丈夫。船が崩れて沈没するときは二人一緒さ」
「……ぜんぜん大丈夫じゃねぇよ、それ」
ユイの言動に呆れながら、エインスは大きな溜め息を吐き出す。
その仕草を目にしたユイは、苦笑いを浮かべながら更に言葉を紡ごうとしかけた。しかしそのタイミングで、彼はお目当ての人物たちが倉庫に入り込んできたことに気が付く。
「おっと、彼らがようやく着いたようだ。ひい、ふう、みい……うん、クレハの言っていたとおりだね」
戦略科のクルニ教授と彼の部下とも言えるゼミ生が一名、そしてオメールセン商会のゴロツキとも言える連中が四名。
そんな六名の男たちが連れ立って倉庫内へと入ってくると、彼らの中で既に話が付いていたのか、ゴロツキ達は早速荷運びに取りかかり始める。
「さて、それじゃあいよいよ実戦のお時間だ。僕がゴロツキ達を相手するからさ、君はクルニ教授とノーベム先輩を頼むよ」
「ちょっと待ってください。つまり二人同時に相手しろって事ですか、それ。あと先輩の言ったノーベムって人、かなりゴツイ体格をしていらっしゃいますけど……」
「ノーベム先輩ねぇ……確か今年の校内武術大会では予選で負けていた人だった気がするなぁ。まあ、別に二人を同時に相手する必要はないさ、そこは頭を使えばいい。多数と戦うときの鉄則だよ。前に教えただろ? というわけで、実戦派なところを見せてくれよ」
そう口にするなり、ユイはヒョイと箱から飛び出す。そして最も手近にいたスキンヘッドのゴロツキの後ろへと忍び寄ると、彼の後頸部へ手刀を叩き込み、一瞬で沈黙させた。
「……仕方ない、ここは先輩の教えを守って、頭を使ってやるとするか。先輩が彼らの注目を集めるだろうから、その隙に背後に回って二人を相手するということで……というわけで、できるだけ頑張ってくれよな」
仲間の一人が突然崩れ落ち、そして見知らぬ男を認めて動揺するゴロツキやクルニ達を横目に、エインスは彼らに気取られぬようゆっくりと行動を開始した。
目標の位置とその視界を常に意識しながら、その死角となる地点を把握し、物音を立てずにエインスは近づいていく。
訓練の際にライン家の番犬や警備兵、そして本人には内緒であるがジェナードまでターゲットにして行った訓練。当時は何の役に立つのかわからなかった訓練であったが、エインスはその真価を初めてここに知った。
エインスはわずかに苦い笑みを浮かべながら、パニック状態となっているクルニの背後に位置する荷物箱の裏へと身を隠す。そして次の瞬間、彼は飛び出すと、肥え太ったクルニの背後へと忍び寄り、自らの腕をその短い首へと巻き付けた。
「あんたに個人的な恨みはないけど、悪いがしばらく寝てて貰うぜ」
目の前の次々とゴロツキ達が倒されていく光景に気を取られていたクルニは、思わぬ背後からの刺客に驚き、そしてエインスの手から逃れようと必死にもがく。
だがそんな彼の虚しい抵抗は、エインスが腕の力を強めるまでのことであった。クルニは一瞬で意識を失うと、その場に崩れ落ちる。
「ふぅ、これでノルマはあと一人か」
「……貴様、よくも教授を!」
ユイからクルニを守るために彼の前方に立っていたノーベムは、何かが地面に倒れた音を耳にして慌てて後方を振り返る。そこで彼は地面に倒れているクルニと、見慣れぬ金髪の少年の姿を視界に捉え激怒した。
「えっと……いや、俺が好きでやっているわけではなくてですね、これはその成り行きで」
二回り以上大柄な体格をしたノーベムの怒気に当てられ、エインスは両手を前に突き出しながら、思わず言い訳を口にする。
しかしそんなエインスの反応は、目の前の男の怒りをさらに駆り立てるだけであった。
「くそ、ふざけやがって」
エインスの言葉を半分も聞かないうちに、ノーベムは腰に備えた剣を抜き放つと、そのままその場を駆け出す。
「えっ、こっちは丸腰で――」
「そんなこと知るか、死ね!」
問答無用とばかりにノーベムは剣を振りかぶると、そのままエインス目がけて振り下ろす。
エインスはその気迫に思わず一歩後ずさりすると、慌てて側面へと身を投げ出す。
「危なっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「ふざけるな、襲ってきたのは貴様達だろう!」
怒号を発しながら、ノーベムはエインスに対して立て続けに剣撃を放つ。
強靭な筋力を活かして次々と放たれるノーベムの猛攻。
それをエインスは、ユイによって叩きこまれた体捌きを駆使して、どうにか間一髪のところでかわし続けていった。
「これで終わり……と」
ユイは最後の一人となったゴロツキの下へと走り込むと、その首に自らの左腕を巻き付けたまま飛んだ。絡めた左腕を支点として、ゴロツキの体の裏でクルリと回転する。そしてそのままの勢いで今度は逆の右腕を相手の喉元に巻き付けると、そのまま自らの体重も使い、その男を地面へとたたきつけた。
「ふむ……情報通りまったく戦闘要員を用意していなかったようだね。まあ襲撃なんて考えてもいなかったんだろうけど。さて……エインスの方は、と」
全てのゴロツキが意識をなくしていることを確認したユイは、視線をエインス達の方へと向ける。
すると、彼の視線の先には、激しい勢いでエインスを攻め立てるノーベムの姿が其処にあった
「あちゃあ、ノーベム先輩の方を残しちゃったか。こりゃあ、順番を間違えたね。まあ、エインスなら大丈夫だろうけど……あっ!」
目の前の光景を目にしたユイは、しまったとばかりに頬を歪ませる。
彼の視線の先では、剣技では埒があかないと判断したノーベムが風の魔法を編み上げようとしていたのである。
「やむを得ない……か。マジックコードアクセ――」
「ホワールウインド!」
仕方なく戦いへ介入することを決断したユイは、ノーベムの魔法へ干渉を行いかける。しかしそんな彼よりも早く、まったく予期せぬ人物が風の魔法を解き放った。
「ふぅ……しかし危ないところだったな。だけどこの人で予選落ちって言うんだから、士官学校って本当にどんな場所なんだよ。俺、やっていけるのかなぁ」
ノーベムより遅れて魔法を編み上げ始めたにも関わらず、先に解き放った人物。それは肩で息をしながら、自らの未来に不安を覚え始めていたエインスであった。
「エインス……君って魔法を扱えたのかい?」
「あ、先輩。ひどいじゃないか。いくら予選落ちって言っても、俺から見たら十分強いんだぜ。そんな人がいるのに、俺を丸腰で戦わせるなんて」
「いや、それは済まなかったが……それよりも、エインス。君の魔法はどこで習ったんだい?」
「え、魔法? そりゃあ、昔おやじに習ったんだけど、それがどうかしたのか?」
「……そう言えばライン公は、アズウェル先生の後輩だったか。なるほど、これは迂闊だった」
そう口にしたユイは大きな溜め息を吐き出すと、一度頭を左右に振る。そして士官学校の最高学年の次席であり、昨年の校内武術大会の準優勝者でもあり、そして不幸にも本年の予選会ではアレックスの組へと振り分けられていたノーベムの下へと歩み寄っていった。
「うん、どうにか生命に別状はなさそうだね。ん、これは?」
風の魔法にて荷箱へと叩きつけられたノーベム。
そんな彼の周囲には、壊れた荷箱の中から崩れてきた、緑色の何かが詰まったガラス瓶が大量に転がっていた。
ユイはその瓶に興味を覚えると、転がっている一つを手に取り、しげしげと中身を興味深そうに見つめる。
一方、ようやく呼吸を落ち着けたエインスは、意図のわからぬ行動を取るユイに対して首を傾げた。そして訝しげな表情を浮かべながら、彼の背へと声を掛ける。
「先輩、ねえ先輩。もしもし」
「ん? ああ、すまない。どうしたのかな?」
「その瓶がどうかしたのかよ? って、そんなことよりも先輩。約束通り二人を相手にしたんだ。今度という今度こそ、俺に剣技を教えてくれるよな」
瓶の中身に気を取られたままのユイに対し、エインスは彼の注意を取り戻す為に強い口調でそう言い放つ。
その言葉を耳にしたユイは、ようやく意識を目の前の少年へと向け直した。そしてとある人物を脳裏に浮かべながら、彼はエインスに向かって一つ頷いてみせる。
「そうだね、そろそろ頃合いかな。でも、さっきの魔法をみる限り、君は魔法剣士に向いていそうだけど……ああ、そっか。いっその事、彼に頼めばいいか」
「……先輩?」
一人で何かに納得した様子のユイは、エインスの目の前で瓶の蓋を開ける。そして彼はガラス瓶に自らの鼻を近づけ、その香りを嗅ぐとユイはニコリとした笑みを浮かべた。
その時のユイの笑みを目にしたエインスは、これまでの経験からなぜか不吉な予感を覚えた。そうユイがこの笑みを見せる時、少なくともどこかの誰かの下に厄介事が舞い込む予感を。




