妥協の産物
「まあ、メイド服かどうかは、この際おいておこう。それよりも喫茶店自体の準備を優先する。まずはこの方針でいいね」
教室へと戻ったユイは皆の意見を確認した後に、さしあたって当面の方針を提案する。
その彼の言葉に、戦略科の皆はそれぞれ異なる表情を浮かべながらも、最終的には賛意を示した。しかし当然のことながら、完全なる同意というわけではなかった。
「ああ、それでかまわん。だが俺はメイド服という考えを譲る気はないぞ。もしどうしてもと言うのなら、それ以上にすばらしい服を提案してくれ」
「……何であんたはそんなに服にこだわるのよ。飲食店をするんだったら、もっと飲み物や食べ物にこそこだわるべきでしょ」
依然として、頑なに服装へのこだわりを口にするティレックに対し、ラナが呆れたように横から口を挟む。
「おいおい。食い物なんて腹に入れば全て同じだろ。だがメイド服は自らの眼を通して、脳を癒すことができる。どちらが重要かなど比べるまでもないと思うが?」
「……なんて不毛な会話なんだ」
椅子から立ち上がって口論を交わす二人の対立を目の当たりにして、ユイは肩をすくめると首を左右に振る。
そんなティレックとラナのまったく終着点の見えない口論が途切れたのは、ようやく標的を見つけた魔法科の銀髪の学生が、嬉々とした表情を浮かべて姿を現した時であった。
「ユイ! ユイはいるか?」
「ああ、リュートか……なんの用だい? 今現在、絶賛取り込み中なんだけど」
目の前の口論を目にするだけで既にお腹いっぱいとなっていたユイは、さらなる火種の登場に心底うんざりした視線を向ける。
しかしそんな彼の視線など気にする風もなく、リュートはユイに向かってピシリと指を突き立てた。
「聞いたぞ、俺は聞いたぞ。貴様たちも喫茶店を出し物とするそうじゃないか。それはつまり、我らが魔法科への宣戦布告と受け取っていいんだな」
「何をどう解釈したら、それが宣戦布告になるのかわからないけど……まあ喫茶店をすることだけは事実だよ」
「ならば、ユイ。俺達と勝負だ。と言っても、この俺が直々に厳選した豆を使用するコーヒーと、貴様たちの店が戦いになるのかは疑問だがな」
自らの手配したコーヒーに絶対的な自信を持ったリュートは、胸を張りながらユイに向かって挑戦状をたたきつけ、そして了承されたものとして話を続ける。
一方、そんな彼の発言を耳にしたユイは、頭を掻きながら溜め息を一つ吐き出した。
「なんだろう……買おうとしてもいない商品の代金を、今すぐ払えと言われている気分だ」
「ユイ。お前は一体何をわけのわからんことを言っているんだ?」
「いや、絶対にそれは僕のセリフだと思うんだけど……まあ何をいっても無駄な気がするから、とりあえずお手柔らかに頼むよ」
説明することさえめんどくさくなったユイは、もう好きにしてくれとばかりにリュートの発言に合わせる。
すると、リュートは右の口角を吊り上げ、自信あふれる笑みをユイへと向けた。
「ふふ、言質は取ったぞ。では、当日を楽しみにしている。お前の吠え面を見るのをな」
リュートはそう高らかと宣言すると、笑い声を上げながら部屋から立ち去っていった。
そうして魔法科の麒麟児という嵐が過ぎ去ると、戦略科の教室は先ほどまでの喧騒など吹き飛んでしまったかのように、静かな空間に様変わりする。
誰もが口を閉じてしまった中で最初に口を開いたのは、勝負を挑まれた黒髪の男を心配するセシルであった。
「……いいの、ユイ君? あんな勝負を受けちゃって」
「別に勝っても負けてもかまわないしね。ここで適当にやって負けたら、しばらくは満足しておとなしくなるだろうし、それでいいんじゃないかな。特に何かを賭けているわけでもないしさ」
両手を左右に広げながら、ユイはセシルに向かって何でもないことのようにそう告げると苦笑いを浮かべた。
そのユイの発言を機に、教室内では再び今回の文化祭の議論が至るところで開始される。そしてクラス内の二つの火種が視線を交わらせ、新たな戦いの口火が切られそうになった。しかし、その不毛な戦いが再開されるよりはやく、二つ目の嵐が教室内へと入り込んできた。
「イスターツ君、ちょっと今時間はあるかな?」
「それで何の用なんですか、アーマッド先生」
手招きされてそのままゼミ室へと拉致されたユイは、教授席に腰掛けるアーマッドに向かいジト目を向けながらそう問いかける。
「はは、済まないね。この文化祭で忙しい時期に」
「わかっておいでなのですね。でしたら、本当に忙しいので、もう失礼していいですか?」
先ほどまでサボって逃亡しようとしていた事実を棚に上げながら、ユイはアーマッドに向かい愛想なくそう言い返す。
すると、アーマッドは済まなそうな表情を浮かべながら、ユイを引き止めた。
「まあ待ちたまえ。どうやら私がやっかい事を持ってきたと思っているようだが……まあそんなはずれてはいないんだけど、どちらにせよ君にとっても悪くない話だから、少し聞きたまえ」
「はぁ……わかりました。では、手短にお願いします」
首を左右に振りながら溜め息を吐き出すと、ユイはしぶしぶと言った体で手近にあった椅子へと腰掛けた。
「わかった、では手短にいこう。うちのクルニ教授が非合法に魔石を横流ししているから、それをつぶしてきてくれ」
「は? 今なんと?」
サラリと口にするにしてはあまりに不穏当すぎる内容に、ユイは思わず面食らう。
「だから要するに、クルニ教授の不正をつぶしてきて欲しいってことさ」
「……先生。手短にとは言いましたが、いくら何でも端折りすぎでしょ。わかりましたよ。まじめに聞きますから、ちゃんと内容を教えてください」
ユイは自身の敗北を認めると、大きな溜め息を吐き出し、両手を上げて観念した。
「ふふ、では遠慮なく。ところで、イスターツ君。オメールセン商会って知っているかい?」
「確かノバミム自治領の方に居を構える、大手商会の名前だったと思いますが」
記憶の片隅にある自らとは接点のない悪徳商会の存在を思い出すと、ユイはアーマッドに向かってそう答える。
「その通り。非合法な事業にも多数手を出している犯罪組織セラーレム、その表の顔があの商会さ。まあ、あまり褒められたものじゃない商会と思ってくれたらいい」
「はあ、そのオメールセン商会がどうしたんで……ああ、なるほど。そう言うことですか」
話の流れから、ユイは今回の不正事件とオメールセン商会との関連性を理解すると、苦い表情を浮かべた。
「そう、おそらくは君が察したとおりだよ。クルニ教授が魔石を横流ししている相手、それがこの王都にあるオメールセン商会の支部というわけさ」
「なるほど……ですが、そんな案件は軍が直接介入すべき事案であって、私のようなただの学生が手を出していい内容とは思えませんが」
「普通なら、君の言うとおりなんだけどね。実は士官学校の来年度の予算案が揉めていてね、例年だったらもうとっくに予算が決まっている時期なのだけど、申請予算が通るか微妙なところなんだよ」
アーマッドは苦笑しながら、彼も算定に関わっている士官学校の予算状況に言及する。
それを聞いたユイは、アーマッドがなぜ彼に今回の件を依頼したのかを察すると、呆れたように言葉を吐き出した。
「表沙汰にすることなく、事を解決してこいと……つまりはそう言うことですか」
「ふふ、さすが君は飲み込みが早くて助かる」
「でもどうして僕なんですか? 他にも人はいるでしょう?」
今年の新入生である特別な三人は除くとしても、ユイとしては他に人材がいないとは思えなかった。アーマッド教室は学内でも最高峰のゼミであり、そこに所属する学生は、上級生の中でも比較的名の知られているものが多い。
さらに付け加えるならば士官学校という組織ゆえに、他の教授や講師達の中にも、十分以上の能力を有するものが少なくないと考えたためである。
「それなんだけどね、もし今回の申請が通らず、来年度の予算が削減されるとしよう。まず何から手を付けられると思う?」
「……ああ、そう言うことですか。奨学金から予算が削られると」
「ご名答。だけど、君を選んだ理由は当然、君の能力を信頼したればこそさ。それと、一応私の方からバイト代くらいは支払うよ。これでどうかな?」
事が公になれば、予算案の大幅な削減を伴う見直しを迫られかねない事案であり、アーマッドはこんなところで自らの経歴に傷を付けたくなかった。
だがその一方で、他の教授陣に無用の借りや弱みを与えたくないとも考えた故に、彼はユイ・イスターツを選択したのである。
一方のユイも、アーマッドがまだ全貌を話していないことを薄々感づいてはいた。しかし奨学金に言及されたが故と、今回の事件の規模次第では、とある人物の実践訓練として程よい事案ではないかと考え、彼は渋々とその依頼を受け入れる。
「まったく、あなたは僕が断れない状況に陥ってから物事を頼むのがお好きなようですね……仕方ありません、今回は引き受けますよ。ただしやり方はある程度僕に一任してもらいます。それと途中で僕の手に余ると判断したら、遠慮なく手を引かせてもらいますからね」
「ああ、それでかまわない。もし君の手に余るようなら、諦めて軍に全てを委ねるさ。では、今回の案件の詳細を説明するとしようか」




