文化祭と負けず嫌いと
十月。それは士官学校生においては一つの大きなイベントが催される月である。
その大きなイベントを前に、普段は軍人養成機関である士官学校もいつになく騒々しく、そしてどことなく落ち着きのない雰囲気に包まれていた。
それは士官学校の戦略科の一年次の教室も全く以って同様である。しかしながら彼らはそのイベントを目の前にしながら、致命的とまでに言える一つの悩みを抱えていた。
「もう文化祭は来週だぜ、いい加減うちのクラスも何やるかちゃんと決めようぜ」
クラスのムードメーカーであるティレックが、周囲を見回しながら皆に向かってそう呼びかける。
そんな彼に対してすぐに返答を返してきたのは、戦略科の筋肉体と呼ばれるミニッシュであった。
「ティレック。お前がそれを言い出すのはもう三日目だが、結局何も決まっていないじゃないか。いい加減、おまえ自身も何か案を出せよ」
ミニッシュがやや呆れ気味にそう述べると、ティレックは心外だという表情で反論する。
「だから、俺はずっと喫茶店で良いじゃないかって言っているだろう?」
「喫茶店は別に構わないわ。だけどあなたの提案にいつも含まれている、女子はメイド服でって言う部分が解せないのだけど?」
女子の中でも戦略科の取りまとめ役と目されているラナは、大きな瞳に軽蔑の色を灯しながら、ティレックを睨みつけつつ彼の提案への疑念を口にする。
「馬鹿やろう。普通の喫茶店をやっても意味がないだろう。絶対に他のクラスも喫茶店をやるところがあるはずだ。だから差別化が必要だと言っているんだよ、俺は」
「だから、その差別化がどうしてメイド服なのよ? しかも我が家のメイドたちが着ているのと同じ様な服ならまだいいわ。でもあなたがわざわざ持参してきた、その無駄に露出の多いメイド服は絶対に嫌よ」
なぜかティレックの提案が最初になされた当日から、既に見本が作成済みであったメイド服の衣装へ言及すると、ラナは刃の如き視線を彼へと向けた。
殺気混じりの視線を浴びせられ、ティレックはやや狼狽すると、慌てて目を逸らす。
「そ、それは……今からだと全員分の衣装は間に合わないだろ? だから俺がみんなの準備が楽をできるように、おやじに頼んであらかじめ準備して貰っただけさ」
王都一の服飾商人の息子であるティレックは、視線を宙に漂わせながら、やや気まずげにそう反論した。
しかしそんな彼の発言はあっさりと無視されると、再び彼はラナによって詰め寄られる。
「あなたがその服を諦めれば、すぐにでもこの問題は解決するの。わかる?」
「わからん。俺にはまったくわからん。そしてこの服のすばらしさがわからん、お前等の思考が一層わからん」
「あなたバカだものね」
この三日間無駄に続けられてきた議論という名の二人の罵倒の浴びせ合いが始まると、クラスはそれぞれの陣営に分かれて騒がしくなり始める。もちろんそれぞれの陣営とは男女がくっきりと別れているのだが。
「はぁ……これじゃあ昨日と同じじゃないか。この際、喫茶店でも何でもいいが、いい加減何らかの結論を出さないとまずいだろう」
「あら、ミニッシュ? あなたもその馬鹿に付くつもりなの。イヤラシい」
皆を諫めようとしたミニッシュの発言を耳にして、ラナは視線を彼へと向けると、蔑むような口調でそう述べる。
「あのなぁ、俺をそこの馬鹿と一緒にしないでくれ。別に俺は喫茶店じゃなくてもかまわん。どちらにせよ早く決めるべきだと言っているんだ」
「なんだと、ミニッシュ! 貴様にはこのメイド服のすばらしさがわからんのか? もしや女子に媚びを売って、自分だけモテようと考えているな。この卑怯者め!」
ラナに対するミニッシュの発言を耳にするなり、今度は逆側の陣営であるティレックが、すぐにつばを飛ばしながら抗議を口にする。
一方、くだらない嫌疑をかけてくるティレックに対し、ミニッシュは露骨に彼の前で溜め息を吐き出してみせた。
「はぁ……お前たちとではまったく会話にもならん。じゃあ、俺から提案だ。このままじゃこのクラスの出し物は決まりそうにもない。だからこの際、中立な奴に決めさせることにしよう」
ミニッシュが額に手を当てながら、最後の提案だとばかりにそう告げる。
すると、その言葉を耳にしたティレックは、わずかに眉をつり上げた。
「中立な奴だと? 一体誰のことだ。まさか教官から提案を貰うとか言い出すつもりじゃないだろうな?」
「それはダメよ。この文化祭は生徒主体でと言う不文律があるわ。教官に頼るのはマナー違反よ」
ティレックとラナが次々とミニッシュに向かって、強い口調でそう発言する。
そんな彼らの言動を耳にしたミニッシュは、二人を生暖かい目線で見つめながら、呆れたよう首を左右に振った。
「なぜこんな時だけ、お前たちの意見は一致するんだ……ともかく俺の提案は教官に頼むわけじゃない。この場にいない、このクラスで一番頭のいい奴のことを言っているだけだ」
「このクラスで一番頭のいい奴って言ったら……ああ、なるほどね」
先日、学年一の成績を叩き出した黒髪の男のことを脳裏に思い浮かべると、ラナは確認するようにそう問い返す。
「ああ。奴は男女平等に接するし、そこの馬鹿みたいに欲が丸出しな提案はしないだろう。そうは思わないか、ラナ?」
「……ええ、それは認める。彼の提案ならかまわないわ。でも、問題は彼をどうやって捕まえるかだと思うけど」
授業終了直後からなぜか姿の見当たらない黒髪の男のことに言及すると、ラナはそれが最大の問題点だとばかりに溜め息を吐き出す。
「ユイは、ユイの奴は一体どこへいった?」
ティレックがその問いかけを口にすると、自然とクラス中の視線は、彼の保護者と目されているセシルへと向けられた。
一方、急に皆の視線を一身に浴びたセシルは、困ったような表情を浮かべると、ゆっくりと口を開く。
「えっと、ユイくんなら、お腹痛いって授業が終わった瞬間に外に出ていったけど……」
「くそ、仮病に決まっているじゃねえか、あいつは全く。取り敢えず、誰かユイを連れ戻してこい」
ティレックがやや怒気を混じらせた口調でそう発言すると、間髪入れずにミニッシュが口を開く。
「連れ戻してくるって……あのユイをか? さんざん訳のわからない話をされて、煙に巻かれるのが目に見えてるぞ」
これまでの半年間での十分以上の経験から、ミニッシュは正面からユイのもとに頼みに行った場合の未来図を口にする。
「くっ、十分にありえる話だな。この際、仕方がない。セシル、申し訳ないんだけどユイの奴を引っ張ってきてくれないか?」
さもありなんと感じたティレックは、やむを得ないとして、その役をセシルに向かって依頼する。
一方、突然指名されたセシルは、困惑した表情を浮かべた。
「えっ、私?」
「ああ、奴を連れ戻せるのは、奴と付き合っている君くらいなもんだろ」
ミニッシュがさも当然とばかりに自らの見解を述べると、セシルは一層困惑を強める。
「……一応断っておくと、ユイくんとは付き合っているわけじゃないよ」
「付き合っているか付き合っていないかなんてどうでもいい。とにかく、連れ戻せるのはお前くらいしかいないんだから、あいつを探してだな、この場に連れてきて――」
セシルを説得しようとティレックが語り始めたところで、その声を遮るかのように突然教室のドアが大きな音とともに開け放たれると、魔法科の銀髪の学生が勢いよく姿を現した。
「おい、イスターツ! 俺達はコーヒーショップをやる。俺達と勝負しろ! って、いないのか。くそ、俺に負けるのが怖くて先に逃げたな!」
すごい剣幕で姿を現し、そして一人で納得し、そのまま一人で怒り出した彼を目にして、既にこの男の出現に慣れきってしまったのか、戦略科の生徒たちはそろそろ来る頃だよな程度の感想しか持ち合わせなかった。
そしてそれはユイとの関係から、他の生徒よりもリュートとの接点の多いセシルも同様であった。
「はぁ……リュートくんも相変わらずだね」




