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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -オコリシキミハ-

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強引な男

「貴様、先日のイスターツの女だな」

「へ? あ、ああムルティナ……君」

 実習室へ向かう廊下を歩いていたセシルは、突然背後から声を掛けられると、その人物を目にしてわずかに顔を強ばらせる。その彼女の視線の先にはムルティナがおり、その背後には彼の取り巻きと思われる数名の男がいやらしい笑みを浮かべながら控えていた。


「ふふ、イスターツの側にいたから気にも止めなかったが、なかなかの上玉じゃないか。おい、女。イスターツなど捨てて、この私の女にならんか」

「えっと、何を言っているの? まだ私とユイ君はそんな関係じゃないし、ましてや貴方の女になる気は……」

 セシルはわずかに睨むような視線を放つと、ムルティナは愉悦と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「ほう、この私を拒むか。それもまた一興。ますます気に入ったぞ」

 そうムルティナが口にした瞬間、彼は指をパチンと鳴らす。

 すると、彼の背後に控えていた取り巻きたちが急にセシルの周囲を取り囲んだ。


「……一体、何のつもりかしら?」

「ふふふ。光栄にもお前を私の女にしてやろうと言っているのだ。さて、ではこれより一緒に来て貰お―—」

 ムルティナが頬を歪ませながらそう口にするも、突然それを遮るように、セシルの右手側にいた男がその場に崩れ落ちる。

 その音を耳にした者たちは、一斉に視線を音の先へと移すと、その場にはだらしない黒髪の男が立っていた。


「セシル、もうすぐ授業が始まっちゃうよ。早く行かないかい?」

「ゆ、ユイ君!」

 頭を掻きながらセシルの側まで歩み寄ったユイは、そのままそっとセシルの手を掴むと、動揺するムルティナの取り巻きをよそに彼女をその場から連れ出そうとする。


「ば、バカ! 貴様等一体何をやっている。そいつを取り押さえろ」

「で、ですが……相手はあの魔法科のリュートと五分で戦っていた化け物ですぜ」

 ムルティナの命令を耳にするなり、彼の取り巻きの一人は首を左右に振って無理だと訴えた。

 その反応を目にしたムルティナも、先日の武術大会のことを思い出すと、力に訴えかけることの困難さを立ちどころに理解する。

 しかしながら高いプライド故に、彼はそのまま見逃すこともできず、立ち去ろうとするユイの背中に向かって憎々しげな言葉を発した。


「イスターツ、少し待て!」

「なんだい、ムリティナ君?」

 心底めんどくさそうな表情を浮かべながら、ユイはゆっくりと後ろを振り返る。

 すると、ムルティナはユイの無表情の中に込められた、背中を冷たくさせるような静かな怒りを感じ取り、一瞬気圧された。

 だが彼もこの国の四大大公の子息であり、そしていまは自らの取り巻きたちの手前である。だからこそ彼は背中を走る冷たい汗を必死に忘却し、どうにか虚勢を張り直して口を開いた。


「この私の名はムルティナだ。いい加減覚えろ……いや、そうではなく、おい貴様! この私が声を掛けていた女を横からさらおうとは、いい度胸だな」

「……さっきのが君の声の掛け方だというのなら、そうなるのかもね。まあ、僕には全く理解できないやり方だけどさ」

 ユイが無表情であった顔にわずかな冷笑を浮かべると、凍った視線をムルティナへと向ける。


 その視線に曝されたムルティナは、目の前の男の周囲から言い知れぬ冷気のようなものが発せられているように感じられ、思わず一歩後ずさりする。

 しかし、どうにか彼は自らを奮い立たせると、庶民には屈せないという誇りだけを頼りに、ユイに向かって思わぬ言葉を放った。


「イスターツ……あまり調子に乗るなよ。どうしてもその女を連れて行きたいというのなら、この私と勝負しろ」

「勝負? 何で僕がそんな野蛮でめんどうなことを……でも、いいよ。肉体労働は本当は嫌いなんだけど、今日は少しだけそんな気分だから相手になってあげるよ」

 ユイはあっさりとムルティナの勝負という発言を受け入れると、セシルを後ろに下がらせて軽く腕まくりをする。

 その時の彼の放つ気配から、明らかに危険な香りを感じ取ったムルティナは、ユイが手を出すよりも早く、慌てて言葉を紡いだ。


「ま、待て。誰が貴様と決闘をすると言った。俺は勝負しろと言ったんだ」

「だから勝負でしょ? めんどくさいから、君たち全員をまとめて相手する形でいいよ」

 ぐるっとムルティナの取り巻きたちを値踏みするように見渡し、ユイが表情を消したままそう口にする。

 すると、ムルティナは首を左右に振ってユイに向かい言葉を絞り出した。


「落ち着け、イスターツ。私は勝負とは言ったが、別に体のぶつかり合いを言ったのではない」

「……だったらどうやって勝負をしたいんだい?」

 煩わしげな口調でユイがそう問いかけると、ムルティナは今しかないとばかりに、慌てて勝負方法を口にした。


「テストだ。次のテストで俺と勝負しろ」

「テスト? ……ああ、休み明けテストのことかい」

「その通りだ。貴様も知ってのとおり、我が校のテストにおいて成績上位者は、全科目の平均点が中央廊下に成績順で張り出される。そのテストの結果でこの私と戦えと言っているのだ」

 ムルティナは絶対に彼が負けないと確信する勝負を、ユイに向かって提案する。

 一方、セシルやエインスからムルティナの試験におけるからくりを聞いていたユイは、呆れた表情を浮かべながら彼の提案を拒絶した。


「あのさ、君が勝負したがっているのは理解したけど、別に僕が受けてあげる義理は無いね。これ以上僕に絡むつもりがないのなら、授業があるから失礼するよ」

「待て。もし貴様が勝負を受けないならば、その女がどうなっても知らんぞ?」

 その言葉はムルティナとしては、何気なく口にした言葉であり、本気で意図して言った言葉ではなかった。

 もちろんそのつもりが皆無であるかと問われると、決して零ではなかったであろうが、どちらかと言えばただユイの拒絶を耳にして、反射的に発した脅し言葉に過ぎない。

 しかしながら、その言葉のもたらした効果はまさに劇的であった。


「へぇ……そう言うつもりかい」

 ユイはムルティナの言葉を耳にするなり、彼の周囲の温度はさらに急降下し、その空間は真冬であるかのように凍りついたものとなった。

 その空気の変化を感じ取ったムルティナは、傲慢で鈍感な彼でさえ、踏んではいけない虎の尾を踏んだことを立ちどころに理解する。

 しかしながら、四大大公の子息であるという誇りが、自分の発言を取り下げることを出来なくさせていた。


「……この私は脅しには屈しないぞ」

「いや、脅しているのは君の方だよ。わからないのかい?」

 そう言葉を放った黒髪の男は、薄ら笑いを浮かべる。

 すると、その反応にプライドを刺激されたムルティナは、この場で彼に出来る精一杯の虚勢を張った。


「と、ともかく、貴様がいくら強かろうと、四六時中その女に張り付けるわけではあるまい。我がメニエル家を敵に回して、その女を貴様は守りきることが出来るかな?」

「へぇ、そこまでする気なんだ……いいよ、話くらいは聞いてあげる。それで勝負の条件は?」

「今月のテストで貴様に俺が勝てば、その女は俺の物とする。どうだ?」

 貴族故の傲慢さからか、ムルティナはあっさりとセシルを賭けの対象と公言すると、ユイはその言葉に眉を潜めて視線をさらに鋭くさせる。


「それで、もし僕が君に勝ったら?」

「万に一つもないと思うが、貴様が勝てばその女は貴様の物だ」

 あくまでもセシルを景品扱いするムルティナを目の当たりにし、ユイは先日のエインスの発言を思い出した。


「彼女を景品扱いするのは気に入らないな。なるほど。エインスの言う通り、どうも君はスマートじゃないようだね」

「逃げる気か、イスターツ?」

「頼んでもいない商品の代金を要求されている気分だけど……それはまあいいや。で、確認のために尋ねるけど、仮に僕がこの戦いを受けなければどうするんだい」

 ユイが皮肉気な笑みを浮かべながらそう言い放つと、ムルティナは即座に自らの権利を主張した。


「その時は、不戦勝故にその女は俺の物だ」

「ふぅん、彼女の気持ちは無視というわけかい……いいだろう、受けてあげるよ、その勝負」

「ユイ君!」

 明らかに無謀だと思われる戦いをユイが飲むと、セシルは思わず彼の背後から声を上げてしまう。

 すると、ユイはすぐさまいつもの緩い笑みを浮かべて、彼女に向き直った。


「ああ、ごめんね。でも、君には迷惑を掛けないようにするからさ」

「おい、イスターツ。言質は取ったぞ」

 そっぽを向かれた形となったムルティナは、ユイに向かって念を押すようにそう言葉を発した。

 一方、その言葉を耳にしたユイは、わずかに思考した後に、ムルティナに向かって口を開く。


「いいよ、君の言い出した勝負を受けてあげるよ。ただその代わりにさ、二つだけ条件をつけさせて貰おうか」

「条件? 言ってみろ」

 突然ユイの側から条件を口にされ、ムルティナはわずかに戸惑うも、表面上は必死に余裕があるよう取り繕う。


「一つはこの勝負の決着が付くまで、彼女に指一本触れないこと。そしてもう一つは、もし今回の勝負で君が僕に勝つことが出来なければ、二度と彼女に関わらないこと。この二点を約束して貰おうか。もし約束を破るようなことがあれば……その時は僕もそれ相応の対応をさせて貰う。構わないよね?」

 そう条件を口にするなり、ムルティナに向かってユイは意味ありげな笑みを浮かべる。

 すると、ムルティナは全身を一度ブルッと震わせた後に、コクコクとその場で二度頷く。


「い、いいだろう。どうせ私が勝つのだから無意味な条件ではあるがな。ではテストを楽しみにさせて貰おう」

 そう口にするなり、取り巻きを連れてそそくさとムルティナは立ち去っていった。

 そうしてその場には、ユイとセシルだけが残される。


「ユイ君……」

「ごめんね、不要なことに君を巻き込んでしまったみたいで」

 それまでの冷たい空気が嘘のように、ユイは申し訳なさそうな表情を浮かべると、セシルに謝罪する。


「……別にいいよ。今も君が来てくれたお陰で、奴らにどこかに連れて行かれずに済んだんだし。でも、今度の試験の後、どうしたらいいのかしら。最悪この学校を辞めてでも、あいつ等から―—」

 ムルティナの試験のからくりを知っているセシルは、どう足掻いても勝てないことを悟ると、悲しそうな表情でこれからの身の振り方を口にし始めた。

 しかし、彼女が学校を辞めると言いだしたところで、ユイは隣からめずらしくはっきりした口調で彼女の言葉を遮った。


「大丈夫だよ、セシル。そうはならないようにさ、僕が何とかするから」

「えっ?」

 先日、ユイにはムルティナが自動的に学年で最上位の点数をつけられることを説明している。そしてだからこそ、彼が何とかすると言う言葉の意味を、彼女は理解できなかった。

 一方、勝負を行う当事者たるユイは、すでにこの時点から、負けないための算段を開始し始めている。


「やはり念には念を入れるべきだろうね。不本意ながらセシルが掛かっていることだし……エインスには悪いけど、来週のテスト前の三日間は自習とさせて貰うとしようか。あとはアーマッド先生にも、話を通しておくべきかな」

 セシルに聞こえない程度の声で、ユイはブツブツとそうひとりごとを呟く。

 そして彼は一度大きな溜め息を吐き出すと、右手でくしゃくしゃと髪を掻きむしった。

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