ある少年の主張
「貰った!」
ライン公爵邸の庭先でエインスは勝利を目指す雄叫びを上げるとともに、ユイの腹部に向かって自らの頭を突き刺すよう全力でタックルを行う。
いつもの単純な打撃では、これまでユイにかすりもしなかったり、あっさりと受け流され続けてきた。そのため、エインスなりのユイ対策として考えついた結論が、この頭から全力で突っ込むような体当たりである。
「へぇ……これはなかなか。でも体ごとぶつかるつもりなら、視線を相手から切っちゃだめだよ」
ユイは苦笑いを浮かべながらそう口にすると、エインスの突っ込んでくる真正面からわずかに左に体をずらす。
そしてエインスの勢いを吸収するように彼の体と接触した瞬間に後方へと体を蹴り出すと、右腕を彼の首に巻き付け、そのまま重力を利用しながら地面に向かって飛び上がった体を落下させた。
「えっ!」
突然、ユイの全体重が下向きの力として体にのしかかったエインスは、頭から地面に向かってつんのめる格好となると、そのまま大地に頭頂部を打ち付ける。
「いてててて……くそ、今日こそ兄ちゃん……じゃなかった、先輩から一本取れると思ったのによぉ」
「小細工せずに体全体でぶつかりにきたのは、悪くないアイデアだったね。でも、全てを前進するために力を使っているから、相手の動きに対してとっさの対応が出来ない。だからこそ、極至近距離以外でタックルを行う場合は、相手の体の一部から視線を切っちゃいけないんだ」
ユイは背中から地面にわざと倒れ込んだため、背中と腰に付いた砂をパンパンと払う。
「はぁ……今日も次に進めなかった。でもそろそろいいじゃねぇか、何時になったら、剣技を教えてくれるんだよ?」
「前にも言っただろう。僕から一本取った時さ。あくまで体術、特に体捌きが基本だからね」
「そりゃあ、わかっちゃいるんだけどさ。でも、剣とか格好いいやつをやりてぇじゃん? ……つっても、先輩の持ってるなんかそり曲がってる剣は、ちょっと微妙だけどな」
ユイの腰元へと視線を向けながら、エインスは激しく打ち付けた頭頂部をさすりつつ、そう口にする。
「そうかい? 僕はこいつが気に入っているんだけどね。まあ、君にはこの刀の扱いではなく、ちゃんと剣の戦い方を教えるから、早く一本取れるようにがんばってくれ」
「はぁ……なんか毎日テストされてる気分だよ……そういや、テストっていえば、先輩はまた士官学校で一番だったらしいな」
どこから聞きつけてきたのか、エインスはユイの成績のことを口に出す。
するとユイは、あっさりと首を左右に振って否定した。
「違うよ。私は確か二番だったはずさ」
「ああ……それって、あのムルティナがいるからだろ。実質は一番みたいなもんじゃねえか」
「あれ? なんで君がムリティナを知っているのかい?」
ユイは意外そうな表情を浮かべながら、エインスに視線を向けると、彼はわずかに渋い表情を浮かべユイに返答する。
「先輩、ムルティナだって、ムルティナ。それに何で知っているかって? そりゃあ、あいつも四大公家の子息だからね。パーティーなんかでしばしば顔を見るんだよ」
「へぇ、パーティー……ねぇ。君が会の趣旨をそっちのけで、女性を追いかけ回している絵が、簡単に浮かぶよ」
両手を左右に広げながら、ユイがそう言葉を発すると、溜め息を吐き出しながらエインスが反論する。
「わかってないなぁ、先輩。女ってのは追いかけるものじゃない。追いかけさせるものだぜ」
「……なんで君の年でそんな発言が出てくるのか、僕には全く理解不能なんだけど」
呆れたような表情を浮かべながらユイがそう告げると、エインスは目の前の男に対し逆にダメ出しを行う。
「先輩って、女心が全くわかっていなさそうだよね。相手の気持ちとかスルーして、女性を泣かしていそうだから、むしろ俺よりたちが悪いタイプかもな」
「おいおい、私の良い悪いはともかく、君と比較するのはよしてくれ。私はそんなに軽くないよ」
「いや、こういうのは軽いとか重いとかの問題ではないんだぜ」
きっぱりと自分の見解を口にするエインスに対し、珍しくユイが心底困った表情を浮かべ頭を掻く。
「ともかくさ、私に恋愛講義は不要だよ。世の中なるようになるから、心配しなくても大丈夫さ……たぶん」
「本当かよ? 先輩って、基本的にはフラフラしながらもうまくやっていそうなのに、女性関係にだけは妙にナイーブな感じがするから、なんか心配なんだよ」
かなり本気で心配している表情を浮かべるエインスを目にして、ユイは状況の不利を理解すると、とにかく何とか自分から話題を逸らそうと先ほど話題に上がった人物の名前を口にする。
「まあ君やムリティナと同じ穴のムジナだと言われるよりは良いけどね」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺がムルティナと一緒だって? それはちょっとひどいぜ。俺は女性に追いかけられることはあっても、女性を脅してものにする趣味はないよ」
「……どう言うことだい?」
エインスの発言の中の脅すという言葉に、思わず眉をひそめたユイは、彼に向かって詳細を問いただす。
「あいつの女性の誘い方、全くもってスマートじゃないんだ。っていうか、ほとんど人攫いみたいなもんなんだよ。一度、あまりに強引に酒場のお姉さんを連れて行こうとしてたからさ、後ろから思い切り股間を蹴り上げてやったんだ。あいつ、その後身動きすら取れなかったから、たぶん俺の仕業だとはわかんなかったと思うけど」
エインスが勝ち誇った笑みを浮かべながら先日の出来事を口にすると、ユイは頭を掻きながら大きなため息を吐き出した。
「何で君が酒場にいたのかについては、言いたいことが山ほど有るけど……彼も女癖が悪いんだね」
「だーかーら、あんな奴と俺とを一緒にしないでくれって。俺はあくまで彼女たちとの合意の元に、彼女たちとは付き合っているんだよ。あんな下品な輩とは全く違うさ」
一般的な常識から照らし合わせて、かなり外れたことを堂々と口にするエインスに対し、ユイは付ける薬はないと諦めると、彼に聞こえないほどの声で呟きを発する。
「普通は『彼女たち』って言う時点で、十分におかしいんだけどね。しかし人攫いか……ふむ、全くもってスマートじゃないものだね」




