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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -オコリシキミハ-

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知識オタクに勝りたい男と願った男

 九月。それは士官学校生においては特別な月である。


 なぜならば長い夏休みが終わり、再び地獄の士官学校生活が始まる月であることがまず一つ。そして三学期制である士官学校の一学期の試験結果の発表と二学期の前期テストが行われるという、試験に取り付かれた月だからである。


 そんな士官学校の始業式を終えた昼。戦略科の机に突っ伏して寝ていたユイの前に、銀色の髪を持つ長身の男が、悔しそうな表情を浮かべてやってきた。


「イスターツ、おいイスターツ」

「ん……なんだい、リュートじゃないか。おはよう」

 眠そうな目を擦りながら、ユイは机から視線を上げる。

 すると、彼の目の前には厳しい表情で睨みつけてくるリュートの姿があった。


「くっ、それは勝者の余裕か、それとも俺を見下しているが故の挨拶か!」

「……人の睡眠を邪魔しにやってきて、一体なにを怒っているんだい? ほら、外を見たまえ。世の中はこんな天気がいいんだ。昼寝するには絶好の曜日だよ。それなのにカッカしてるなんてもったいないと思わないかい?」

 曇り空の窓の外を指さしながら、今にもつぶられそうなほど細くなった目をどうにか閉じないよう努力し、ユイはリュートを宥めようとする。


「……そうやって余裕を見せていられるのも今のうちだけだからな。次こそは俺が勝つ。それだけを言いに来たんだ。邪魔したな」

 リュートは心底悔しそうな表情を浮かべながら、歯ぎしりをしつつユイの前からズカズカと立ち去っていく。

 そうして嵐が過ぎ去ったことを確認し、再び眠りにつこうとユイは机に突っ伏し掛けると、その直前に彼の隣から澄んだ女性の声が彼へと向けられた。


「ユイ君、大丈夫? なにかされなかった?」

「……ああ、セシルか。いや、別に何もされなかったよ」

「そう。だけどやっぱり麒麟児と呼ばれる彼でも、コンプレックスはあるのね」

 端正な顔に苦笑いを浮かべながらセシルがそう言葉を放つと、ユイはようやく少し眠気が抜けてやっと思考が回り始めたのか、わずかに興味を示すような表情を浮かべる。


「えっと、何の話だい? さっきも彼はなんか一方的に怒って帰っちゃったけど、一体何をしに来たかさっぱりでさ。なんか、次は勝つとか言っていたけれど」

「……もしかしてユイ君知らないの?」

 ユイという存在に対してだいぶ免疫がついてきたセシルであったが、さすがにこの言葉には意外そうな表情を隠せず、彼に向かって疑問を口にする。


「なにをかな?」

「前期の筆記試験の成績が張り出されているのよ。中央廊下の掲示板に」

「試験の成績……ああ、なるほど。それでか」

 やたらと自分に勝負を仕掛けたがるリュートの性格を思い出すと、納得だとばかりにユイは二度頷いた。

 その反応を目にして、おそらくユイのことだから結果など見ていないと確信すると、セシルはユイに向かって彼の結果を口にする。


「またユイ君がトップだったじゃない。だからわざわざリュート君はここにやって来たんだよ」

「おい、女! 俺のことを無視して喋るとは……貴様の目は節穴か?」

 セシルがユイに向かってトップだったと口にした瞬間、突然新たな人影がユイの眼前に立ちはだかると、すぐさま彼女の発言を否定する。


「……えっと、一体今度はどちら様かな?」

「まさか、貴様……俺のことを知らんというのか!」

 目の前で苛立ちを隠そうとしない銀髪でウェーブ髪の男。

 しかしユイはまじまじと彼の顔を目にするもの、彼の脳内からは目の前の男の名前や存在がどう絞り出そうとも出てこなかった。


「いや、そんな事言われてもさ。初対面だよね……たぶん」

「ふん、貴様は無知なのか。それとも私に対する嫉妬心から、知らないふりをしているだけなのかな。まあ、いいだろう。私の名はムルティナ・フォン・メニエルだ」

 机に座ったユイに向かってムルティナは腰に手を当てながら上から目線で見下ろす。

 しかしユイはやはり記憶にない男だとあっさり確信すると、それ以上名前を思い出そうとすることを諦め、彼に向かって訪問目的を問いかけた。


「はぁ、そのム……なんとかさんがどうしてここへ?」

「ムなんとかさんではない、このど庶民が。ムルティナ様と呼べ、ムルティナ様と。私はこの学校を出れば、すぐに貴様たちの上に立つ身だぞ」

 まだわずかに寝ぼけた状態のユイに対し、ムルティナはこめかみを引くつかせながらそう言い放つ。


「ああ、これは失礼を。えっと、ムリティナ……様」

「ムリティナではない、ムルティナだ。貴様、記憶力というものがないのか?」

「はいはい、わかりました。それでえっと、高貴な御身がわざわざここへ来られたのは、いかなる理由でしょうか?」

 ユイはだんだん相手にするのがめんどくさくなり、名前を覚えることをあっさりと放棄すると、彼をやり過ごすためにも、適当に持ち上げる言葉をセレクトしてその訪問理由を問いかける。


「ふふ、我に敗北した、学年次席の顔を眺めようと思ってな」

 きちんと貴族と認識されたと感じ、ようやく満足げな表情を浮かべたムルティナは、ニヤリとした笑みを浮かべながらわざわざここまで足を運んだ理由を口にする。

 しかし成績順などには一切感心のないユイは、ムルティナの言葉をあっさり頷くと、とたんに興味を失って睡魔へと身を委ねた。


「ああ、それはどうも。こんな顔ですが、ご満足いただけましたか? では」

「おい、貴様。私がわざわざ会いに来てやったのだぞ。寝るのではない」

 想定しなかった反応を見せられて、ムルティナは思わず動揺すると、そのまま机に突っ伏してしまったユイを揺すり起こす。


「何ですか一体? 顔を見たんですから、もう満足でしょ」

「あれか、あまりにも敗北が悔しくて、我の顔を見たくないという事か。そ、その気持ちは分からんでもない」

 これまでの人生で出会ってきた人種とは明らかに異なる生物。

 そうでも思わないととても説明の付かないユイの反応に対し、ムルティナは彼の中での理由付けを行うために、都合のいい結論を言葉にする。

 すると、その言葉を耳にしたユイは、めんどくさい男に対する回答を見つけたとばかりに、あっさり彼の言葉を肯定した。


「ああ、それでいいんだ……いや、まさにその通りでして、貴方に勝てなかったことが悔しく、貴方の顔を今は見たくないのです」

「そうか、そんなに悔しいのか。ふふ、まあ、これから一生そなたは我の下でくすぶり続けるのだからな。おそらくお前程度の人間にとっても、きっと俺に負けた事自体がいい経験となるであろう。ではな」

 ユイの敗北を認める言葉を耳にして、ようやくムルティナは顔をほころばすと、満足げな高笑いをしながら教室から立ち去っていった。


「……何だったの、あれ?」

「だんだんユイ君の事がわかってきたから、たぶん本当に興味がなくて知らないんだと思うけど……彼はメニエル家の子息のムルティナよ」

 セシルが額を押さえながら、ユイに向かってムルティナのことを説明する。

 すると、先ほどのムルティナの発言を思い出したユイは、その説明に対して一つ頷いた。


「メニエル家……そう言えば、そんな家名を口にしていたな」

「はぁ……普段のユイ君って、本当に興味のないことに関しては、感心するくらい知らないわよね」

「はは、そんなに誉めないでくれ、セシル。照れるじゃないか」

 感心すると言うところだけを取り出して、ユイはセシルに向かって笑いかける。

 すると、セシルは本当に困った人だという表情を浮かべながら、彼に向かってさらに説明を追加した。


「いや、全然誉めてはいないのだけど……ともかく、彼は四大大公家の子息だからね。ちょっと特殊なのよ」

「特殊? どういうことかな」

 特殊という言葉を耳にして、ようやくユイはわずかにムルティナの話題に興味を抱いた。


「彼って私たちの入学式の日に学年代表の挨拶をしていたのだけど……ユイ君は覚えている?」

「どうだったかな。式の最中に寝ていて、起立できずに教官に怒られた記憶はあるけど」

「……取りあえず、ユイくんの思い出は置いておくとして、学年代表の挨拶って本当は入学試験のトップの者が行うの」

 普段の授業や先ほどからの姿から、さもありなんとセシルは思いつつ、ユイに向かって新入生の挨拶に関するシステムを解説する。


「ああ、そう言えば彼もさっき僕よりは成績が良さそうなことを言っていたね。なるほど、彼って優秀なんだ」

「それが違うのよ。本当は入学式の挨拶はユイ君がするはずだったのよ。だけど慣例上、四大大公家の者が入学した際は、その者を主席扱いとして挨拶させる決まりになっているの」

「へぇ、おもしろいね。そんな決まりがあったんだ」

 ユイは本当に感心したように、何度もうなずきながらセシルの説明を受け入れる。

 すると、その反応を目にしたセシルは、ユイに向かってわずかに視線を強くした。


「あの……ユイ君。悔しくないの? だって、本当はユイ君が学年代表の挨拶を行うはずだったんだし、おそらく今回の試験の結果も彼だけインチキよ。たぶん実際の点数ではなく、ユイ君よりいい数字をただ張り出しているだけだと思うの」

「はぁ、そう言われてみると……しかし、それはむしろ彼に感謝しないといけないね」

「へっ?」

 突然、突拍子もないことを言い出したユイに対し、セシルは思わず目を丸くする。


「だってさ、挨拶なんかめんどくさいし、成績なんて奨学金の枠内にさえ収まるなら、別に何位だろうが構わないしね。彼が首位を取ることで、煩わしい諸処の雑用をこなしてくれると言うんだったら、やっぱり感謝しないと」

「……はぁ、やっぱりユイ君はユイ君だね。なんか気が抜けると同時に、少しほっとしたよ」

 ユイなりの理由を耳にしたセシルは、目の前の男はそう言う男だったよなと苦笑いを浮かべると、急におかしくなり頬を緩める。


「そうかい? でも、ムリティナかぁ……頑張って明日くらいまでは名前を記憶しておくことにしよう」

「……既に間違っているよ。ユイ君」


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