珊瑚の結婚を聞かされた紺々の、憂いの瞬間
今日、珊瑚と紘宇の結婚が決まったらしい。
紺々はこんなにおめでたい日はない、と思う一方、どこか寂しい気持ちもあった。
これまでは〝みんなの珊瑚様〟だったのに、紘宇と結婚してしまい、人妻になってしまうからだろう、とモヤモヤした気持ちを持て余す。
「はあ……」
ため息を吐いていたら、たぬきがやってきた。
『くうん?』
まるで紺々を心配するかのように、優しく鳴いてくれる。
「うう、たぬき様~~~~!」
紺々が腕を広げたら、たぬきはその胸に飛び込んできた。
ふかふか、もふもふの毛並みに顔を埋め、しばし堪能する。
たぬきから香る、花のような甘い匂いをかいでいたら、不思議と紺々の気持ちが少し落ち着いてきたのだ。
たぬきは紺々の腕に手をかけ、どうしたの? と聞くようにつぶらな瞳を向けてくる。
「お話を聞いてくださるのですか?」
『くうん!!』
もちろん、と言っている気がして、紺々は嬉しくなる。
「では、その、ここだけの話なのですが」
紺々はたぬきの毛を櫛で梳りながら、思いを打ち明けることとなった。
「今日、珊瑚様が結婚されると聞いて、少し……いいえ、とっても寂しい気持ちになりまして」
おめでたい話ではあるものの、結婚したら珊瑚は汪家の人間となる。
紺々とも離れ離れになってしまうのだ。
「珊瑚様のいない人生なんて、考えられません! これからどう生きたらいいのか――!」
話しているうちに、涙が溢れてしまう。
そんな紺々の涙を、たぬきはぺろりと舐める。
まるで大丈夫だ、と励ましてくれるように感じた。
「ええ、わかっているんです。この先もしっかり、生きなければならないですよね」
珊瑚は異国の地へ生きることになっても、弱音を吐かずに強く生きてきた。
背中で生き様を見せてくれたのだ。
しかしながら、珊瑚以上に素晴らしい人間との出会いはないように感じて、珊瑚は未来に希望が持てずにいた。
「しばらくは、落ち込んでしまうかもしれなせん」
話し終わったタイミングで、遠くから紺々を呼ぶ珊瑚の声が聞こえた。
紺々は泣いている姿を見られまい、と慌てて目元を手巾で拭う。
「紺々、どこにいますか?」
「こ、こちらにおります!」
「ああ、よかった」
珊瑚は柔和な笑みを浮かべ、紺々のもとへとやってくる。
いつもならば嬉しいのに、今日は切ない。
「あれ、紺々、泣いていました?」
「いえ、欠伸をしていただけです」
「目が赤いように思えるのですが」
「少し眠くて」
これ以上追求してこなかったので、紺々はホッと胸をなで下ろす。
「それで、何か御用でしょうか?」
「実は紺々に報告がありまして」
どくん! と胸が激しく脈打つ。
結婚の話は情報通である麗美から聞いたのだが、本人から報告を受けるのはこの瞬間が初めてだった。
きちんと祝福しないと、と自らに言い聞かせて報告を待った。
「紘宇と結婚することになりまして、紺々も嫁ぎ先についてきてもらうことになりました!」
「お、おめでとうございま――え?」
「紺々、これからも、よろしくお願いしますね!」
「あの、私も、珊瑚様の嫁ぎ先についていけるのですか?」
「はい! 紺々なしの人生は考えられないので、絶対についてきてもらおうと考えていたんです」
その言葉を聞いた瞬間、珊瑚はぶわっと涙を流してしまう。
「こ、紺々、嫌、でしたか!?」
「いいえ、嬉しくって」
涙する紺々を、珊瑚は優しく抱きしめてくれる。
どうやら紺々の憂いは取り越し苦労だったようだ。
これからも珊瑚と一緒にいられることに、紺々は感謝する。
そんな二人を見ながら、たぬきは祝福するように『くうん!』と鳴いたのだった。




