◆特別養護神様ホームの意義と姪っ子日和の巻◆
ナルとシロの朝はかなり早い。
今日も定時に目覚めると二人揃って生活用に整備されている地下道に出た。
「むききーっ、ダーリンは意地悪なのですぅ。ちょっとぐらいモーニングクンクンさせてくれてもいいでわないですかぁ。もう二週間も一緒に暮らしているのですよぉ」
「寝ぼけてお尻がじった奴がなにをいうかーっ!」
「うふっ、もうテレテレちゃってぇ~それはシロのエロチックラブが燃え上がって歯型をつけただけなのですぅ」
朝一番、地下道の水飲み場でナルとシロの夫婦喧嘩が始まるとその喧騒とは一転ゆるぎ荘の地下居住区に場が和むのどかで朗らかなひとときを知らせてくれる。
「ほほーっ、相変わらず仲睦まじいのぉ」
「夜のほうも朝より激しいのかのぉ」
「噂ではシロが攻めでナルが受けらしいぞ……特に菊門に華を刺す生花爛漫プレイがお気に入りらしい」
こちらも毎朝恒例の一本足のカラカッサを中心に地下水で籠の中の小豆を研いでいる小豆とぎやぎっくり腰気味の子泣き爺なども加わって益体もない噂話が乱舞する井戸端会議が始まっていた。
「朝っぱらから匂いだ噛んだだのとお盛んですわね。そこに刺した刺された、孕んだや責任とってが入ればもう大興奮ですわ……じゅるるる」
「むへーっ、ゆきな、朝っぱらからダーリンを見てよだれたらしてなにしているのですかーっ! も、もしや、ダーリンが寝ている隙に香水替わりに塗りつけたくさやの原液の匂いにきがついたのですかーっ!?」
「こらーっ、この臭いはお前のしわざかーっ、朝からお尻まわりが異常に臭いと思ったら原因はやっぱりシロだったかーっ」
「ふふふっ、お尻が臭いナル……さすがの私でもくさやプレイなどのマニアチックな羞恥プレイは苦手ですが脱糞プレイは嫌い……というほどでもないですわ。今夜、沢山浣腸を用意しておくので訪ねておいで」
「絶対に行くわけないだろーっ!」
「そうですぅ、ダーリンはシロのものものですぅ。そういえば今日のシロはゆきなとゴミ山探査の日でしたよねぇ……ノルマがヤバイので気合入れてがんばるのですぅ」
「その意見には同感ですわ……達成しないと……はあぁぁ、緋影姉さまに……」
「そうですぅ。酷い目にあわされるのですぅ」
「酷い目ってどんなことなんだ?」
興味本位で聞くナルに困惑したゆきなが。
「そうですわね……とても酷い罰といえば……ふふっ、例えば身を挺してくさやの原液をお尻に塗られるとか……」
「こらーっ、それって今の僕じゃないかーっ!」
そんな形でナルの朝の一幕が終わっていく。
シロは「ダーリン、今日はゆっくりと臭いを落とすのですぅ」と両手をブンブン振ってゆきなとゴミ山に出かけていった。
特別養護神様ホームゆるぎ荘には地上に三つ、地下に六つの温泉がある。
ゆるぎ荘にひかれている豊富な地下水脈のうちの一部がゴミ山の発酵する熱で温められており豊富なミネラルなどを含んでいた。
そのため、ゆるぎ荘にいる店子たちは住処としている区画によって入浴場所が線引きされている。
そしてナルの住処となっている二丁目にあてがわれている少し入り組んだ地下道を抜けた鍾乳洞の中程にある露天風呂でどっぷり肩までつかって鋭気を養っていた。
「ふあぁ、気持ちいいぞーっ」
「そうですね……とっても気持ち良いでありんす」
「うぁぁ、先客がいたのですね、騒いですみません」
距離はおよそ二米。
もくもくとあがる湯気が視界を塞ぎナルは先客に気がつかなかった。
その姿は巨大な猫だ。
おおきさはナルの胸のあたりまであるほど巨大だ。
その猫が目を細くしてナルを見つめると年月を経た大人びた表情で唇の端をクイッと上げて笑う。
「おほほほっ、いえいえ、良いのですよ。わたくしは三丁目の猫又と申します。お主さまはどちらさんでありんす?」
「あ、えっと、二丁目の犬神シロの同居者で鈴賀ナルです」
「ああっ、あの噂のぼっちゃんかい」
「噂ですか?」
「ああっ、わたくしたちの守護者である緋影さまの病を沈めてくれた恩人だからね」
どっぷりと湯船に浸かる猫又は胸の奥から溢れ出る温かい感謝の気持ちで衝き動かされた言葉がナルにかけていた。
ゆるぎ荘地下道では居住ブロックごとに新参者のナルに対する変態説やはたまた荒唐無稽な話まで様々なカタチで噂が広がっていたがこの猫又はかなり良心的な噂を耳にしている様子だった。
「どうです、ともにこの湯につかるも何かの縁、世間話としゃれこみませんか」
「あはは、僕はここに来て日が浅いので色々と教えていただければ嬉しいです」
「そうでありんすなぁ……では一つ、ぼっちゃんは何故、悪鬼羅刹が蔓延るゴミ島に特別養護神様ホームゆるぎ荘があるかご存知ですか?」
「いえ、知らないです」
楽しそうに問いかけてくる猫又にナルは照れるように失笑した。
住んでいるにもかかわらず猫又の質問に答えられないことに恥ずかしさを感じてしまった。
そんなナルの内心を汲み取ったのか猫又は何もなかったように温泉のふちに腰をおろして毛づくろいをしながらナルを視線に捉えると鈴音のような声色で語り始めた。
「ここはわたくしたちのように力を失い弱りきった旧世代の神や妖怪などが新たな時代に具現化した新しき神に敗れて死神の手により神狩りにあい追放され、流刑地として流されたゴミ島にある駆け込み寺。最後に救いを求めて訪れる場所なんですよ」
「ここが駆け込み寺?」
「わたくしは大きくもない胸を張って偉そうに言えるご身分ではありませんが緋影さまに保護していただいた一匹でありんす。ここに流されたときは数十の一族郎党がいたのですが北の蛮族である愚民に狩られてしもたり亡者に襲われて捕食されり……気が付けばわたくしと妹の二人っきりになりまして。飢餓に苦しみ傷ついた肉体で這いながら命からがら南方にたどり着いた時に緋影さま率いるゆるぎ荘の面々に助けていただいたのです」
「妹さんは?」
「おや、わたくしの可愛い妹のことが気になるのですか? ふむふむ、ぼっちゃんは御目が高いですのぉ。片足は失っておりますが緋影さまから義足も頂き今はリハビリを兼ねてゆるぎ荘の畑で野菜を耕しています。もしよろしければわたくしともども嫁に貰ってやってくれませんか?」
「いやいや、遠慮します。もう、シロでていっぱいなもので」
「シロ? ……おおっ、あの二丁目に住んでいる緋影さまの義妹であるとぼけた犬神ですのぉ」
涼やかに通る声でコロコロと笑い始めた猫又が四本足で立ち上がり全身をブルブルと振って水気を弾くとナルに向かって恭しく礼をする。
そしてよく通る声で
「いやぁ、久しぶりに上物の殿方のお肌ピチピチ感を堪能できて非常に楽しいお時間でありんした。さすがは噂の鈴賀ナル殿ですのぉ。女湯に堂々と入ってこられるなんて肝が座っておられる。覗き見をした子泣き爺などは漬物石三日の刑でありんした。直接乗り込んでくるなんて感激したでありんす」
猫又が大きく跳躍をして露天風呂の隅まで下がるとその姿が妙齢の女性の貌に変貌していく。
「おやおや、真昼間からとんでもないお方が脱衣所にやってきたでありんす。ぼっちゃん、どうか五体満足でご無事でお逢いできることを祈っているでありんす」
猫又はにやにやと楽しげに微笑むと地下に伸びる空洞の宵闇と湯けむりに消えていった。
そして入れ替わるように入ってきた二人の女性。
ナルの視界には雪のように白い肌に豊かな胸元を彩る桜色に芽吹いた突起物を隠そうともせずに頬を緩めつつ悪戯っぽく口角をあげてにぱっと微笑む緋影と華奢な短躯でナルより頭三つは小さく、ぺったんこの胸に子供特有のハリのありすぎるお肌をヒクッと切なそうに震わせて緋影の後ろに隠れるおかっぱ髪がほっそりとした肩にたれている少女。
「クククッ……ナルよ、よもや女子風呂を覗くなどの低次元な行いでは飽き足らず麗しき女性陣のエキスが満載の残り湯を飲む変態プレイまでその行動が昇華させたのか」
「そんなわけねーだろーっ!」
良心の呵責にとらわれた苦い顔で応えるナルを「今晩は何度もうちを抱いた夢を見るぐらい艶かしく妖艶なうちのふたなりの肉体をしっかりと目に焼き付けておけ」などと言って茶化す緋影。
唇を人差し指に当てながら小首を傾げて思案顔のおかっぱの少女が緋影の脇をすり抜けて女性らしく膨らみにかけたストンとしたスッキリ肉体をあらわにしながらナルの前に立ち止まりじーっと顔を見つめた。
「もしかして……鈴賀ナル叔父様ですか?」
はいっ? ナル叔父様って!?
湯気が立ち込める薄暗闇の中で目をこらしてナルを見つめるおかっぱの少女は怯え震えた小声で恐る恐る言葉を紡いだ。
ナルのような独身のピチピチに対してその言葉はとても滑稽だ。
ただ嘘をつくような揺れた瞳ではない。
何かに必死にすがるような無辜な色を宿したおかっぱ少女の力強い眼光に射抜かれたため言葉を失
い絶句するナルにかわって緋影が答えた。
「クククッ……ああっ、そうだよ。その者が鈴賀ナルだ。ユレルの叔父にあたる鈴賀ナルだ」
穏やかな気配のまま緋影は小さく頷くと穏やかではすまされない台詞をナルとおかっぱの少女に囁いた。
おかっぱの少女ユレルは頬を染めて形の良い唇を横一文字に閉じると艶やかな髪を揺らして胸に秘めていた想いを爆発させるように虚を衝かれて茫然と立ち尽くすナルの胸に飛び込んだ。
「とてもお逢いしたかったです。お母さまがいつもお話されていた英雄にずっとずっとお逢いしたかったです!」
「ええっ? お母様っていったいだれですかーっ!?」
「はいお母様ですね。お母様は鈴賀楓です」
「え、ええーっ! 楓ちゃんだってーっ!」
ギンギンと響くナルの声は地下道まで届き
「おおっ、緋影さまの入浴を覗きにいくとは剛の者よぉ」
「もはや変態は神の領域に昇華した」
「グヌヌ、我らが緋影さまに手を出すとはナルを埋めてしまえーっ」
などとゆるぎ荘の面々の娯楽の一つであるアホチックなリアルタイムネタ的噂が広がることに時間はかからなかった。
無論、シロやゆきなにもカラカッサを通じてのちほどしっかりと耳にはいることとなる。




