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◆緋影の秘密と灰上美人の巻◆


 二人がゆるぎ荘に戻ったころには灰色の空の闇が薄くなり朝の訪れを知らせる亡者の咆哮もなりやんでいた。


 シロは保護した気絶し続けている生者を担いだままゆるぎ荘に入荘させる手続きのために本館入口でゆるぎ荘入室係をしている最近ロン毛のヅラがお気に入りのぬらりひょん相手に奮闘していた。


 一方その頃ナルは……。


「ほら、早く緋影姉さまに食われ……いえ、お逢いになってください」


「シローっ! 助けてー。緋影さんに食われたくないぞーっ!」


「そんなに嫌でしたら私がナルのはじめてをいただきましょうか? じゅるるる」


「どうしてそうなるの!」


 ゆきなに胸ぐらを掴まれたナルはずるずるとゆるぎ荘の廊下を引きずられていた。


 その右手で握り締める麻袋には昨夜シロともに摘んだ灰上美人がたっぷりと入っている。


「ナルが緋影姉さまの用事をこなして無事に帰ってきてくれて嬉しいです。そんなに私の豊満な肉体を狙っているなんてだ・い・た・んな告白ですよね」


「なんでやねん! 首根っこ掴んで言うセリフじゃないだろーっ」


「うふふ、私にこんなに羞恥プレイをさせておいて興奮のあまり勃起なさるなんてシロの貧弱な肉体と純情では満足出来ずに飢えていますね」


「僕は飢えてないから離してくれーっ」


「ふふふっ、ご心配なさらず、初夜はお布団じゃなくて板間廊下でも良いですよ……キィィィと鳴るウグイス張り廊下で衆目にさらされる背徳プレイ……ふふっ、私が飢えていますので今すぐばっちりやりたい盛りですよ」


「こらーっ、僕の意見が全く反映されてまったくないぞーっ!」


 僕の叫びからややあって廊下の奥、緋影の私室の前でゆきなから開放された。


 ちらりとナルを睥睨すると僅かに眉をひそめて「ここからはナル一人でこさすようにと指示を受けているの」とゆきなが少し寂しそうな口調で言った。


 な、なんだか嫌な予感がするーっ。


「えっと、僕一人で行ってよいの?」


「この先は私たちでも入れないゆるぎ荘の聖域なのです。ここに入れる者は緋影姉さまと入室を許された者のみなの。たとえ私たち姉妹でも不可侵領域です。ナル、そこまで緋影姉さまの信頼を勝ち取るなんて……そんなに良いものを持っているのですね、じゅるるる」


「そのよだれの量にひきますよーっ!」


 今までは緋影しか入室することが許されなかった部屋。


 得体のしれない緊張感がナルの神経に重圧をかけている。


 新参者で素性がしれぬ者をなぜ信用して聖域に招くのか? そこには想像以上のプレッシャーの壁が存在していた。


 そんなナルにゆきなはそっと励ます。


「自信を持って行きなさい。信頼は時間で勝ち取るものではないのです。その者の人格や魂の色が勝ち取るものです。ナルは私やシロの信頼もゆるぎ荘の皆の信頼も勝ち取ったんだよ。このゴミ山のゴミだめみたいな世界の住人から家族と想われて信頼の絆を培ったんだよ」


「そ、そうかな」


「さて、与太話はおしまい。いってらっしゃい」


 ゆきなはニィと笑みをこぼした。


 話を締め括ったゆきなはポンッとナルの背中を押すと霧散するようにその場から姿を消した。

 特別養護神様ホームゆるぎ荘の長であり皆の絶対的信頼を得ている圧倒的カリスマ・七難緋影。


 その私室の入口である扉。


 その扉を開けるとナルの入室を歓迎したように扉にくぐりつけられていたベルが可愛らしくリンリンと涼しげな音を奏でた。


「クククッ……やっと来たかい。あまりに遅いので廊下の隙間に躓き穴に落ちて、うちの実験用のぐちゃドロの亡者相手に悪臭プレイの寝技三昧ファックをしているのかと邪推したよ」


 グチャドロの亡者を飼っているのですかぁーっ!?


 ナルの戸惑いをよそに部屋の奥から呑気と呼ぶに相応しい声が聞こえた。


 いつもの緋影とは思えない穏やかで優しく温かな声音だった。


「クククッ……そんなに警戒するな。うちが寝巻き姿で床についているとはいえ若気のいたりを誘っているわけではない。不治の病にかかる乙女としてはこの布団でナルに抱かれながら天井のシミを数えてみたいものだがな」


「なら、灰上美人を渡して僕が退出するまでそこで眠っていてくれれば安全も保証されて助かります」


「それはいわゆる欲情に種族もチンコのデカさも関係なくうちを深く愛しているという告白か?」


「絶対に違いますーっ!」


 緋影の言葉遊びはナルをからかっていて、口調もまるで本気ではない。


 ただ、言葉とは裏腹に日頃の緋影からは想像もつかない慈しむような雰囲気が部屋全体を包んでいた。


「ナル」


「はい」


「うちはナルの過去の経緯やその世界、すなわち地球の歴史に詳しく精通している。精通といっても男の子がはじめて射精する精通と勘違いするお茶目なナルよ。無論、お年頃のナルが好きそうな正常プレイから鬼畜や背徳なプレイまで数々会得している」


「は、はあぁ……」


「だから、うちのことももっと知ってもらう……うちはゴミ島のゴミと淀みと憎しみから発生した化身。いわば真理に属する神に準ずるものだ」


「そ、それって凄いことですよね」(やや尊敬の眼差しのナル)


「クククッ、そう褒めるな。欠点だらけのこの肉体……その灰上美人のエキスがなければ維持できぬほど弱っておってな、だからといって襲うでないぞ。二つの快楽が味わえるからといって」


「か、快楽!?」


「そう、うちはふたなり。夜伽では男役も女役もこなせるぞ」


「………………」(←あまりの驚きに声が出ないナル)


「という訳なのでうちと結婚しろ」


「なんでそーなんねんーっ! 緋影さんーっ、頭の中がおかしーだろ!」


 声を荒げたナルに緋影は軽く首を振って苦笑すると掛け布団をたたみ弱々しく半身を起こす。


 そして麻の袋を受け取り中から一輪の灰上美人を取り出し静かに握るとすーっと瞼を閉じた。


 すると薄暗い室内で灰上美人の花びらが金色のライトエフェクトを纏って一際輝きを増して散って

いく、まるで緋影に生気を吸い尽くされたように。


「クククッ……助かったぞ、この希少な華がこれほどあればうちの肉体も長期間安定する。さすがは鈴賀ナル……地上で唯一、その虚無の力で侵略者を退けた剛の者よ……いや、虚無の存在そのものというべきか」


 その瞬間、緋影が持つ華の隙間から覗いていたナルの瞳が鋭い光を増した。


 様々な想いが輻輳するその瞳には精緻な輝きが秘められている。


 そんなナルの変化に気付いた緋影は肩を落として憐憫な雰囲気をまといながらも穏やかに目を細めた。


「クククッ……うちの前で隠しごとはナンセンスだよ。うちは淀みも憎しみを司っている神。ナルの世界のことなど生者がいるかぎり手に取るようにわかる。全てはナルから名誉と功績、そして婚約者(いとこ)であった幼馴染を奪うための金持ちの坊ちゃんの嫉妬から始まった悲劇。やはり、いかに優秀でも石(、)……そう、賢者の石と試験管実験(、、、、、、、、、、、)から産まれし者は蔑まされたか……。せめてもの慰めは侵略者に祖国を売った大犯罪人に仕立て上げられたナルをコールドスリープさせて棺をゴミ島に繋がる亜空間に放り投げた者がいたことだな」


 その言葉にナルはグッと唇を噛んだ。


「僕を、僕を逃がしてくれたのは誰だかわかりますか?」


「さぁな、名まではわからぬ……がその真相はすぐにわかるだろう……もう一人のナル……いや、取り込んだ者のつながりによって」


 緋影は淀みなくはっきりと断言した。


 目を背けることなくナルの瞳をしっかりと見据えて。


「さて、きわめて成果をあげた労働には報いねばならぬ。なにか望むものはあるか?」


「ええっと、ゆきなさんのお小遣いの件を宜しくお願いします」


「クククッ、嫌だ」


「ええーっ、な、なぜですかーっ!?」


「たんなる嫌がらせだ」


「そ、そんなーっ!」


 そう抗議しようとした刹那……しなやかな指先がナルの顎を捉える。


 屈託のない微笑みを浮かべて血色の悪い唇まわりをペロリと舐めると唾液がルージュのように妖艶に絡みついた唇を緋影は貪るようにナルの頬に当てた。


「うちからの褒美だ。親愛なる弟へのお姉さまからの感謝の気持ちだ。ここがお前の家だ。うちが牛耳るゆるぎ荘の店子ちは皆が家族だ。もう一人ぼっちにはしない。だから灰上美人に囲まれた布団の上で誓って欲しい。どこにもいかないと……ずっと皆と一緒にいるって……そして、うちと結ばれなくても良いから……うちを一人ぼっちにしないと誓ってほしい」


 きめ細やかな金色の前髪が御簾のように緋影の表情を隠すが、その瞳から流れ出る涙までは隠しきれない。


 緋影は泣いていた……ナルの心を代弁するように端整な顔を歪めて泣いていた。


 だからナルは小さく呟いた。


「緋影さんを一人ぼっちにしません。だから僕も一人ぼっちにしないでください」

  


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