◆愛そしてカラカッサと寂しいシロの巻◆
その日は静かな夜のはずだった。
マンホールを開けて地下道に降りると右側通路の五番目の扉、そこがシロの部屋であり今はナルも寝泊まりしている住処だ。
ゆるぎ荘の敷地内に縦横無尽に張り巡らされた地下通路のへりには生活用水として地下水が流れており、住居区画ごとに共同風呂や共同トイレなどが完備されている。
衣類や日用雑貨・食料品などはゆるぎ荘の内にある専門店で販売している。
独自の通貨制度が導入されている小さな独立国家のようだ。
ナルがシロの部屋に住み着いて二日目の夜を迎えていた。
「むっきーっ、ダーリンーっ! 噂好きのカラカッサからきいたのですぅ、ゆきなと朝っぱらから不倫したうえにゴミ山で青姦していたとはどうゆうことですかぁーっ。シロがいっぱい頑張っておつかいにいってきましたのにぃ、お仕置きなのですぅ。お尻だすですぅ。カジカジするのですぅ……はうぅぅーっ、シロの部屋でなにやっとるねんぼけーっ!」
物凄い勢いでボロっちい扉が開くと血相を変えたシロが大慌てで叫びながら飛び込んでくる。
そのスピードは光陰矢の如しだ。
「……ハァハァ、私は粘っこいちょっと濃い目が好きです」
「やめてーっ、ゆ、ゆきなさん……そんなところー、あはん、誰かぁー、た、たすけてぇー……」
蕩けた瞳の奥に恍惚とした色を浮かべたゆきなは藁に横たわり足を躍らせて腰をくねらしながら細く白い指をナルの背中に這わせる。
現場をおさえたシロは両手の拳をブルブルさせてもはや怒りのオーラを隠そうとしない。
「ゆきな、姉妹の恩情ですぅ。五秒だけ待ってあげるのですぅ。ダーリンの背中に這わせているおおなめくじたちを持ってさっさとこの部屋から出ていくのですぅ。ダーリンもそんなぬるぬるプレイでかんじないのですぅ」
「シロ帰ってくるのが早すぎますわ。とんだ早漏っぷりですよ。今から姉と弟の『禁断の愛の物語~近親相姦に落ちた乙女~』の小説のとおりに進行するのだから。なめくじの後はムカデ、その後はサソリプレイよ」
「むむーっ、そ、その本はだめですぅ。それはシロが歯でガジカジ噛んで表紙と中身を別々のものにしてゆきなの部屋の本棚にこっそりと片付けた本ではないですかぁーっ。たしか表紙は『禁断の愛の物語~近親相姦に落ちた乙女~』ですが中身は『蟲の拷問百選~拷問から肛門まで禁断のスカトロン~』なのですぅ。」
「シローっ、すぐにやめるように説得してくれぇ」
シロは眼前で行われている光景に目を閉じることもできずに掌に嫌な汗をしみだしながら懸命の説
得にあたる。
「ゆきな、とっととダーリンから離れるのですぅ。一日二十四時間のうち十二時間はダーリンのことを考えて残り半分はお腹がすいたーっと考えているシロがいっているのですぅ。間違いなくカラカッサの噂は黒ではなく白ですぅ。でっちあげなのですぅダーリンを疑ってしまったのですぅ」
「そうですわ、シロ、そう思うなら今から慰霊石に一人でいって罪深かったことを反省してきなさい。そうすればきっと皆さま許してくださいますわ」
「むむーっ、そうなのですぅ。すぐに懺悔をしないとダーリンに申し訳がたたないのですぅ」
「流石は私の妹だわ。シロが懺悔している間、私が責任をもってナルを犯してあげるからゆっくりと反省してきなさい」
「ううっ、持つべきものは姉なのですぅ」
「こら、シローっ! 滅茶苦茶言いくるめられて騙されているぞーっ!」
「騙されている? はっ、そうだったのですかーっ!?」と凝然と目を見開くシロにチッと舌打ちをするゆきな。
そんな救いようのないシチュエーションを目の当たりにしてもブレない馬鹿さ加減は純粋なシロならではのものだろう。
「……ゆきな。お願いなのですぅ、シロは遠い道のりを水も飲まずにダーリンのことだけを考えてもどってきたのですぅ。いっぱい頑張って帰ってきたのですぅ。今晩はそっとしてほしいのですぅ」
その時のシロの口調がいつもの陽気な口調とはあきらかに違っていた。
小さく震える肢体、話す言葉には勢いもなくシロが悶えていたナルの傍らに座ると一つ一つおおなめくじをはがしてビニール袋に入れる。
「ふーっシロが泣きながら這いつくばって凛々しいゆきなお姉さまと言うまで頼むのでしたらしかたありませんわ。特別に今晩だけはおとなしくひきさがりましょう」
めがねをいじりながらすくりと立ち上がったゆきなは少し困ったように小さく肩を竦めると名残惜しそうだが諦めたように手を振って部屋を出ていった。
シーンと静まり返る部屋に残されている二人。
一人は震えた肢体がその場にへたりこみ、黒目がちの大きな瞳から涙が頬を伝い床へ吸い込まれていく。
もう一人は素っ裸で手足を荒縄で縛られてナメクジプレイで弄ばれて横たわる者。
二人の足元を照らす燭台の火だけが静かに時間を刻んでいく。
「ぐすん……ダーリン。とっても聞きたいことを一つだけ聞いてもいいですかぁ?」
「うん、何でも聞いてくれていいよ。そのかわり手首と足首をほどいてほしいぞ」
「おねがいなのですぅ、真実をききたいのですぅ」
シロは胸に手を当てると薄く目を閉じて小さく息を吐いた。
泣き出し打ち震えながらも懸命に言葉を紡ごうと転がるナルに寄り添った。
「シロが帰ってきたら地下道で皆が噂をしていたのですぅ」
静まりかえった室内に伏せ気味のシロがこぼす弱々しい声だけが響く。
その声はどうかシロの信じているダーリンのままでいてくださいと切なる想いが込められている。
「朝からダーリンがゆきなとデートに行って野外で手篭めにされたと聞いたのですぅ。そして緋影姉ちゃんの部屋で結婚衣装にぶっかけ変態プレイまでしてあっはんうっふんと悶えて恍惚なひとときを過ごしたって噂ですぅ。カラカッサが大々的に言っていたのですぅ。シロは……まだ一度もダーリンに手をだしていないですぅ。ダーリンとの関係を本当に大切にしたいから……ダーリンがシロの肉体を抱きたいと願うまで手は出さないつもりですぅ。なのに……なのに……」
「まてまてまてーっ。どんなに捻くり回したらそんな話になるんだ!」
「乳くりまわされたダーリンの話を捻くり回しているのですかぁ?」
「大変な誤解だぞ!」
「だけどぉ……今も素っ裸でゆきなに変態プレイされていたですぅ」
「これは緋影さんのところから帰る途中に落とし穴にはまって穴から上を見上げたら『ほほほっ、あらあらこの薬品でよかったかしら』などと言ったゆきなさんに危険そうな紫色の粉をかけられて泡を噴いて気絶して気が付いたら背中にナメクジつけられてシロが部屋に入ってきたんだよ」
「はにゃーっ、二人の姉ちゃんに弄ばれてそれはそれでだらしがないのですぅ」
「そうだな……シロの言うとおりだよ。悲しませてゴメンな」
馬鹿げた噂の布石に利用されたことは構わないがそのことによって涙する者がいることにナルは腹立たしく思えて真剣な表情でシロに詫びた。
シロはナルの背中に小さく震える身体を預けるとナルの手足の縄をほどいてそのまま目を瞑った。
「ダーリン……お願いがあるのですぅ」
震える手を早鐘が響く胸に置いてシロは滲んだ視界でナルを見つめる。
「今夜はシロと寝て欲しいですぅ。ギュッと抱きしめて眠って欲しいですぅ」
ナルにとってシロの行動は予想外のものだった。
肉食系のシロが生きることに怯える小動物のように震えて寄り添ってくる。
とても切なくとても悲哀に満ち溢れて。
「今晩一緒に眠ったら……明日からいつものシロですぅ」
ナルは無言でシロをぐっと抱き寄せた。
豊かな黒髪が乱れる小さく華奢な身体を守るようにそっと優しく。
そして聞こえないような小さな声で一言だけ言葉を紡ぐとナルも瞼を閉じた。




