24.寝過ごした朝
もし、願いごとがなんでも叶うならどうするか。
リズは、アンヌとそんな話をしたことがある。
リズが真っ先に思いついたのは、精霊使いになりたい、だった。
リズの幼い時からの夢。リズの家柄の本来あるべき資質。
それさえあれば、すべてがうまくいったはずなのに。
アンヌには「すぐには思いつかないかなー」とだけ返して、具体的な答えはなにも言わなかった
リズはもし願いが叶うなら、精霊使いになることを願う。そう思っていた。
けれども「もし願いが叶うなら」が現実になった時、リズはすぐに答えを出すことができなかったのだ。
***
リズは自分の意識が目覚めていることに気付いて、重いまぶたを持ち上げた。
部屋は、明るかった。
再び目を閉じて、寝返りをして左を向く。
そういえば、なにか夢を見ていた気がする。
夢の内容を思い出そうとすると、なぜだか胸が締め付けられるような気がした。
屋敷での日々を悪夢として見たわけではないと思う。
そういった夢はたびたび見るが、そんな夢を見てもこんな気分にはならない。
楽しい夢ではなかったはずだが、と内容を思い出そうとするが、結局思い出すことはできなかった。
――――今、何時だろ。
仰向けになって、左手でベッド脇のサイドテーブルを探る。
手先に冷たい金属の感触。懐中時計だ。
リズは懐中時計を取って文字盤を見た。
盛大な寝坊であった。
時計の文字盤は午前の十一時を指していた。
うそ。
リズは慌てて上体を起こす。
もう一度見たら九時くらいなのでは、と思って改めて時計を見ても、時間は十一時に間違いなかった。
なにか予定があるわけではないが、十一時まで寝過ごしてしまったことにリズは勝手に衝撃を受けていた。
それだけ昨日は疲れていたのだろう。なにせ、本当に生きるか死ぬかの事態に巻き込まれたのだ。
あのあとは、混乱するアンヌを家に送り届け、リズは即座に気絶するような眠りについた。
昨日は興奮して意識しなかったが、心身ともに疲労困憊だったに違いない。
それに、ノアールが起こしてくれない、というのも意外だった。
リズは朝が弱いわけではないが、寝坊はたまにする。
そういう時は、九時にはノアールが必ず起こしに来てくれた。
それが、今日はない。
ノアールも気をつかったのだろうか。
昨日の今日である。ノアールもリズが疲れているのはわかったはずだ。
あるいは、起こしに来ていた可能性もある。
リズの部屋まで来て、ノックをしたがいつまで経っても返事はない。
それで寝かせておこうと決めたのかもしれない。
とにかく、自分から起きてくるまでは寝かせておくつもりなのだろう。
リズは身体を起こして大きく伸びをひとつ。
時計をサイドテーブルに置いて足をベッドから下ろす。
部屋履きを履いて立ち上がる。
鏡の前に立って、くしゃくしゃになっている髪を直し、ネグリジェからいつもの服に着替えて部屋を出た。
一階へと降りてみたが、ノアールの姿はどこにも見当たらなかった。
もしかしたら、出かけたのかもしれない。
けれども、それなら書き置きなりなんなりがあってもいい気がした。
リズは書き置きがないか探したが、それらしいものはどこにもなかった。
単純に、部屋にいるのかもしれない。
そう思ってリズは二階に戻ってノアールの部屋の扉をノックした。
「ノアール? いるの?」
返事はなかった。
どうしようかちょっとだけ迷って、リズはノアールの部屋の扉を開けた。
ノアールは、いた。
ノアールはベッドのヘッド部分に寄りかかった姿勢のまま、眠っていた。
あら、あら、あら、とリズはなんだか面白いものを発見してしまった気分になった。
そもそも、ノアールが眠っているところを見るのは初めてかもしれない。
ノアールの部屋もリズの部屋と同じ作りだったが、物が極端に少なかった。
元から用意されていたもの以外、私物はなにもないのかもしれない。
リズはわざわざ足音を立てないように気をつかって歩き、椅子をベッドの横に移動して座った。
ノアールが気付いた様子はない。
ノアールは浅く小さな呼吸をして、ぐっすりと眠っているようだった。
ノアールも、疲れていたのかもしれない。
どこに行っていたか知らないが、二日間出かけていたのだ。
その上、大霊という怪物からリズを護ってくれたのだ。
疲れていない方がおかしかった。
リズはしばらく寝ているノアールをながめていた。
寝ているノアール、というのが単純に面白かったし、こんなに顔をまじまじと見られる機会はそうないからだ。
寝ているノアールの顔は、いつもより幼く見えた。
いつもは落ち着いた話しぶりや態度からか、リズよりも年上に見えるが、こうして寝顔を見ているとリズと変わらない年齢にも見える。
それにしても、相変わらず綺麗な顔をしていると思う。
リズはなんだか悔しくなって、いたずらでもしてやろうかという気分になる。
そこで、ノアールの目がゆっくりと開いた。
ノアールがリズの姿を認めて微笑む。
「リズ様、おはようございます」
「おはよ」
起きたらリズが自分の部屋にいるというのに、ノアールは落ち着いた様子だった。
リズとしては慌てふためく様子か、そうではなくとも少しは動揺した姿を見たかったので、なんだか面白くなかった。
「ノアールも疲れてたの?」
「なぜです?」
「いや、だって、こんな時間まで寝てるし」
「こんな時間?」
「もう十一時過ぎよ」
ノアールの顔に、あきらかな困惑の色が浮かんでいた。
ノアールのこんな顔を見たのは、リズは初めてだった。
リズは、半分慰めのようなつもりで、
「昨日は疲れてたんでしょ? だって、その、あたしのことを護ってくれたし」
「そう、ですね…… そうかもしれません」
「寝坊なんて誰でもするわよ、あたしだってしょっちゅうノアールに起こしてもらってるし」
リズはそんな、慰めているのか慰めていないのかわからないようなことを言った。
沈黙が、重い。
なぜだか今日は、ノアールと一緒にいて、いつもの気楽さがないように思えた。
リズはこの空気をなんとかしようと考え、
「そうだ、今日のお昼はどうする?」
ノアールは、それに対しては答えなかった。
いつになく真剣な目でリズを見ている。
「リズ様、すこしお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」




