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Prisoners  作者: 水原渉
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 戦いの夜は星のない空だった。湿気をはらんだ不快な空気が包み込み、分厚い雲が低く立ち込めている。微風、月も見えない闇夜。

「いい天気ね。神様、ありがとう」

 施設の庭から空を見上げ、ユウナが小さな声で呟くと、その隣でノーシュが緊張した声で言った。

「後は、本当にアルブランスの連中が来ているかだな。そういう噂が立たなかったのは、計画が完璧に成功したことを意味しているのか、それとも準備をしてもらえなかったのか……」

「あの人は大丈夫よ。きっと来てくれる……。向こうも今頃同じことを思っているはずよ。本当に城門は開くのかって」

 ユウナの言う「あの人」とは、国王ヨハゼフのことだ。もちろん、国王自ら来ているなどとは考えていないが、少なくともエドリスの一隊は突入の準備を万全に整えているはずだ。ユウナはそう信じていた。

 ノーシュは息をついてからうっすらと微笑み、行動をともにする仲間の顔を見回した。ユウナとサレイナの他に、アイバールもいる。ノーシュはアイバールとは1年以上も同室であり、ユウナも彼なら信じられると思って直前に計画を打ち明けたのだ。

 他の魔法使いには何も言っていない。そのせいで彼らと戦うことになったとしても、計画が漏れる危険は冒すべきではないと判断したのである。

 アイバールは真剣な瞳で大きく頷いてから、改めてノーシュに感謝の言葉を述べた。

「ノーシュ、ありがとう。俺は、お前が俺を信じてくれたのが嬉しい」

「味方は一人でも多いに越したことはない。全部が全部お前のためじゃないんだ。これは俺自身のためでもある。礼には及ばない」

 アイバールはもう一度頷くと、息をひそめてノーシュを見つめた。ユウナとサレイナも互いに手を握り合ったままノーシュの言葉を待っている。彼女たちの腕には薄い水色の布が巻き付けてあった。アルブランスの兵士たちは、同士討ちを避けるために戦いの際は皆その布を付けるという。

「行こう」

 ノーシュは“浮遊”の魔法を使うと、地面からほんの数センチのところに浮かんだ。行動は制限されるが、足音を立てない方がよい。アイバールもコントロールはいまいちだが、“浮遊”の魔法を使えるに至っていた。同じように浮かび上がると、得意げに笑って見せる。

 ユウナは“強化”の魔法を使った。これは筋力を強くするだけでなく、五感も強化することができる。魔法が切れた時に急激な疲れをもたらす欠点はあるが、戦いには不可欠な魔法だ。

 研ぎ澄まされた耳と強化された目で周囲の様子をうかがいながら、四人は城門近くまでやってきた。城壁に備え付けられた見張り台に三人、それ以外に人影はない。

 ノーシュとアイバールを置いて、ユウナはサレイナを伴って素早く壁まで移動すると、そこに張り付いた。三人を沈黙させるのは、二人の少女が適役だとノーシュが判断したのだ。人殺しを厭わなければ、サレイナは魔法も体術もノーシュを上回る。

 “浮遊”の魔法を維持して城壁を登ると、二人はダガーを引き抜きながら見張り台に潜入した。三人は寝ぼけた顔をしていたがすぐに真顔に戻って「誰だ!」と叫ぶ。次の瞬間には、彼女たちのダガーがその喉を切り裂いていた。

 “沈黙”はかけるに及ばない。声を出させるつもりはなかったし、少々の声ならば出されたところで問題ない。

 ユウナとサレイナが城門に戻ると、ノーシュとアイバールがすでに閂を外した後だった。本来二人くらいの人数でできることではないが、“強化”すれば可能だ。

 やはり二人で装置の取っ手を回し、10分ほどの時間をかけて橋を下ろすと、次に四人がかりで門を押し開く。その時、

「誰だ! お前たち、そこで何をしている!」

 突然背後からそう悲鳴のような声が上がり、見ると見張りの兵士が二人ほど剣を引き抜いて走ってきた。顔を隠しているので、自国の魔法使いであるとは気付かなかったようだ。

 ノーシュは門を三人に任せると、素早く彼らに駆け寄り、あっと言う間にこれを斬り殺した。それでも、彼らの声は城内まで届いていたらしい。いくつかの足音と声が近付いてくるのがわかった。

 だが、その一団が到着するまでに、門は開けられたのである。

「貴様ら!」

 剣を煌かせて切りかかってくる兵士たち。ユウナはその剣を受け止めると、返す刀でその首を突き刺した。

(お願い、早く来て!)

 ユウナは無我夢中で剣を振るい、飛んでくる矢を叩き落し、一心に祈った。

 門が開けられてから15分もすると、とうとう城内がざわめき出して、特殊部隊まで駆り出された。

 ダガーを閃かして突っ込んできた仲間の攻撃をたくみに躱しながら、ユウナは迷った。自分たちの正体を明かすべきかどうかを。

 けれど、自分たちは今アルブランスの人間なのだ。水色の布を見て深く頷くと、ユウナはともに施設で過ごした仲間を敵と見なすことを決意した。

 豪快に剣を振り上げ、相手のダガーを弾き飛ばすと、恐怖に歪むその顔に思い切り剣を振り下ろす。かつての仲間は叫び声を上げて絶命した。

 ユウナは傷を負い、返り血を浴びながら門と橋を死守した。仲間の姿を確認している余裕はない。

 けれど、ついに城内を埋め尽くすほどの兵士が現れると、もはやこれまでかと思った。

 逃げるべきか、それとも守るべきか。ユウナは判断に迫られたが、その答えを出す必要はなかった。

 門の外から鬨の声とともに、馬の走る無数の音が近付いてきた。エドリスが来たのだ。

 ユウナは大きく息をつくと、“浮遊”を使って空に浮かび上がった。アルブランスに対して行うべきすべては終わった。ここから先は自分のための戦いである。

 城内目指して飛んでいると、放たれた矢の一本が太股に突き刺さり、ユウナは思わず身体をよろめかせた。だが、すぐに逞しい腕に抱きとめられて、そのまま城まで連れて行かれる。

「ノーシュ!」

 ユウナは歓喜の声を上げた。互いに死ぬとは思ってなかったが、もう会うことはないかも知れないとさえ考えていた。

 ノーシュは城の屋根に降り立つと、ユウナの脚に刺さった矢を引き抜いた。ユウナは小さく呻き声を上げたが、すぐに“治癒”をかけて微笑む。

「ありがとう、助かったわ」

「行くぞ」

 一度城の庭を見下ろすと、アルブランスの騎馬隊とブラウレスの歩兵隊が剣を交えていた。数はブラウレスの方が多いが、勢いはアルブランスが遥かに上回っているように思えた。

 窓ガラスを叩き割って一つの部屋に侵入すると、ユウナはノーシュの後に続いて走った。彼は、人質が捕えられている場所に見当を付けていたのだ。

 途中で隊長格の男に引き連れられた一団と遭遇したが、二人はこれを無傷で片付けた。階段を駆け下り、地下にもぐる。そこは剥き出しの土壁で、まるで洞窟のようだった。灯りは壁に備え付けられている。

 しばらく走ると、道が左右に分かれており、彼らは右の道を選んだ。少し先に鉄格子があり、見張りの兵士が立っている。彼はまだ状況を知らないらしく、ぽかんと口を開けて突っ立っていた。

 ノーシュはダガーを煌かせ、その喉元に突きつけた。

「魔法使いどもの人質はどこにいる!」

 時間が惜しかったので、ノーシュはナイフで彼の首を薄く切った。兵士は二人が本気だとわかると、震えながら奥を指差した。

「あ、あっちだ。さらに奥を右に行くと階段がある。殺さないでくれ……」

 恐らく脅しているのがサレイナとアイバールであれば、彼の命は救われただろう。だが、ノーシュとユウナは暗殺者として優秀だった。

 せめて痛みを感じさせないよう、首をひねって意識をなくさせると、そのまま心臓を貫いて息の根を止めた。

「私たち、いつからこんなふうになっちゃったんだろうね」

 ユウナが泣きそうな顔で呟くと、ノーシュは自虐的な笑みを浮かべて答えた。

「俺は元々さ。もちろん、宿屋にいた頃は人殺しはしたことなんてなかったけどな。守るべきもののためなら人殺しだって厭わない。それは元々だよ」

 ユウナは小さく笑いながら溜め息をついた。

 人はあらゆることに慣れてしまうのだ。情に厚かったユウナも、いつしか相手が自分と同じ生きている人間だと感じなくなり、人を殺す時の手応えにも動じなくなった。

(私は変わってしまった。たとえ子供たちを助けられても、もう元のようには戻れない……)

 言われた通り、右奥に階段があった。だが、その手前にある鉄格子には見張りがおらず、しかも格子の扉は開け放されていた。

「サレイナとアイバールが先に来たのかしら……」

 ユウナはそう呟いたが、胸の中にわだかまった不安は拭えなかった。

 階段を駆け下りると、そこは明るく、壁もしっかりと造られていた。太い通路が真っ直ぐに伸びており、広い間隔で扉がついている。

 そして今、そこには兵士たちがひしめき合っていた。二人を見るや否や、彼らは剣を閃かせて斬りかかってきた。

「ユウナ、死ぬなよ!」

 言うが早いか、ノーシュは自ら兵士たちの前に踊り出て、応戦しながら一番近くの扉を開けた。扉の中は広い部屋になっており、生活に必要なものは大体が揃っていた。部屋の中には年老いた夫婦がいて、いきなり開けられた扉の音に怯えている。

 ノーシュは彼らに一瞥くれると、すぐに通路に戻って次の扉を目指した。その最中に何箇所が斬り付けられたが構うことはない。生きてさえいれば怪我は治せるのだ。

 一つ、また一つと扉を開けると、ノーシュはようやく求める部屋に行き着いた。

「ノーシュ!」

「エリス!」

 中にいたのは、ノーシュと同じくらいの歳の若い女性だった。真っ赤な髪の毛は短く刈り揃えてあり、美人だが気の強そうな顔立ちをしている。

 彼女がノーシュの人質だった。

 エリスはノーシュの幼なじみであり、婚約者であった。互いにすでに両親を亡くしており、ノーシュは彼女と二人で宿屋を切り盛りしていた。

 ノーシュには人質になる人間が彼女の他になかった。彼にとってエリスはすべてであり、彼女のためならばあらゆる犠牲を厭わなかった。それが、タンズィに彼を「優秀」と言わしめたのだ。

「待たせたな」

「まったくよ。1年以上よ?」

「すまない」

 ノーシュはエリスの手を取ると、部屋に入ってきた兵士の剣を弾き飛ばして外に出た。さすがにこの数が相手だと、一人一人に致命傷を負わせるのは難しい。

「だいぶ痛い思いもするかも知れないが、我慢しろよ。生きていれば治してやるからな」

「わかったわ。でも、できるだけ守ってよ?」

 ノーシュは苦笑した。たった一人でこの部屋に閉じ込められ、随分悲しい思いもしただろうに、エリスはそれをまるで表に出さない。もちろん、今はそういう状況でないとわかっているだけかも知れないが。

 しばらく通路で交戦していると、突然横から剣を振り上げた男が真っ直ぐエリスに斬りかかってきた。

「しまった!」

 ノーシュは他の男と剣を交えていたので対応できず、エリスは気は強くても素人だ。蒼ざめたまま立ち尽くすエリスと、真っ直ぐに振り下ろされる剣。

 だが、それがエリスに当たることはなかった。突然男の身体が揺らめき、そのまま床に倒れたのだ。

「遅くなったわ」

「サレイナ!」

 男の後ろにいたのはサレイナだった。傍らにはアイバールがいて、やはり自分の人質を探している。

 ノーシュは早口に礼を言うと、再びエリスの手を引いて駆け出した。

「無事でいろよ。生きていたらまた会おう!」

 ノーシュの言葉に、サレイナは大きく頷き、そして今度は自分の人質を助けるために兵士たちに向かっていった。


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