思わぬ形の承諾にて
* * *
「あ、そうだ! ワイルドファングのリーダーさん。ちょっと話があるんだよ。忘れるところだったぜ」
そう言って、ソルティはアレフを呼び止めた。
「何かな?」
「実はさぁ、一つ提案があるんだよ。この試合が終わったらさぁ、ウチの支部とお宅の支部を合併しない?」
それを聞いたアレフは困惑する。ソルティの話はまるで、友達を遊びに誘うような口調で、あまりにも軽かったのだ。
「合併!? 急すぎて、イマイチ話が呑み込めないのだが……」
「あ~いや、合併というか統合というか……別に俺達みんなが一つにまとまろうって訳じゃねぇよ。要は協力関係さ。ウチが困ったらそっちに援助を求めるし、そっちが厳しい時にはこっちから応援を出す。そうやって互いに助け合って、より良い環境を作り上げていこうって話さ」
その話を聞きながら、アレフは腕を組んで考える。
「協力関係というのはこちらとしても嬉しい話だ。しかしマグノリア支部といえば巨大な都市を守る大手の特殊部隊だ。資金面や個々の戦力でも、我々の協力なんて必要ないように思えるのだが?」
「そんな事はねぇさ。現に俺達は決勝戦で戦うほどの実力があるだろ? 俺達にだってそっちのメンバーが必要なんだよ。だからさぁ、まずはお互いのチームのメンバーを入れ替えて、足りない部分を補う所から始めたいと思ってるんだよねぇ」
その言葉にアレフは顔をしかめた。
「お互いのメンバーを入れ替える!?」
「そうそう! 俺達の支部にはさぁ、アイリスちゃんとチカちゃんと、ついでにセレンちゃんが必要なんだよね~。三人共、ウチのメンツにはない魔法や戦術を兼ね揃えてる。ぜひ彼女達をこっちのメンバーに加えたんだ」
(なるほど、そういう事か。つまり彼は自分の周りに女性を置いておきたい訳か。幼いセレン君を『ついでに』っと口走っている辺り、間違いないだろう)
「もちろんこっちからもメンバーを出すぜ? その三人の代わりに、十倍の三十人をそっちに派遣させる。な? これで手を打たないか?」
そう言われたアレフだが、深いため息しか出てこなかった。
「ソルティ君。それは無理な相談だよ。まず彼女達がこのメンバーの入れ替えに反対するだろう。キミが考えている以上に、ウチらの結束は弱くない」
「それを説得するのがアンタの役目だろ? 選りすぐりの精鋭三十人だぜ? 確かアンタの部隊は人数不足のせいで試合が終わったらすぐに自分の街へ帰還してたよな? アンタはそんな問題を解決できて、俺はカワイ子ちゃんを……じゃなくて、有益な人材を確保できる! ほら、ウィンウィンな関係じゃねぇか!」
アレフは再度ため息を吐き、やれやれと首を振る。
「確かにウチはメンバー不足だ。だが、この大会で決勝まで勝ち進んだ事で、十分すぎるほど宣伝ができたはずだよ。恐らく来年からは志願者が増えるだろう。だから彼女達を売ってまで人材確保をする必要なんて無い」
「いやいや、新人なんて育成が面倒なだけだって。あ、もしかしてアンタもあの三人のうち誰かを狙ってたりする? すでに肉体関係まで進んじゃってたりすんの? もしくはすでに彼氏がいるから渡せないとか? けど大丈夫だって。俺そういうの全然気にしないから。むしろそういう子を寝取るのが楽しかったりするから。わかるっしょ? 全然懐かない子を時間かけて口説いてさぁ、そうやって攻略すんのが面白い訳よ。あの子達ってまだ二十にもなってないらしいじゃん? 俺としては気長に三年くらいかけて少しずつ心を開かせるのもやりがいがあるかな~ってさ」
アレフはこめかみを押さえて目を閉じる。
ソルティの言葉に本気で目まいを感じたのだ。
「くだらない……失礼する!」
そう言って、背中を向けて歩き出す。
「あれ~? やっぱダメ~? だよなぁ……あんな上玉、絶対に手放したくないよなぁ。俺だったらどんな条件付けられたって渡さねぇもん。なら仕方ねぇ。最終手段を使うかぁ」
そんな言葉が背後から聞こえてくる。
「おいオッサン。これこれ! これ見てみ~」
「誰がオッサンだ! 私はまだ二十代だ!」
そう言って振り返ると、ソルティは数枚の紙きれをヒラヒラと揺らしていた。
「これ、な~んだ♪」
アレフは何かと思い、それに目を凝らしてみる。するとその紙には、『権利書』と書かれていた。
それが何かを理解したアレフは、自分の目を疑うほど衝撃を受けた。
「バカな……それはウチの特殊部隊の一切を証明する権利書!? 土地も、権限も……なぜお前が持っている!?」
「拾ったのさ。アンタの街を見に来た時にな。いやぁ驚いたぜ。敵情視察に行ったらこんな大事なもんが転がってんだからさぁ」
(拾った!? 何をバカな。そんな大事な物、金庫に入れて倉庫の一番奥に保管してあるはず……まさか!?)
「盗んだのか! 勝手に入り込んで!!」
「はぁ~? そんな訳ないっしょ。そんな事したら犯罪だよ犯罪。俺達は犯罪を取り締まる側なんだからさぁ。証拠もないのにそんな事言っちゃだめだよ。これは拾ったっつってんじゃん。どうせ大掃除とかして仕舞い忘れたのが風で飛んだんでしょ。けどさ、せっかくこっちの手の内にあるんなら有効活用しないともったいないかな~なんてさぁ」
ソルティはただ、ニタニタと不気味に笑っていた。
「愚かな……例え権利書を使って強引に物事を決めたとしても、そんな事は誰も納得しない。余計ないざこざが起こるだけだぞ」
「確かにな。俺だってこれを使ったところでなんでも出来るなんて思ってねぇよ。けどやっぱ、あの子達は諦めきれねぇんだよなぁ……あっ、そうだ、じゃあこうしようぜ! この決勝戦で勝った方が負けた方になんでも一つだけ命令できるってのはどうだ? そうすれば俺だってこの権利書を使わずに済むし、今すぐにこれをアンタに返したっていい」
(なるほど。権利書はあくまでもこの口実を作るためのエサって訳か……)
「なぁなぁ、お互いに同じ仕事仲間なんだし、正々堂々勝負して決めようぜ~? あ、俺らが勝ったら合併な。決定権は全部俺だから。そこんとこヨロ~」
アレフはもう何度目になるか分からないため息を吐く。
「はぁ~……わかった。それでいい。その代わりその権利書は返してもらうぞ」
「オッケーオッケー。そんじゃ審判のお姉ちゃん、この重大発表を観客のみんなに伝えちゃってくださいよ~」
終始うろたえる女性審判は、アレフを見つめて様子を伺う。
アレフは仕方なく、一度頷いて了承してやった。
「こ、これは大変なことになりました!! な、なんと、この決勝戦に勝ったチームが負けたチームを吸収し、合併する模様です!!」
闘技場内が大きく騒めく中、アレフは険しい表情のままソルティから権利書を強引に奪い取る。
そしてそのまま立ち去ろうとするが、後ろからまたしてもソルティが声をかけてきた。
「あ、そうそう、アンタが勝ったらどんな命令をするつもりなんだ? やっぱ合併して、人員を好きなだけ送れって感じか?」
「どんな命令かだと? そんな事は決まっている」
アレフは振り向き様にソルティを睨みつけ、ドスの効いた声で答える。
「もう二度とその面を私に見せるな。一切の接触を禁ずる!!」
そう言って、ポカンとした表情のソルティを後にして、仲間の元へと戻るのであった。




