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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
83/108

特殊仕様のルールにて①

* * *


「ごめんなさい……勝てそうだったのに引き分けにされちゃった……」


 セレンがベッドの上から、申し訳なさそうに謝った。


「仕方ないさ。まさかあの爆発の中を突っ切ってくるとは誰も思わない」


 セレンに付き添っているガルがそう言った。


「う~……でも悔しい。相手は追いつめられると自爆してくるって分かってたのに回避できなかった……」

「もしかしたらあのマント、かなり防御力が高いのかもな。それを見落としたせいで相手の動きを予測できなかったんじゃないか?」


 そんな話をしていると、外から女性審判の声が聞こえてくる。


「それでは続きまして、次鋒戦を始めたいと思います。選手は入場して下さい!」


 それを聞いたガルは、横たわるセレンに軽く手を振って歩き出す。


「俺の出番だ。それじゃ行って来る」

「うん。頑張ってね」


 静かに激励を飛ばすアレフの横を通り、やかましいほどに応援するアイリスを過ぎ、何も言わず、俯いているチカを気にかけながらガルは控え室を出た。

 そしてそのまま短い廊下を通り出入口から外へ出る。


「お!? ワイルドファングの稼ぎ頭が出てきたぞ!!」

「ガルって今何勝目なんだ?」


 観客の声援に交じってそんな言葉も聞こえてくる。

 とりあえずガルは闘技場の中心へ向かうと、相手もちょうど同じタイミングで到着した所であった。

 背が低く、少し腰が曲がった中年の男だ。ゴマをするように両手をこすり合わせ、ガルの顔を見てはペコペコと頭を下げている。


「それではこれより、次鋒戦を始めたいと――」

「――あ~!! ちょっと待ってほしいでやんす!」


 審判が合図を出そうとした瞬間、その腰の曲がった中年男性が止めに入る。


「えっと、ライチ選手どうかしましたか?」

「えぇ、実は折り入って相談したい事があるでやんす。観客の皆様も聞いて欲しいでやんすよ」


 そう言ってライチは、パフォーマンスをするように両手を広げて声を張り上げた。


「実はあっし、今回のガル君との対戦形式を特殊ルールに変更してほしいんでやんす。と言うのも、ガル君といえば現在すでに六勝もしていて、今大会の選手の中で一番注目度の高い選手でやんす。そんなガル君が相手だなんて、あっしはもう負けたも同然でやんしょ? そんな一方的な試合を見たところで観客の皆様を満足させるなんて事はできない! だからここは、一風変わったルールを採用して、皆様も楽しめるようにしたらどうかと考えたんでやんす」


 それを聞いたガルは慌てて審判に確認をする。


「ちょっと待て!? 特殊ルールへの変更なんて、そんな事が認められるのか!?」

「え~っと、選手同士の話し合いで決められた事なら可能です」


 ガルが動揺するように、闘技場内でもザワザワとどよめきが聞こえてくる。そんな妙な空気を塗りつぶすかのように、ライチはさらに声を張り上げた。


「あっしが考えた特殊ルールは、ずばり『かくれんぼ』。あっしが魔法を使い隠れるので、ガル君は魔法の知識をフルに使ってあっしを見つけ出すという単純明快な勝負でやんす! これならあっしにも僅かに勝機がある上に、観客の皆様もどこに隠れているのか考えながら観戦できるので十分に楽しめるかと!!」


 しかしそこでガルが止めに入った。


「待て待て! 今は一勝がほしい時なんだ。そんな変更は認められない!」

「いや~ガル君の言う事はもっとも! しかしこれは、別に負けたからといって命を奪われるような戦いではございやせん。むしろワイルドファング的にはここで寛大さを見せつけた方が、ノード支部の評価を上げるのに丁度良いかと。これまでの闘いで強さの方は十分すぎるほどに見せられたはずでやすからねぇ」


(確かに、俺達の評価が上がればノード支部の特殊部隊に志願する希望者が増えるかもしれない。今は深刻な人員不足。このトーナメント次第で来年の入隊希望者の数が大きく変わる。人材が増えれば事件が起きた時の対応が楽になるし、そもそも隊員の人数がそのまま事件の抑止力に繋がる。けど相手の要望通りに事を進めて本当にいいのか!? 大体俺はできるだけ勝ち上がって、色んな魔法を見る事が目的なんだが……)


 迷う!

 相手の言葉に揺さぶられ、ガルはひたすら迷い始める。

 そう、ガルは魔法の知識や技術は大人顔負けの熟練者だが、話術や駆け引きにおいてはまだまだ子供。あくまでも彼は未成年なのだ。


「どうでやんすかガル君? お客さんもこのルールを望んでいるようでやすが……」


 ハッと我に返って周りを見渡す。すると、会場はすでに大きな盛り上がりを見せていた。


「確かにこのまま戦ったらワイルドファングが勝つよな。もう強いメンバーしか残ってないし」

「面白そうじゃねぇか!! そのかくれんぼとやらで色んな魔法を見せてくれよぉー!!」


 客席はすでに、ライチの特殊ルールを採用するという空気に変わっていた。

 もちろん反対する者も少なからずいる。しかしそれ以上にライチの言葉に乗せられて、賛成する声の方が圧倒的に多かった。


(やられた……こいつ、観客を味方につけて強引に自分の有利な条件で戦いを始めるつもりだったんだ。もうすでに否定できる雰囲気じゃないな……)


 ガルは大きくため息を吐いて、仕方なしに了承する事を決めるのだった。


「わかった。勝負はそのかくれんぼでいい。その代わり――」

「――おお~ありがとうございやす!! 流石ここまで勝ち上がってきたチームは懐も広い!!」


 ガルの言葉を遮りライチが再びしゃべり出す。


「皆様、なんとガル君から承諾を頂きやした。いや~こちらの要望を聞いてくれるなんて優しすぎでやんしょ! こんなすばらしい人材がいるノードの街は、もはや安泰でやすな。あっしもノードの街に住みたくなってしまいやしたよ。な~んて♪」


 ドッと場内で笑いが起こる。

 そして、さらにライチは勝手に話を進めて行く。


「では早速始めやしょう。審判のお嬢さん、コールを!」

「え!? あ、はい。それでは第二試合を――」

「――だからちょっと待て!!」


 ついにガルが大声を出して周囲を黙らせた。


「勝手に話を進めるな! お前の言うかくれんぼはやってやるが、ちゃんとルールの確認をしたい。そうじゃないといざって時に勝敗が曖昧になるだろ!」

「え!? あぁ~……そうでやすね。いやはやこれは失礼しやした。ガル君の言う通りでやんす」


 そう言って、ライチは自分で自分の頭をコツンと小突く。


(こいつ……本当に油断も隙も無いな。俺が黙ってたらルールもろくに説明せずにゲームを始められるところだったぞ)


「まず初めに、制限時間はあるのか? 俺にはどれだけの猶予がある?」

「そうでやすねぇ……制限時間は五分でどうでやすか?」

「五分!? いくらなんでも短すぎないか?」

「と言っても、この闘技場はだだっ広いだけであまり隠れる所も少ないでやんす。それにあまり長い時間だとお客様も見てて飽きるのではないでやすか?」


(自分からかくれんぼを提案しておいて、客が飽きるからって制限時間を短くするのか!?)


 女性審判がガルとライチの話し合いが観客に聞こえるように、喋る方へとマイクを必死に移していた。


「まぁいい。なら制限時間は五分でいいが、隠れる範囲はどうするんだ? まさか天空高く飛び上がって、俺が五分じゃ追いつけないくらい飛び続けるつもりじゃないだろうな?」

「えぇ……!? いやまさか、そんなつまらない事はしないでやすよ……?」


 明らかにうろたえていた……


「では、上空は五十メートまでとしやしょう」

「なら地面はどうだ? 地中奥深くに潜るなんてされたらそれこそ見つけられないぞ」

「えぇ……!? いやまさか、そんなバカな隠れ方はしないでやすよ……?」


 明らかに声が震えていた。


「では地中は五メートルまでとしやしょう」

「ダメだ! 深すぎて五分じゃとても確認しきれない。一メートルなら妥協する」

「そ、それはいくらなんでも浅すぎでやんしょ!? せめて二メートルでお願いしやす」

「……はぁ。まぁいいか。じゃあその深さでいい」


 ライチがホッとしたように息をつき、恐る恐る確認を取る。


「ではそろそろ始めてもいいでやすか?」

「まだだ。そもそも俺は観客と相談してもいいのか? ここだと観客の声援が聞こえてしまうんだが?」

「それなら安心してくだせぇ。最初にあっしがここのフィールドを結界で覆いやす。ガル君はその外に出て観客との会話をしないでほしいでやんす。あっしもその結界から外には絶対に出ないでやんすよ」


 ふむ。と、ガルは小さく頷いた。


「では本当にそろそろ始めるでやんすよ? 審判、コールをお願いしやす!」

「わかりました。それではこれより、次鋒戦を始めたいと思います。ルールはお二人で決めたかくれんぼ! それではぁ~~、試合ぃぃぃ始めぇぇーー!!」


 高く響き渡る女性審判の合図と共に、今、特殊ルールによるゲームがはじまるのであった。

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