努力家の悩みにて①
* * *
「僕の出番だ……ライチ、僕の荷物を広げてくれ」
「了解でやんす」
ラズベリー支部の先鋒グァバは黒マントを脱ぎ捨て、ライチの広げた荷物を漁り出した。
メガネをかけたその人物は、まだ成人していない少年の顔だ。
「相手のセレンは爆弾の魔法を主力に使う。対爆性のマントで少しでも有利に立たなくちゃ……」
広げたマントを羽織り、体を動かしてみてから入場しようとするグァバだが、そこへ壁に寄りかかったままのカリンが不意に声を掛けた。
「アンタさぁ。そうやって相手を異常に警戒する癖やめたら? そんな道具を用意する暇があるんだったら、少しでも魔法を磨けばいいじゃん」
グァバはその足をピタリと止め、視線を合わせずに言い返す。
「ここのルールでは武器防具の持ち込みは自由。相手に合わせて装備を変えればこちらが有利になる。少しでも勝率をあげようとする事のなにがいけない?」
「いやいやいけなくはないわよ? アンタのその、相手を徹底的に調べて行動パターンを把握する戦術を別に否定するわけじゃない。けどさ、本当に戦いが始まったら、大切なのは一瞬の判断力と状況に応じての対応力だからね? そんな小道具なんかさほど役に立たないわよ」
「わかっているさ。けど、一度でも相手の攻撃を防ぐ事ができれば、それだけでも十分に用意した価値は出る。その小さな準備の賜物で勝敗が分れる場合だってあるからね」
「……ふん……」
何も言い返してこない事を確認して、グァバは出入口に向かって歩き出す。
「カリン。今更グァバのやり方に文句をつけるのは止めないか。それがあの子の闘い方だってもう分かっているだろう?」
「そうね。けど私、あいつの闘い方嫌いなのよ。なんて言うか、誰が相手でも自分よりも強いって決めつけてるような考えでさ」
後ろから仲間達の声が聞こえるが、その足を止めずに外へ出る。
闘技場の外へ出た瞬間に、耳が痛くなるような声援が響いた。しかし、それでもグァバの頭の中では、先ほどカリンに言われた言葉が引っ掛かり、苛立ちを感じていた。
(ふん、何を言っているんだ。相手の強さに応じた戦い方をしているだけじゃないか。相手と打ち合った時に一番勝率が高くなるような行動を取っているたけだろ!)
戦いが始まる前からうっぷんが溜まるのを感じつつ、グァバは闘技場の中央まで歩いていく。するとそこにはすでに、対戦相手となるセレンが静かに佇んでいた。
(実際に並ぶと僕より小さいな……ワイルドファングに勝つためにはここを確実に勝っておきたいけど、この子のこれまでの成績は三勝二敗。決して弱いわけじゃない)
自分の身長よりも頭一つ分小さいセレンを眺めながら思案する。
すると、向こうもこちらをマジマジと見つめている事に気が付いた。入場の時には黒マントとフードで全身を覆っていたため、こうして顔を見るのは珍しいのかもしれない。
興味深々といった眼差しで見られることにためらいを感じたグァバは、自然と目を逸らした。
「それでは準決勝第一試合、セレン対グァバ……試合ぃぃぃ、始めぇぇぇぇ!!」
元気よくコールする審判の声と同時に、二人は高速で文字を刻む。
そして、先に完成させたのはグァバだった。
「一気に決めさせてもらうよ! 『デルタトルネード!』」
バックステップを踏み、セレンから距離を取りながら魔法を発現させると、彼女の周囲に三本の竜巻が発生する。
とても巨大で、暴風吹き荒れるその竜巻は天高く立ち昇り、その三本の竜巻の中心にセレンは取り残されていた。
(彼女の行動パターンは調査済みだ。最初に刻む魔法はフライやマジックセイバーなどの補助系で、たまに攻撃魔法や防御魔法も同時に待機状態にさせている場合が多い。それら全てを計算して導き出される答えは、初手から一気に攻めるという方法さ!)
セレンを中心に、正三角形が出来上がる位置に竜巻がうねりをあげている。彼女はその隙間を見つめ、一歩その足を踏み出した。
「当然、竜巻の隙間から逃げようとするよね。けどさせないよ! 『フレイムブレス!』」
グァバが待機させていたもう一つの魔法を発現させると、紅蓮の炎が竜巻ごとセレンの周りを取り囲んだ。
それだけではない。竜巻は炎を取り込み真っ赤に染まり、灼熱の火炎竜巻となって熱風をまき散らす。セレンは完全に竜巻と炎の二つに周囲を閉ざされていた。
(さぁこれで、彼女が使えるどの魔法を使ってもこの状況を覆す事は難しいはずだ。開幕早々見せ場もないまま終わらせるのは心苦しいけど、こっちも勝ち星がほしいからね!)
グァバは二つの魔法を維持し、セレンを追いつめるように範囲を狭めていく。
そんな時だ。ようやくセレンが一つ目の魔法を解き放った。
「フライ……」
フワリと少女の体が宙に浮く。
(計算通り! だけど空から逃げようとしても、この竜巻の上は超えられない! 僕の勝ちだ!!)
炎と竜巻を一斉にセレンへぶつけようと魔力を操作する。
三本の火炎竜巻がセレンに接触しようというその瞬間、彼女は二つ目の魔法を発現させた。
「レリース!」
ガシャーン!!
浮かび上がったセレンは、その上空から地面に向かって魔力の波を放出する。その結果、竜巻は粉々に砕け散り、周囲を取り巻く炎もただの魔力となり霧散していく。
地面に向けて放たれた波は当然客席の結界に触れる事はなく、地面にぶつかると消滅した。
「なっ!?」
驚きのあまり呆然と立ち尽くすグァバの頭上で、セレンは何事も無かったかのような無表情で見下ろしながら静かに語る。
「あなたが相手の行動を事前に調べて予測しようという戦法を使う事は知っていたわ。だからそれを踏まえて最初に使う魔法を選んだの。なんとか読み勝ったようね……」
グァバにとってその言葉は衝撃的であった。
相手の行動を把握して、それを逆手に取るのが自分の勝率を上げる戦術である。しかしそれを読まれてさらにその一手先を行かれるというのは全くの計算外。言わば予測不能の異常事態である。
(ま、まずい……彼女はフライを付与しているのに対して僕はまだ何の魔法も付与できていない。最低でもフライを使って高低差を無くさないと、またあの強制解除の魔法で全てをかき消される……この状況だと僕の勝率は40%程度だ……)
戸惑いと焦りを必死に抑えながら、グァバは再び文字を刻む。
『フ、フライ!』
体が宙に浮くのと同時に、一気にセレンと同じ高さまで移動しようとする。
しかし……
『エリアルマイン……』
グァバの頭上には無数の機雷で埋め尽くされ、とても浮上できるだけの隙間は無い。
言うなればそれは魚と鳥である。機雷と言う名の水面から上に行くことが出来ない魚を、上空の鳥が狙っている構図のようだった。
「くっ……だがこの程度なら、防御魔法でなんとか持ちこたえられる! 『マジックバリア!!』」
全身を光の球で包み込んだグァバが、一気に機雷の中へと突撃する。
「ならこれもあげる。『クラフトボム』」
ポーンと放り投げた爆弾は、グァバの結界にぶつかり大爆発を起こす。すると当然、周囲の機雷も誘爆を始め、周囲は爆炎に包まれた。
「うわあああああっ!?」
結界が破壊され、その爆風で吹き飛ばされたグァバは地面を転がる。
急いで顔を上げると、セレンはすでに次の魔法を使うための文字を刻んでいた。
(か、勝てない……相手の行動を予測する僕の動きを、さらに予測して動く相手……それはつまり、『天才』じゃないか!? 今、僕の勝率は10%……いや、もはや限りなく0に近い……)
絶望が頭を支配していく。
そして、昔の記憶が否が応でも蘇ってくる。この時、グァバは一瞬だけ放心状態となっていた。




