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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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老剣士との真剣勝負にて①

「セレン、惜しかったな。もうちょっとだったじゃないか」

「……」


 セレンは控え室のベットに仰向けになっていた。

 控え室に必ず一人はいる、医療担当の看護師に診てもらい、痛覚遮断の『インタラプト』を施してもらったところだ。

 先ほどからガルがセレンに話しかけているが……


「さすが相手のリーダー、かなり場慣れした感じだったな」

「……」


「ところで、例の時間を戻す魔法はどうだったんだ? 正体がわかったなら教えてくれないか?」

「……」


 なんとなく、ガルに対してどんな態度で接していいのかわからなくなったセレンは口を閉ざしていた。

 ガルの顔を見ないように、首だけ逆側に向けている。


「はぁ……なぁセレン。もしかして試合前のケンカのこと、まだ怒ってるのか? いい加減に機嫌なおせよ」

「……」


 困り果てたガルが、その場を立とうとしたその時。


「……どうせ」


 ようやくセレンがしゃべった。

 ちゃんと聞いていないと聞き逃しそうな、小さな声である。


「……どうせ、私みたいなメンドくさい女が負けて、ガルはせいせいしたでしょうね」


 まるで子供が拗ねた時のような、そんな口調だった。


「いや、そんな訳ないだろう。ちゃんと応援してたさ」

「プン!」


 チラッとガルの方を見ては、再び顔を背ける。

 ガルは仕方なく、姿勢を正して、セレンににじり寄った。


「なぁセレン、なんだか勘違いしてるようだし、一つだけはっきりさせておくぞ?」

「……何よ?」


 静かに、セレンにしか聞こえないくらいの声で、ガルが呟く。


「俺は……セレン一筋だよ……」


 沈黙。

 そして静寂……

 外にいる観客の声が聞こえなくなるほど、一瞬の間セレンの脳みそは凍結していた。


「……え?」


 ようやく我に返ったセレンはガルに向かって聞き返す。


「さて、そろそろチカの応援に行くか」

「ちょ、ちょっと待ってガル! 今、なんて言ったの?」


 立ち上がるガルに、寝そべっていたセレンも慌てて身を起こしていた。


「知るか。何度も同じことは言わん!」

「もう一回! ねぇ、もう一回だけ言って!」


 うるさいくらいに元気になったセレンを無視して、ガルは観戦のために窓の近くに移動する。


「チカの試合は?」

「今から始まるところよ……って、アンタ達何やってんの?」


 ガルの腰にしがみついたまま、ズルズルと足を引きずるセレンを見つめながら、アイリスは呆れた声を出していた。


「あ、あのねガル……私もガルのこと……って、うわ! アイリス!?」

「どったのセレン? 顔が赤いわよ? 具合悪いの?」


 ほっぺたをプニプニと突っついて来るアイリスを、鬱陶しそうに払いのけるセレンであった。


 こんなワイルドファングの現在の成績は二勝一敗。副将戦で負ければ、実質負けが決まるという場面で、チカの戦いが始まる。


* * *


「よろしくお願いします」

「ほっほっほ! よろしくのぅ」


 チカは深々と頭を下げた。

 待ち望んでいた、自分と同じ、刀を使う近接戦闘型の魔法使いとの闘い。

 自分の力量を測るのに打ってつけの相手だった。


「それでは、副将戦、チカ選手対、アルフォート選手、試合ぃ~開始ぃ~!」


 審判が宣言すると同時に、二人は文字を刻みだした。


「『マジックセイバー!』、『アンチグラビティ!』」

「『マジックセイバー!』、『ディテクション!』」


 さらに二人の強化は続く。


『ストレングス!』


 最後に二人は同じ魔法を同時に使い、準備は完了した。

 すると、アルフォートは額に巻いていたバンダナを目元まで下げ、目隠しをする。


「なぜ目隠しをするんですか?」

「この歳になると、もう視力が落ちてのぅ。気配を探った方が早いんじゃよ」


 半信半疑なチカだが、刀を構えた。

 アルフォートは未だ、刀を鞘に納めたままだ。


「では、参ります!」


 ダン! と地を蹴ると、一瞬で十メートルの距離を空けた。

 そこからチカは全力で走る。音速を軽く超える速さで動き回り、アルフォートを翻弄しようとした。


「ほっほっほ! 速いのぅ」


 楽しそうに笑うアルフォートの背後から、一気に距離を縮めて刀を振るった!


――ギイィィン!


 チカの刃は、あっさりと弾かれる。

 しかも、刀を鞘から抜く瞬間が見えないくらい速い。

 そんな今の、たった一撃だけでもアルフォートの強さをチカは感じ取っていた。


「本当に目隠しをしてもわかるんですね! 心眼ってやつですか? 凄いですね!」


 するとアルフォートは、また楽しそうな笑い声をあげる。


「お前さんは噂通り、本当に侍が好きなんじゃな。これは心眼じゃない。魔法じゃよ。『ディテクション』という魔法で、このフィールド全体をワシの知覚で覆ったのじゃ。ここで何をしても、ワシにはお見通しという訳じゃな」

「な、なるほど、そうだったんですか」


 気を取り直してチカは構えを取る。

 知覚されようが、それに反応できない速さで攻撃すればいい。

 そう思い、思い切り地を蹴った!


疾風はやて!』


 刀から一番遠い、アルフォートの左側から瞬間の五連続攻撃を仕掛けた。


――キキキキキィィン!


 五回の攻撃は全て弾かれ、さらにアルフォートの反撃の刃が首元に迫っていた。


「っ!」


 身をよじり、チカはギリギリで攻撃を回避するのに成功した。

 だが、額からは汗が流れ出る。


(強いです……まず刀を振るう速度が尋常じゃありません。これほどなんて……)


 チカは腰を落とし、刀を左脇に取り、剣先を後ろに下げた。


(やはり、この技なしでは倒せません……)


「出るぞ……チカの最強最速の技、『刹那』だ!」

「じいさんも構えた! 迎え撃つ気だ!」


 観客がざわつくのを肌で感じながら、チカは鋭くアルフォートを見据える。

 その時だった。


――フワリ。


(え?)


 チカは目を疑った。

 アルフォートの足元の土埃が、舞い上がった。

 風はない。だが、舞い上がった土埃はアルフォートを中心に、円形に広がっていく。

 まるで、アルフォート自身から風が発せられているかのように。


(闘気です! 初めて見ました……)


 闘気とは、主に剣士同士の戦いで見られる現象である。

 闘いの最中、練り上げられたオーラが体から放出され、それにより足元の埃が風も無いのに宙に舞い上がるという。

 集中力の高い達人レベルにならないと、この現象は起きないと言われていた。


(け、気圧されてはダメです! 集中しないと……この一撃で決めます!!)


 呼吸を整え、蹴り出す足に力を込めた。


刹那せつな……』


 フッ……

 チカの姿が消えた。

 同時に、キイィンという刀がぶつかる金属音が一つ。


――ズサァァア……


 そして、アルフォートの後ろでチカは転がっていた。

 タンッと地面を叩いて、体を浮かせて体制を戻した。


* * *


「……何があった?」

「わかんねぇ。早すぎて、何も見えねぇよ……」


 一般の観客からすれば、チカの動きはもはや神速。消えたようにしか見えない。


「チカさんが最速で振るった一撃を、あのおじいさんが弾き、さらに反撃を繰り出したんですよ。チカさんは左腕を軽く斬られましたね」


 近くに座っていたのはアイリスの師匠、カイン。彼は周りの観客に説明をしていた。


「左腕だし、あの程度の傷ならまだ戦えるだろうけど、正直あのじいさんかなり強いぜ。接近戦でダメージを与えられる奴はまずいねぇな」


 カインの隣にはバージスが座っていた。彼も、カインの解説に補足するような形で周りの観客に説明をしている。


「さて、このままでは詰みですが、どうするつもですかね」


 カインの目には、よろめきながら立ち上がるチカが映っていた。

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