隻眼の魔法使いにて①
* * *
「それでは、次鋒戦の選手は入場してくださいっ!」
審判の呼び声が響くと、座っていたアイリスはバッと跳ね起きる。
「よ~し! ガルに続いて勝つわよ~!」
元気いっぱいに部屋を飛び出して行った。
フィールドに出てからアイリスは胸を張って歩く。
というのも、ガルにファンが出来たのだ。自分にも同じようにファンが出来ているに違いない!
そう思い、今か今かと心待ちにしていた。だが……
ガヤガヤと、観客の騒めきばかりで、特に自分の名前を呼ぶ声は聞こえない。
周りをキョロキョロと見渡してみても、アイリスに手を振る者は誰もいなかった。
(むぅ……つまんない……イケメンの親衛隊とか出来てると思ったのに……)
アイリスは口を尖らせてダラダラと歩く。完全にモチベーションが下がっていた。
だが、モソモソと移動するアイリスの目に、見知った顔が映った。
(あ、カイン……)
アイリスの師匠であるカインが、客席の最前列に座っていた。
アイリスと目が合うと、いつものようにニコニコと手を振ってくる。
釣られてアイリスも手を振り返す。
(カイン、応援に来てくれたんだ……まぁ、アイツが見てるなら頑張んないと……)
なんだか心がポカポカと温かくなるような気持ちになりながら、ハッと我に返った。
「って、なんであたしは浮かれてんの~!! 別にアイツはそんなんじゃないから!! 下手な戦いをしたら、後でネチネチ言われるのが嫌なだけだから~!!」
頭をワシャワシャと搔きながら、声に出して自分に言い聞かせる。
「ははは。なかなか元気で、面白いお嬢さんだ」
ハッとして前を見ると、相手の選手はすでに待機していた。
サラサラの茶髪を右手てでかき上げるその青年は、かなりのイケメンだ。
流行りのシャツとジャケットを着こなしている彼は、魔法使いというより、モデルと言った印象を受ける。
だが残念なことに、左目は眼帯で覆われていた。
「面白いだけじゃないわよ。それなりに強いつもりだから、戦いに入ったら存分に楽しませてあげるわ」
「ほう~、そいつは素敵なデートになりそうだ」
二人は軽口を叩きながら、バチバチと火花を散らす。
「二人ともよろしいでしょうか? それではこれより次鋒戦、アイリス選手対、リッツ選手。試合ぃ~開始ぃ~!!」
審判が勢いよく右手を振り下ろすのを合図として、二人は文字を刻みだす。
「そう言えば、まだ自己紹介をしていなかったな」
リッツがフッと笑みを浮かべながら、左手を地面に密着させた。
――ビキビキビキ!!
その瞬間に地面は凍てつき、アイリスの足は地面と一緒に氷漬けになった。
「俺はリッツ。人は俺のことを、『氷結の魔術師』と呼ぶ」
片手を地面に置き、相手を見上げる姿勢はとても様になっている。
だがアイリスは、平然とした顔のまま、杖をクルクルと回して遊んでいた。
「そんじゃ、あたしも名乗らないといけないわね~」
右手に持つ杖を左手に持ち替えると、右の拳で凍り付いた地面を殴りつけた。
――ジュウウウゥゥー……
一瞬で地面に張った氷が蒸発し、水蒸気となる。
「あたしはアイリス。言っとくけど、半端な冷気じゃあたしの炎は消せないわよ?」
お返しと言わんばかりのパフォーマンスに、リッツは苦笑いを浮かべていた。
* * *
「マジックアクティベーション!」
「うおおおおっ!?」
リッツは空中を、最速のスピードで必死に逃げ回る。
後ろからは鬼神の如く、バンバン攻撃魔法を乱射するアイリスがいた。
また一発、逃げる背中を狙って打ち込んで来た。
それを紙一重で避けると、客席の結界にぶつかり、火花を散らして消滅する。
威力は推定Sランク。
「Sランク級を、下級魔法のようにバカスカ撃ってくんじゃねぇよ!!」
泣き言を言いながら、両手で文字を刻む。
『アイシクル!』
壁ぎわを高速で移動しながら仕掛けを仕込む。
後ろから追って来るアイリスがその場所を通った瞬間、勢いよくつららが伸びた!
『フレイムバリア!』
来ると分かっていたのか、同時に張られた結界によって、つららはチョコレートのように溶ける。
『メガフレアアロ―!!』
アイリスのダブルマジックで、紅蓮の矢が雨のように降り注ぐ。
「くそ、避けきれない!『アブソリュートゼロ!!』」
絶対零度の冷気が、リッツに迫る紅蓮の矢を凍てつかせた。
それでも全てではない。何本かはリッツをかすめて地面へ落ちる。
落ちた矢は、地面を抉り、溶かし、バチバチと火の粉が舞っていた。
「一発一発がSランク級じゃねぇか! やっぱこういう、バ火力はフランの専門なんだが……」
防戦一方のリッツは、今の攻撃で足が止まった。そこにアイリスが回り込んでくる。
ジリジリと後退すると、背中が壁にぶつかった。
「ふっふっふ! 追いつめたわよ~。観念しなさい!」
アイリスはまるで悪人のようなセリフで、黒い笑みを浮かべている。
「観念するのはどっちかな? あいにく、俺は追いつめられてからが本番でね。切り札を使わせてもらう」
「いや、宣言してから使うって、切り札としてどうなのよ……」
アイリスが呆れた口調で返すのを、リッツは軽く笑って流していた。
「俺の左目には魔獣が封印されている。その力を今、解放する!」
そう言って、リッツは眼帯に指を滑り込ませる。
「マジュウ~? そんなのいる訳ないじゃん。合成獣なら見たことあるけどね。どうせでっかい猿でも見て、化け物と勘違いしたんじゃないの? あたしこの前、潰れたように寝そべってる猫を見て、ツチノコかと思ったもの」
ケラケラと思い出し笑いをするアイリスに、リッツはあくまでも冷静に語る。
「信じられないのも無理はない。だが、この力を見たあとも同じことが言えるかな?」
そう言って、リッツは勢いよく眼帯を外した。
眼帯の下から現れたのは琥珀色の瞳。その瞳が微かに光った。
『ルナティックアイ!!』
――ビキビキビキ……
一瞬だった。
迫ることも、押し寄せることもなく、一瞬のうちにアイリスの体は凍てつき、霜に覆われた。
「……え? ちょ……嘘!?」
流石のアイリスも、これには驚きを隠せない。
動けなくなった体を必死に戻そうと足掻くばかりだ。
「この……『フレイムサークル!』」
アイリスの周囲に炎が現れ、それによって凍てついた体が戻っていく。
「危な~! 左手に炎属性の魔法待機させといてよかった~!!」
「ふっ、これが俺の左目に封じられた魔獣の力だ。この瞳に写る全ての物を一瞬で凍り付かせることができる」
バッと、アイリスは警戒してかリッツとの距離を取った。
左目を恐れたか……そう思うリッツだったが――
「まさか本当にこんな力があるなんて……ちょっとアンタ! ずるいわよ! あたしもそんな魔獣の力が欲しい!」
「……は?」
思いがけない言葉に、リッツは戸惑うばかりだった。




