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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
46/108

油断と慢心の心にて

* * *


「チッ! やられたな……」


 倒れたコルクのそばにボルドーがやってきて声をかけた。


「ごめん……なんだな……」

「いや、今のは仕方ねぇよ。フライも使えねぇと思ってたらこんな技持っていやがった」


 苦渋に満ちた表情でボルドーは吐き捨てる。


「だが、まだ終わったわけじゃねぇ。最後までしっかりと見てろよ?」

「わかってるんだな」


 コルクは痛む体から力を抜きダラリとしたうつ伏せの格好のまま、はしゃぐワイルドファングの二人を見つめた。 


* * *


「これで二対一です。勝利まであと一歩ですよ~」

「コラコラ、最後まで油断しないの! 隊長にも言われたでしょ?」

「わかってますよ。けど、この状況を覆すのは相当難しいはずです」


 本当にわかっているのか、チカは余裕の表情のまま言葉を続けた。


「このまま同じ作戦で、もう一人も仕留めてしまいましょう!」

「え? おんなじ作戦で行くの?」

「はい! どうやら相手は私の動きに戸惑っているように見えます。もう一度アイリスさんが敵の気を引いて、隙を見て私が強襲します」


 その提案にアイリスはどこか引っ掛かるモノを感じた。


「ん~、続けて同じ作戦を使うのは悪手だってカインから習ったんだけど……」

「大丈夫ですよ。あ、もしかしてアイリスさん、全員私が倒しちゃうことが不服ですかぁ?」

「だぁ~違うわよ! そうじゃなくて……」


 ウププ、と口に手を当て笑うチカに否定するアイリスだったが――


「あ、いや、あたしも出番欲しいから違くはないんだけど……あぁ~もうわかったわよ。それで行きましょ」


 自分の素直な気持ちと板挟みにされたようで、面倒臭くなったアイリスはこの作戦の承諾をした。


「そんじゃ、戦闘再開しますか!」


 このアイリスの一言で、場に再び緊張感が走った。

 バッとチカが地を蹴り、高速でボルドーから距離を空けた。コルクに使った『刹那』のような、姿が消えるほどの速さではないが、それを見てボルドーは口笛を吹く。


「ひゅう~。フライのブーストも使わずに、常時あのスピードが出せるのかよ。すげぇな」

「まぁ、ウチの期待の新人だからね」


 お互いに武器を構え、ふわりと宙に浮かび上がる。


「ま、向こうは気にしても仕方ねぇ。アイリスちゃんを仕留めることを優先するぜ!」


 そう言ってボルドーは真っすぐに斬りかかってきた。

 アイリスは冷静に彼の攻撃を捌いていく。

 特別に強いと感じるような動きではなかった。

 中距離からの攻撃魔法も、ヤバいと思わせる性能はない。

 だが、それでもなぜか、アイリスはこの男から妙な違和感を感じていた。

 アイリスはボルドーの相手をしながらも、その違和感について考えた。

 今、アイリスは彼の気を引き、チカに強襲してもらうことが作戦なのだ。考えるだけの余裕はある。

 すると、違和感の原因がおぼろげに見えてきた。

 彼は全くと言っていいほど、チカを警戒していないのだ。

 確かにボルドーは、チカを気にしても仕方ないと言った。アイリスを優先するとも。

 それは決して間違った選択ではないとアイリスは思っている。

 チカに気を取られすぎれば、アイリスへの意識が弱くなる。それだと結局、どちらも仕留める事ができないだろう。

 だったらいっそ、チカへの警戒をゼロにして、全力でアイリスを落としに行けば、まだ勝機はあるかもしれない。

 そう、だからこそボルドーの行動は間違ってはいなかった。なのに、なぜこんなにも違和感を感じるのだろうか。


(そうか、警戒しないにしても、行動が不自然なんだ……)


 アイリスはチカが狙いやすいように地上に降りると、ボルドーもまた後を追って降りてくる。

 これはいくらなんでも不自然だ。

 ボルドーはチカが空を飛べないことを知っている。ならば、空からの遠距離攻撃に徹底すれば、チカを気にする必要は薄くなる。なのになぜ、アイリスを追って地上に降りるのか。

 そこが違和感を感じる原因だった。


 ガギィィン!

 地面に近い位置でお互いの武器が交じり、動きが止まった。

 ボルドーは鍔迫り合いに必死だが、その遥か後方ではチカが目を光らせていた。

 背中を見せている相手の動きが止まり、これ以上ないチャンスに、チカは身を低くして刀を脇に構えたのが相手越しに見えた。

 

――だがその時、ボルドーがニヤリと笑っていた。


 それを見てアイリスは、ゾクリと寒気を覚えた。


『サンダーウォール……』

「チカ来ちゃダメ!!」


――バチンッ!


 とっさにアイリスが叫ぶが、すでにチカは駆け出していた。そして大きな音が鳴り、弾かれたチカが地面に転がる。


「チカ!!」


 アイリスが悲痛に叫ぶと、彼女はムクリと顔を上げた。


「いたた……なんか壁にぶつかりました」


 そんな言葉を聞いて、アイリスは少しだけ安堵した。あのスピードでぶつかったのだ。どこか怪我をしたかもしれない。そう思ったが、少なくとも泣き言を言うだけの余裕はあるようだ。


「チカ、まだ戦える?」

「はい、もちろん……って、あれ? 体が痺れて……」


 未だチカに背中を向けたまま、アイリスと向き合うボルドーが可笑しそうにしている。


「さっきのは麻痺効果付きの防御壁だ。それに思いっきりぶつかったからな」

「チカ、さっさと麻痺回復の魔法で復帰して!」


 すると審判がチカに寄ってきた。


「チカ選手、麻痺状態によりカウント開始です」

「え~っと……なんですか? そのルール……」

「この大会では麻痺状態になった選手への攻撃は禁止になっています。そのかわり、十カウント以内に回復の処置を取らないと戦闘不能扱いになります」


 そしてカウントを開始する審判。


「ア、アイリスさ~ん!」

「何!? 早く麻痺回復の魔法を――」

「私、そんな魔法使えませ~ん」


 ズガーンと頭に隕石がぶつかったような衝撃がアイリスを襲う。

 開いた口が塞がらなかった。


「アンタねぇ! この大会に麻痺回復は必須だから覚えとけって言われてたでしょうが!」

「ぴえ~ん。攻撃特化ばかりで忘れてました。ごめんなさ~い」


 泣き喚くチカにめまいを感じながら、自分が助けるしかないと近付こうとするが――


「おっと、もちろんここは通さねぇぜ」


 ボルドーが行く手をはばむ。


「この! 通しなさい!」

「お断り、だ!『サンダーウォール!』」


 近付こうにも全力で妨害されて辿り着く事ができない。

 ブーストを使って抜けようかと思うが、その後に背後を取られては意味がない。ブーストの先出しはそれだけリスクがあった。


「チカ選手、復帰できないため戦闘不能ぉぉ~!」

「よしよし、まだ負けたわけじゃねぇ。まだ勝機はあるぜぇ」


 審判の宣言にボルドーが喜びをあらわにする。


「くぅ~! チカ! あとでガルにお説教してもらうからねっ!」

「ふえ~ん! 勘弁してくださ~い……」


 再び距離を置いて対峙する二人。

 まだこの男には謎が残っている。なぜチカの強襲が効かなかったのか。

 その答えをアイリスはまだ掴めていない。

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