自分の戦う理由にて
「ねぇセレン。レリースは使わないって言ったわよね? ばっちり使ってましたけど?」
「……」
控室に戻るや否や、アイリスがズイズイと詰め寄ってきた。
セレンは顔を背け、精一杯相手にしないようにと押し黙る。
「まだ一回戦目なんですけど? 先鋒戦なんですけど?」
纏わりつくようにしてセレンの顔を覗き込む。
「だって……負けそうだったんだもん……」
耐えかねたセレンは、むくれながらそう答えた。
「いや、これは完全に私の配置ミスだ。考えてみれば一回戦の先鋒戦。出鼻を挫かれたくないのは当然だ。恐らく相手は確実に勝利を取るために、初見殺しの魔法を持っている実力者を配置していたんだ。私の読み間違えだよ」
アレフは申し訳なさそうにうな垂れた。
「まぁ、勝ったことだし良い方に捕らえよう。セレン、ケガはないか?」
「……大丈夫よ。ありがとうガル」
ガルの気づかいにセレンが笑みを浮かべる。するとここで審判の声が響き渡った。
「それでは続きまして、次鋒戦の選手入場をお願いします!」
「あたしの出番ね」
持っている忘却の杖をクルクルと回し、カッコつけながらビシッと止めた。
「ワイルドファング最強の、天才美少女出陣よ!」
「アイリス、自分で言うのは痛いからやめて……」
「ここの最強は師匠じゃないですか」
セレンとチカがご丁寧にも構ってあげている。
「テンプレートなツッコミありがとう!」
あははと笑いながら、アイリスは部屋を出ていった。
「テンション高いですね~。でもセレンちゃんが天才なら、アイリスさんも天才だと思います」
「私が天才!?」
セレンは目をパチクリさせた。
「ん~、どっちかって言うと、アイリスはスポンジだと俺は思うが」
「スポンジ!?」
話しが見えないセレンは、頭にハテナマークを散りばめている。
「アイリスはお世辞にも頭がいいとは言えない。しかし、戦いにおけるセンスは抜群で、実戦を重ねれば重ねただけ強くなる。頭で考えるよりも体で覚えるタイプといったところだろう。物凄い吸収力で成長する」
ガルの言葉を聞きながら、セレンはアイリスに目を向けた。
「応援ありがと~!」
アイリスが観客に手を振っているのが見える。
「バカ野郎~。お前じゃなくクロガネを応援してんだよ~!」
「なんですってぇ~!!」
両手を振り上げ観客とケンカをしていた。
「アイリスの頭はスポンジ……?」
ポツリと、そうセレンが呟いた。
* * *
今度は自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。アイリスはその方向に目を向けると、両親が応援してくれていた。
アイリスはブンブンと手を振って応える。
そんなことをしながらようやく中央に辿り着いた。相手の選手は俯いている。
「待たせちゃってごめんね~」
「……ない。僕は……負けない」
何やらブツブツと呟いている。見た目は結構若く、男のくせに前髪を伸ばし片目を隠した青年だった。
(なんかカッコつけた髪型ね。先鋒に強い奴を置いたってことは、次鋒のコイツが一番弱いのかしら?)
そんなことを思いながら、アイリスが定位置に着いた。
「それでは次鋒戦、ブルーム対アイリス、試合ぃ~、開始ぃ~!!」
審判が叫ぶと同時に、二人は文字を刻みだす。
「よっしゃ~!『マジックセイバー!』」
杖に刃を付与してアイリスが駆ける。
「今度はワイルドファングから攻めにいった!」
「今回も地上戦か!?」
観客のざわつきを気にもせず、アイリスが接近戦にもつれ込む。
ブルームもセイバーを付与して、アイリスの攻撃を受け流した。
「僕は、負けない……」
「ん? 何? あたしだって負けないわよ!」
ブルームの囁き声をてきとうに返しながら、連打を浴びせる。
どうやらこの近接戦闘もアイリスに分があるようだ。ブルームが辛そうにしながらも、アイリスのセイバーを受け止めた。
そうしてつば迫り合いが始まり、互いに押し込もうとする。
「君は、なんのために戦っているんだ?」
突然、ブルームが話しかけてきた。
「は? 突然なに?」
「君にだって戦う理由くらいあるだろう?」
アイリスは少し困惑しながらも考える。
「ん~? 負けたくないから……? いや、勝ちたいから、かな? うん、勝ちたいから戦うの」
「ふざけるなああああああぁぁ!」
ギイィィン! と重なる武器を払いのける。
突然怒り出すブルームに驚いたアイリスは距離を取った。
「僕は負けない! 自分のことしか考えない君には絶対に負けない!」
「いや、んなこと言われたって……」
アイリスに恐怖やためらいはない。ただこう思った。『メンドくさいのが相手だなぁ』と。
そして距離を開けたことで、お互いが攻撃魔法の文字を刻み始めた。
『ラピットファイアー!』
ブルームの杖に光が灯る。そこから火の玉を打ち出してきた。連続で何発も打ち出してくる。
それをアイリスはステップを踏むように飛び跳ねながら回避した。
(一度完成させると数発分連射できる魔法なのね。面白い!)
冷静に分析しながらアイリスも魔法を発現させた。
『サウザンドレイ!』
アイリスの周囲に光の玉が出現する。それに合図を出してブルームに向かって打ち出した。
お互いに連射性のある魔法による中距離戦。狙いを絞らせないようにフィールドを走り回り、相手を狙って幾度となく魔法が撃ち込まれる。
互いの魔法がぶつかり相殺し、それでも飛んでくる魔弾を跳ねて避けた。
ドゴォン!
「ぐあっ!」
中距離戦を制したのはアイリス。彼女の一撃がブルームの肩に被弾して、その体を吹き飛ばした。地面に倒れる彼は、ゆっくりと身を起こす。大したダメージではないはずだが、歯を食いしばり、いかにも気力で立ち上がったという起き上がり方だった。
* * *
「ぎゃははは! カイン、お前の得意魔法もパクられてんじゃねぇか。結構簡単な魔法だったのな?」
「あ、あれ~? 意外と難しい魔法だったんですが……盗まれちゃいましたね」
バージスがカインを笑い飛ばしていた。先ほどのお返しと言わんばかりだ。
「ま、修行を見てやった時に、あの魔法で苛めぬいたんだろ? 体で覚えたんじゃねぇか?」
「人聞きが悪いですねぇ。私を尊敬する気持ちの現れでしょう?」
「んじゃ~あのチビッ子はなんなんだよ? 俺のことを尊敬してんのか?」
ふむ、とカインは考える素振りを見せる。
「セレンさんの場合は、『憎悪』じゃないですか? 殺したい相手への憎しみを忘れないために、あなたの魔法を会得したのでしょう」
「それ、笑えねぇな……」
一度は殺されたこともあり、カインの冗談を笑う事もできずにバージスは青ざめていた。
* * *
「僕は、負けない……君のような自分勝手な理由とは訳が違うんだ!」
「アンタさっきからなんなの!?」
アイリスは苛立ちすら覚えながらブルームを見据える。
「僕は、応援してくれている街のみんなのため。この大会のメンバーに選ばれなかった後輩のため。君みたいな勝手な人間なんかに、絶対負けるわけにはいかないんだああああああ!」
「いや、知らないし!」
アイリスはあっさりと答える。イライラが頂点に達しようとしていた。自分の戦う理由を低俗と思われたことが気に入らなかったのだ。
アイリスは学園にいた頃、一番になりたくてガルに戦いを挑み続けていた。
しかし予想に反してガルは強く、彼女は負け続けた。
実はこの時から、ガルはアイリスの才能を認めていた。戦えば戦うだけ、何かを吸収して次に活かすその成長ぶりに、ガルは称賛さえしていたのだ。だがそれを口に出さなかった故に、アイリスは悔しさに打ちひしがれていた。
アホみたいに魔法のことしか考えず、一日中魔法と向き合うガルの成長に追いつけなかった彼女は負けが込み、卒業までに百連敗はしたのではないだろうか?
その後、カインと出会い、本気で修行に明け暮れた彼女なわけだが、そんなアイリスはこんな風に考えていた。
――百連敗したのなら、強くなって百連勝すればいい!
彼女は本気でそう考えていたからこそ、頑張ってこれた。
いくら負けて悔しい思いをしても、この考えが彼女の精神を支えていたのだ。
「みんなの想いを背負った僕が、お前なんかに絶対負けたりしない!」
「アンタさぁ、本気で勝ちたいって思ってんの?」
「な、何?」
アイリスの声は、恐ろしいくらいに冷たかった。
「あたしにはさ、本気で勝とうっていう姿勢が見えないんだよね。なんて言うか、『そういう理由で戦ってる自分カッコいい』とか思ってるんじゃないの?」
「っ!!」
「普通さ、負けて悔しかったら次は絶対勝とうって思うじゃん? その努力をするわけでしょ? アンタの戦い方からはそんな想いが伝わってこないわ。攻めは甘いし、起き上がるのも遅い。勝つ事よりもカッコよさを重視してるって感じね」
「くっ!! 黙れええええぇ!!」
ブルームが文字を刻みだした。アイリスもそれに合わせて文字を刻む。
「言っとくけど、自分の価値観であたしの戦う理由を見下すような奴に、冗談だって負けてやったりしないわよ?」
「ほざけ! 激流に飲まれろ!『ブロークントルネイド!』」
ブルームから巨大な竜巻が繰り出された。周りの空気を飲み込みながらアイリスに迫る。
『マジックアクティベーション……』
ブワッとアイリスの体がほのかに光る。
「絶対に勝とうとする想い。教えてあげるわ」
アイリスの杖の先に光が集まる。
「これが師匠の魔法から派生させたあたしの魔法。『クリティカルレイ!!』」
ドウン!
集まった光は一気に放たれた。
それは正に、レーザー光線の如く、凄まじい勢いでブルームの作り出した竜巻を粉砕した。そしてそのままの勢いで彼に直撃し、フィールドの端まで飛ばされ激突した。
シュウウゥゥ……
煙を上げ、完全に動かなくなった彼の元に審判が駆け寄っていく。
「ブルーム選手。戦闘不能! よって、次鋒戦はアイリス選手のぉ、勝ぉぉ利ぃぃぃ!!」
ワァァァァァ!
会場が一気に騒がしくなる。
「やれやれ、なんか、昔の悔しい気持ちまで思い出しちゃったわ。アンタもこのまま百連敗くらいすれば、あたしの言っている意味がわかるかもね」
そう言い放ち、アイリスはフィールドを後にした。




