魔法使いの日常にて ~翻訳魔法
遅くなってすいませんでした。
二章スタートです。
これからももっと面白くできるように努力していきますので、
よろしくお願いします。
追記
ランクの基準を分かりやすいように変更しました。
読者の皆様、大変申し訳ありません。
物語自体にはなにも影響はありませんので、ご容赦下さい。
セレンが対魔法犯罪特殊部隊に登録されて三日目。ようやくセレン用のマントが支給された。
サイズはSS。かなり小さい。
特殊部隊は服装は自由だ。ただ、どこの支部かわかるようにマントは着用しなくてはならない。マントに縫い込まれた紋章で判断するのだ。
「ようやくみんなの仲間に入れた気がするわ」
セレンはマントを羽織り、くるりと身を翻してみせた。
「似合ってるじゃないか。じゃあ、そろそろ出よう」
そう言って外へ歩くガルの後ろを、セレンはくっついて歩いている。
今日は街の案内、兼パトロールだ。ガルは街のいたる所をセレンに案内した。
ふと、セレンはある建物の前で足を止めた。そこはたった今、ガルが案内した本屋だ。セレンは名残惜しそうに本屋から視線を逸らさずに、ガルの元へ駆け寄った。
「セレン、本に興味があるのか? 中に入ってみるか?」
さすがにガルもそんな様子を無視できるわけもなく、そう提案してみる。
「ううん。今日はいいわ。私、今お金持ってないもの。だけど、本は興味深いわ。私はお母さんの病気を治すために黒不石を回収するのが役目だったでしょ? 顔をできる限り見られないように、街に行くことなんか許されなかったから、本を買ったことなんてなかった。だからお給料をもらったら、その時に買うわ……一か月後だけど」
「……一冊くらい買ってやるぞ。そんなに高い物でもないし」
「でも……悪いから……」
「入隊祝いと思えばいいさ。こんな時くらい、何かプレゼントさせてくれ」
遠慮していたセレンだが、ガルの言葉にパァーっと笑顔になった。
「嬉しい! じゃあ中に入りましょう。私、何がいいか選んでくるわね」
セレンは足早に本屋に入って行った。
……そして数分後、ガルに一冊の本を手渡した。
「ガル、私これが読みたい!」
本を受け取ったガルはあらすじを見た。
どうやらこの本は、少女とペットの物語らしい。ある日、少女の飼っているペットの犬が事故に合ってしまう。少女はペットを必死に助けようとすると奇跡が起き、自分の魂をペットに移すことになる。自分とペット、一つの魂を二人で循環させることで、少女は犬の能力を引き出すことができるようになる。犬の五感や、動物と話せる能力を使い、自分の周りで起きるトラブルを解決しようと駆けまわる、ドタバタコメディのようだ。
何となくセレンが好みそうな本だなと思いながら、ガルはお金を払い、それをセレンに差し出した。
「ありがとう! この本、私の宝物として一生大事にするわね」
「本くらいで大げさだな」
ガルはそう言いながらも、喜ぶセレンを見てわずかに微笑んだ。
――だが、次の日の朝。
「ガル! ガルガル~!」
朝から寮で魔法の研究をしていたガルの部屋に、セレンの呼び声とノックの音が飛び込んだ。
「どうしたセレン。人を獣の鳴き声みたく呼ぶな……」
「この本全部読んだわ。とても面白かった!」
「早いな! まさか徹夜で読んでたのか!?」
「それでね、読んでて思ったの。動物の言葉がわかるようになる魔法ってないかしら?」
目を輝かせるセレンに、ガルは眉をピクピクさせた。
「いや……セレンも知ってるだろ? 翻訳する内容も全て術式に組み込まなければならない。つまり、動物の言葉がわからないと、術式を完璧に組むことができない」
「うん。でも、ガルだったらもしかしてできるかなって……」
セレンはすがるように、上目遣いでガルを見る。
「……………………わかった、やってみる」
「わぁ! 流石ガルだわ!」
嬉しそうにはしゃぐセレンを自分の部屋に戻し、ガルは部屋で一人ため息を吐いた。
「あんな表情は反則だろ……」
とりあえずガルは、翻訳する対象を猫に決めた。
そして、その日からガルは猫の言葉を翻訳するために、暇さえあれば猫に付きまとうようになるのであった。
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「ねぇガル、何やってんの?」
「猫を見ている」
猫を観察するガルに、アイリスが不思議そうに近付いてきた。
「……アンタってそんなに猫好きだったっけ?」
「男には、時に貫き通さなければならないものがあるんだ……」
「いや、何言ってるか全然わかんないから!」
アイリスがより一層、変なものを見るような目でガルを見ている。
「俺は今、何かを試されているのかもしれない……」
「いいから仕事しなさいよ! 勤務中でしょ!」
こうしてガルは猫の翻訳魔法をひたすら研究する。
その間、二ヶ月という月日が流れ、五月になった。
「よし! できたぞ!」
ガルはついに、翻訳魔法を完成させた。セレンとアイリスを呼び、早速試してみる。
「では始めるぞ。『トランスレーション!』」
魔法をかけてもらったセレンは、すぐさま猫に駆け寄り話しかけた。
「猫さんこんにちは」
「今日はいい天気ダ」
猫の気持ちが音声となり聞こえて来た。
「ねぇガル。この猫さんからガルの声がするんだけど?」
「翻訳した時の音声は俺の声を当てるしかなかったんだ」
「あ、なるほどね。いいんじゃないかしら、私ガルの声好きだし」
サラッと恥ずかしくなるようなことを言いながらも、セレンは猫に夢中だった。
「猫さん、私と遊びましょう?」
「僕ハ、キミと友達になりたいナ」
猫の気持ちに、セレンは笑顔で手を伸ばした。
ガリッ!
伸ばした手を見事に引っ掛かれた。
「……ガル、この子、友達になりたいと言いながら攻撃してくるんだけど……」
「おかしいな。猫は尻尾を振ると友好的な意思があるはずなんだが」
ガルが首をひねる。
「嬉しい時に尻尾を振るのは犬でしょ? 確か猫が尻尾を振るのは機嫌が悪い時よ?」
「なに! そうなのか!? なら術式を間違えた!」
アイリスの知識にガルが青ざめた。
当のアイリスは猫を指で突っつき、いたずらをしている。
「ウワー、ヤメロー」
「ところでどうでもいいんだけど、アンタもう少し演技したら? 棒読みじゃない」
「俺は役者じゃないからな……これ以上期待するな!」
セレンは再び猫に立ち向かっていき、そっと手を伸ばす。
「キミと遊びたいナァ」
ペシッ!
伸ばした手をネコパンチで弾き返された。
「キミと一緒にいると楽しいヨ」
カプッ
噛みついた猫をそのまま引きずって、セレンがユラユラとガルに詰め寄って来た。その表情には影を漂わせている。
「言ってることと、やってることが逆だわ……ガル! 術式見せて!」
「あ、はい……」
申し訳なさからか、敬語で術式をメモした紙を渡した。
「ふむふむ、なるほど……ガル、この魔法の続きを私にやらせて! 必ず完成させるわ!」
「あ、はい……」
そして今度は、セレンが猫にご執心となった。
彼女の動物と会話をするという理想は果てしなく大きく、時間さえあれば猫と過ごした。猫のために労力を惜しまず、猫の仕草に詳しい人からはできる限りの知識を受け取った。
「ガル君、セレン君はどこにいるのかな? 頼みたい仕事があるんだが」
「……猫の所です。今連れて来ますので」
アレフ隊長とそんなやり取りをするのも定番になるほどだった。
――そして、さらに半年が過ぎた。
「やったわ! ついに完成よ!!」
セレンはついに翻訳魔法を完成させた。その効果はほぼ完璧といってもいいほど、猫の行動とリンクしている。
「へぇ~、猫の声はセレンが吹き替えしたのね。ガルと違ってちゃんと演技してるじゃない」
「頑張ったわ!」
この日、ガルとアイリスは、セレンの翻訳魔法に対する愛と執念を見た。
「っていうか、この魔法ってどのランクになるの? 相当レア度が高いと思うんだけど……」
「ああ……前代未聞の魔法だからな。これ、もしかしたらSSSランクに認定されるんじゃないか?」
三人は話し合い、この魔法のランクを調べてもらうために専門家に提出することにした。
魔法のランクを決める要素は三つある。
一つ目は、その魔法のレア度。また、攻撃魔法の場合はその威力や範囲。
二つ目は、発現速度。
三つ目は、消費魔力。
これらを総合的に見て、最終的なランクが決まる。
後日、翻訳魔法の報告書が届いた。結果は、SSランク認定。
「すごいなセレン。SSランクじゃないか!」
「ガルが途中まで作ってくれたからよ。ゼロからのスタートじゃ完成させる事なんてできなかったわ」
派出所内は盛大な盛り上がりを見せていた。
「ってかさ、セレンの魔法使いとしてのランクはどうなったの? 上がったんじゃない?」
「これでSSになったわ!」
魔法使いのランクは、使える魔法のランクによって決まる。
SSランクの魔法が使えるのであれば、魔法使いのランクもSSランクとなる。実にシンプルなものだった。
ガルはSSランクの「無敵魔法」が使えるので実質SSランクである。しかし、その魔法は未完成であり、未完成の魔法によるランクで自分のランクを語るというのはかなりの抵抗があるらしく、人にはS+と言っている。
ちなみに、SSSランクを習得した魔法使いはマスターランクと呼ばれる事となっていた。
「セレン凄いわね。この調子だとあっさりSSSランクまで習得しちゃうんじゃないかしら? ガル、アンタ後輩に追い抜かれちゃうわよ?」
「いや、それをお前が言うのか?」
派出所で笑いが起こる。季節はすでに十一月。ガル達は平和な日常を送っていた。
――そして世界崩壊まで、あと一年と八ヶ月。




