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魔法使いの世界にて  作者:
一章 黒不石にて
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全ての真相の解明にて②

「えっと、カインさんや、記憶を消すとはどういう事かね?」


 あまりの衝撃でアイリスは口調までもがおかしくなっていた。


「どういう事? ああ、黒不石を解放して願いが叶い、セレンさんのお母さんが生き返えって今に至る。そういう事に記憶を改変しようと思っています」

「どういう事って、そういう意味じゃないわよ!! なんであたし達が記憶を操作されなきゃいけないのかって聞いてんのよ!」


 アイリスが獣の如く八重歯をむき出しにしてカインに吠えていた。


「いや、当然でしょう? 私達はSSSトリプルエスランクの存在を世間に知られたくないんですよ? 皆さんが私達の仲間となり、共に行動するというのなら話は別ですが、そうでないなら漏洩ろうえいを防ぐために記憶を改変する必要があります。なんとなく話の流れで気付いていたでしょう?」

「気付く訳ないでしょう!? 見なさいセレンの顔を! 感謝していいのか、戸惑っていいのか分からない顔してるじゃない!」


 セレンは例えるなら、喜んだ瞬間にマズい料理を食べ、正と負の感情が入り交じったような顔のまま固まっていた。


「大体、記憶を消すなら今説明してくれた事とか全部無駄じゃない!?」

「いえ、もしあなた達がSSSランクを完成させ、私達の仲間に入りたいという状況になった時に、この記憶を戻せば手間が省けます。要は、説明が今か、後かという事ですよ」


 カインは一人頷き、話を進めようとしているが、アイリスはそれでも納得がいかない様子だった。


「だからって、いきなり記憶を消すとか言われても……」

「仕方ないじゃないですか。大体、一番懸念けねんしなければならないのがアイリス、あなたなんですよ? 絶対何かの拍子に口を滑らせて秘密をバラすのが目に見えているんですから!」


 カインはビシッと人差し指をアイリスに向ける。それに対してアイリスが怯み、一歩後ずさる。


「あ、あたしよりもガルの方が危ないわよ? この魔法オタクは魔法の事になると我を忘れるから、夢中になって、「気がついたら全部しゃべってました」なんて事もあり得るからね」


 誰が危ないかなどと、そんな話をしていたはずでは無かったと思うのだが、アイリスに言われてガルは妙に悔しい気持ちになった。


「お、俺だって言うなと言われれば絶対に言ったりはしない……むしろ危ないのはセレンだと思う。セレンは良くも悪くも素直すぎて、問われれば嘘偽りなく答えてしまう節がある」


 ガルに言われて固まっていたセレンが我に返った。プゥーとほっぺを膨らませて反論に出る。


「私だって秘密の一つや二つ守れるもん! やっぱり危ないのはアイリスじゃないかしら? 思った事をポンと口にする癖があるし」

「そ、そんな事無いわ! ガルの方が絶対危ないし!」

「いや、セレンだろ!?」

「アイリスよ!」


「ウォッホン!!」と、イルックスの咳払いが、堂々巡りをしていた三人を再び黙らせた。


「まぁ記憶を消されようが、俺が魔法を極めるためにやる事は変わらない。俺はどっちだって構いませんよ」


 ガルは表情を変えずにそう言い放つ、が――


「それは良かった。一番反対されそうなのがガル君とセレンさんだったので、これで安心して魔法をかける事が出来ますよ。なにせ、記憶を消すとあなた達の関係は希薄きはくになりますからねぇ……って、アレ?」


 そう言った瞬間に、ガルはカインの肩をがっしりと掴んでいた。


「関係が希薄になる? 詳しく話を……」

「あの、ガル君? 顔が怖いですよ? それに肩も痛いです……」


 ムンズと掴む手を何とか振りほどき、掴まれて乱れたマントを直しながらカインは説明を始めた。


「やれやれ、それも気付いてなかったんですか? 先ほども言った通りセレンさんの記憶を改変させるなら、『黒不石を解き放ち、セレンさんのお母さんを生き返す願いを叶え、そのために魔力を消費して今この時まで眠っていた』という事にするのがベストでしょう。しかしそうなると、バージスさんが出現したという記憶が無くなる訳です。つまり、バージスさんからガル君がセレンさんを連れて逃げて来た記憶も、バージスさんを攻略するために作戦会議を開いた記憶も、バージスさんとさっき戦ったという記憶も無くなってしまう訳です」


 カインがそう説明すると、セレンの顔はどんどん青ざめていった。


「そ、そんなのダメ!! 黒不石を解放しても願いが叶わなくて、絶望している私にガルは『俺がいる』って言ってくれた! それを忘れるなんてイヤ!」

「へぇー……ガル、アンタそんな事言ったんだ……やっぱりロリコンじゃない」


 アイリスが目を細めてガルに視線を送るが、ガルはスッと目を逸らした。


「『辛い事がある時は俺も一緒に悩んでやる』とも言ってくれた! 私、絶対に忘れたくない!」


 ヒュー! とシャーリーが口笛を吹き、にやけた顔でガルを見てくる。ガルは二人の顔を見ないように顔を背け続ける。


「拠点に戻った時も、『絶対に心配をかけない』って約束を――」

「なぁセレン、お前の気持ちは十分に分かった! だから、もうそろそろ落ち着いてくれないか?」

「ガルは平気なの!?」


 セレンは涙ぐむ目でガルを見つめ、それを見たガルは衝撃を受けた。


「私は……辛いよ。例え記憶が消されて、それが当たり前のような生活が始まったとしても、きっと心にポツンと穴が開いて、それは決して埋まらないわ……」


 ガルは静かに目を閉じた。自分の気持ちと向き合い、自分の思う事を今一度確認してからゆっくりと目を開けて、カインを真っすぐに見つめた。


「やっぱり、俺も記憶を消すのには反対です。あなた達が昔、大変な思いをしてきたのは分かりました。けど俺には、結局あなた達は逃げているようにしか見えない」


 スゥ……とその場の空気が冷える感覚をガルは感じた。賢者達の冷たい眼差しがガルを射抜く。だが、ガルは怯まなかった。


「SSSランクという魔法は、人の人生も、運命さえも変えると言われています。だがそれは、魔法を完成させる前から分かっていた事です。魔法使いはその責任や、人々の期待さえも背負って生きて行かなくてはならない。あなた達はそれから逃げている。あまつさえ、その考えで俺達を巻き込んで、記憶を変えようなんていい迷惑だ!」


 ガルが言い切ったあと、その場に静寂が訪れた。


「あたしもガルの意見に賛成ね」


 その静寂を最初に破ったのはアイリスだった。


「今回ばかりはあたしもカインに一言言わせてもらうわ。あたしの修行を見てくれた時に、カインはこう言ったわよね?『魔法とは大きな可能性を秘めたもの。そして魔法使いはその可能性を広げたり、示す存在だ』って……あれは嘘だったの? 今のカインは、自分の強大なSSSランクの魔法から逃げてる!」

「それは……」


 珍しくカインが言葉に詰まり、少しだけ悲しそうな表情を見せた。


小童こわっぱが、ワシらがどんな思いで今まで生きて来たかも知らんで!」


 イルックスが鋭い目つきで睨みつけ、その場は一触即発な雰囲気だった。だが――


「別にいいんじゃねぇの? 記憶なんざ消さなくともよ」


 そう言ったのは以外にもバージスだった。


「俺らみたいな古い人間が、今どきの人間に自分のルールを押し付けようってのが間違いなんじゃねぇの? 特にこいつらは、まだ成人もしてねぇガキだ。今はまだ自分の好きにやらせときゃいいんだよ」


 バージスは再び仰向けに寝そべりながら、面倒くさそうにそう言った。最後には欠伸あくびまでしている。


「しかし、それで我らの事をしゃべりでもしたら……」

「そんときゃはそん時で記憶を消すなり考えりゃいいだろ。青臭ぇガキの尻拭いだって先輩の務めなんだからよ」


 ライオットの心配を他所よそに、バージスがそんな提案をする事に、カインがひどく驚いている。


「バージスさんがそんな事を言うとは思いませんでした……どうしたんですか? ガル君と戦って何か影響でも受けましたか?」

「へっ! 俺はただ、偉そうに語っておきながら後で泣きついてくるガルが楽しみなだけだ。なぁガル、お前にも『譲れない想い』があるんだったよな? そして、仲間となら辛い出来事でも乗り越えて見せる、と……だったら見せてみろ。お前の生き様をよぉ」


 バージスは横たえていた体を起こしてガルを睨むように見つめている。それは、自分が辿れなかった人生の道をガルに託すような、そんな想いが伝わって来るような視線だった。


「バージス……ああ、言われなくとも、俺は俺の信じる道を歩む」

「だ、そうだ、イルックス。ライオットもよぉ、もういいだろ? 二百年だぜ? いい加減こんな生き方に固執しないで、たまには託してみてもいいんじゃねぇの? こんなコソコソと隠れるような生き方してっから逃げてるなんて言われんだしよ」


 バージスの言葉に一同が顔を見合わせ、お互いの顔色をうかがっていた。次第に、コクン。と承諾の意味を込めて頷く者が一人、また一人と現れる。それを見て、カインがついにみんなの想いをまとめ上げた。


「分かりました。では、今回は記憶を消すのは止めにしましょう。ただし私達の正体や、SSSランクの魔法が存在する事をしゃべってしまった時は、どうなるかわかりませんよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 そう言って、ガル達三人は同時に頭を下げた。


「では、話もまとまった事ですし、そろそろお開きにしましょうか。他に何か話がある人はいますか?」


 カインが周りを見ると、セレンが小さく手を挙げた。


「あの、私の両親を生き返らせてくれた事には感謝しているわ。そんな私が差し出がましい事かもしれないけど、ガルの両親も生き返してほしいの! 彼も……両親を失っているって聞いたから」


 その頼みにガルは驚いた。そこまで考えてくれているとは思っていなかったのだ。イルックスもまた、少し悩むような表情を見せながら答えた。


「今回はセレン殿の両親を巻き込んでしまったが故の罪滅ぼしなので……。それに、ガル殿の両親は亡くなってから日が浅いのですかな?」

「いえ、俺がまだ子供の頃なので、もう肉体は残ってません」

「さすがにそれではワシの蘇生魔法『リヴァイブ』でも無理ですな」


 セレンは「そう……」と呟き、俯いてしまった。


「セレン、気を使わせてしまってすまない。だけど、俺にはもう仲間がいる。だから大丈夫だ。それにセレンだっているしな」


 そう言われたセレンの表情がパァっと明るくなった。


「うん! 私がついてるわ。だから私を頼って!」


 ガルとセレンがそんな会話をしていると、今度はアイリスが小さく手を挙げた。


「あたしからも一つ聞きたいんだけど、適合者の杖ってアンタ達賢者が作ったのよね? 杖の名前って結局、てきとうに付けたものだったの?」


 その質問にはカインが答えた。


「そうです。ただ単に私達のSSSランクの魔法からもじって付けたにすぎません。予知の魔法『フォーサイト』から不可視の杖。記憶操作の魔法『マインドブラスト』から忘却の杖。死者蘇生の魔法『リヴァイブ』から回帰の杖。ただそれだけですよ。よって、アイリスの推理は外れですね」


「むぅ」。と面白くなさそうな顔のアイリスに、カインは少しためらうように続けた。


「けど、あなたの言葉は応えましたよ。確かに私は、自分の魔法の責任から逃げているのかもしれません。だけど、これだけは言わせて下さい。修行が終わりを迎える頃、あなたは私にこう聞きましたね?『辛い事でもあったのか?』と。……私は恋人を殺されました」


 そのカインの語った真実に、アイリスは目を見開いて驚愕し、体が震え出していた。


「その犯人の男はよほど時を戻したかったのでしょう。彼女の死体を前に私にこう言いました。『お前の恋人を殺した。生きている頃まで時間を戻せ。そのついでで良い。俺の時間も戻してくれ』とね。しかし私の魔法はそう長い時間を戻す事はできない。結局、死んでから時間が経ち過ぎている彼女を、生きている時まで戻す事はできませんでした……これが、私が自分の魔法から逃げた理由であり、賢者の仲間に入った理由です。なぜでしょう、あなたには知っておいてほしかった」

「あ、あの……カイン、ごめんなさい……私、知らないとはいえ、酷い事を……」


 アイリスの震えは止まらなかった。後悔ともいえるその震えを自分の両手で押さえ、止めようとしながら、悲痛な表情で俯いていた。


「まぁそんな深刻にならないで下さい。結局彼女は生き返りましたから」

「え!? 何それ!? どゆこと!?」


 顔を上げたアリスは混乱のあまり、口をあけっぱなしで呆けていた。


「いや、賢者の仲間になったので、イルックスさんが蘇生魔法リヴァイブをかけてくれたんです。なので、そこまで重い話をするつもりではなかったんですが……あれ? もしかして勘違いさせちゃいました?」

「当たり前でしょ!? 本気でびっくりしたわよ!! あーもう心配して損した!」


 そう言ってプリプリと怒るアイリスだが、次第に寂しげな表情に変わっていった。


「でも、そう……彼女さん生きてるんだ……だったら旅なんてしてないで、たまには帰って安心させてあげなさいよ?」

「何言ってるんですかアイリス? 彼女はとっくに亡くなりましたよ?」

「はああぁぁ~~!? 全っ然意味が分からないんですけど!?」


 アイリスの喜怒哀楽の変化に、やれやれといった感じのカインが嘲笑気味にため息をはいた。


「私が賢者の仲間になったのは百年くらい前でしたか。当然バージスさんの不老不死イモータルをかけてもらいました。なので、一般人の彼女はもう寿命を向かえたという事です。このくらい予想できる範囲だと思いましたが?」

「できる訳ないでしょう!? アンタ、その『ちょっと考えればわかるでしょう』みたいな話し方止めなさいよ! バカにされてる感がハンパ無いから!」

「ははは、わかりました。以後、気を付けますよ」


 アイリスが噛みつきそうな勢いを制しながら、カインは笑いながら答えている。


「けど、別にバカにしているつもりはありませんよ。私も、あなたから学んだ事もありましたから。周りと関わらないように生きると決めた私ですが、あの日、あなたと関わって良かったと思っています。あの修行の一ヶ月は結構楽しかったですよ」

「そ、そう? なら良かったけど……まぁ、私も楽しかった……のかな? あれ? 辛かった思い出しかないわ……」


 思い出してげんなりするアイリスを見ながら、カインは再び全員に声をかけた。


「では、そろそろ本当にお開きにしますよ」


 その言葉で一同が立ち上がった。そしてガルはセレンに近寄っていく。


「セレン、前に言ったよな。全てが終わったら罪を償うと」

「うん……だけど、少しの間、時間をちょうだい。ちゃんとお母さんと話がしたいの。お父さんもきっとそうだと思うわ。その後で必ず出頭する。絶対に逃げない! だから……」

「わかった。ノードの街で待ってる。ここで一旦お別れだな」


 そう言ってガルはアイリスの所へ歩み寄っていく。


「アイリス。街までオンブしてくれ」

「「はぁ!?」」


 セレンとアイリスが同時に驚きの声を上げた。


「いや、バージスとの闘いで魔力が完全に空になって、もうフライも使えないんだ。だから――」

「待ってガル! なら私が送っていくわ!!」


 セレンがダッシュでガルに詰め寄って来た。


「いや、セレンは体が小さいし負担がでかいだろ?」

「全く問題ないわ! 余裕よ!」

「だけど、送った後にまた戻って、両親が目を覚ましたらまた来るのか? 二度手間になるんじゃ――」

「そんな事ガルが気にしなくていいのよ!? 全然手間だなんて思わないから!」


 鬼気迫る勢いにガルはたじろぎ、結局セレンにおぶってもらう事になった。


「セレンさんは積極的ですね。アイリスも頑張らないと、ガル君を取られちゃいますよ?」

「だから、あたしとガルはそんなんじゃないってば! もう、カインのバカ……」


 カインが茶化してくるのに対してツンツンとした態度をとるアイリスであった。

 そして、それぞれ帰る方角が同じ者同士が集まった。そうして、魔法使いは帰路につく。

 今日の早朝から始まった、長いようで短い戦いが終わった。小さな背中におぶさりながら、ユラユラと飛ぶセレンに身を任せながら、ガルはそんな事を考えていた。


 午後になって、セレン達の一行が派出所に出頭してきた。

 ガル達三人以外、記憶を操作されているので、バージスが現れたという記憶はない。あくまで、黒不石を解放して願いが叶い、目的を達した事で出頭してきた。そういう筋書きをガルは守った。


 ――こうしてセレンの父親、エルシオンがお縄についた事で、黒不石を巡って繰り広げたガルの戦いは、ついに終結となった。

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