全ての真相の解明にて①
区切る所が無くて、かなり長くなってしまいました。
* * *
セレンがバージスを突き刺した瞬間、不思議な感覚がガルを襲った。急に体が動かなくなったのだ。そしてそのまま今起こした行動が巻き戻っていく。
気付いた時には、ガルが丁度アイリスの後ろから現れて、セレンはバージスに歩み寄る途中という状況まで戻されていた。
そしてこの状況の中、記憶も残っていた。時が巻き戻される前にセレンが強行に出た記憶は残っており、事実、その場の全員がこの状況に驚きを隠せなかった。
「何が起こった……? 俺は今、殺されたはずじゃ……?」
バージスさえ理解が追いついていない。すると。
「いやぁ、危ないところでしたね」
聞き覚えのある声がして、一同が声の先に視線を向けると、岩陰から現れたのはアイリスの師匠を務めたカインだった。
「今、その男に死なれては困るので時を巻き戻しちゃいました」
カインがいつもの爽やかな顔でとんでもない事を口にする。
そんなカインに黙っていられないのがアイリスだ。
「時を巻き戻すって、そんな魔法があるの!? そもそも死なれて困るって二人はどんな関係なの!? もしかして仲間!?」
「も~アイリスはうるさいですね、まぁ当然の反応ですか……まず初めに、私はSSSランク、時を操る魔法『クロック』の使い手で、バージスさんとは一応仲間です」
カインはまるで初対面で自己紹介をするような口ぶりで、淡々と語る。
「その事を黙ってて私達とバージスを戦わせたの? あなたの目的は一体何!?」
セレンがカインを睨みつける。そんなセレンにガルが近寄り、頭にチョップを打ち込んだ。
「あぴゅ!」
「セレン! お前は俺に心配かけるなとか言っておいてあの奇行は何だ! 人生を棒に振るところだったぞ!」
「ご、ごめんなさい……でも私、許せなくて……」
「でもも、だってもあるか! もうこれ以上、俺に心配かけさせるな! 分かったか!」
「う、うん……ガル、私の事心配してくれたの?」
「当たり前だ!」
怒られているのにセレンは嬉しそうに微笑んだ。
そんなやり取りが一段落着いたのを見て、カインが話を戻した。
「では、セレンさんの疑問ももっともなので、皆さんには全てをちゃんと説明します。まずはみんな集まって座りましょうか」
そう言ってカインは歩み寄って来たが、岩陰からは他にも三人の見知らぬ男女が現れた。ガル達に軽く緊張が走る。
「ああ、大丈夫ですよ。何もしません。戦いは終わりです。こちらの方はイルックスさん。回復魔法を専門にしています。今はバージスさんの手当が先なので、彼の詳しい紹介は後にしましょう」
イルックスと呼ばれた男は軽く会釈をする。六十歳を超えていそうな歳だが、その分、威厳がある面持ちだ。彼は「では失礼しますぞ」と一言断り、バージスの元へ向かって行った。
「こちらはライオットさん。SSSランク、記憶操作の魔法『マインドブラスト』を使えます。バージスさんの記憶を奪ったのが彼ですよ」
ライオットと紹介を受けた初老の男が会釈をする。
「では、私もバージスの記憶を元に戻してきますので、失礼」
そう言うと彼もバージスの方に歩いていく。突然のカミングアウトにガル達は唖然としていた。
「こちらはシャーリーさん。SSSランク。封印の魔法『シール』を使えます。空気や空間、何でも封印する事が出来るんですよ。彼女がバージスさんを六等分して封印した本人ですね。今日はバージスさんが暴れないように来てもらいました」
「初めまして。よろしくね」
シャーリーと紹介された女性は明るく挨拶を交わす。腰まで届く黒髪ロングヘアーで、歳はまだ二十代前半に見えるのだが、こんな若くしてSSSランクを習得したのかと、ガルは驚いた。
「さぁ、自己紹介はこの辺にして、みんなで輪になり座りましょうか」
カインに促されるままに一同が輪になり座り込むが、唐突なSSSランク勢の登場で、その場は異様な空気になっていた。
「さて、では何から説明しましょうか……」 そうカインが切り出すと、
「あの、他の方の魔法も凄いですが、時間を操る魔法も凄いですね。記憶は戻らなかったみたいですが、どんな原理なんですか?」 とガルが目を輝かせている。
「そんな事より、バージスとの関係が気になるわ。あなた達が敵じゃない事の証明が先よ……」 と、セレンは厳しく追及する。
「そもそも今までの歴史でSSSランクが存在したって記録も無いのに、この人数はおかしいわよ! この集団の説明が先じゃない?」 とアイリスも意見を重ねた。
「あなた達、三人集まるとやかましいですねぇ……私の魔法は時計の針を戻すように、起きた事だけを戻す魔法です。指定した空間のみの時間が戻るので、この世界全ての時間が戻っている訳じゃありません。なので人の記憶は残るんです。まぁそれはさて置き、前にアイリスが物語風に説明したのと同じように、私も物語風に最初から説明しますね」
そう言い、カインがゆっくりと語り始めた。
「今からもう二百年くらい前になりますか。ここよりずっと東の大陸に、東西南北に分かれた四つの国があったんです。四つの国にはそれぞれ、とても魔法に長けた賢者が住んでいました。ある日、それぞれの国に住む四人の賢者は偶然にも、それぞれがSSSランクの魔法を完成させました。同じ日って訳ではないですが、まぁ感覚は近かったようですね。それで、北の賢者は不老不死の魔法を――」
「それってバージスの事じゃん! アンタって二百年前から生きてたの!?」
驚いたアイリスが、カインの言葉を遮って叫び声にも似た声を上げる。
「ん? まぁな。ケケケ、驚いたか?」
バージスは全ての記憶が戻ったらしく退屈そうに話を聞いていたが、アイリスの反応を見てケタケタと笑った。
「アイリス、話の腰を折らないで下さい。では続けますよ? 東の賢者は未来を予知する魔法を――」
「未来予知!? 凄い!! 一体どんな原理なんですか!?」
今度はガルが興奮した様子で声を上げた。
「えっと、私が使える訳じゃないので原理までは……」
「ごめんなさいカイン、みんなが騒がしくて……ほら、ガルもアイリスも、黙って話を聞かないとダメでしょ」
思うように話が進まずに戸惑うカインに、セレンが助け舟を出した。この初対面の大人達の前で、セレンは完全に大人の女性を演じている。
「むぅ……ずるいわよセレン。自分ばっかりお姉さんぶって」
アイリスのブーイングを無視し、セレンは見事なまでのすまし顔で佇んでいる。
「えっと……どこまで話しましたっけ? 南の賢者は……その、死者を生き返らせる魔法――」
「蘇生する魔法があるの!? その人は今生きてる? 魔法の継承はされてるの!?」
あまりの興奮にセレンが立ち上がり、すごい剣幕でカインを問い詰める。
「なぁセレン、今、黙って話を聞こうって自分で言ったばかりだよな?」
ガルが的確に指摘をする。その流れにアイリスも乗った。
「ねぇ、それってツッコミ待ちなの? あたし達にツッコんでもらいたくてわざと言ってるの?」
「そんな訳ないでしょう!」
三人が再び騒ぎ始め、カインは予想通りの反応だと頭を抱えた。
そんな時、「ウォッホン!!」 とイルックスが大きく咳払いをする事で、その場に再び緊張が走り、静けさが戻った。
「セレンさん、あなたが母親を生き返すために今まで苦労してきたのは知っています。今回の父親の事もです。ですが、今は私の話を聞いてもらえませんか? そうでないと、どうにも話が進まないので……」
「分かりました……」
セレンはしぶしぶと元の場所に座り込んだ。
「え~と、それで西の国の賢者は記憶を操作する魔法を完成させました。それがこちらにいるライオットさんですね」
ライオットは再びペコリと頭を下げた。
バージスの回復を終えたイルックスが、今度はガルの治療のために近くにより、体を診てくれている。
セレンはこの流れだと死者蘇生の賢者も生きているのではないかとソワソワしているが、我慢して話を聞いているようだった。
「四つの国ではSSSランクができたとあって、盛大な盛り上がりを見せました。どの国でも連日のように賢者の元に、その魔法の恩恵を授かろうと行列ができ、夜になってもその行列が費える事は無かったそうです。しかし、そのくらいならまだよかったのですが、人々の興奮はエスカレートしていき、ついに戦争の話まで持ち上がったのです。不死身も、未来予知も、死者蘇生も、記憶操作も、戦いで使えば大きな武器になり、自分の国の領土を広げられる。もちろん賢者は断りました。しかし、断っても話が勝手に進められる人々の身勝手な態度に、賢者達は愕然としました。戦争のためにSSSを完成させた訳ではないのに、なぜこんな事になってしまったのか。そして、他の国でも似たような事になっているのを知り、四人の賢者はこっそりと密会する事に成功します。四人は状況を説明し合い、話し合って、ついに一つの決断をしました。それは、『この大陸の全ての人間から、SSSランクの魔法と賢者の記憶を消す』という事でした。四人は大掛かりな準備を経て、みんなの知識と魔力を合わせ、ついにその計画を成功させます。そして、人々に失望した賢者は自分達の正体を隠しながら、ひっそりと暮らす事にしました」
カインの話がそこで途切れた。
「バージスが人間を蔑む理由はここにあったんだな」
「へっ! まぁな……」
バージスと拳を交え、互いの想いを語ったガルがそう呟き、バージスが肯定した。
そしてバージスはつまらなそうに仰向けに寝そべってしまった。
「そして皆さんが持っている適合者の杖は、その賢者が作った物です。この杖はSSSランクの完成に近い人物に反応するように出来ており、自分達と同じ目に合わないか監視して、必要であれば仲間に引き入れる目的で作られました」
しかしその説明にアイリスが不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと待ってよ。ガルの無敵や、セレンの強制解除はまだ分かるけど、あたしはSSSランク級の魔法なんて何もないわよ?」
しかし「え!?」とセレンは驚く。
「そんな事ないわ。アイリスが今回使った『アクティベーション』は魔法のランクを最低二つは底上げしてる。そんな事が出来る人なんて聞いた事ないもの。もしアレの発現速度を短縮して自在に使えるまで進化させたのなら、十分SSS認定されるレベルの魔法だと思うわ。……アイリス、自分の魔法の凄さに気付いてなかったの?」
「え~、だってSSSって言ったら、人の人生や運命さえ変えてしまうレベルの魔法って言われてるのよ? 魔法のランクを上げる魔法がSSSなんて何か地味じゃない?」
「えー……」
セレンは不満そうに眉をひそめるアイリスを見て言葉に詰まっていた。
「ははは、何だかアイリスらしいですね。では次に、セレンさんの疑問を解く話に移りましょうか」
そう言ってカインは再び語り始めた。
「とは言っても、あとは皆さんが想像できる話だと思います。バージスさんの不老不死で賢者達が人との関わりを絶って幾百年……。まぁ今から五、六年くらい前でしたか? この生活に飽きたのか、はたまた不満が溜まったのか。バージスさんは自分達はもっと崇拝されるべきだと主張し始めたんです。国盗りの道具にされそうなら、逆にその国を落とせばいい。変な考えを起こす者がいるなら支配すればいい。自分達にはその力があると……。しかし、その考えに乗る者は誰もいませんでした。ですよね? バージスさん」
不意にカインがバージスに話を振った。
「はいはい、もう一人で勝手な事はしませんよ。スミマセンデシター」
バージスは寝そべったまま、カインにパタパタと手振りだけで返している。
「バージスさんが今言ったように、彼は一人でも実行しようと賢者達の元を離れ、単独行動に出たんです。なので私達は念のために彼の記憶を消し、その後にシャーリーさんの魔法で頭を冷やしてもらうために封印したんです」
「バージス、あんたもバカね~。このメンツを敵に回すなんて」
カインの話が途切れるや否や、アイリスがバージスに話しかけている。
「仕方ねーだろ! この女が入ってきたのは最近で、俺とは面識がなかったんだよ! 多分、俺が反乱すると見越して隠してやがったんだ」
そう言いながら、バージスはようやく身を起こしてシャーリーをジト目で見つめた。
シャーリーはその視線に困り顔でポリポリとほっぺを掻いている。
「まぁ、実際バージスさんはこの中じゃ一番の実力者でしたからね」
そうカインが補足すると、セレンがもの言いたげに軽く手を上げた。
「あの、その封印魔法で封じられた物が、私達が呼ぶ『黒不石』なのよね? だとしたら、どうしてバージスが封じてある石は世界に散らばっていたの?」
「それは……本当にこちらの不手際なんですが、バージスさんを封じたあとに空を飛んで家に帰る際、シャーリーさんの荷物袋に穴が開いていて、気付いた時にはあちこちにバラまかれていたんです……」
眉を引くつかせ、信じられないという視線が一斉にシャーリーに浴びせられる。シャーリーはその突き刺さる視線を誤魔化そうとペロッと舌を出し、自分で頭をコツンと叩く。しかし――
「ふざけないで!!」
突然セレンが怒鳴り声を上げた。
「私達はお母さんを助けるために、必死に石を探し回ったのよ! たとえその情報が曖昧でガセだったとしても、それにすがるしかなかった! その結果、バージスを解放してお父さんが殺される事になった! こんなのってあんまりだわ……」
セレンはやるせない気持ちを吐き出し、俯いてしまった。
それに対してカインは優しくセレンに言葉をかけ始めた。
「セレンさんの気持ちはもっともです。なので、普段は周りと関わらないと決めている私達ですが、今回だけはその責任を取り、セレンさんのご両親を生き返らせる事を決めました」
「え!?」
セレンは顔を上げ、目を見開いて驚いた。
「実は紹介を遅らせたイルックスさんが、死者蘇生の魔法を扱う賢者の一人なんです」
「……あ、あの! でも、お父さんはともかく、お母さんは死んでからかなり時間が経ってるから、もしかすると蘇生は難しいのかも……」
セレンは期待したいのに、どこか心を開けない様子だった。
無理もない、そうガルは思った。彼女は今までに、手が届きそうで届かない。そんな思いを何度もしてきたのだ。
「上げて落とすような事を私たちはしませんよ。実は、あなた達がバージスさんと戦っている間に洞窟に侵入して、すでに蘇生術をかけています。洞窟内にはご両親の他に三名の仲間とキメラがいましたが、魔法で眠ってもらってます。ご両親も蘇生術は成功していますが、魂が肉体に定着するまで暫くは眠ったままですが、問題はありません。ですよね? イルックスさん」
カインがイルックスに確認を取ると、コクリと確かに頷いてくれた。
「うむ。母君は死後、かなり時間がたっているにも関わらず、父君の残した魔法陣にてほぼ完璧な状態で維持されておりました。故に、蘇生術は問題なく成功いたしましたぞ」
そう語るイルックスが、今までの強面が嘘のような優しい笑みを浮かべた。
「本当……なんですか……?」
「何だったら、一度確認してきてもいいですよ」
信じられないと言った表情のセレンにカインがそう提案する。すると彼女は意を決したように、洞窟に向かって飛んで行った。
* * *
セレンは猛スピードで洞窟へと飛んで行く。この周辺の地理などはすでに把握しており、迷うことなく一直線に洞窟へと向かった。
すぐに隠れ家として使っている洞窟が見えてきた。セレンはスピードを落としながらも飛行したまま入り口を駆け抜ける。中には誰もおらず、シンと静まり返っていた。
セレンは真っ先に一番奥にある母親が安置されている部屋へと飛び込んだ。中は見慣れた広い空間で、魔法陣が未だに展開されている。
部屋に入ってすぐ右側の壁に、もたれ掛かってる、ナックル、ヴァン、ストルコを発見した。彼等は寝息を立てており、カインの話通り、魔法で眠らされているようであった。
その近くには父親が横たわる姿も目に入る。バージスはやり過ぎて殺してしまったと言っていた。
セレンは恐る恐る、その顔を覗き込むように近付いていく。その体には怪我などは無く、とても戦いを繰り広げたとは思えない状態だった。そして、父親の口からは確かな呼吸を感じられる。
確かに生きていた。いや、生き返してくれた。そう感じたセレンは、急いで母親のベットの元へ飛び急ぐ。
魔法陣の中央で目を閉じる母親の表情を見て最初に思った事は、その安らかな表情である事だった。いつも苦しそうな姿を見るのが辛かったセレンにとって、この安らかに目を閉じる姿はそれだけで心が軽くなる。
そして顔色がいい事にも気が付いた。いつもの土気色をした肌は赤みを帯びており、とても病人とは思えない。
セレンはついに、意を決して声をかけてみた。
「お母さん? ねぇ、起きてる?」
体を小さく揺らしながら声をかけると、その女性、アルメリアはゆっくりと目を開いた。
「ああ、セレン。おはよう。今日はなんだか体の調子がいいわ。すごく気分がいいもの」
「ほんと? 痛いところはない? 苦しくない? 起き上がれる?」
セレンの言葉に、アルメリアはゆっくりと身を起こす。セレンにとっては夢のような光景だった。この洞窟に移住して約二年。母親が身を起こしたところを見た事などなかったのだから。
「ずっと夢を見ていたような気分だわ。病気で寝ている自分のそばに、看病をしてくれるあの人とセレンが寂しそうな表情をしていて、ずっとそれを高い所から見下ろしているの。気を抜くとどこかに飛んで行ってしまいそうになってね……でもあなた達を残していく訳にはいかないから、必死に自分の体に戻ろうともがいているの。そんな夢をずっと見てた」
セレンは思う。自分だけではなかった。この二年間必死に戦っていたのは、むしろ母親の方だったのだと。
辛い毎日だった。心が押しつぶされそうな毎日だった。けれど、そんな戦いに自分達は勝ったのだ。もう心配する事など何もない。
セレンはグスグスと鼻を鳴らし、ついにアルメリアの腰に抱き付いた。
「よかった。元気になってくれて本当によかった……あのね、お母さんの病気を治してくれた人がいるのよ。協力してくれた人もいるの。それにそれに――」
腰に抱き付いたまま、涙声で語る少女の頭をそっと撫でた。優しく、丁寧に頭を撫でて、もう片方の手で抱き寄せる。それだけでセレンは胸がいっぱいになった。こんな日が来ることをどれだけ強く願っただろう。
「私もすっごく頑張ったのよ? 毎日毎日あっちこっち飛び回って、必死になって手がかりを探して……」
「うん。セレンが頑張ってくれたこと、ちゃんと見てたわよ。ありがとうね、セレン」
久しぶりの母の温もりと、穏やかな声と、優しい手つき。
セレンはずっと甘えたかった。それをずっと堪え、我慢してきた。けれど、もうその必要は無い。
「うぅ……うわああああぁぁぁ……」
今まで押さえてきた感情が爆発して、洞窟内には少女の泣き声がこだましていた。
* * *
「さて、彼女が戻ってくるまでに何を話しましょうか……? ああそうだ、他の支部に援軍を要請していたみたいですが、そちらも私達が記憶操作で対処しておきました。SSSランクの情報は出来る限り漏らしたくないので」
セレンを待っている間の時間に、カインがそう言った。
だからどれだけ待っても援軍が来なかったのかと、ガルはため息を吐く。それと同時にアレフの事も思い出した。
「あの、ここの途中でアレフ隊長が待機しているはずなんですが……」
「もちろん彼にも記憶操作でつじつまは合わせてあります。もうすでに、街へ戻った頃だと思いますよ」
「全部、あなた達の思惑通りだったんですね……」
ガルはもう何度目か分からないため息を再度吐いた。
「そう言わないで下さい。私達は正直驚いています。本来ならガル君達とバージスさんを戦わせるつもりはありませんでした。しかし、黒不石の封印を解放して、作戦を立ててから僅か一晩で魔法の組み換えを終え、早朝には交戦が始まるなんてこちらも予想外だったので、急いでここに向かったんですよ? しかもどちらが勝とうがこうして戦いを止めるつもりでしたが、まさか勝つとは思いもしませんでした」
そうして少しの間会話をしていたところにセレンが戻って来た。
「セレン、どうだった?」 とガルがセレンに近寄ったが、彼女の目が赤くなっている事に気が付いた。
「お父さん、生きてた……。お母さんも……。いつも握ると冷たかった手が温かくて、こんな日が来る事をずっと夢見てたから、私もう何て言っていいか分からなくて……」
セレンの涙が嬉し泣きだと気付き、ガルは安堵した。
そしてセレンは賢者達に近付き、深々と頭を下げた。
「私の大切な人を戻してくれて、本当にありがとうございました……」
賢者一同は白い歯を見せる笑顔で返したり、親指を立てたりと、セレンの礼に応えた。
みんな、誰もが本気で人間を嫌っている訳ではない。ほんの少し、人の業に触れ、距離を置いているだけ。本当は誰もが人の役に立ちたいと思っているのではないだろうか。その証拠に、数年前にバージスが暴れようとしたのを封印という形で止めている。ガルには賢者たちの姿がそんな風に見えた。
「まぁ、未来のSSSランク候補ですからね。少しは恩を売っておかないと」
そうカインが憎まれ口を叩いている。だが――
「さて、話すべき事も話したんで、そろそろ全員の記憶を消しますよ?」
と、この一言でガル達三人の目は点になった。




