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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
107/108

本気になるための理由にて➂

「ガ、ガル選手ダウ~ン!! ソルティ選手の強烈な一撃がついに決まったぁ~~!!」


 審判がガルに駆け寄っていく。そんな様子を空中からソルティは笑いながら見下ろしていた。


「あっはっは! これで俺のハーレムは実現する! 散々生意気な口をきいていやがったがこれが現実だぜ!! 強ぇ奴が欲しいものを得て弱ぇ奴がそれに従う。それがこの世界の真理なんだよ! 人が本気になるのはいつだって誰かのために動く時!? だったらその本気を見せてくれよ! 今すぐに立ち上がってよぉ!!」


 煽るソルティに対して、ガルは倒れたまま動かない。そこに審判が声をかける。


「ガル選手、大丈夫ですか? まだ戦えますか?」


 このトーナメントにおいて、試合終了と判断するのは当然、審判だ。明確なルールがある訳ではなく、審判がこれ以上試合の続行が不可能だと判断した時が試合終了である。

 そして、そんな審判の声にもガルは答えなかった。


「無駄無駄ぁ! 渾身の一撃を叩き込んで地面に叩きつけてやったんだ。もう立てるわけねぇんだよ。さっさと俺の勝利宣言をしてくれよ審判さ~ん」


 余裕を見せるソルティ。そして現にガルが答える気配が無いと判断した審判が、少し残念そうに顔を上げた。


「ガル選手、戦闘不能! よってこの勝負――」

「そうか、分かったぞ!!」


 ガバッと、突然ガルが身を起こす。

 観客は騒めき、ソルティの顔は神妙となり、審判も途中まで言いかけた勝利宣告を止めていた。


「あ、俺、まだ戦いますんで、いいですよね?」

「え? あ、はい!」


 審判が許可したことで、ガルはゆっくりと立ち上がり、上空に佇むソルティを見上げていた。


「な、なんとガル選手、まだまだ戦う意欲は失っていないようです!!」


 観客が沸く。声援と困惑が入り交じり、盛り上がりを見せている。

 しかし、そんな中でソルティだけはつまらなそうな表情をしていた。


「なんだよまだやんのか!? もう俺の勝ちで決まりじゃん。これ以上は無駄だろう?」

「ほう? なぜ無駄だと思うんだ?」

「はぁ!? そんなの決まってんだろ! 俺のこの魔法が完璧でお前に勝ち目なんてねぇからだよ! さっき見ただろ。俺の使う空間を捻じ曲げる魔法はSSエスエスランク。お前の攻撃は決して俺に届かず、逆に俺の攻撃は絶対必中となる。これでお前に勝ち目なんてあるのかよ!?」


 そう言うソルティに、ガルはやれやれという素振りでため息を吐いた。


「お前の魔法が完璧? この程度でよくそんな自信を持てるな……」

「な、なにぃ~……!?」

「正直に言うぞ。これは決勝の大将戦だ。俺はどんな凄い魔法が出てくるのか、そこは実を言うと少し期待していたんだ。もしかしたらSSSトリプルエスランク級の魔法も見れるかもしれないってな。だが結局はSSエスエス止まり。期待外れなんだよ」

「お、俺の魔法が期待外れだとぉ!?」


 侮辱されたと体を震わせるソルティだが、そんな彼にガルはビシッと三本指を突き付ける。


「三つだ。今この間に思いつくだけでお前の魔法を攻略するのに三つもの方法がある!」

「な、そんな馬鹿な!?」

「一つ目。空間を捻じ曲げる魔法という事だが、うちのチカはその空間さえ切り裂く事ができる。空間を切り裂く能力があれば、お前に攻撃を当てるのは簡単だよな?」

「なっ!? ま、まさか、お前も空間を切り裂く魔法が使えるという事か!?」


 焦るソルティ!! しかしガルはあっさりと首を横に振った。


「いや、俺は空間を切り裂くだけの能力はない。だからこの方法は使えない」

「……」


 ソルティが唖然となる! 攻略法を目の前で説明されて気が気ではないが、結局はそれが使えないのであれば大口もいいところだ。ソルティは呆れや困惑と言った感情で開いた口がふさがらない様子であった。


「二つ目。空間を捻じ曲げているのは魔法の力によるものだ。ならばその魔法を無力化すればいい」

「はっ!? セレンちゃんの魔法か!?」

「そう。セレンの魔法、『レリース』ならお前の魔法だって強制解除できる。故にお前の魔法は完璧とは言えないんだよ」

「ま、まさか、お前もレリースの魔法が使えるという事なのか!?」


 焦るソルティ! 仲間が使える魔法であれば、教え合う事でガルが使える可能性もあるからだ。

 しかし当然、ガルは簡単に首を横に振った。


「いや、あの魔法はかなり特殊でね。セレン以外に使える奴はいないよ」

「……」


 またしても唖然! ソルティは言葉が出なくなっていた。


「そして三つ目――」

「もういい!!」


 ガルの言葉を遮り、ソルティが怒りながら声を荒げた。


「さっきから聞いていれば結局は何もできねぇじゃねぇか! つまり、お前の狙いは時間稼ぎ。俺のディストールを攻略するためにダラダラとしゃべって時間を稼いでいたという訳だ!!」


 そうしてついに両手で文字を刻みだす。

 ガルもそれに合わせて文字を刻み始めた。


「試合の再開だ! てめぇのおしゃべりならこの試合が終わった後でいくらでも聞いてやるよ! この俺の勝利で会場を沸かせた後でな!! 『ディストール!!』」


 ソルティが再び空間を捻じ曲げる。目で見ただけでは何も変化はない。しかし、確実にソルティの周囲は別の場所へと空間へと歪められていて攻撃魔法はもう届かない。


「さぁ、これで終わりにしてやるぜ! くたばりやがれ死にぞこない野郎!! 『ファイナルゥゥクラーーシュッ!!』」


 ソルティが攻撃魔法を解き放つ! 地面に立つガルに向かって叩きつけるように魔法を落下させる!

 その時、ガルも完成した魔法を解き放った!


「……三つ目。空間を歪ませるなら、こちらも同じことをすればいい。『ディストール!』」


 フッと、ガルに向けられた紅色の閃光が捻じれたように細くなる。そのままガルには届かずに、はるか上空である別のポイントから出現した。

 その閃光はまたグニャリと捻じれると別の場所へと移っていく。それを見たソルティは目を真ん丸にして震えていた。


「な、な、なんだとぉ!? てめぇもディストールが使えたのか!?」

「いや、正確に言うなら『今使えるようになった』と言うのが正しいかな。お前の魔法を見て『こうすればいい』というヒントをもらった」

「ぐっ……嘘をつくんじゃねぇ!! 人の魔法を見てからそれを自分でも使えるようにするには一か月はかかんだぞ!」


 ソルティの言う事は間違っていない。基本的には他の魔法使いが使う魔法を見て、自分も同じ魔法を使えるようになるには平均して一か月ほどかかると言われている。

 魔法というのは決して単純ではない。人が刻んでいる文字を真似したところで意味がないからだ。

 自分の魔力の総量や質を理解して、その魔力を操るために最も適した方法を模索しなくてはいけない。故に、同じ魔法でも他の魔法使いとは発現させるために刻む文字はガラリと変わってくる。

 それを理解し、追い求め、何度も繰り返して突き詰めていく。そうやって日々研究を重ねながら完成するのに一か月ほどかかるのだ。


「別に今ここで見てから即使えるようになった訳じゃない。俺も元々、空間を歪ませる魔法を研究していたんだ。光の屈折率を計算して透明にする魔法の応用で、空間も曲げられないかと思っていた。だがやはりまだまだ分からない事も多かったが、今ここでお前の魔法を見て色んなヒントを得た。そして、その全てを計算して組み立てるために一秒でも時間が欲しかったんだ。だから倒れたフリをして審判が宣告をするギリギリまで考えていたという訳だ」


 ガルは途中まではこの魔法を研究していた。そして完成までに足りない要素をこの場で見て、感じて、組み込んだ。しかしそれでも常人の成せる技ではない。ガルがこれまで生きた時間のほとんどを魔法に費やし、ありとあらゆる知識が頭に入っているからこそたどり着ける領域なのだった。


「嘘だ嘘だ嘘だ! 初めから使えたに決まってる!! この土壇場で完成できるような簡単な魔法じゃねぇんだぞ!」

「確かに簡単な魔法ではないな。だが特別に難しいという訳でもない。それに人の魔法を覚えるのに一か月かかると言っても、あくまでも『平均』だ。俺ならもっと早くやれる」


 ギュンギュンと二人の周囲を紅の閃光が飛び交っている。こうしている間にもお互いが空間を捻じ曲げて、隙あらば相手の目の前に持っていこうと交錯しているのだ。


「さぁここからが本番だぞ。どっちが速くこの空間を支配して攻撃を相手の場所まで繋げられるか。そういう勝負だな」

「ぐっ……俺はずっと前からこの魔法を操っていたんだ。計算負けする訳がねぇ!!」


 魔法というのは重ね掛けが出来ないものである。故に、相手が歪めた空間を自分が後から変えるというのは不可能になる。だからこそ、相手の歪める空間を先読みして、主導権を奪い合い、最終的に相手の場所まで空間を繋げられるかという勝負になる。


「ぐぅ、俺が支配しようとする空間を先に……がっ!? また横取りしやがって! くそっ、なんなんだコイツ!!」


 観客からは二人の攻防は分かりにくいかもしれない。ソルティの放ったエネルギーは未だ様々な空間を渡り、あちこちに出現してはその閃光を残していた。

 それは確かな二人のせめぎ合いであり奪い合いだ。弾丸のような速さで飛び交う攻撃魔法を瞬時に別の場所へと曲げて、それを繰り返して相手に近づけていく。それがどれだけ瞬発力や判断力を必要とすることか。

 だが、そんな中でもガルは平然とした顔でこんな発言をする。


「中々やるな。さすがにこのままでは単純すぎて勝負が長引いてしまう。だから、もう一つ加えようじゃないか」


 そうして杖をソルティに向けた。


「なに!? もう一つ……だと!?」


 明らかにソルティの顔色が変わる。


「難易度が上がるのはお互い様ってな。じゃあ行くぞ! 『インフィニティブレイク!!』」


 ドウンという音を響かせ、ガルもまた渾身の攻撃魔法を放つ!

 青白い閃光が紅色の閃光を横切って、それもまた曲げられた空間へと入って消えていく。


「ぐおおお!? バカかこいつ!! この複雑な状況でさらに増やすとか自殺行為だぞ!!」

「そうか? 俺はやりごたえがあって面白いがな?」


 ガルの放った青い閃光と、ソルティの放った紅の閃光が場を駆け巡る!

 二つの閃光は伸びては消え、また別の場所で伸びて消えるを繰り返し、どこかにぶつかる事もなく場を染めていった。

 観客から見れば異様な光景であろう。フィールドが少しずつ二色の光に塗りつぶされていくのだから。

 そんな攻防で争う二人だが、目に見えて焦っているのはソルティであった。


「ぐっ!? これを向こうに……なっ、先を越され……おい待て、やめろバカ!」


 もはや一切の余裕なんてものは無く、焦りと戸惑いで表情が引きつっていた。


「やべっ、遅れた!? くそったれ、この俺が……」


 次第に二色の閃光はソルティの周囲ばかり飛び交うようになっていく。ジワリジワリと追い詰められていくかのように、ソルティに迫り寄っていく。

 ついに、一つの閃光がソルティの肩を掠めてマントを焦がした時、追い詰められた彼は狂ったように叫びだした。


「うおおお!? ふざけんじゃねぇぞ!! なんなんだよこのパクリ野郎!! 正々堂々と勝負しやがれ!! 俺が怖ぇのかよ!? 人の魔法をパクる事でしか勝てねぇってのか!? 無様だな!! こんな勝負誰も認めねぇぞ!!」


 喚きだす。ただひたすら意味不明な理屈をぶちまける。

 それだけ正気を保てないほど追い詰められているのだ。


「言いたいことはそれだけか?」


 ガルが冷静に、それだけ切り返す。するとソルティは悔しさに歯を食いしばりながら鬼のような表情で睨みつけていた。


「……落ち着け。俺はぜってー負けねぇ! まずは一つの閃光だけを処理する!」


 必死に片腕を振り回し魔法を操作するソルティ。すると、ガルの放った青い閃光が遥か上空へと軌道を変えた。


「よしっ! これで残り一つに集中すれば!!」

「いや、お前がそっちに気を取られている間にもう道は作られた。チェックメイトだ!」


 ガルの宣言にソルティの顔が青ざめる。


「バカな!? その軌道なら別の空間に逸らして……って、すでに曲げられてて上書きできねぇ!? ならこっちで……いやここで……」


 きっと魔法の知識がない観客からは分からないだろう。すでに勝負は大きく傾いている事に。

 ソルティがあれこれ弄ろうとしても紅の閃光は軌道を変えず、ガルの思い描く道を突き進む。そして、ソルティの表情が絶望に染まった次の瞬間――


 ドウウウウゥゥゥン!!


 ついにソルティの体を紅の閃光が包み込み、上空へと押し上げていた。


「これでトドメだ!」


 ガルが優美に腕をしならせると、軌道を変えられて空へ昇っていった青い閃光がグリンと捻じ曲がり、ソルティの方向へと落ちていく。

 打ち上げられるソルティと落下する青い閃光はついに衝突をして、お互いにせめぎ合い火花を散らせた。


「があああああああああああああっ!?」


 ソルティの絶叫がこだまする。そしてついに、行き場を無くして押し合っていた二つのエネルギーは大爆発を起こした!

 熱風が吹き荒れ、爆音が轟く。

 黒煙が昇り、火花の雨が落下する。

 そんな中に、黒く焦げたソルティも一緒になって落下していくのが見えた。

 ピクリとも動かない彼を見極め、女性審判は迷うことなく彼に手を貸して受け止める。


「ソルティ選手、戦闘不能! よってこの勝負――」


 一瞬、場内が静まり返る。審判の声に耳を傾け、観客はみな注目している。

 そんな静まり返った会場に、高々と審判の声が響き渡った。


「ガル選手の、勝ぉぉぉぉ利ぃぃぃぃ!!」


 ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


 歓声が沸き起こった。これまでにないほどの大歓声である。

 それもそうだろう。今ここに、一つの伝説が生まれたのだから。


「これにより決勝戦が決着ぅぅぅ!! 激戦を制したのはワイルドファング!! 今大会の優勝は、ノード支部のワイルドファングに決定しました~~~!!」


 声援に負けずと審判も声を張り上げる。すると再び割れんばかりの大歓声で騒然となった。

 そんな中で、ガルは茫然と立ち尽くす。ガルは初めて空間を操る魔法を覚え、まさにぶっつけ本番で戦っていたのだ。そのため圧倒的な集中力と、研ぎ澄まされた精神力で周りが見えていなかった。

 もはや今が大将戦だという事さえ頭から飛ぶほどに、魔法の操作に全神経を集中させていた。それに決着がつき、大歓声が沸き起こることで現実に引き戻されていたのだった。


(勝った……。そうか、俺たちはこの戦いを勝ち抜いたんだ!)


 次第に成し遂げた事の重大さを感じ取り、感無量となっていく。

 そして、そんな達成感と余韻にふける暇もなくチームのみんながガルの元へと駆け付け、飛びかかってきた。

 セレンが、チカが、アイリスがタックルを決めるように突っ込んできて、のしかかっていく。あのアレフでさえ、倒れ込んだガルの頭をクシャクシャにして喜んでいた。

 みんなに揉みくちゃにされながらも最高の結果に終わったこのイベントに興奮を覚えて、ガルもまた静かに笑う。この日、ワイルドファングにとって、いや、ノードの街にとっては決して忘れられない日となったのは言うまでもない事実だろう。

 こうして、密かに闘志を燃やしていたワイルドファングは勝利を飾る。大歓声に包まれながら、その一時の幸せを噛みしめるのだった。



 今大会の成績。

 アレフ  一勝一敗一分け

 セレン  四勝三敗一分け

 チカ   四勝三敗

 アイリス 五勝二敗

 ガル   七勝一分け


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