本気になるための理由にて①
「おっかしーなぁ。アイリスちゃんって攻撃魔法の火力めっちゃ高いんじゃなかったっけ? さっき打ち合いした時は大した事なかったんだけど……」
アイリスがタンカで運ばれていった後に、ソルティが腑に落ちないといった表情でそう呟いていた。
「あ、もしかしてどっか調子悪かった? いや~困るなぁ。俺の側近になってもらう予定なのに無理して体壊されたらさぁ。なぁアンタ、アイリスちゃんは大丈夫なん?」
ソルティが普通にガルに話しかける。
それに対してガルは素っ気ない態度で答えた。
「あまり大丈夫ではない。無理をしすぎて怪我が悪化していた。今日からは絶対安静にさせる」
「うわマジか~!! 魔法使いとして強くて可愛いから俺の側近になってもらいたかったのに、戦力にならなかったらダメダメじゃん!! ただ可愛いだけなら一般人でも務まるつーの! 俺に勝てるはずなんてないんだからおとなしくしてくれたらいいのによぉ……」
「アイリスは勝てるかどうかなんて考えない。自分のため、仲間のためにできる事をやろうとしているんだ。アンタの仲間だってそうだろ?」
「へ? 俺の仲間? う~ん……」
ガルにそう言われたソルティは空を見上げて考え込む。その様子は、朝ごはんでも思い出そうとしている子供のようであった。
「あいつら、今日は全然活躍してねぇからな。どんな戦いしたか覚えてねぇわ」
そして、そうあっさりと言い放つ。
「お前な……仲間の事も覚えていないような奴の所に合併されそうになってるこっちの気持ちも考えろよ……」
「いやいや、アイリスちゃん達は別だって! こっちに来たら絶対優しくするっつーの! 俺は仲間に優しくする。アイリスちゃん達は仲間想いの俺に仕えて幸せになる。な? ウィンウィンな関係だろ?」
はぁ……と、ガルはひときわ大きなため息を吐いた。
「話すだけ無駄か。もういい。始めよう」
そう言って杖を構える。
「そうしようぜ。こっちもいい加減、お前のその態度にムカついてきたところだ!」
そうして二人は睨み合った。
「そ、それではこれより第八回戦を開始します! 大将ガル選手対、大将ソルティ選手。試合ぃぃ始めぇぇ!!」
審判の合図と同時に二人は文字を刻み出す。
ソルティは相変わらず、腕を振るうようにして大きく刻んでいた。
『フライ!』
ガルがいち早く空中に身を浮かせる。
『ファイヤーワークス!!』
続いてソルティが、ガルに向かって無数の閃光弾をばら撒いた。
その魔法が炸裂すると、色とりどりの光が一面に広がる。
「さぁさぁこれよりご覧いただきますのはカラフルな魔法でございます! 心行くまでご堪能くださ――」
ギュン! と、空中にいたガルが一瞬でソルティの目の前まで迫っていた。
『マジックセイバー!』
そして、刃が付与された杖を渾身の力で振るう!
「ぐっは!?」
ソルティは自分の杖を盾にして身を守るが、その衝撃で空中に舞い上げられた。
「くそっ! 俺の魔法の特性もわかんねぇくせに一直線で向かって来やがった!! 『フライ!』」
そしてフワリと空中でバランスをとり静止する。
そこへガルが追撃するために突撃していく。
ソルティはガルの攻撃を全力で回避しようと逃げ回っていた。
「アンタが開幕に威力のない魔法で遊ぶのは知っている。悪いが俺はそれに付き合うつもりはない」
「へっ! にしてもちょっと不用心すぎるだろ。俺が遊ぶって確証なんて無かった。もしかしたらヤバい効果がある魔法だったかもしれねぇんだぞ? 『マジックセイバー!』」
ようやく武器にエンチャントする魔法を付与して、ソルティはガルの攻撃を受け止めた。
「それは無いな。アンタ刻んでいた文字の形、完成速度、どれを取ってもヤバい魔法でないのは明白だった。動きが大きすぎる分、どんな魔法なのかバレバレだぞ」
「チッ! そんな事までわかんのかよ……」
鍔迫り合いをソルティが弾き返す。しかしガルは何度も距離を詰めて近距離戦を仕掛けていた。
「あ~うっぜぇ!! 何マジになってんの? アイリスちゃんが負けたのは俺のせいじゃないっしょ?」
ガルが連続で武器を振るい、それをソルティがガードする。
「あいつは負けた事を悔しがっていた。そして俺に絶対負けるなと言った。そんな想いを俺は全部受け取ったんだ。これが本気にならずにいられるか!」
ガルの強撃がソルティを弾き飛ばす。
「それがウゼェって言ってんだよ!! 他人のために本気出すとかマジで意味不明なんだよ! 人ってのは誰だって自分の欲望のために頑張る生き物だろうが!!」
ソルティはガルの追撃を受け流し、一旦距離を空けた。
「俺もアンタの言ってることは理解できないな。人が本気になるのは、いつだって誰かのために何かをしようとする時だ」
それを聞いたソルティは震え出す。その表情は怒りに歪んでいた。
「ウゼェ……マジでお前ウゼェよ!!」
そして今度はソルティから武器を振るい出す。
「俺達は魔法使いだぞ! 普通の人間よりも力のある、選ばれた人間なんだ! この力は自分のモノであって、他人のために使うモノじゃねぇんだよ!」
刃と刃が激しくぶつかり、火花が舞い散る。
「そりゃあ世間体ってのがある! 別に神になりてぇ訳じゃねぇ! だからこそ特殊部隊をやって人助けをやってんだ! けど結局それだけじゃあ欲望は満たせねぇ! 魔法という力に選ばれて、他人よりも強大な力を持つ者は、それに応じた欲望を叶える権利がある! 誰のためでもねぇ、自分の欲望を叶えるための力なんだ!」
剣戟が繰り返され、衝撃音が響き渡っていた。
「人が本気になるのは誰かのために何かをする時? 偉そうに綺麗ごと語ってんじゃねぇよ!! 自分が正義で、俺が悪って言いてぇんだろ!? だったらその本気の力で俺を負かせてみやがれってんだ! 結局魔法使いは実力が全て。強くなけりゃ何も守れない!! 強ぇ奴が全てを手にして、弱ぇ奴は従うのがこの世界の真理なんだよ!!」
再び互いの武器が交差して、その動きが止まる。
「だからアンタは力ずくで欲しいモノを奪おうとするのか?」
「そうだ! けどお前らにもチャンスをやったじゃねぇか。もっと強引に合併する方法を使ったって良かったんだぜ? だけどこうやって勝った方が願いを叶えられるっていう方式にしてやった。合併するのが嫌なら勝てばいいんだよ! なんも難しい事なんてねぇ! 世界はこうシンプルでいいんだよ!! 卑怯だとか強引だとか、悔しいだとか許せねぇとか、そんな他人なんか関係ねぇ。自分の欲望を、自分のためだけに、自分の力で叶えりゃいいんだ!!」
ドガッ!
ソルティがガルの腹に蹴りを入れる。そうしてよろめくガルに、猛スピードで接近して武器を振り下ろす!
「……そうだな。確かにアンタの言う通りかもしれない」
ザンッ!
ガルも前に動きながら武器を振るう。
そうして、二人がすれ違い、交差する瞬間に斬撃が光った。
「ぐは……」
ソルティが左肩を押さえて苦しみだした。
ガルのセイバーが肩を掠めたのだ。
「アンタみたいに自分の考えが絶対だと思い込んでいる奴には、単純に力でねじ伏せる以外にないのかもしれないな」
そう言い放つガルの瞳は、なんの迷いもなくソルティを射抜いていた。




