唯我独尊の精神にて①
* * *
「おいおい。マグノリアはもう大将なのに対して、ワイルドファングはまだ副将かよ」
「しかも副将のアイリス、大将のガルは全チームから見てもトップクラスの成績だろ? もうこれはワイルドファングの勝ちじゃね?」
第六回戦のメンバーが医療班によって運ばれていく中、観客からはそんな声が飛び交っていた。
そんな周囲の声に耳を傾けながら、アイリスは思案する。
(相変わらず両腕が痛くてまともに戦う事なんて出来ないのに、こりゃまたとんでもない場面で出番が回って来ちゃったわねぇ……)
アイリスの両腕は前回の闘いで負傷したまま、まだ完全に治っていない。というよりも絶対安静にしていないといけない状態である。
腕の表面は綺麗に見えても、内部はボロボロでちょっと触っただけでも痛みが走るほどの症状であった。
それでも仲間に内緒でそのまま出場したのは、そんな自分でも何かできる事があると思ったからである。
(それにしても、相手のリーダーが相手か……)
ゾクゾクっと、心が疼くような感覚に陥る。
(そんな大物が相手だと、多少無理してでも首を取りたくなっちゃうわねぇ……)
こんな状況で自然に笑みがこぼれ、ギュッと杖を握る手に力が入った。
(痛ったたたた……)
そして、痛みで我に返るのであった。
「だぁーー!! うるせぇぞお前ら!! 俺は負けねぇよ!! 黙って見とけ!!」
すると前方から喚き散らす声が聞こえてきた。目を向けると、マグノリア支部の大将であるソルティだった。
「大体勝ち抜き戦って決まった時点でウチの勝利は確定してるっつーの!! 俺一人で五人抜きだってできんだよ!!」
観客相手にそんな事を怒鳴り散らしていた。
しかしそんな事を言われて黙っていられるアイリスではない。
「へぇ~。一人で五人抜き? 言ってくれるじゃない」
「お? アイリスちゃん!! ま~俺様にかかれば五人抜きくらい楽勝よ! なっはっは!!」
アイリスが目に入った途端にテンションが上がり馬鹿笑いをするソルティに、アイリスは眉を引くつかせる。
「自信満々なのはいいけど、あんまり度が過ぎると足元すくわれるわよ?」
「へ? ないない。だって俺、これまで負けた事ねぇもん。それに負ける要素だってねぇし」
ヒクヒクっとアイリスの表情が引きつっていく。
「あ、けどアイリスちゃんが欲しいのは本当だぜ? 俺ほどじゃないにしても、腕がいいのは間違いねぇからな。合併したら俺の側近になってもらうからさぁ、そこんとこヨロシクゥ!」
ポーズを決めてウィンクをするソルティに、アイリスのイラッとする感情は止まらない。
「チカちゃんは俺の護衛になってもらってぇ、セレンちゃんは……まぁなんでもいいや。今はチンチクリンでも2、3年すれば化けるかもしれねぇからな。ククク、こうして俺のハーレムは築かれていくんだ」
ソルティの理想は声に漏れ、それを聞けば聞くほどウンザリするアイリスだった。
「アンタねぇ……ちょっとは人の気持ちも考えたらどうなの!? こっちは反吐が出そうなんだけど!?」
「大丈夫大丈夫! 俺って女の子には超優しいからさ。絶対合併して良かったって思えるって!」
「そう言う問題じゃないっての!!」
あまりにも一方通行すぎる価値観に、これ以上話をしても無駄だと判断したアイリスは杖を構える。
「アンタには絶対に負けらんない。合併なんて死んでもお断りだから!!」
「へぇ~……けど無駄だぜ。もう約束しちゃったんだからよ。俺には誰も勝つ事が出来ない。だからもうアイリスちゃんは俺のもの決定なんよ」
アイリスに睨まれてもヘラヘラと笑うだけのソルティ。そんな二人の間に審判が割って入った。
「そ、それではこれより第七回戦を始めます! 副将アイリス選手対、大将ソルティ選手。試合ぃぃ、開始ぃぃ!!」
審判の高らかな宣言と同時に、アイリスは文字を刻む。しかし……
(痛っつ! 魔力を操作すると焼けるように痛い……まるで腕の中を溶岩が流れているみたい……)
震える指先で、いつもよりも遅いペースで文字を刻み組み立てていく。
それに対してソルティの文字を刻む姿もまた独特であった。大きく腕を振り、でかでかと文字を刻んでいく。まるで陰陽師が印を切るかの如く、とても派手な動きである。
「さぁさぁ楽しいパーティーの始まりだぁ!! 盛大に盛り上がって行こうぜぇ!! 『フライ!!』」
ソルティがギュンと一気に上昇する。さらにはグルングルンと無駄に回転をつけ、動きで観客を魅了していった。
「先制攻撃はこの俺様! ど派手に開幕を彩るぜぇ!! 『ナンバーズジャベリン!!』」
天高く舞い上がったソルティが魔法を発現させると、巨大な一本の槍が出現する。大人の人間サイズのその槍は、アイリスに向かって発射された。
「でっか! 『フライ!!』」
やっとの思いで完成させた飛翔の魔法を操り、アイリスは低空飛行で槍の直撃を避けた。
「まだまだいくぜぇ~!!」
さらに槍は連続してアイリス目がけて連射される。空中に浮かんだたった一本の槍だが、どれだけ発射されても消える事がない。
さらには人間サイズの槍には数字が描かれており、『1』から順番に数字が増えていった。
「この魔法さ~、100まで連射しないと消えないから、頑張って避けてみせてよ~」
「な!? 嘘でしょ~!?」
次々と発射される槍をアイリスは必死に避ける。ジグザグに動き、槍の軌道を予測して、必死に飛び回った。
ギリギリの位置で槍を避けると、その風圧が物凄い。それが地面に刺さると、その威力の賜物か、土が派手に空中に舞い上がっていた。
「ちょ……こんな巨大で連射性もあるのにそれが百本とか、どんだけランク高い魔法なのよ!?」
爆風をまき散らしながら飛んでくる槍をスピードを上げて振り切ろうとするアイリス。とても天高く上昇しようとは思えなかった。
(これ威力的に平気なの!? あたしが上昇したら客席に飛んで行って、結界を貫いて大惨事になったりしない!?
観客の安全を心配しながら低空飛行を続ける。アイリスの横を通過する槍は依然として物凄い風圧を放っていた。
フィールドをグルリと折り返して、今、自分が通過した所に目を向けると、回避した後の槍の残骸が目に映る。巨大な槍は、そのほとんどが地面に転がっていた。
(え!? これ絶対おかしいでしょ……)
違和感を感じて、すぐに頭の中で思考を開始する。
(ああ、そう言う事ね……)
アイリスは自分に向かって飛んでくる一本の槍をターゲットにして、杖を振りかぶる。手が痛いので、両手で持ち、剛速球で飛んでくる槍に向かって杖を振った!
キン! と、甲高い音がなり、人間サイズの槍はあっさりと弾き返された。
「やっぱり~!! 騙された~!!」
アイリスは一気に上昇して、天空へと逃げる。その際に巨大な槍が客席に飛んで行くが、結界にぶつかると軽い音を立てて弾かれていた。
「うおっ!? びっくりした~。迫力あるなぁ~」
などと、観客の反応も上々である。
「あっちゃ~、ばれちまったかぁ。アイリスちゃん、意外に頭回るじゃん! こんな早く気付かれるとは思ってなかったぜぇ」
全ての槍を打ち終えて空中で対峙する二人だが、ソルティがそんな称賛を送っていた。
「地面に転がる槍を見てすぐにわかったわ。普通、本当に威力が高いなら地面に突き刺さるはず。けどそのほとんどが転がっていた。つまり、威力は皆無だって事ね。それでも威力が高そうに見えたのは、あの槍が『風属性』だったからでしょ。だからあたしの横を通過する時には凄い風圧を感じたし、地面に落ちた槍は土を舞い上がらせた」
「正解! 数を多くして連射性を高める代わりに、威力はほとんど無くなった。当たっても大したダメージにはならねぇよ。どうだ、バトルを盛り上げるために作った俺の魔法は。結構自信作だったんだぜ?」
子供っぽく笑うソルティに、ぐぬぬと悔しそうにするアイリスである。
「ソルティって奴、いっつも開幕一番に魅せる魔法を使うんだよな」
「前の時はなんだっけ? 花火みたいな綺麗な魔法使ってたよな。全然威力無かったけど」
「あいつの魔法って面白いよな~」
観客にも受けているようで、そこかしこから話す声が聞こえてくる。
(……観客にパフォーマンスとか、余裕見せつけてくれるじゃない……)
ギリッと歯を食いしばり、悔しさを押さえようとするアイリスであった。




