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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第98話 ユィリスとシロ

「――って、どうなっちゃったのだ!?私っ!!なんだ!?何なのだ、この格好は!??」


 威風堂々と勇ましい覚醒を見せたのも束の間、格好良く決め台詞を告げた直後、いつものキャラに戻るユィリス。顔をまさぐったり、子犬のように可愛らしく自分の背中を追い回したりして、己の変化と向き合う。


「なんだか分からんが、体中からどんどん力が溢れてくるのだ。ふふん!この私が〝覚醒〟する日も、そう遠くはないという事だな!」

「いや、あなた覚醒したのよ…」

「お~、怪我も知らないうちに完治して………って、マジか!!?」


 ルナから呆れたように突っ込まれ、ワンテンポ遅れて反応する。


「いつも通りの、ユィリスちゃんだ」

「ふふ、そうね。なんか、安心したわ」


 人格や性格までは変わらなかったようだ。

 突如覚醒したから、別人に成り代わってしまったのではないかと、驚きの反面、脳裏に不安もよぎっていたルナとモナ。先程まで醸し出していた凛とした雰囲気を払拭する元気一杯のユィリスに、二人は深く安堵する。


「そうかそうか。私は終に覚醒したのだな!ふっふーん、まさに私も、モナと同じ領域に足を踏み入れたという事か!…でも……」


 腰に両手を当て、得意げに語る。

 しかし心残りが一つ、規格外の力を得たユィリスにはあった。麗美な千里眼に映る姉を見据え、無念の思いを言葉にする。


「姉ちゃんの目は、もう治らないのだ…」


 取り戻そうとした姉の〝光〟は、奪い返したはいいものの、自分自身の光と化してしまった。

 最悪の事態は免れたが、これからも姉は盲目に苦しめられることになるだろう。そう悲観的に捉え始めるユィリスへ、アィリスは喜びに満ち溢れた言葉を投げる。


「見違えたわ、ユィリス!あなたの思いが、届いたのね!」

「姉ちゃん……だけど、目が…」

「そんなのいいのよ。私にとって、ユィリスが無事だったことが、何よりも嬉しいんだから。目なんて見えなくても、あなたの存在は感じられる。それだけで、私はとっても幸せよ!」

「うぅ、姉ちゃん…」


 笑顔と共に、心からの言葉を姉から受け、思わず感極まってしまう。

 こうして無事に生きていることが、お互いの力になる。血の繋がりだけではない。双方を()()()()温かい心――その姉妹愛がある限り、どんな困難も乗り越えていけるのだと。

 そう、ユィリスは心の中で汲み取った。

 涙を拭い、再び無邪気な笑顔に戻る。


「私の〝目〟に、なってくれるんでしょ?ユィリス!!」

「へへっ…ありがとうなのだ、姉ちゃん!後は、心配無用。姉ちゃんの力を受け継いだ妹が、どれだけ凄いのかを、その〝心〟に焼き付けてやるぞ!!」

「うん。見守ってるわ、心の目で!」


 姉妹のやり取りに、周囲の空気・士気も高揚する。

 絶望的な場面から一転。勝利の確定演出を告げるように、この場に魔力という名の温かい光が溢れ出す。

 そんな中、場違いに成り下がったファモスは、冷静さを取り戻し、苦しい程の煽り文句をユィリスへぶつけ始めた。


「……茶番は終わったか?ユィリス・ノワール。奇しくも覚醒を許してしまったが、まあいい…。お前を殺し、その体ごと私の中に取り込めば、全てチャラだ」

「お前、そんなこともできるのか?つくづく気持ち悪い奴なのだ」

「ククク、誉め言葉と受け取っておこう。たった一度覚醒した程度では、圧倒的な戦力差を埋めることはできない。姉の力か何かは知らないが、お前に私は倒せな――」


 そこまで口にし、ファモスは言葉を詰まらせる。いや、正確には、自分の身に起きた会話どころではない異変を唐突に察知したからであろう。


「お喋りは後。少し黙っててくれなのだ」


 何らかの魔法をファモスに与え、何食わぬ顔でそう告げたユィリス。無詠唱で放たれたが故に、ファモスは簡単に不意を突かれた。


(体が、全く動かない…!??)


 目にも止まらぬ速さで魔力を放出し、動体を硬直させる。麻痺とは少し異なり、己の魔力(エネルギー)のみで、万物の動きを完全に封じ込める魔法だ。

 言葉を発することも叶わない。単純なパワーには自信のあったファモスが、たかが魔力の圧縮で、指一本たりとも動かせない状況下に置かれている。

 この時点で、戦力差は埋まるどころか、大幅に逆転していると言えよう。冷や汗を流して、これ以上なく焦るファモスを尻目に、ユィリスはこの覚醒における立役者へ目線を向けた。


「お前も一緒に戦ってくれるか?シロ!」


《え…??》


「え、じゃないのだ。お前が居なかったら、私はとっくに心が折れてたし、最悪死んでたかもしれない…。お前には、二度も助けて貰ったのだ。アリアに、私の思いを届けてくれたこともそう。こんなに凄い精霊は他にいないと思ってる」


《ユィリス…》


「私には、お前が必要なのだ。シロ!」


《……っ!!??》


 自分へ初めて向けられた言葉が、シロの胸の奥底に深く突き刺さる。誰かに必要とされる存在になるだなんて、思ってもみなかったのだ。

 普段は臆病で、不甲斐ない弱き精霊。いつだって他の精霊たちに遅れを取り、何をするにも上手くいかない。

 唯一長けているのが、生物の感情を鮮明に汲み取り、理解すること。しかし、明るく希望に満ち溢れた仲間たちの輝きを強く感じてしまうことで、逆にその能力は、己の無力さを加速させる受動的なものに留まっていた。 

 感情に敏感な故、もし自分に対して負の感情が向けられたら。そう思う度に、シロは一歩を踏み出せず、一人自分の殻に閉じ籠ってばかりだった。

 同じ時期に生まれた子たちは、既に契約を済ませ、バディを作り、森を守るために切磋琢磨している。

 人との関わりが苦手な自分は、みんなのために何をしてあげられるだろう。毎日、そればかり考えていた。

 暗闇に溺れる日々。何のために生まれてきたのかも分からないまま、月日だけが経っていた。

 もう、自分の居場所なんて何処にもないのだろうか。


 そう考え始めていた矢先に出会ったのが、ユィリス・ノワールという少女――人間だった。

 性格は自分と正反対。活発で、ポジティブ思考で、いつでも強気で、友人たちも彼女に感化され、明るく楽しそうに群れ集う。

 まさに、ムードメーカー。強さではなく、味方を鼓舞し、精神面でチームを引っ張っていく存在。それは、自分が憧れ、いつかそうなりたいと願っていた姿でもあった。

 

 ――馬車が壊れたのなら仕方ないのだ。明日、街に向かうしかない。目は見えなくても、姉ちゃんはやるときはやるんだぞ!


 ――私は信じてるのだ。姉ちゃんは、無事でいることをな!


 だが、シロはその言葉の裏に隠された僅かな感情を逃さなかった。

 焦り、不安、切なさ、悲壮感。彼女自身が自覚しているのかは分からない。シロには、彼女の発言全てが、それらの負の感情を抑え込み、心配無用だと友人に訴えかける強がりにしか聞こえなかった。

 初対面の人間。加えて、どんな事情があったのかも知らない。しかしそれだけのことを、シロは一瞬で感じることができたのだ。


 ――自然と、気に掛けずにはいられなかった。


 自分とは真逆の性格に思える彼女が、実は一度崩れ出すと歯止めがきかなくなってしまう程に、脆く儚い心を持っていて。中には、初めて抱くような感情も入り混じり、誰も見ていないところで酷く混乱している様子だった。

 人前では、絶対に弱さを見せない。その強気の姿勢は、光を失っても妹の前で決して涙を見せまいとする姉の気立てに似たのだろう。


 街へ来て、すぐに連れ去られてしまった時もそうだ。決して不安や焦燥を表に出さず、何食わぬ顔で敵地へ堂々と入り込み、格上が相手だろうが、決して怯まず、逃げ腰にならず、どれだけ殴られても起き上がり、諦めない心を常に見せていた。

 そんな風采を目の当たりにすれば、嫌でも感応する。未来はないのだと嘆き、腐りつつある心でも、自然と動かされる。


 ――頼んだぞ!


 誰かに頼られるのだって、生まれて初めてのことだった。

 投げやりなんかではない。大事な場面なのにも拘わらず、自分が囮になってまで、ユィリスは心から頼ってくれている。そう悟ったのだ。

 この瞬間が、シロにとっての〝トリガー〟。初めて、誰かのためを思って心身を動かした。

 人柄に、強い意志に、外見に、姿勢に、時折見せる切ない感情・表情に胸を打たれる。考えもしなかった。自分が誰かに、それも人間に惚れるなんて。


 その気持ちが、先程の奇跡を生み、覚醒への道を作り出した。

 何事も最後まで諦めない。ユィリスの思いがシロにも届き、絶体絶命の危機を脱したのだ。

 片一方だけでは決して成立しなかった。常に共にあった。

 一人では、なかった――。


 こんなどうしようもない自分へ、自然と手を差し伸べてくれる人間――ユィリス・ノワールと共に歩みたい。エルフの森や精霊仲間の元を離れることへの後悔さえ考える間もなく、即決した。



 ――ユィリスと、バディになりたい!!!



 心の片隅に願っていた言葉を呼び起こし、様々な回想を経て、シロは今一度ユィリスと向き合う。


《私で、本当にいいの…?あ、でも契約じゃなくて…一緒に戦うってだけなら、私は――》


 あまり期待し過ぎてはいけない。覚悟を決めたものの、まだほんの少しだけ自信が持てず、なんとも情けない消極的な発言を零す。

 対して、ユィリスは()()()、さも当たり前であるかのように、シロの意志薄弱な言葉を遮って告げた。


「何言ってるのだ。契約とやらに決まってるだろ?それとも、私とバディになるのは嫌か?」


《ううん!嫌じゃない!!寧ろ、私もユィリスのバディになりたいって、思ってたから…》


 無意識に手を差し伸べるような言葉に、シロは再び驚かされる。実際は、ユィリスがあまりにあっさりと答えるものだから、驚くよりも先に即答していた。


「じゃあ、契約するのだ。今すぐに!」


 両手を腰に当て、にひっ…と可愛らしい笑顔を向ける。そんなユィリスの笑顔()に、シロは更に心を動かされた。


《わ、分かった!》


 打ち合わせでもしていたのだろうかと思わせるようなテンポ感。迷いのないユィリスの即断即決思考は、毎度誰かを驚かせる。

 決して考えを放棄している訳ではない。ただユィリスは、己の信念を貫き、その場でその場で衝いて出た想念を信じているだけだ。

 お茶らけているようでいて、その胸中には鋼のように固い精神とぶれることのない真っ直ぐな志が詰まっている。

 それは、どれだけ強くなろうと変わらない。ユィリス・ノワールが持つ人間としての性質――他者に影響を与えうる精神的な力なのだから。


「ふにゃ!?この土壇場で、契約するの!?」

「その間に攻撃が…って、動き止めてるんだったわね…」

「そういうことなのだ。ん、じゃあいくぞ、シロ!」

 

《うん!!》


 元気よく返事をして、シロはユィリスの眼前へ飛び上がる。そして、全身に特殊な魔力を纏い、白色の光を放ち始めた。

 無論、言い出したはいいものの、ユィリスは契約の仕方などこれっぽっちも知らない。故に、ここからはシロが契約のプロセスをエスコートしていく。


《先ず、相手と魔力の波長を合わせて》


「ん、こうか?」


 特に難しい顔をする訳でもなく、感覚で魔力を解放するユィリス。瞬時にやってのけるものだから、またしてもシロは驚かされた。


《す、凄い…一瞬で私と同じ量の魔力を放った……》


 今のユィリスとシロとでは、魔力の質も量も段違い。膨大な魔力を持った者が、少量の魔力に合わせ、エネルギーを発散しつつ調整するには、かなりの集中力が必要になってくる。

 そのことすらも、今のユィリスには造作もないのだろう。

 集中することなく、己の感覚のみで相手の歩調に合わせる。それが、どれだけの困難を極め、馬鹿馬鹿しいと称されるまでに天才的であるかを、ユィリスは体現していた。


《えっと、それじゃあ、次はお互いの掌をくっつけるよ》


「うむ」


 初めての契約で、緊張を隠しきれていないシロ。小刻みに震える手を、そっと前に差し出す。

 恐れでも武者震いでもない。喜びの反面、契約を経た後、自分が本当にユィリスの役に立てる存在になれるのか、それだけが心配であった。

 しかしユィリスは言った。


 ――私には、お前が必要なのだ。


 と。

 今もそうだ。彼女の魔力、その温もりが、重なった掌に伝わってきて、安心感を与えてくれている。


「シロ、契約したからって、今までと何も変わる必要はないぞ」


《え…?》


「寧ろ、このままでいいのだ。そりゃ、私のために頑張ってくれるのは嬉しいが、別に強くなるために契約する訳じゃないぞ。これからも私の心の支えになって欲しい。それだけなのだ」


《ユィリス…。うん、分かったよ》


 必要だと言ったユィリスの言葉。その意図を知り、シロの中の迷いは消え去った。

 眩い光が両者を包み込む。他の誰も踏み込むことはできない二人だけの空間で、優しく名を呼び合う。


《我が名は、シロ。精霊の神、【ウンディーネ】の盟約に従い、人間であるユィリス・ノワールと契約を結ぶことを、ここに誓う…》


「えっと…同じく、精霊の神の盟約に従い、精霊であるシロと楽しい毎日を過ごすための契約を結ぶこと、ここに誓うのだ!で、いいか?」


《ま、まあ、意味は合ってるから、大丈夫だと思う…》


「ふふん!神とやらよ、私はテンプレどうりにはいかないのだ」


 おどけているのか、真剣なのか。何にせよ、どんな状況でもユィリスは変わらない。そんな彼女に、シロは微笑みを返す。


《ふふっ…じゃあ、最後のプロセス。タイミングを合わせて、お互いの魔力を重ねた手のひらに集中させるの》


「よーし、いくぞ!」


《うん!》


 体内の魔力が、右手を伝って同時に放出される。

 二人のエネルギーが共鳴を開始し、種族間を超越した魔力へと変質。それが再び同量に分かれ、両者の中へと戻っていった。

 人間と精霊。相反する双方の魔力が融合し、契約の力に成り変わる。


(温かいのだ…)


 姉の千里眼を宿した時とは、また違った感覚。

 ただの契約ではない。互いを、そして誰かを思いやれる優しさに溢れた気質がシンクロし、かつてない程の恩恵と祝福が、どこからともなく溢れ出し、二人の力となっていく。

 たった一日。この短い時間の中で、契約に至るまでの絆を得たというのだろうか。

 いや、寧ろ()なのかもしれない。

 相性が良いのも勿論ある。だがこの戦いが終われば、二人は元の居場所へ帰り、以前と同様、人間と魔物の関係に戻ってしまう。

 勇者パーティという強大な敵との戦い。その最中、乗り越えてきた大きな壁。起こし、()()()()()()()()()奇跡。

 単なる知り合いという枠に留まるほど一介の関係にあるなんて、誰が思おうか。


 互いに心身を救われた。支えになっていた。

 まだまだ、知らないことが沢山ある。共有していきたい経験や悦びが、山ほどある。

 だからこそ、ここまでの関わりだけに収めたくない。二人の絆は、これから培われ、影響を及ぼし合って成長していくのだ。

 この瞬間が、スタートライン。今後、幾度となく手を取り合い、同じ景色を見ていくことになる、二人の初めての契りである。


(な、何が起こってやがる!!?)


 一体、この場で何が起こっているのだろうか。ユィリスの進化は、もはや天才ファモスの理解を優に超越していた。

 呑み込める筈もない。心身ともに常闇へ墜ちた憎悪の塊には。


 程なく光の魔力が弾け、中から現れたのは、契約の証――神聖な白金(プラチナ)色に輝く魔晶のブレスレットを身につけた、ユィリスとシロの姿だった。

 契約には二種類、〝証明〟なるものが存在する。体に紋様が刻まれるか、装飾やアクセサリーを身につけられるかだ。

 ティセルとレッドの場合、前者。彼女らの右腕には、赤い紋様が刻まれている。

 紋様の場合、特徴は外見のみ。薄く浮き出てるくらいで、あまり目立つことはない。

 しかし物として形作られた証は、一味違う。より強力な契約の恩恵を授かるだけでなく、精霊側にも同等の進化が約束され、レベル・ステータス・ランクが共有状態となる。

 つまり…


「お前も覚醒したのだな、シロ!」


《嘘でしょ…?こんな、ことって……》


 小さき者には変わりないが、少しばかり身長が伸び、顔つきも大人びた相好へ。真っ白だったトンガリ帽子は、金色の彩りが添えられ、服装も豪勢な代物に作り替えられていた。

 ユィリスを除き、誰もが驚かされ、硬直した時間が訪れる。

 覚醒、契約を経て、また覚醒。最強の精霊使いが、ここに誕生した。


「よーし!燃えてきたのだ!!さっさとケリつけて、アリアの手助けに行ってやるぞ!」


 とんだ成り上がりだ。もう、ユィリスを止められる者など、勇者レベルの覚醒者しか存在しないだろう。


「全てを変えてやるのだ、シロ!!」


《うん!もう、負ける気がしないよね、ユィリス!!》


 それは、生まれて初めてシロの口から飛び出た、絶対的自身に満ち溢れた一言であった。

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