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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第97話 覚醒の弓術士

 錬魔術(アルケマジック)により奪い取られたユィリスの千里眼は、中央で連結された二つの小さなカプセル――『双極カプセル』の片側に詰められた。

 もう片方のカプセルには、金色に輝くアィリスの千里眼。姉妹の能力が影響し合い、カプセル内が煌びやかで神秘的な光に包まれていく。


「魔力を注ぎ、中和を施して…ククク、後は融合させるだけだ」


 ファモスは双極カプセルの連結部分に付いている蓋を開け、内部に少量の魔力を放出。すると、どういう訳か、二つの千里眼はたちまち球体状から、ドロッとした液状へ変わり、カプセルの底へ流れ落ちる。


「この…!返すのだ――うわっ!?」


 黙って見てる訳もなく、ユィリスは立ち上がるが、思った以上に大技を打った際の反動が大きく、ガクッ…とすぐに足から崩れ落ちてしまった。


「ククク、黙って見ているがいい。無能な弓術士よ」

「うぅ、クソッ!!」


 地に伏せ、奪い返す体力も残ってない悔しさから、床に拳を叩きつけるユィリス。否定すらもできない己の無力さに、涙を浮かべる。

 その様子を見て、傍で浮遊していたシロは、怒りの入り混じった真剣な表情を見せながら、密かに魔力を放出し始めた。

 そして同じく怒りを覚えたアィリスは、ファモスに向かって怒号を飛ばす。


「やめなさい!!私たちの千里眼は、あなたなんかに扱えるようなものじゃないわ!自滅したいの!??」

「この期に及んで、うるさい女だな…アィリス・ノワール。()()ならないよう、既に研究は最終地点へ到達したさ」

「くっ、本当に…知らないわよ!!」


 なんとか注意を引こうとするが、ファモスは以降、アィリスの言葉に耳を貸すことはなかった。

 そうこうしてる間にも、千里眼の錬金は一途を辿る。

 原型を失った液状の千里眼は、互いに引き合うかのようにして、カプセル内を浮上し、連結部分で融合を開始。眩い光が漏れ出る中、やがて複合したものは急激に固まり始め、固体へと状態変化した。

 

「完成だ…」


 連結部分の蓋を再び開き、中から取り出したのは、七色に煌めく球体状の〝固体魔力〟。融合したからか、一回り大きくなっており、海中で煌めく純白な真珠の如く、美しい光彩を放っている。


「なんと素晴らしい!これを口にすれば、私は――」

「待つのだ…お前ぇぇ!!」


 宝珠となった融合千里眼を飲み込み、自分のものにするとでも言うのだろうか。無情にも、時は止まってなどくれず、千里眼がファモスの口元へと持ってかれる。

 初めて口にするものに、一切の躊躇なし。もはやこの状況を悦び、楽しんでさえいる狂気の沙汰ではない女を、誰が止められるだろう。


(もう、ダメなのか…?もう、終わりなのか…?)


 結局は力負け。この世界は残酷だ。

 強くなければ、何も救えやしない。何もできない。

 どうして、自分はこんなに弱いのだろう。世界でたった一人の姉の光すらも奪い返せず、何が妹だ。

 ファモスの言った通りだった。頭も良くないし、力も碌に無い。

 心の奥底では、分かっていた筈。姉が勝てない相手に、自分が勝てる訳ないのだと。

 ここに来るまで、何度も折れそうになった心を、己の気持ちで修正してきた。しかしそれも尽きて、切れて、強みである精神力も限界を迎えようとしている。

 

 言葉が出てこない。なのに、涙だけが溢れ出てくる。

 これ以上なく、悔しい。怒りも覚えている。だが、その怒りの矛先は、他の誰でもない、無力な自分に向けられた。


 ――諦め、たくないのだ…。


 が、肝心の体は言うことを聞かない。


「アリア…」


 結局、自分では何も解決できない。それが根底にあってか、自然と助けを求めるユィリス。

 アリアのように強ければ。誰にでも動じない、そんな心があれば。

 これが最後でも、何でもいい。今、自分にファモスを倒せるだけの力が欲しい。

 アイツを倒せれば、後はどうなっても構わないのだ。

 神か仏か…悔しさを押し殺し、ユィリスは願う。

 千里眼が奴の手に渡ってしまえば、自分は何のためにここへ来たのか分からなくなる。自分の千里眼を易々と差し出し、相手のくだらない錬金ショーをただ眺めに来たとでもいうのだろうか。


 ――もはや、希望など残っていないのだろうか。


 刹那の一瞬で、様々な思いが錯綜する。

 姉との思い出や一人で懸命に熟してきた依頼の数々、そしてここに至るまでに何度想起したのか分からない、一人悲しみに打ちひしがれているアィリスの姿。

 もう、あんな思いはして欲しくない。今もそうだ。涙に塗れた姉の顔が、半減された視界に映しだされる。

 

(姉ちゃん…私は………私は……!!)


 今、どんな感情に満ちているのか、自分でも理解できない。これ以上なく絶望的な状況下にあることは分かっているのに、諦めたくないと心のどこかで思っている自分もいる。

 完全には落ちていない。暗闇の中でも、片眼の光を失ったとしても、希望の光はいつだってユィリスの心を照らしてくれているのだ。

 だから、前を向き続ける。少ない体力を振り絞り、気力で立ち上がる。

 もう、後戻りできなくてもいい。これが最後でもいい。

 自分たちの絆と思いの千里眼(結晶)が、どこの馬の骨とも知れぬ女のものになるくらいなら――。



 ………

 ……

 …



(千里眼よ、我が力となれ…!)


 そんな興奮状態に陥ったファモスが、千里眼を口に入れようとしたその時だった。一瞬静まり返った部屋の隅から、大音量で聞き覚えのある声が〝音〟として聞こえてきたのは…。




《《《私の事を覚えているかね?あの時の妹よ…》》》




 どこからか漏れ出ている声の主は、間違いなくファモス本人のもの。場が瞬間的に硬直し、音声の内容が皆の注意を引きつける。


《《《あれから研究を重ねたが、姉の千里眼だけでは上手くいかなくてねぇ。調べてみたが、お前たちは『ノワール』の末裔らしいじゃないか―――》》》


 音はどうやら、アィリスが拉致されている主要機器(メインデバイス)の方から聞こえてきているようで、いち早くその音声の正体に気づいたファモスが、そちらへ目線を向けた。


「なんだ…?村に置いてきたホムンクルスの音声ではないか。なぜこんな――」


 単純な疑問を抱き、ファモスは千里眼を口元から離す。

 秒数で言えば、一秒かかっているかどうかの瀬戸際。そのほんの少しの隙を逃すことなく、小さき体がファモスの手元へ飛び込んでいく。


《隙あり!!!》


 全身真っ白な装束に包まれた、つぶらな瞳の精霊シロが、決死の突貫でファモスから千里眼を奪い取った。そしてすぐさま、ふらっと立ちあがったユィリスに向かって、その宝珠を投げ渡す。


()()()()!!》


 ずっと付き添ってくれていた精霊に、初めて名を呼ばれたことが、まさにトリガーとなって、ユィリスの心に火をつけた。


「おう……!!」


 涙ながらに大きく返事し、宙へ放られた千里眼をしっかりとキャッチする。

 これさえ手に入れば、後は何が何でもファモスの手に渡らぬように逃げ去るまで。受け取った瞬間から、ユィリスは脇目も振らず、部屋の外へと走り出した。


「また、ネズミの仕業か…。全く、最後の最後まで世話が焼けるバカ共だ」


 不意を打たれたにも拘わらず、一つの焦りも見せないファモスは、冷静沈着に状況を見定める。想定内というよりかは、奪われたとしても、即座に取り返せることを分かっているからであろう。

 

《うっ…!?》


 再び邪魔をされた腹いせか、シロを地に薙ぎ払い、瞬く間にユィリスの背後へと移動する。そのままの勢いで、ユィリスの頭部に掴みかかり、小柄な体を床へ叩きつけた。


「ぐはっ…!!」

「お遊びは終わりなんだよ、クソガキ。さっさとよこせ」

「い、嫌なのだ~~~!!」


 額を打ちつけられ、床が血潮に塗れる。

 腹ばいの状態で、重々しい体重をかけられ、なんとも痛ましく唸るユィリス。踏ん張っていた力が一瞬で抜けてしまったものの、千里眼を持つ右手だけは、体の下でぎゅっと握り締めていた。


「往生際の悪いガキだな、ユィリス・ノワール!殺してやってもいいんだぞ!!」

「殺されたって、何されたって…これだけは、お前なんかに渡すもんか!!」

「そんなことをしても、姉は帰ってこないぞ!!」

「姉ちゃんだって、助かる!アリアが、なんとかしてくれる!!」

「くだらない希望に、まだ縋ると言うのか?お前()()のような女のガキに、何が出来るってんだ!」


 背中を思いっきり踏みつけられ、体下の床にヒビが入る。耐え難い衝撃が全身を駆け回り、意識が飛びそうになった。このままでは、千里眼が再度奴の手に渡ってしまうのも時間の問題だろう。

 もう、やるしかない。何もかもを失って後悔するくらいならと、ユィリスは覚悟を決めた表情で、千里眼を握っていた掌を開く。


(こんな奴に…こんな奴に、奪われるくらいなら……私が!!)


 アィリスが声を枯らしながら、必死にユィリスの名を叫ぶ。

 そんな中、大きく息を吐きだし、ユィリスは千里眼を口の中へ勢いよく放り込んだ。虹色の輝きが口いっぱいに広がり、彼女自身が光源と化していく。


「なっ!?貴様ぁ!今すぐ吐き出せ!!!」

「~~~~~!!!」

「このガキ、躊躇なく!」


 飴玉よりも大きな魔力玉。舐めたところでサイズが変わることのないそれを、ユィリスは死に物狂いで飲み込んだ。

 ゴクリ…と喉を通る音が、ファモスの耳にも届く。流石の狂人も頭に血が上り、本気で殴りかかってきた。


「殺して、今すぐにでも取り出してやる!!」


 額に血管を浮きだたせ、感情を剝き出しに鉄の拳を突きつける。そんなものを頭部に喰らえば、頭蓋骨が割れ、最悪即死だ。

 振り下ろされた鋼鉄拳。必死に千里眼を守り抜くユィリスへ届きそうになった直後、研究ルームの外から猛烈な突風が吹き荒れてくる。


「ユィリスちゃんから、離れて!!」


 突如現れた強力な風魔法が、一瞬でファモスを、その重く頑丈な身体ごと後退させた。ユィリスの背中に片足を乗っけていた分、すぐにバランスを崩したのか、猛風に流されたファモスは、露骨に舌打ちしながら、魔法を放った者に睨みを利かせる。


「これ以上、手は出させないよ!」


 ユィリスの傍まで跳び、苛立ちを隠し切れずにいるファモスの前に立つ猫耳少女、モナ。なんとか間に合い、すんでの所で助けに入ることができた。

 続いて部屋に入ってきたルナが、うつ伏せになって蹲る涙目のユィリスを介抱する。


「ユィリス、大丈夫!!?怪我が酷いわ…今すぐ回復を――」


 友達の悲惨な状態に、顔面蒼白で焦燥に駆られるルナ。直ちに部屋から連れ出そうと、体を持ち上げた瞬間だった。


「……」


 何とは無しに、自力でふらっと立ちあがるユィリス。下を向き、何かに取り憑かれているような素振りを見せる。

 同時に、何処からともなく現れた光の魔力が、彼女の身体を包み込んで、異彩なオーラを放ち始めた。目が眩む程の眩い光量が周囲を掌握し、誰もがその場で顔を伏せる。

 例えるならば、自然魔力の発生源。体中からポクポクと金色の魔力を放出させ、身に纏い続けている。


「くっ、まさか!?」


 ユィリスの異様さを目の当たりにし、ファモスが何かに気づいた。ルナ、モナ、シロ、そしてアィリスも、急激に変化しつつあるユィリスの〝性質〟を、目で、肌で、感覚で鮮明に感じ取っている。


(ユィリスちゃんの魔力が、物凄い勢いで上昇してる…!?)


 顔を手で覆いながら、何事かとモナは驚嘆しながら思考。やがて、その()()は気質だけでなく、外見にも及び始めた。

 ファモスから受けた外傷は跡形も無くなり、己で回復を施している。

 血潮や埃等、戦闘によって汚れた体は、魔力が隅々まで洗浄。清らかで初々しい素肌に。

 装備も一新。ぶかぶかのパーカーに変わり、金色のボーダーが入った白色のコートを、袖を通さずに羽織られた。

 恐らく、魔力で精錬されたもの。突如現れたが、一体全体()()賜物だと言うのだろうか。

 そして何よりも変化したのが――。


 ――………っ!!?


 顔を上げたユィリスの相好が視界に入り込んだ途端、その異端な〝目〟に誰もが釘付けになった。

 スッ…とゆっくり開けられた両目。千里眼を飲み込んだ影響だろうか、不思議なことに、視力は復活を遂げている。

 しかし驚くべきは、そこではない。

 なんとも信じ難い姿。千里眼を発揮しつつ、ユィリスの目は、双方で全く異なる呈色を露わにしていたのだ。

 右目は、本来のユィリスの眼色である銀。左目は、なんとアィリスの千里眼の象徴でもある、麗美な眼色、金。

 神以て別個な左右の千里眼。更には配色が金銀であるが故に、その神秘的で美しい〝オッドアイ〟は、最上の魅力へと昇華された。

 加えて、両目ともそれぞれ異なる性質・能力を持ち合わせている。それは、両目から溢れ出ている魔力の姿()により、容易な想像が可能だろう。

 銀色をした右目の方は、滑らかでサラッとした魔力。金色をした左目の方は、バチッ!と刺激の強い電気が走っているかのような魔力を放っていた。

 アィリスのものも然り、以前のユィリスの千里眼では見ることのなかった異能。魔力やステータス、身体能力に関しても、もはや別人の域に達している。

 なぜ、ここまでの性質変化を得られたのか。

 決して、ファモスの錬金術が、想像以上に完成されていた訳ではない。ただ固形の魔力を飲み込んだだけでは、こんな〝()()()〟方をするなどあり得ないのだから。


「覚醒……?」


 ボソッとモナが呟いた。自身の経験を想起し、現在のユィリスと照らし合わせ、感受したことをそのまま口にする。


「馬鹿な!覚醒など、想定外だぞ!!」


 あまりにも馬鹿げた状況に、自分の中でのクレイジーさ――その概念がぶち壊され、見たこともない焦りと共に、一種のパニック状態へ陥るファモス。順調にいけば、自身が成り上がる筈であった姿に、更なる進化を施され、恐怖すらも感じ始めていた。

 そして、


「私が、姉ちゃんの〝目〟になるのだ…」


 と、無言を貫いていたユィリスが、凛々しく勇ましい様相で、重々しく言葉を紡ぐ。文字通り、彼女は左目に姉の千里眼を宿し、それを最上なまでに開花させていた。

 力強い眼力で、ファモスを睨みつける。その規格外の威圧力に、ファモスの口から反感の言葉一つも飛び出てこなかった。


《ユィリス!!》


 シロは涙を浮かべながら、安堵の声色で再び名を呼んだ。

 そして心の中で決める。この人間に、一生を賭けても付いていきたいと…。


 光が徐々に収束していき、体内の魔力へと還元される。千里眼から放たれていたオーラも落ち着き、生物の目覚め――〝覚醒〟は終わりを告げた。

 今のユィリスは、姉妹の絆・思いを力に変え、天才錬金術師でも予測不可能なレベルアップを遂げている。それこそ、あまりのどんでん返しを受け、ファモスが顔を引きつらせる程に。


「これが、()()ユィリスなの…!?」


 すぐ傍で腰を下ろしていたルナは、目を丸くして驚愕する。

 

「ユィリス・ノワール……」


 悔しそうに歯軋りしながら、皮肉を込めたように呟いた。そんなファモスに圧をかけ、覚醒した弓術士――ユィリスは豪語する。


「覚悟するのだ、ファモス。お前はもう、私に傷一つ付けることはできないぞ…」

三話で終わらせるはずが、まだまだ続きそうです…。作者としても、想定外でした。

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