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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第91話 戦うメイド

 地下牢獄部屋の壁が破壊され、そこからメイドの少女が飛び出してきた。何者かに吹き飛ばされ、地を転がりながら…。


「まあ、これくらいは…想定内です」


 強打した腹部をさすり、強がるように言う。そんな戦うメイドさんことフランは、苦渋の表情で立ち上がった。


「あらあらあら~、あなたの実力はそんなものではないでしょう?何を出し惜しみしてるのかしら…ふふっ」


 相対するは、年増の女剣士――エマ・グランツェル。剣同士の初手のぶつかり合いで、圧倒的な力を見せ、フランを分厚い壁ごと跳ね飛ばした。

 狂気の笑みで近寄って来る様は、ランクが下回っている者たちにとっては恐怖でしかない。しかしこの緊迫した状況で、フランの心は徐々に落ち着きを見せていく。

 

「いえ、まだ体が追いついていないだけです…。あなたのような強者と剣を交えるのは、初めてなので…」

「強者なんて、お世辞にもないことを…。まるで、自分の強さが分かっていないような口ぶりねぇ」

「御託はいいです。そちらも、遠慮なく本気で来てくださいよ」

「あらあら…今の一撃で、やっと体の震えが収まったみたいね。楽しめそうで何よりだわ~」


 一度、フランは息を吐く。

 緊張から抜け出そうとしているのか、或いはこの戦いを楽しもうとしているエマへの呆れか。いずれにせよ、彼女の覚悟は決まったようだ。


 ――この女は、私が倒します…。


 剣を握り締め、強く地面を蹴る。勢いのまま、エマに刀身を突きつけ、大きく斬り上げた。


「〝霧雨(キリサメ)〟!」


 高速に放たれた剣技が、相手の頬に傷を負わす。

 斬撃とは、言わば魔力の刃。普通は目に見える形で現れるが、フランの技は一味違う。

 決して大きいとは言えないが、文字通り『霧雨』の如く、細かい粒子状になった魔力が斬撃と化し、相手を斬りつける。

 霧状が故に、通常のものよりも視認が難しい。そのため、フランの太刀筋を見切れない者は、斬られていることにも気づかぬまま、戦闘不能になることが殆どだ。


「なるほど、面白い攻撃ね…」


 頬から滴る生血を舌で掬い上げながら、エマは不敵に笑う。と同時に、寸刻の間も与えず、フランの首元目掛けて剣を振り下ろした。


「クッ…!!」


 刀身の擦れ合い、そして反発し合う鉄音が、回廊に響き渡る。

 なんとか防いだものの、相手の勢いに吞まれてか、パワーで押し切られてしまうフラン。一瞬の気の緩みも許さぬ中、再び地面へ体を打ちつけられ、ダメージを負う。


「特殊な斬撃が打てるのは、あなただけじゃないのよ、メイドさん。これが、本物の剣技…その目に焼き付けなさい!」


 エマは魔力から風を生み出し、それを剣先に纏わせた。荒れ狂う暴風を一点に凝縮させた旋風が、刀身の周りを高速回転している。

 魔法をかけ合わせた斬撃だとでも言うのだろうか。立ち上がろうとするフランへ、更なる追い打ちを与えるように、エマの剣撃が炸裂した。


「〝旋風の槍剣(ジャイロ・スピルス)〟!」


 前方に跳び、槍を彷彿とさせる動きで、剣先から零細な竜巻を放つ。

 だが、風というのは単なる()()()()()に過ぎない。迫り来るは、高速回転した斬撃の嵐。逃げる間も与えず、それはフランの体を斬りつけていく。


「――っ…!!」


 両腕で顔を守ってはいるものの、その分だけ、四肢にダメージが入る。

 フランが着ているメイド服は、何の防御効果も持ち合わせていない。言ってしまえばただの布だ。

 切り刻まれたように袖は落ち、傷口から噴き出る少量の血潮が、純白のエプロンやスカートを汚す。白タイツは破け、血の色に染まっていく。

 斬撃の豪風が止む頃には、痛みに耐えつつ、手足の震えを抑え込むのがやっとの状態だった。


(嫌な流れですね…。やっぱり、アリアさんにシールドを張ってもらうよう、頼むべきでした)


 薄ら笑いを浮かべ、フランは少し前の会話を思い出す。

 アリアはこの街に来てから、〝魔力防御(マナ・シールド)〟や謎の悪魔との戦いで、魔力を消費し続けていた。

 そんな状態で、更にシールドをみんなに張り、かつ闇の勇者と戦うなんて、彼女の負担が余りに大き過ぎる。そう考え、アリアの加護無しで戦おうと決めたのだ。

 

(まあ、後悔しても変わりませんよね、状況は…)


 自身の血で滲んでしまっているメイド服を見下ろし、眉尻を下げるフラン。しかしすぐさま顔を上げ、剣を構えだした。


「そのメイドの格好、動きにくいんじゃない?だから、()()の力を発揮できない…違う?」

「自分がどれだけの力を持ってるかなんて、()()()()()()よ。それに、この服は何があっても脱ぎませんよ。アリアさんが、気に入ってくれている限り…」


 エマの質問に、フランは頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 彼女がアリアのことをどこまで知っているのか。それはまだ、本人にしか分かり得ないが、一つ言えるのは、彼女が常にメイド服を着ている理由は、()()()()()()()()であることだ。

 

「あらあら~、素敵な友情ね。それも、今日で打ち砕かれるのかしら。そのアリアって子も、今頃キロに殺されているでしょうね、ふふっ」

「口を慎んでください。あんな陰でこそこそしてるような勇者に、アリアさんが負ける訳ありませんから」


 そう言い返しつつ、フランはゆっくりと眼鏡を外し、ポケットにしまい込んだ。麗美な目元が露わになり、より引き締まった表情へ自ずと変わっていく。


「あら、眼鏡を外すと強くなったりするの?」

「いえ、気味の悪い顔にフィルターをかけたかったので…。これなら、雑念無く戦えます」


 雑念というのは、相手に対する恐怖心や劣等感。この戦いにおけるフランの感情だ。

 どこか、自分の方が弱いと感じていた部分があったのだろう。

 世界ランク等の数字や勇者パーティという肩書を考えれば、おかしくはない話である。本来の力が発揮できていないのは、そういった理由なのだと、フランはようやく理解し、ネガティブな感情を全て自分の中から追い出したのだ。


「ふふっ、自分で自分の首を縛ってどうするのかしらね~。私はあなたの全力が見たいというのに…」

「なら、見せてあげますよ。あなたの言う、本来の力ってやつを…」

「――っ!??」


 いきなり刀身に重みを感じ、エマは意表を突かれた。今度は自信を持って剣を振ってきたフランに、少しばかり驚いたような表情を見せる。


(なに…急に攻撃が重く……?)


 重さだけではない。驚異的なスピードで振り下ろされた重撃が、更なる火力を生み出している。

 態勢を立て直すため、後方へ下がるエマ。それを逃さず、精巧さが増したフランの太刀筋は、相手の構えを打ち崩す。

 先程と打って変わり、逆転した立場。しかしエマは、なおもこの状況を楽しんでいた。


「なるほど…これがあなたの……面白いわ~!まだまだ楽しめそうじゃない!」

「楽しむつもりも、こんな勝負に時間をかける必要もありません…!」


 キッと睨みつけ、更に強く、激しく、フランは剣を突きつける。

 痛む様子など微塵も感じさせない程の華麗な剣舞。所々が破れ、切り付けられたメイド服ですら、魅力を感じさせるほどの戦いぶり。

 これこそまさに、戦うメイド――フランディア・サベールの佇まい、真骨頂だ。


 剣戟にはなっているものの、実際は防戦一方。もはや、エマはフランの剣を捌くだけに留まり、攻撃に転じることなど出来なくなっていた。

 それでも、エマは思う。楽しいのだと…。

 劣勢の状況でも笑みを絶やさない。闇に侵された彼女の心は、既に狂っていた。


「次の一撃が最後です。これで、少しでもあなたが解放されるなら…」


 グランツェル家の事情など、知る由も無い。しかしエマに関しては、同情してしまう部分もあると、フランは思っていた。

 血筋でもないのに、一族の運命に巻き込まれ、最終的には闇に狂わされていく。

 逆にフランは、エマの()()の姿を取り戻したいと、そう思いつつあった。

 言葉で伝わらないのであれば、その身に刻み込む。まだ、彼女に〝光〟を届けられるのであれば…。


「この刀剣に宿りし聖なる光は、深淵に散りゆく常闇をも打ち砕く…」


 それは正しく、慈悲の光。魔を、闇を滅し、希望を与える――そんな一筋の光。

 ()()()、フランの目に映った人物と同じだ。

 絶望を味わい、雲の上から地上に落下していく。そんな中、脳裏に声が届いた。


 ――もう、大丈夫だよ。


 柔らかく、聞き心地の良い声。暗黒に蝕まれた〝天空都市〟が、()()の光により、輝きを取り戻した。

 神々しく煌めくその姿を、フランは今でも鮮明に思い出せる。

 あの瞬間、心の底から救われた者がいた。フランと、そして………。


(私も、貴方のような…誰かを救う光になれるように……)


 それが、剣を振るう理由。誰かにとっての光になりたいと願う、フランの思いだ。

 心の中で聖なる魔力を込め、エマに特攻する。


「面白いわ~!その光で、何をしようというのかしら!」

「あなたの中に満ちた闇を断ち切ります!」

「あらあら~、それは…良くないわね……」


 目を大きく見開き、重々しい声で言葉を放つ。だが、そんな憎悪に満ちたエマの表情など、フランには見えていない。

 ただ一点、相手の弱点に狙いを定め、光剣を下から振り上げる。刀身を囲う三つの光輪が、煌びやかに弧を描き、振り下ろされたエマの剣とぶつかった。


 先程同様、エマは刀身へ魔力を流し、両者の間に旋風を巻き起こす。しかし抵抗も虚しく、風はフランの生み出した光に呑まれ、魔力として吸収されていった。

 拮抗状態など、数秒にも満たなかっただろう。フランの勢いは、エマの想像を軽く超越し、圧倒的な力を見せた。



「光剣…〝天照(アマテラス)〟!!」



 力が抜け、意識が遠のいていく。重さが取り柄の刀剣ごと、身体を斬りつけられ、ようやくエマから笑顔が消えた。


(嘘…ここまでなの?フランディア……サベール……)

 

 今持てる力を最大限に発揮し、フランは迷いなく剣を振り抜く。地下施設に溢れた闇を浄化していくような――そんな一撃が、彼女から放たれた。

 無言で地に伏せるエマ。剣は折れ、回廊に転がる。勝敗を告げる金属音が、この場に反響した。


「ハァ、ハァ……終わったん、ですかね…。私、勝てたんですか?勇者パーティの内の一人に……」


 ぴくりとも動かないエマをぼやけた視界に入れ、大きく安堵し、声を漏らす。我に返れば、この結果に一番驚いているのは、フラン自身であった。

 眼鏡をかけ直し、メイド服に付いた埃を払う。


「アリアさんに教わった剣術が、役に立ったみたいですね。後で、お礼を言わないとです」


 そう言って、フランは口元を綻ばせる。

 この戦いによって、彼女はまた一つ、自分を知ることとなった。

 メイドという役職の中では、物珍しいまでの戦いぶり。その強さ、そしてメイドとして生きている理由――それらが明らかになるのは、当分先のお話である。


(今、空の上がどうなっているのか分かりません。もう少しだけ、待っていてください。必ず、会いに行きますから、()()()……)

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