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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第88話 運命の導き

 緊張状態の最中、サキは閉じていた瞼をスッ…と開ける。それは、傍から見れば瞬き程度の僅かにも満たない時間であっただろう。

 しかしその一瞬で、どれだけの経験や感情を想起したのかなんて、誰にも分からない。

 少なくとも、今の彼女の置かれている状況を作り上げた諸悪の根源――目の前に立ち塞がる闇の勇者と対峙し、様々な思いが飛び交っていることだろう。

 

 ――この力で、ようやくあの人に一矢報いることが……。


 聴覚のことや、グランツェル家を抜け出した経緯なんかを考え出したら、サキの苦労は計り知れない。情報屋としての彼女しか知らないから、全てを理解してあげることはできないけど、この場における目的は同じだと、私は思う。

 今までの苦慮・苦悩を考量してまで、サキがここに来た理由。それは、もう言うまでもない。


「ねぇ、アリアちゃん…。あの男にさー、あたしの大技一発ぶち込んでやりたいんだけどー…。ちょっとだけ、手伝ってくれない?」


 こちらへ振り向き、普段通りの柔らかな表情に直ったサキは、臆することなく言い放った。

 覚悟は既に決まっている。そう言わんばかりの子供の顔つきに、なんとなく背中を押された気がした。


「うん、いいよ。私が隙を作る」


 サキの隣に立ち、当たり前のように告げる。

 仮にも勇者相手だし、少しは緊張があってもおかしくないけど、この子は本当に凄い。モナと同じく、逆境を乗り越えた先に得た精神力は、並みのものではないのだろう。


「勇者も舐められたもんだ…。お前らみてぇなクソガキが、計画の歯車を止めることは不可能。身の程を弁えるんだな」

「それは、あんたが決めることじゃない…!」


 キロの煽り文句に感化され、サキが私よりも先に飛び出した。隙を作ると言った手前、私が最初に仕掛けないといけないんだけど…。


「待って、サキ!」


 自身が生み出す音を当然のように消し、キロに迫る。周囲が無音に包まれる中、


「〝音撃〟…!!」


 指を鳴らし、サキは超高音攻撃を放った。

 自然魔力に馴染があるこの地下では、『魔力音波』を利用した魔法が有利に働く。音の魔法に関してはまだよく分かってないけど、恐らくサキは、今の指パッチンで、空気中に音の波――音波を発生させ、それを拡張。音速で相手の鼓膜に突き刺さる、強烈な〝ピッチ〟を生み出しているのだろう。

 何が凄いかって、その音波を特定の者だけに与えることが可能な点だ。自然魔力の『魔力連結(コネクション)』を用いて、相手の鼓膜へ直接音圧をかけているんだろうけど、にしても固有能力過ぎて、私でも解析不能である。


「ふん、そんな小細工が俺に通用するかってんだよ。ウスノロが!」


 突き出した手元から衝撃を発生させ、サキの魔力を完全に弾いたキロ。そのまま彼女へ、再び闇の魔力を喰らわせようとする。

 

「あんたは、運命をどこまで信じる…?キロ・グランツェル」

「なんだと?」


 闇と距離を取りつつ、サキは何やら意味深な言葉を発す。


「以前、命の恩人に告げられたよ。あたしは、この世界の神に生かされてるってね。俄かには信じ難いけど、今ならそれが理解できる…」

「何を言い出すかと思えば、つまらん戯言を。誰に生かされてるって?今まで俺に捕まらなかったのは、その運命とやらのおかげだとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。偶々運が良かっただけだろうが!!」


 神に、生かされてる…?サキって、私が思ってるよりもずっと凄い子なの?

 この世界に神様が存在するっていうのは諸説あるけど、その神のお告げを聞いたり、神に与えられた神聖な加護を持つ者がいるのは確かだ。世界の真理にはあまり興味ないけど、サキがそれらと何かしらの関係にあるとするなら、私の中で関心は深まる。

 そして、彼女はキロにとって最も衝撃的な事実を口にした。




「あたしは、王都レアリムにいた…()()情報屋だよ」




 突然のカミングアウトに、鳩が豆鉄砲を喰らったようにポカンとするキロ。刹那の沈黙後、全てを理解したのか、すぐさま追及を始めた。


「ばっ…馬鹿な!!あの覆面野郎が、お前だと!?だが、匂いは――」

()母さんの嗅覚は正しかったよ。でも、あたしの恩人が作り上げた結界は、その性能を凌駕した。ただそれだけだよー」

「……」


 何のことかよく分からないけど、過去に一度、サキは情報屋としてグランツェル家と対峙したことがあったのだろう。恐らく、前に言っていたエージェントとの取引――そこには私が思っているよりも、かなり込み入った状況が展開されていたのかもしれない。

 少し矛盾を感じたんだよね。だって、サキ(情報屋)がグランツェル家の事情を熟知していることを知っていたなら、キロは真っ先に彼女を殺しにかかる筈だから…。

 でも、それをしなかったってことは、奴らを騙せるだけの〝カード〟をサキが持っていたことになる。多分、彼女の命の恩人が大いに関わっているのかも。


「クッ、クククク……ああ、そうかよ…。俺は、まんまと騙されたって訳か」


 全てを悟り、一杯食わされた闇の勇者は吹っ切れたように笑いだす。


「運命と言ったなぁ。なんだ…?テメェが俺を倒しにここへ来るのも、全部運命だと、神のおかげだとでも言いたいのか?」


 笑みを浮かべてはいるものの、静かなる怒りを露わにした。そんなキロに、サキは自信を持って言い放つ。


「いや、違うよ。いつか、あんたたちの計画を終わらせてくれる人たちに出会うこと…。それが、あたしの運命。で、それは本当に訪れた」


 再度私の方へ振り返り、にんまりと満足そうに破顔した。

 どうやら、サキは私たちに出会うことを前もって教えられていたようだ。もしそれが本当なら、彼女の命の恩人は、相当な力を有した〝預言者〟である可能性が高い。

 と私は気になって、尋ねてみる。

 

「ねぇ、サキ…その命の恩人ってさ、もしかして預言者だったりする?」

「せいかーい。凄い人だったんだ。もう、亡くなっちゃったけどね…」

「そう、なんだ……」


 たしかに、予言はかなり魅力的な能力だ。単なる魔法ではなく、この世を知る神のお告げが、直接脳裏に降り注いでくるのだそう。

 が、その代償は重く、自身の寿命を大幅に縮めてしまう行為でもある。

 預言者には、前世で何度か会ったことあるけど、自分を犠牲にしてまで他人の運命を計ろうとする者はいなかった。普通は、そうなのだろう。

 どんな深い事情があったのかは分からない。そんな私でも、レアリムにいた預言者が、どれだけサキの事を大切に思っていたかくらいは理解できる。

 そして、間接的ではあるものの、私たちも運命に導かれ、ここへ来た。このまま放置すれば、いずれ支配されてしまうであろう人間界の未来を、変えるために…。


「一応聞いておこうか。最後の忠告の意味も込めてなぁ…。本気で俺と、()()()渡り合えると思ってるのか?アリアとやら…」


 前髪をくしゃっと掴み、苛立った様子を見せる。そんなキロに対し、真剣な眼差しを向け、口を開こうとした瞬間、


「勝てるでしょ!!ね?勝てるよね!?」


 サキが私の言葉を遮るように、希望に満ち溢れたキラッキラな瞳を向け、なぜか食い気味に問いかけてきた。この場における数少ない私の言論チャンスを奪われて、ちょっぴり気持ちが沈んでしまう。


「どしたの…?」

「いや、勝てるよ。勝てるんだけども…。そこは、私にビシッと決めさせて欲しかったと言うか何と言うか……」

「あ、ごめんねー。あたしったら、つい興奮しちゃって。でも、次は邪魔しないよ。それでは、アリアちゃんのカッコいいセリフまで、10、9、8――」

「いや、言いにくいわ!!!せめてカウントは3から!」


 強敵を前にして、ふざけ始める私たち(主にサキ)。しかしそう悠長に構えてられるのも、どうやらここまでのようだった。




「〝エクスカリバー〟……」




 キロが小声で何かを呼んだと同時に、奴を蹴り飛ばした時に開いた大穴から、突風が吹き荒れてくる。照明に反射し、ギラッと輝く物騒なものが、そこから勢いよく現れ、一直線に奴の掌へと収まった。

 遠目から見ても分かるくらいに輝く銀色の刀身。闇のオーラを纏ってはいるものの、微かに神聖な灯火を感じる――そんな聖剣の類に属する勇者の愛刀が、私たちに殺気を振り撒いた。


「このエクスカリバーはな、俺がやっとのことで掴み取った人間界の宝刀の一つだ。話によれば、こいつは実に300年もの間、自然魔力にて精錬を繰り返し、己に見合う持ち主を待ち続けていたらしい。こいつを見つけた時は、流石の俺も一人舞い上がったもんだ」


 奴の熱弁に、ふーんとだけ返す私。だって、もっと凄くてぶっ飛んだ聖剣知ってるし…。

 まだべらべらと語ってるみたいだから、今のうちにサキの耳へ小話を挟んでおく。


「サキ、いい?相手が相手だし、そう何度もチャンスは作ってあげられない。だからね……」

「ふむふむ…なるほど~」


 そうサキが相槌を打った直後、こちらに魔の手が襲い掛かってきた。


「危ない!」


 生き物の如く畝る闇の粒子が、サキの首元を狙う。私は即座にそいつを跳ね除け、サキと共に後方へと跳び上がろうとした。

 しかしその刹那、退けた闇の背後から、すぐさま殺気の籠った剣先が突きつけられる。間髪入れずに、キロの愛刀――エクスカリバーの一振りが、私の額を狙ってきたのだ。


「うっ…」


 鼻の先、その僅か数ミリ上を銀色の刀身が通過する。体を逸らし、なんとか避けたものの、少しばかり毛先を切られてしまった。

 ムッとしたけど、今は嘆いてる場合じゃない。サキの安全が第一だと、私は一旦距離を置く。


「中々、振り抜くのが早いじゃん…」


 心の声をそのまま言葉にし、髪を大げさにかき上げる。


「こんなもんじゃねぇよ。最強の聖剣の力はなぁ!!」


 キロは威勢よく言い放ち、片手で振り翳したエクスカリバーから、強烈な斬撃を打ち放ってきた。

 奴がどんな攻撃をしてこようが、こちらの作戦は狂わない。斬撃をシールドで防ぎつつ、サキへ指示を出す。


()()()が合図だよ。それまで、私たちから離れてて」

「分かった!」

「でも、アイツから目を離さないようにね!」


 そう一言付け加えるや否や、トップスピードで剣を振るわれる。

 決して名ばかりの勇者ではない。それは、洗練された太刀筋や振り下ろしの速さに現れていた。

 意外にも、考え無しに剣を扱ってはいないようだ。相手を見て、どこに攻撃を仕掛ければいいのかを、ちゃんと思考している。

 これで勇者の端くれなら、他の人たちはどんだけ強いんだか…。頼むから、反人間主義者はこいつだけでお願いしますとだけ祈っとこ。

 なんて、上から目線で解説できるだけの余裕はあるんだけど。


「チッ、なぜ当たらねぇ!!!」


 無限に躱し続ける私に、ただただ鬱憤が溜まっていくだけのキロ。もう一寸も髪を切られたくないと集中する私の前では、勇者の攻撃など止まって見える。

 まあ、単純な物理攻撃じゃ、ここらが限界ってとこかな。魔法が嚙み合ってくれば、私だって苦戦するよ。


「どうしたの?そんなんじゃ、他の勇者にも勝てないんじゃない?」

「クソガキが!調子に乗りやがってぇぇぇ!!!」


 調子に乗ってるつもりはないけど、こっちだって好きで避け続けてるわけじゃない。いざとなったら、反撃なんていつでもできるんだから。

 これは作戦の布石…いや、その前段階のやり取りに過ぎない。そろそろ()()()()欲しいものだ。


「ふん!避けるので精一杯か?反撃する余裕もなければ、ガキ一人守る余裕もねぇとはなぁ!」


 ようやく悟ったか。

 キロは急に方向転換しだし、サキのいる方へ真っ先に駆け出す。実の娘だと言い張っておきながら殺しにかかるなど、正気の沙汰ではない。

 半ば呆れを顔に示しながら、私は魔法を使う。


「あ、アリアちゃん…だ、大丈夫……なんだよね、これで…」


 突進してくる闇の勇者に震えるサキ。レシーバーをぎゅっと握り締め、内から溢れ出る恐怖心を表に出している。


「また一から教育し直してやるよ、()()!先ずは、お前のその下らねぇ耳を斬り裂いてなぁ!!!」


 サキは逃げる素振りも避ける素振りも見せない。私がそう指示したからだ。

 なぜなら、


「うっっ!??」


 判断が割と早い闇の意表を突くため、と言うのは表向きの作戦だけど、なんとか奇襲は成功。〝コンバート〟でサキと場所を入れ替えた私の拳を喰らい、キロは情けない声を出しながら、柱に背中を打ちつけた。

 戦闘IQが高めなのは結構だけど、まだまだ(相手)を見誤ってる。離れていたとはいえ、か弱い女の子をこんな危険な部屋に放置するなんて真似、私がするわけない。普通は罠だと思うだろう。

 

「クソッ…テメェ……!!!」


 はいはい、怒っても私は倒せないよっと。

 これで布石は打った。後は、キロ・グランツェルに本気で技を打ち込む度胸があるか…。全てはサキに掛かっている。

 まあ、そんな心配はしてないけどね。もう、覚悟は決まってるだろうし。


(……)


 彼女の――サキの本気の眼差しを見た時から、私はそう感じていた。

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