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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第83話 それぞれの戦いへ

 どうやら、今私が相手をしていたのは、グランツェル家の長男テレスと長女アーシャだったらしい。

 テレスに関しては、魔力量・ランク共にパーティ内で二番手。モナによれば、『超位者(グランダ―)』の域に達してるみたいだけど、あまり手ごたえを感じなかったのが気になる。

 とりあえず、二人は縛り付けて、魔力を限界まで吸い取っておいたから、逃げられはしないだろう。全てが終われば、処罰は他の勇者が決めてくれる筈だ。


「えっと、残りは勇者のキロと、母親のエマ、錬金術師のファモス…くらい?」


 末女のマオについてだけど、敵と断定することはモナが否定した。グラン街で起きた一連の出来事を話した後、何か気になることがあったみたい。

 まあ、敵だったとしても、モナたちの相手じゃないだろう。ならば、残りの主力三人を倒すことができれば、私たちの完全勝利だ。

 

「なあ、アリア。やっぱり、私は姉ちゃんの仇を打ちたいのだ。ファモスと、一対一で戦わせて欲しい!」

「ユィリス…」

「アイツに負けたわけじゃない。さっきはあの二人に横槍を入れられただけなのだ。今度は、正々堂々と勝負できる」


 そう提案してきたユィリスの表情から、闘志に満ち溢れた強い意思を感じた。堪えていたものを出し切って、少しばかり溜飲が下がったのか、今朝よりも気持ちに余裕が生まれたように思える。

 絶対一人にはしない。と言った手前、考え物ではあるけど、ここはユィリスの意志を汲みつつ、みんなの戦力を考慮した上で、私は指示を出した。


「分かったよ、ユィリス。でも、ホムンクルスもいるかもしれないから、一人じゃ行かせられない。もしもがあるし、モナとルナにサポートしてもらおうかな。それでいい?」

「分かったのだ!」

「ティセルとフランの二人は、一旦私と一緒に来て」

「了解です!」


 こうしてみんなを指揮すると、前世の自分を思い出し、感慨深くなる。

 やっぱり、私は人間になっても変わらないなぁ…なんて思ったりして。

 過去の自分を捨てて、女の子にエスコートしてもらうことに憧れていたけど、気づけばみんなを先導する立場へ戻っていた。まあ、そもそも人間界を脅かそうとする野蛮な連中がいる限り、私は変われないのだろうけど。

 でもそのおかげで、こんなに可愛い子たちが傍にいてくれるのだから、願ったり叶ったりだ。

 と思考を張り巡らせながら、みんなの顔を見回していると、不意に腰回りが軽く締め付けられるような感覚に襲われた。下を見やると、なぜか私の腰にパーカーを巻いているルナの姿が目に入る。


「って、ルナ!?何してるの…?」

「あー、じっとしてて。これで少しは動きやすくなるでしょ。あと、ブラウスにリボンを足して~」

「いや、いつの間にパーカー脱がしたの!?そのリボンもどっから!?」


 脱がされていることに気づかない私がおかしいのか、気づかせないルナがおかしいのか、もはや分からない。

 赤いリボンはともかく、パーカーを腰に巻く必要はあるのだろうか。動きやすくなるのはいいけど。


「先ずは形からって言うでしょ?可愛いに全振りしてるのもいいけど、私はやっぱりカッコ可愛いアリアが好きだから」

「結局はルナの好みじゃ…」

「はい、つべこべ言わなーい」


 どう足掻いても、この子には勝てないなぁ…。

 私はルナに背中を押され、苦笑いしつつ、施設の上階へと向かう。そして、眼鏡をキラン!と輝かせ、ニヤつき顔を隠し切れずにいるフラン、そしてシロを優しく包み込むように抱えるティセルが後に続いた。


「アリアちゃ~ん、頑張ってね!」

「絶対勝ってくれなのだ!」

「こっちは任せて!」


 残った三人に手を振って、私たちは玄関ホールの巨大階段を上り、最奥の部屋に続く回廊をひた走る。

 その逆サイドにある部屋、ファモスの研究ルームを見据えたユィリスは、なぜか大はしゃぎ。先程の二人きりでのやり取りを思い出して、破顔が止まらない様子だ。


「よーし!アリアから()()ハグも貰ったことだし、めちゃくちゃ気合入ったのだ~!!」

「な!?ちょっと、ユィリス!愛って何よ、愛って!!」

「もしかして、告白でもされたんじゃ…ユィリスちゃん、そこ詳しく教えて~!」

「いやなのだ~。私とアリアとの、濃密な秘め事だからな~」

「何よ、それ~!」


 キャッキャキャッキャと緊張感の欠片も無い女の子同士の戯れが、階段上で行われる。

 そんな中、ホールの出入り口から姿を見せる小さな人影。三人の掛け合いを視界に捉え、その人物は微笑みながら呼びかけた。


「その様子だと、なんとか間に合ったようだねー」

「え…?」


 少しばかり聞き覚えのある声。しかし口調はどことなく、以前よりライトなものであると、モナは瞬時に悟る。

 振り返ると、そこには約一年ぶりに見る懐かしき顔。目を見開いて固まるモナの視線を、一瞬で釘付けにした。


「も、もしかして…」

「ふふっ、久しぶり。モナお姉ちゃん…」


 クスリと笑いかけた少女は、桃色髪を耳にかけながら、ようやくありのままの姿をモナに曝け出した。




     ◇



 

 異様な空気が漂う拠点内。自然魔力は闇色に染まり、普通の魔法では使い物にならない程、奴らの支配下に置かれている。

 つまり、思念を飛ばしたり、〝テレポート〟といった『魔力連結(コネクション)』が制限されているということ。

 恐るべし闇の勇者の結界。唯一の連絡ルートである転送装置が、結界の影響を受けていなくて良かったと、施設に張り巡らされた悪性の魔力回路を感じ、胸を撫で下ろす。

 この綿密な結界は、私の〝魔壊魔法〟をぶつけても、解除しきるのにかなりの時間を要する筈。サキの情報網が無かったら、今頃結界解除に手こずって大変なことになっていたかもしれない。


 用意周到、万全の戦力、狡猾なやり口、裏の連中との深い繋がり。

 それだけの能力・人望があるのだ。たった数人の少数精鋭の私たちに、ここまで漕ぎつけられるなんて、奴らは微塵も思っていなかっただろう。

 全ては、ミーニャが私の能力を見透かして、依頼してくれたことから始まった。そこから少しずつ、奴らの綿密に組まれた計画の糸が(ほつ)れていき、今に至る。

 チェックメイトは、もう目と鼻の先だ。

 巨大な鉄の扉を前に、私は拳を握り締める。


「この先に、アイツはいる…」


 そう呟き、ここまで付いてきてくれた二人へ振り返って、


「二人は、シャトラを探してきて欲しい。ここに来たら連絡が取れると思ったんだけど、なぜかシャトラに繋がらなくて…。多分、奴らに捕らえられてると思うんだ」


 とお願いした。

 操られている可能性も考えたけど、この施設内を感知した結果、シャトラと思われる魔力は感じ取れなかったから、その線は薄い。

 生きてるよね…。そんな柔じゃないよ、あの子は。


「分かりました!このメイド、絶対にシャトラさんを見つけてみせますよ!」

「シャトラって、アリアたちのペットよね?可愛い名前だわ~!猫ちゃんかしら」

「あー、間違ってないですよ。実際、猫っぽいですし…」

「そうなのね。許せないわ!そんな健気な猫ちゃんを捕まえるなんて!」


 呑気な会話を展開しながら、二人は右に続く回廊へと走っていった。

 健気な猫ちゃんねぇ…。シャトラは猫被るの下手だから、ティセルを失望させちゃうかも。

 まあ、とにかく生きてるならなんでもいいよ。

 みんなの無事を祈りつつ、私も自分の相手に集中する。

 

「それじゃ、行きますか」


 5メートル程の重みのある扉をゆっくりと開け、臆することなく堂々と中へ入り込む。

 物静かな広間で、足音を強調させる綺麗に磨かれた大理石。奥行きに特化した空間で、真っ白な支柱が等間隔に見受けられる。

 言わずもがな、空気は悪い。禍々しいオーラが、そこら中に立ち込めている。

 みんなを連れてこなくて良かった。こんな精神に影響を及ぼす殺気なんて、耐えられないだろうから…。

 既に戦いは始まっている。臆することなく歩みを進める私に、奴は更に遺憾を露わにした。

 この劣悪な環境を生み出している張本人――≪常闇の勇者(ダークネス)≫、キロ・グランツェルが、奥の台座にどっしりと構えている。肘を立てて、随分と険悪な顔つきで、こちらを見据えていた。

 私たちが暴れまわっていたことは、当然耳に入っているだろう。街にいた時の軽めの服装とは違い、今は勇者の貫禄さえも感じさせるような、強力な装備を身に纏っている。

 流石に、もう舐められてはいないようだ…と思いたい。

 両者の間合いが詰められ、この場の緊張感が増していく。言葉が届く距離まで私が近づいたところで、キロはようやく口を開いた。


「まさか…ここまで侵入してこようとはな。クソガキ共…。ここが、どこだか分かってんのか?お前らはもう、袋の鼠だ」

「それは、お前たちも同じじゃない?隠してきた悪事が出回るのも、時間の問題だろうね」


 腰に手を当て、余裕綽々と言い返す。

 外にはリツがいるんだ。もう、隠蔽の余地はない。

 仮に私たちがここでやられても、こいつらの計画は全て漏れる。私としては、下手に抵抗せず、さっさと自首して欲しいものなんだが、そうもいかないみたい。


「そりゃ、知ってる奴らを皆殺しにすれば済む話だ。お前たちを殺した後、全ての罪を擦り付け、その首を晒してやる」

「随分な自信だね。とてもじゃないけど、お前が私に勝てる未来がこれっぽっちも見えないよ。残念ながら」

「まだ、物事の分別も付かねぇガキだ。余裕なのは結構。俺だって、何もお前を侮っちゃいねぇさ。リツを誑かし、ここまで来れた実力だけは買ってやるよ。だが、それもここまで…。お前は、俺に指一本触れることすら出来ねぇんだからな!」


 強気に言い放ち、高みから私を見下すキロ。余裕というよりも、忌まわしくもあり疎ましくもある不快な表情を、わざとらしく作っているように思える。

 実に殴りたくなるような顔だ。自分には攻撃が通らないからと高を括り、私が悔やむ様子を楽しもうとしている。

 完全に侮ってるじゃん。そろそろ、現実を分からせてやった方が良さそう。

 

「ククク…あまりの実力差に怖気づいたか?今更後悔しても遅いぞ。精々、お前みたいなクソガキは、魔族の肉奴隷が良いとこだからな」

「あっそ…」


 ギロリと奴を睨みつける。そんな私に、一瞬でナイフと言う名の〝殺意〟を心臓に突きつけられたような感覚を覚えたキロは、軽く焦りを見せた。

 だが、時すでに遅し。触覚が異常発達しているキロの身体は、危険信号を発するかの如く、強烈な悪寒に震え出す。

 奴の防衛機構が、嫌な未来を感じ取ったのだろう。しかし感じ取ったとて、思考が追いついていかなければ、成す術はない。

 瞬きも許さぬ刹那の中、細長く華奢な私の足が、奴の顔面を捉える。雷の速さを超越した〝雷速〟で、眼前に迫り、魔力を足先に集中させた。

 防ごうと込め始めた闇の魔力、そして台座諸共、何もかもを消し飛ばす勢いの乗った蹴りが、油断したキロの腑抜け顔に炸裂。防御を無視した只の蹴り足が鼻頭にめり込み、通り過ぎた衝撃が後ろの壁を破壊する。

 尋常ではない爆音に遅れて、吹っ飛ばした奴の屈曲した体が、更に建物の崩壊を加速させた。

 数秒の間、施設全体が震撼する。私としたことが、奴の挑発に乗って、本気で蹴り上げてしまった。

 壁には大穴が開き、その奥には、突き破られた何層もの鋼壁。あまりに威力が強すぎて、少しだけ次元の一端――異なる世界線が垣間見えた気がした。


「ふぅ…」


 トン…と軽やかに着地する。我ながら、気持ちのいい一発が決まった。

 キロが油断してくれたからこその一撃。まあでも、挨拶代わりはこうでなければ、相手にも失礼だろう。

 少しは目が覚めたかな。こんな攻撃じゃ、堪えないことくらいは分かる。さっさと出てきて欲しいものだ。


「なんとなく、闇の魔法が分かってきた…。これで、対等に戦える」

 

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