第82話 わがまま
――アリア…!
そう呼びかけてくるユィリスの声が聞こえてきたのは、私たちがグランツェル家の拠点らしき建物へ、丁度辿り着いた時であった。
「ユィリス…!?どこ…!」
声というよりも、どちらかと言えば思念に近い。ただ聞こえてくるだけでなく、まるでユィリスの元へ導いてくれてるかのように、私の心の奥底まで響いてきたのだ。
「今の、聞こえた!?」
「はい。ユィリスさんの声が…」
どうやら、その思いは私だけでなく、他のみんなにも届いているみたい。
魔法を介して、私たちに思念を伝えているのだろうか。それにしては、何処かへ近づく度に思いの声が強くなっているように感じるし、何かを祈っているようにも思える。
これ、精霊が言葉を発した時と同じような感覚…。
「そうか…!!」
そこまで考えて、すぐにピンときた。そのまま、私は確信をもって、ユィリスの声がする方へ駆け出す。
みんなが疑問を呈する中、レッドが代わりに説明してくれた。
《これは、もしかしたらシロの加護の影響かもしれないでやがります!》
「シロの??それって、前に言ってた『思いやりの加護』のこと?」
ルナの質問に、今度はティセルが答える。
「そうよ、それだわ!シロの力!……いやでも、あの子がここまで精巧に他者の思いを伝えられるかしら。加護同士の〝共鳴〟なら分かるけど…」
理屈なんて二の次だ。閉鎖空間のような敵の本拠地に堂々と乗り込んだ私は、広々とした玄関ホールに入り込んだ直後、上階左の壁の奥から、途轍もない魔力を感じ取る。
キロに似た闇のオーラ。だが、少しばかり魔力の質は劣っている。
「あそこだね…」
そちらに焦点を当てた私は、すぐさまユィリスの存在に気づいた。
慣れ親しんだ者の、それも友達が常に放っている生気を感じ取るなど、私にとっては造作もない。しかしながら、そのエネルギーが大分弱り果ててしまっていることに、胸騒ぎを覚える。
明らかに、穏やかではない空気感。私は一瞬でそこまで悟り、大げさに魔力を込め、物質を無視して〝コンバート〟を行う。
――シローーーーー!!!!
と同時に、施設内に轟くユィリスの叫び声。彼女が居た部屋に立ち替わるや否や、今にも灼熱の黒炎に巻き込まれる寸前のシロが、眼前に飛び込んできた。
嘘でしょっ!!?
敵を叩きのめそうかと考えていた私は、時を移さずプランを変更。咄嗟の判断で、シロを魔力で保護しつつ、何者かの闇魔法を受ける。
消えぬ炎の強襲が部屋の外壁を破壊し、玄関ホールまで熱風が拡散した。
体力が尽きたのか、シロはぐったりと卒倒している。
あと一歩遅れていたら、どうなっていたか。本当、間に合って良かった。
一先ずシロを懐に抱えた私は、大破した壁からユィリスの元へ。満身創痍の彼女を見て、更に胸が締め付けられる。
「ユィリス!!ユィリス!!」
こんな状態になるまで…。私が単独行動を起こさなければ…!
いや、感傷に浸ってる場合ではない。閉じかけているユィリスの瞳に訴えるように声をかけつつ、回復を施す。
「あり…あ…」
私に気づき、ユィリスの口が動いた。どうしようどうしようと軽く悩乱していた私は、胸を撫で下ろし、そっとユィリスの身体を抱き寄せる。
激しく脈打つ彼女の心臓を落ち着かせるように、頭を撫でてあげながら、ぎゅっと優しく包み込んだ。その行動こそが、鼓動の高鳴りを加速させていることなど露いささかも知らずに…。
◇
「もう、絶対一人にしないよ…」
「アリア…」
涙を零しながらも、ユィリスは私の服の裾を強く握り締めて離さなかった。
いつも強気で、一切の弱みを見せたことがない。そんなユィリスが、ここまで感情をさらけ出すなんてよっぽどだ。
胸が張り裂けそうな思いに加え、強い憤りを覚える。
こんなに可愛くて健気な子を悲しませた奴は、どこのどいつだよ…。
今にも爆発しそうになる感情を抑えながら、ゆっくりと口を動かして私に伝えるユィリスの言葉に、耳を立てた。
「アリア…姉ちゃんは……姉ちゃんは、勇者の結界に閉じ込められてるのだ。姉ちゃんを救い出すには、キロ・グランツェルを倒さなきゃいけない。だから…だから――」
「倒すよ!!!」
「……っ!?」
「私が、必ず、絶対、何があっても…アイツを倒す!!」
お願いなんて必要ない。その前に、私は強く、ハッキリと豪語した。
溜まらず、私の肩に顔を埋めたユィリス。溢れ出てくるものを堪え切れず、むせび泣いてしまう。
そんな中でも、彼女は確認するように、再度尋ね返した。
「で、でも…いいのか…?わ、私は……散々お前に意地悪したり…我がまま言ったりして。うぅ…そんな、生意気な……私の言う事を、聞いてくれるのか…」
生意気な自覚あったのね…。
なんて思いつつ、今度は私が、自分の気持ちをぶつけるように答える。
「まあたしかに、ユィリスには世話を焼かされることが多いけど……私は、そんなユィリスが好きだし、大切な友達だと思ってる」
「アリア…」
「当たり前だよ。こんなに可愛い女の子のお願いなんて、たとえ無茶ぶりでも我がままでも、全部受け入れたくなっちゃう。えへへ…これは、私の我がままかも。だから、もう安心して。いつもの、元気いっぱいなユィリスを、私に見せてよ」
互いに顔を見合わせた後、私はユィリスの頬を伝う涙を優しく拭ってあげた。
事情がどうとか、敵が強大だとか、理由がどうとか、そんなのは私にとっては些細な事に過ぎない。
ただ、この子が悲しんでいるから。私が戦う理由は、それだけで十分だ。
「ズルい…のだ」
「ん?」
「ん~~~!」
駄々をこねているのか、ユィリスは甘えるように、私の胸へ顔を擦り付けてくる。心なしか、私のシャツで涙を拭いているようにも思えるけど。
にしても、ズルい…とはどういう意味だろうか。
少し落ち着き、泣き止んだユィリスは、顔を上げ、なぜかニヒッ…と意地悪に笑う。そして、私の胸を見て一言。
「アリアはまな板だから、抱き締められても全然窮屈じゃないし、嫉妬もしないのだ」
「……」
うん、生意気だ。でも、この意地悪そうな表情が、私は溜まらなく好きなわけで…。
悔しいけど、それ以上に可愛く思ってしまう。
それでいい。元気なユィリスに戻ってくれたことが、私にとって何よりも嬉しいのだ。
と、二人で和やかにお喋りしている時間すらも与えてくれないようで、遠くからこちらを眺めている二人の男女が水を差してくる。
「おい、そこの黒髪女!!そのガキをこっちに渡せ!ウチの錬金術師が困ってる」
「そ、そうよ!さ、さっさと渡しなさい、この…メス!!」
ふむ、ただの雑魚か。
さっきからギャンギャン喚いていたみたいだけど、そろそろ無視も止めにしてやろう。
けど、奴らの秘めた魔力量だけで雑魚と一蹴するのも良くないか。一応、敵に値するかどうかだけ見極めておこう。
女の方は、私の殺気にびびってるみたいだけど、男の方は精神力が強いのか、物怖じしていない。まあまあ強そうだし、こいつらが勇者パーティの面々と見てよさそうだ。
「さてと…」
私はそう一呼吸置き、再度安心させるように、ユィリスの頭にポンと手を置く。私なりの「ちょっと待っててね」の合図だ。
そして立ち上がった瞬間、私は奴らに向かって、強烈な殺気と共に重々しい言葉を投げかけた。
「で?私の大切な友達を傷つけた奴は、どっち?」
この場の空気が一瞬にして、私の独壇場へと変わっていく。
相手の恐怖心、精神、身体へ極限まで影響を及ぼす究極の殺気圧。勿論、特定の人物に対してしか向けていないから、他に差し響くことはない。
ここまで私を怒らせるとは、下衆も良い所だ。こいつらの内にある闇、そして外道なまでの思想だけで見れば、ルナの幸せを奪ったベルフェゴールと良い勝負ができるだろう。
(空間に…ひびが!?)
強気に出ていた男の方も、逆らってはいけない殺気を目の当たりにし、怖気づく。それでも逃げ出さないだけ、褒めてやるとしよう。心の中でね。
まあ、今更怯んだところで、慈悲を与えるつもりはない。もう、奴らに油断も隙も与えたくはないのだから。
「三つ数える内に答えなきゃ、どっちも屠る」
「ひっ…!!」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!!俺たちを誰だと思ってやがる!勇者パーティだぞ!世界ランク32位、キロ・グランツェルのなぁ!!今謝れば許してやる!つっても、俺たちを殺したところでお前は――」
そこで、男の声は完全に途絶えた。
いや、黙らせたと言うのが適切だろう。私の手元から照射された雷の一閃が、即刻奴の腹を貫いた。
10メートル以上は離れていたが、秒速500キロメートルを誇る私の放電は、気づかぬ間に男の身体機能を奪う。あまりに煩いから、手加減を忘れてしまった。
相手の急所をつく異端魔法。これでも、前世の頃より一万倍くらい遅い攻撃なのだけど。
世の中にはもっと悍ましい生物が存在しているのだから、怖いのなんの(←元世界一の自覚無し)。
「て、テレス……う、嘘…何なの、あの女……」
口内から煙を出し、無様に倒れる親族を前に、女はガクガク…と足を震えさせながら、その場にへたり込んだ。
そのまま、私は〝雷速〟で男の元へ移動し、〝魔力吸収〟で奴の持つ闇の魔力を全て宙へと吐き捨てた。
その際、簡単に闇の魔法を解読。これで、少しは今後の戦いの糧になるだろう。
「次は…」
「ま、待って…!!あ、謝るから!謝るから!!だ、だから…やめて~~~!殺さないで~~~!!」
泣きじゃくり、女は失禁しながら命乞いをする。
殺しはしない。殺す価値がないのもそうだけど、こいつらには一生を賭けて、己の罪を償ってもらう予定だから。
けど、うん…流石にこんな状態の女の子を一方的に暴行するのはどうなのだろうか。
と、内なる私の〝天使〟が脳裏に囁いてくる。
いやいや、女の子とか関係ないし。こいつはユィリスを傷つけた、人ならざる者だ!
と、内なる〝悪魔〟も参戦する。
やっぱり、私は女の子に弱いなぁ…。
仕方ない。ここは驚かせる程度の魔法を――。
「ぶくぶく……」
気絶させるような精神魔法で許してやろうと思った矢先、気づけば女は泡を吹いて倒れていた。
仮にも勇者パーティが聞いて呆れる。まさか、殺気だけで気を失うとは、根性の欠片も無い奴だ。
「お前、相変わらず凄いな。あっけなくて、逆にこいつらに同情するのだ」
そうユィリスが口にした時、
「あっ、いたわ!ユィリス~!!」
「良かった!無事だったんですね~!」
後から来たみんなと合流する。
今回の件で、一番に責任を感じていたルナは、真っ先にユィリスへ抱きついた。
「ユィリス…!ごめんね、私が傍にいなかったから…」
「い、いいのだ…。あの時は、私が騙されただけだったからな。でも、心配してくれてありがとうなのだ」
「そんなお礼なんていいのよ、もう~~!!」
これで、またみんな無事に揃った。いや、一匹足りないか…。
後は、力を合わせて残りの馬鹿どもを叩き潰すだけ。ここからは、総力戦だ。
アィリスさんを助け出すには、やはりあの男――キロを倒さなければならない。
精々、首を洗って待ってるがいいよ。もう、お前を倒す算段はつけてある。
と自分の中で覚悟を決め、私はみんなの輪に入っていった。




