第79話 鬼に金棒
「……で、いいのかな?」
割と詠唱っぽく呼びかけてみたけど、現れるか不安になってきた。もし何も起こらなかったら、かなり意気込んで呼びかけた手前、恥ずかしくなってしまう。
すると次の瞬間、上空を照らし尽くすようにして、頭上から眩い光が発生した。唐突な輝きが、日の光をも上回り、地上にまで届く勢いで煌びやかに降り注がれる。
うっ、眩しい…!
目が眩みそうになるほどの光量。雲の切れ間、そして端々から漏れゆく光線が、放射状を成し、神々しいまでの閃光を演出している。
軽く雲を突き破って真上から降りてきたその光柱は、やがて一点に集まり、ゆっくりと回転を始めた。
光は徐々に収まっていき、精巧なものへと形作られる。それはまさしく、最初に出会った頃とは似ても似つかない神聖なオーラを纏いし絢爛たる刀剣であった。
「綺麗…」
あまりの煌めきに、思わず見入ってしまう。
美しい。ただ純粋に、そう感じた。
ほどなくして、光剣は吸い付くように私の手のひらへと収まる。そして、ようやくその外見が露わになった。
触れた際に感じた柔らかいグリップ。上部に向かって荒々しく伸びた鍔は、漆黒に染められ、所々紺青色に輝く筋が見受けられる。
同様に、黒を基調とした細身の刀身。中心に沿ってボディを纏う綺麗なブルーラインは、頑丈な装甲の如く、きめ細やかに伸びている。
そこへまばらに埋め込まれた、細かい銀光沢。日に反射して艶やかに輝いている刀身に、私の目が真っ先に釘づけられた。
物騒な見た目なのに、どこか可憐さを感じるデザイン。あの錆びついたおんぼろ剣から、こんな宝刀が生まれるとは驚きだ。まあ、これが本来の姿なんだろうけど…。
無駄にカッコいい装甲が重量感を増しているかと思えば、そうでもなく。
軽めで、長さも私好み。特に邪魔だと思える部位も無く、絶妙に使い勝手が良さそうだ。
これが、古代の聖剣――『虚空の聖剣』…。
「かっこいい…!」
なんて目を輝かせていると、鍔の中心に埋められた紺青の水晶から、声が発せられる。
「精魂データを確認…。ロードを開始致します……」
「ん…??」
発声と同時に、水晶がチカチカと点滅している。喋っていることを分かりやすく明示してくれているようだ。
それにしても、少し様子がおかしい。声の主は間違いなくシェルだけど、機械的な声質で、感情があまり感じられないのが気掛かりだ。
召喚に応じてくれたし、記憶が無くなったという訳ではないと思うけど…。
少し不安になってきた私を他所に、シェルは淡々と続けた。
「世界ランク、圏外。個体レベル、205。神域能力、『運命の加護』および『永遠の加護』を確認。全ての魔法の解読・破壊・吸収・複製が可能………ふむ」
「……」
「〝非概念世界〟の守護を経て、魂は生死の概念を超越…死に関する魔法および如何なる即死能力を無効化………何ですか、この馬鹿げたデータは……」
「あ、あの、シェル…?」
「他にも色んな魔法が、ふむふむ…ちょっとちょっと!こんな魔法見たことないですよ、わたくし!!」
「……」
仮にも〝マスター〟である私を無視して、シェルは興奮した様子でブツブツ…と何かを呟いている。恐らく、私の魂の『容量』から『復元』したものを解析しているのだろう。
なぜそんなことが読み取れるのかを聞くのはさておき、私には剣の独り言を聞いている時間的余裕などない。というか、こうしてる間にも悪魔が攻撃してきて…。
「……」
奴は無言で、シェルの口上が終わるのを待ってくれている。
律儀っ!!?いつの間に気を回せるようになったんだ、こいつ…。
あんまりメタ的なことは言いたくないけど、シェルがずっと意味の分からないことを呟き続ければ、悪魔は攻撃してこないのでは?ふむ、これに気づいてしまった私はやはり規格外だ…(←概念破壊者の自覚あり)。
まあ、そんなしょうもない冗談は置いておいて…。
「シェル、そろそろいいでしょ?時間無いから、さっさと使わせてもらうよ」
「ですが、わたくしの目は間違っていなかったようです。あっ、おはようございます、主人様」
「う、うん…。って、挨拶までが長いわ!!」
「大変失礼を…久しぶりのお呼び出しで、わたくし少々興奮してしまいまして…。あの、色々お話を聞きたいところなのですが…」
「悪いけど、今はそれどころじゃないの。全てが片付いたら、ゆっくりお話ししてあげる。それまでは、私に協力して!」
強気に言い放ち、私は慣れた手つきで端整に剣を構える。悪魔もやる気を取り戻したのか、巨大鎌をクルクルと器用に回し始めた。
「分かりました、マスター。それで、わたくしは何をすれば?サポートならば、例えばですね――」
「いや、何もしなくていいよ。後は私でなんとかする」
「……」
分かりやすく刀身がしゅん…と折れ曲がる。
ちょっと辛辣に言い過ぎたかなぁ…。もう一刻の猶予もあるか分からない状況で、無意識のうちに神経質になってたのかも。
仕方ない。責任はいきなり呼び出した私にあるし、ここはシェルの気持ちを汲んであげよう。
「あー、じゃあ…あの悪魔を最短で戦闘不能にさせるためのサポートをお願い!」
「はっ、お任せを!マスター!」
活気を取り戻したようで、刀身が真っすぐに直る。
ほんと、剣の癖に感情豊かだなぁ。元は人間だったりして…。
そう思いながら、再度剣を構えた直後、悪魔が広範囲に不吉な魔力を発散させた。
ただの威圧だろうか。奴を中心にして、この場を底気味悪いオーラが包み込んだ。
感じた限りでは、特に害は無いと高を括っていた私に、シェルが告げる。
「マスターによる魔力作用のリセットおよびステータス向上の魔法を使われたようです。悪魔の身体能力が一時的に増強してしまいました」
「なっ…!?」
シェルの説明を聞き入れ、私は意表を突かれたように驚いた。
「ですが、少しステータスが上がったところで、わたくしたちの足元にも及ばないことでしょう」
いや、問題はそこではなく、魔力作用のリセットだ。これは流石の私も予想していなかった。
つまり、みんなに付与した魔力防御が解除されてしまった可能性があるということ。
普通なら、これっぽっちで消えてしまう程、私のシールドは柔じゃない。だけど、こいつは勇者の膨大な魔力を殆ど吸い取ってるし、私が外部に与えた魔力を消し去ることくらい容易にやってのけるだろう。
「それでも、相当な魔力を込めてないと不可能な気がする…。どこにそんな時間が…あっ!!」
「どうかしましたか?マスター」
「私たちが無駄話してる間、アイツはずっと必要量の魔力を放出する準備をしていたんだ…」
「な、なるほど…わたくしの華麗なる登場シーンに見惚れてたわけではなかったのですね」
「……」
さっきまで動きを見せなかったのはそのためか…と私は頭を抱える。
悪魔も馬鹿ではなかったようだ。というか、そんなことも予測できなかった私が馬鹿だよ。
もうこれ以上、悠長にしてられない。私は大きく息を吐き、キッ!と悪魔を睨みつけた。
「本気でいくから…付いてきてね、シェル!」
「かしこまりました、マスター」
それじゃあ、虚空の聖剣のお手並み拝見といきますか。
私は剣を大きく振りかざし、悪魔に向かって巨大な斬撃を放った。想定以上に早かったのか、悪魔は避けきれず、鎌を盾にして受ける。
私にとっては、ただの素振りも同然。しかし相手はかなり混乱していることだろう。
たかが衝撃波一つに圧倒され、吹き飛ばされる寸前なのだから。
かくいう私も、自分が放った斬撃に軽く驚いていた。威力もそうだけど、何より初めて扱う武器とは思えない程、手に馴染んでいる。
「一太刀が大きい…!」
「わたくしも今驚いております…。マスターの潜在能力が、わたくし本来の力を最大限に引き出しているのでしょう。流石、わたくしのマスターです!」
とシェルは嬉しそうに語る。
よし、これなら速攻だ!!
にっと笑い、私は畳みかけるように悪魔の懐へと攻め入った。ようやく初手の斬撃を処理し終えた悪魔は、透かさず私に詰め寄られ、動揺した様子で後ずさる。
「無駄だよ」
冷酷に呟き、大鎌を剣で容易く弾き飛ばした。
鎌は悪魔の手元から離れ、宙を舞う。焦った様子の悪魔は、愛武器を素早く回収するが、その背後には既に私が回り込んでいた。
目にも止まらぬ速さで振り下ろされた刀身は、悪魔の背中を深く斬りつける。
リツの家族だし、あまり手荒にしたくないけど、これ以上暴れるなら致命傷は覚悟してもらうよ。
そう念を押すように放たれた私の攻撃を受け、悪魔から血が噴き出る。
血…??精神体なのに、どうして?
「マスター、この悪魔…どうやら肉体が視覚的に識別不可能な存在のようです」
「あっ!そういうこと!?」
シェルに言われて、ようやくハッとした。そんな単純なことに、なぜ気がつかなかったのだろう。
たしかに、リツは悪魔のことを精神体だとは明言していなかったと、今になって思い返す。強者にしか見えないようだし、勝手に霊体か何かだと勘違いしていた。
「……」
背を抉られ、悪魔はガクッと体のバランスを崩す。
今の攻撃で大人しくなって欲しかったけど、そんなに甘くはない。痛みに悶えながらも、悪魔は怒りに身を任せ、先程よりも乱暴に攻撃を繰り出してきた。
私がそれを受け止める形で、剣戟は熾烈を極める。空間を歪ますほどの衝撃が、私たちの間から発せられた。
衝突の合間、悪魔が光線を放とうとしてくるが、その身体ごと豪快に吹き飛ばしてやる。もはや斬撃一本で、奴の行動を全て抑えるまでに善戦していた。
一向に私へ攻撃が届かず、半ば自棄になっているのだろう。殺意で一杯になった思考を止めるには、完全に戦闘不能にさせる他ない。
「マスター、今です!」
「うん!」
振り下ろされた鎌を再び弾き、悪魔がワンテンポ怯んだところで、シェルが合図を出す。それに応え、私は宙を蹴り、疾風の如く剣術を放った。
「〝風見鶏〟…!」
悪魔を追い払う魔除けの一太刀。躱そうとしたところを逃さず、相手の横腹を見事に斬り裂いた。
「……っ!!」
血反吐を吐き、戦闘不能となった悪魔は落下を始める。もう攻撃の意思はないと判断し、私はその体を下からそっと受け止めた。
透明人間ならぬ、透明悪魔。触れるのは初めてだけど、私はそこに確かな肉体の存在を感じた。
まだ意識はあるようで、ローブの中から僅かな息遣いが聞こえてくる。致命傷は負わせてないし、こいつならすぐにまた復活してきそうだ。
まあ、少しは頭も冷えただろう。言葉での意思疎通は図れないから、とりあえず私の方から言いたいことを言わせてもらう。
「どうして私を殺したいのか分からないけど、私はお前に恨まれるようなことはしてないよ。多分、誤解だと思う」
「……」
「あと、一時的な暴走で、リツを困らせちゃ駄目だよ。相手が私だったから良かったけど、万が一他の人間を傷つけてたら、その時点であの子の傍にいられなくなっちゃうかもしれない。そうなったら、きっとリツも悲しむよ」
今は人間に友好的な悪魔として許されているかもしれないけど、もし人間を傷つけようものなら、一発アウトだ。他の勇者によって、人間界から追放されてしまうだろう。
我に返った悪魔は、無言でありながらも、私の言葉にピクリと反応したように思えた。まあ、今回はリツの可愛さに免じて、許してあげよう。
私を襲った真意は分からないままなのが怖いけど、これで懲りてくれることを願ってる。
「お見事でした!マスター!」
シェルは刀身をキラキラと輝かせながら、私の周りをクルリと回る。久しぶりに主に扱われて、相当嬉しかったのだろう。
それは、こっちのセリフなんだけどなぁ…。
私の頭にない知恵を授けてくれたシェルに、私は心の中でそう返す。
なんとも唐突な出会いだったけど、改めて物凄い聖剣だと、彼女を見て思った。




