第75話 敵地への道
「―――これが、人間界支配を目論むグランツェル家の計画だよ、アリアちゃん…」
全てが繋がった。
なぜモナを監禁していたのか。何に魔力鉱石を使っていたのか。魔族と繋がっている理由、そして今後の奴らの動向も、サキが洗いざらい話してくれた。
人間界を支配するために、新参の魔王と手を組んでいる。そんなこと、誰が予想出来るだろうか。
私が死んだことで、奴らの企みが加速したってことだよね…。
グランツェル家が支援する魔王。話を聞く限りだけど、恐らく私はそいつの存在を知っている。
敵はキロだけではなかったのだ。
――可能性は低いけど、いずれは魔王と戦うことになるのかもしれない。
シャトラを元気づけるために、とりあえず言ってみた言葉を思い出す。それが、いよいよ現実味を帯び始め、洒落にならない未来が見えてしまった。
そんな馬鹿げた計画に巻き込まれているのがアィリスさんやモナで、私たちはただ、彼女たちを助けるために動いているだけ。それが、知らず知らずのうちに人間界の命運まで担うことになるなんて、頭が追いついていかない。
「私たち、魔王と戦わなくちゃいけないの…?」
ルナが震えた声で尋ねてくる。
そんな先の事は分からない。というより、分かりたくもないのが本音だ。
暗然とした空気を晴らすように、私は気を落とさず答える。
「起こるかも分からない先の事を考えるのは、後にしよ?敵の目的が何であれ、私たちがやるべき事は一つ…大切な人たちを、助けること!」
「アリア…ええ、そうよね!」
目的を見失ってはいけない。先ずは、目の前の事に集中しないと。
みんなを鼓舞するように言った私の言葉に、ティセルとサキも深く頷き、微笑みを零した。
「とにもかくにも……サキ、グランツェル家の拠点には、どうやって行けばいいの?」
「えっとねー、最初に言っておくと、拠点は街の地下にあるんだよ」
そしてサキは、拠点の行き方について、丁寧に教えてくれた。
「地下へ行くには、街のどこかにある〝転送装置〟を使わなきゃいけない。ま、場所は特定済みだよ。すぐに向かえる。ただねー、その建物の周囲には、グランツェル家のエージェントが常に目を光らせてる。更に中へ入れば、待ち構えてるのは大勢の魔族。奴らの関門を突破して、ようやく転送装置へと辿り着けるんだ」
「なるほどね」
「できそ??」
「出来るも何も、手段は選んでられないよ。今すぐみんなを集めて、そこへ向かおう」
ぺたんと座り込んでいたティセルの手を取り、告げる。余裕のない今、思案に暮れてる場合ではないのだから。
ちなみに、レッドの回復は既に済ませてある。後は安静にしてもらえば大丈夫。
「アリア、ありがとう~」
という可愛い笑顔付きのお礼も、ティセルから受領済みだ。
「さっすがー。んじゃ、他に聞きたいことがなければ、あたしは行くよ」
「え…?一緒に行ってくれるんじゃないの?」
「行きたいのは山々なんだけど、あたしにもやらなくちゃいけないことがあるから。遅くなるけど、必ず拠点に向かうよー」
「そっか」
サキには、まだ策があるのだろうか。分からないけど…。
(今はまだ、会う訳にはいかないもんね…)
レシーバーに手をかけ、サキは心の中で誰かを思い浮かべる。そして去り際、私たちに小さな紙切れを渡してきた。
「これ、転送装置がある場所の地図だよ。赤いマークが付いてるところがそう。ここからそう遠くないから、すぐに着くよ」
「ありがとう!じゃあ二人とも、行こうか!フランとモナも心配だし」
「うん!」
馬車を停めた場所へ向かえば、合流できる筈。奴らには、既にこちらを視認されているから、向こう側が厄介な対策を講じてくる前に、決着をつけたいところだ。
◇
それにしても、なんでキロは魔界にいる魔王と繋がってるんだろう。闇が関係してるのだとしたら、色々と合点がいく気がするなぁ…。
「あっ!いたいた、アリアちゃ~ん!」
例えば、キロの持つ闇の力が、先祖代々受け継がれてきたものだとすれば、40年前の〝エルフの森〟放火事件によって逃れた母親――その腹に宿された赤子は、キロ・グランツェルという仮説が出来上がる。
「アリアちゃん?お~い」
それなら、魔界特有の儀式を知ってる一族の子孫だから、魔界と交流があるのも納得できるよね~。
「ふにゃ!?モナ、もしかして無視されてる!?」
いやでも…事件の後、勇者の手から逃れたとは言っても、残った母親とその赤子だけのために、根っからの悪である魔界の王が協力するとも思えない。少しこじつけが過ぎたかな…。
「むぅ…いくら大好きなアリアちゃんでも、無視されたら怒っちゃうもんね。うーん…お耳をはむって食べちゃうかもよ。いいのかなぁ~」
顎に手を当て、思考する私。集中して、完全に周りが見えていないところに、モナが急接近してくる。
そうか…でも、放火事件とは関係ない闇の一族が、まだ存在してる可能性だってあるよね…。その一つが『グランツェル家』という線も捨てがたい――。
「はむっ……」
「うひゃあ!!?」
いきなり耳を甘噛みされ、体がびくっ!と反応する。同時に、自分でも引く程の奇声を上げ、思いっきり腰を抜かしてしまった。
尻もちをつき、顔を真っ赤に染め上げながら状況把握に努める。
文字通りの吃驚仰天。え!?…えっ!?と心の中で混乱している私の瞳に、両手を腰に置いて、頬っぺたを膨らませる可愛らしいモナが映り込んだ。
「え?も、モナ…??」
「アリアちゃん、全然モナに振り向いてくれないんだもん…。にしても、そんなに良いリアクションしてくれるとは思わなかったなぁ」
「あ、ああ、ごめんね…。ちょっと考え事してて」
いつもの笑顔に戻ってくれたモナを見て、ほっと一安心。というか、話しかけられてたのに気づかないなんて、とんだ腑抜け野郎だな、私…。
「あと、その…ね、アリアちゃん…」
「ん??」
「えっと、パンツ丸見えだよ…!」
「うわぁぁ!早く言ってえぇぇ!!」
気づけば、開脚したままモナにパンツを見せつけている状態だった。ボフッと頭から煙を出し、すぐさま足を閉じる。
こんなにも、か弱い私を見るのは初めてだったのか、ふふんと得意げに笑い出すモナ。そのまま、私の体に覆い被さるようにして屈みこんだかと思えば、首筋辺りに鼻を押し当て、スンスン…と匂いを嗅ぎ始めた。
「アリアちゃんの匂い、好きだなぁ…」
「ま、待ってモナ…くすぐったいよ……」
「にぃへへ~、可愛いな~、もう~」
現在地は、グラン街のちょっとした庭園地区。公園のような場所で、整えられた大きめなガーデンに、多種多様な花が咲き乱れている。
人通りは少ないけど、こんな場面を見られたら、絶対に奇異の目で見られるに違いない。
でも、何だろう…。このドキドキ感が、ちょっといいなぁとか思ったり思わなかったり…?って、変態か!!
「む、無視してたのは、ちゃ、ちゃんと謝るから…」
「それはもう怒ってないよ。でも、アリアちゃんの新しい一面が見られて、モナ嬉しいなぁ~」
「うぅ…」
直前まで何を考えていたのかなど、既に記憶の彼方へ飛んで行ってしまった。キャパオーバーになりそうな私を労わるように、モナが優しく体を起こしてくれる。
体と心と耳が熱い。耳たぶをはむっとされた時の感触が未だに残っていて、肌を撫でる程度の風が耳に当たるだけで、少しぴくっと反応してしまう。
「アリアさ~ん、モナさ~ん!」
そこへ、タイミング良くフランも合流した。あたかも、今私たちに気づいた風を装っているけど、鼻にハンカチを詰めているところを見るに、恐らく先程の様子を観察していたと思われる。
「いや~、奇遇ですね~。こんな所でお会いするとは!」
「いや、そこの物陰にずっといたよね!?鼻血出してるし!」
「気のせいですよぅ~。話は変わりますが、決戦前に出血させないでください~」
「別に話は変わってないから!勝手な出血は責任を負いかねるよ!?」
なんて緊張感のない会話だろう。少なくとも、大事な戦いの前に行うやり取りではない。
まあそれを言ったら、モナの耳はむも同じようなものだけど…。
「他の皆さんは、どこへ?一緒じゃないんですか?」
「ルナとティセルも、一緒に探してくれててね。とりあえず、迎えにいこっか」
目的地までの道中、敵の親玉である勇者とのエンカウントから始まり、サキとの出会い、連れ去られてしまったユィリスの事や拠点への行き方など、所々端折りながら、二人に説明した。
更に、彼女たちからも、グランツェル家の母親―エマと遭遇したことを受ける。結局、モナだけでなく、私たち全員の存在が敵に認知されてしまったようだ。
今の今までお茶らけていた二人も、いよいよ笑えない状況だと知って、神妙な顔つきになる。
「二人とも~!」
無事、ルナたちとも合流でき、ユィリス以外の全員が万全の状態で揃った。カナさんには少し前に会っていて、この件が終わるまでは安全な場所へ留まっているように伝えてある。
そして、サキに貰った地図を頼りに、私たちは街の〝大使館〟へ辿り着いた。
白塗りで、巨大な豆腐型の建物。その周りを、数メートルもの高さを誇る柵が厳重に取り囲んでいる。
グラン街における第二の役場で、街の人々の認識だと、ここが勇者パーティの駐在地なんだとか。
つまりこの大使館は、世間を欺くために、奴らが表向きに作った拠点。この中に、本拠地へ行くための転送装置があるらしい。
「ここですか…。心なしか、嫌な空気が漂ってきていますね」
「モナたちのことはもう知られてるだろうし、かなり警戒されてるかも…」
柵のせいで、中の状況が把握しづらいけど、かなりの人数が配備されている。
第一関門のエージェント層は、武器だけが取り柄の一般集団。防御を強化して、強引に攻めれば問題ない。
懸念点は建物に入ったあと。第二関門の魔族層だ。
私以外で魔族相手でも余裕なのは、モナとフラン。三人で先ずは突っ込み、転送装置までの敵を一掃する。
「まあ、私一人で十分だけど…」
なんて呟きつつ、上空から大使館の状況を感知した。
それをいち早く知らせるため、みんなの元へ戻ろうとした私は、不意に良からぬ気配を感じる。
人間のものとは程遠い、不吉なオーラ。かと言って、並みの魔族からは決して流れ出ないような、特異な魔力。この感じには、覚えがある。
――七大悪魔、ベルフェゴール。
奴と同系統の、悪魔の生気。
しかし、強さや邪悪さの度合いは桁違い。そんな殺気が、何処からともなくひしひしと全身に伝わってきた。
何なの?この気配…。他にも敵がいるってこと?
どういう訳か、街中に悪魔の殺気が蔓延しているようで、正体が特定できない。場の空気が不快なものへと変化し、私は警戒心を高める。
「強力な悪魔を味方に付けてるとでも言うの…?」
一旦地に降り立ち、周囲の声に耳を傾けた。
ふむふむ…街の様子に変わりはないか。
特定の誰かに殺気が向けられている訳ではないようで、民衆はいつも通り、穏やかな雰囲気を作っている。気になったことを強いて言うなら、近場の木陰から聞こえてくる切なそうな声くらいだ。
「急に私から離れるなんて、どうかしてる…。ねえ、あなたもそう思うでしょ?……うんうん、そうだよね。あなただけでも、私の傍にいてね。えへへ、ありがとう」
独り言…?
ひたすら自問自答を繰り返している女の子。衝動的に、不思議と体が吸い寄せられ、気づけばその子が目と鼻の先にいた。
「私、もう疲れちゃったんだ~。ねぇ、お腹空かない?美味しいもの、食べに行こうよ。何がいい?私はね~、ハンバーグ!うん、一緒に食べよう!だ~いすき!!」
こっそり女の子の様子を覗き見た私は、ほっこりとした気持ちになる。
そこには、小さなウサギのぬいぐるみに話しかける、愛らしい子供の姿があったのだから。
可愛いな~。一緒に遊んであげたい!
って、おっと…それどころじゃないよね、今は。
「あの子、私の元を一度も離れたことがなかったんだよ…。なのに、急にさ…。私ね、すっごくさびし――」
不意に女の子がこちらへ振り向く。目と目が合った瞬間、沈黙がスタートした。
私を視界に入れ、ピタッと固まる。気まずさを感じているのだろうか。ただの子供のおままごとだし、私は特に気にしてないけど。
このくらいの歳の子は、見られたら恥ずかしいのかな?だとしたら、私に非がある。
「な…な…なななな!!?」
と発したかと思えば、その子はいたいけな顔を一気に紅潮させていく。ここで変な空気にしてしまうのはいけないと、私は優しく笑いかけた。
「い、いつから…」
「え??」
「いつから、見てたの…?」
口元を震わせ、目尻に涙を浮かべながら、女の子は強気に言い放つ。
「べ、別に!一人が寂しくて、ぬいぐるみと話してるわけじゃないから!!!」
え、なにこの子…超可愛いんだけど!!!!
まさかの…




