第74話 姉と妹
グラン街、勇者の拠点――。
アーシャ・グランツェルに騙され、まんまと敵の罠にかかってしまったユィリスは、薄暗く長い回廊をひたすら進んでいた。
街からいきなりワープしてきて、当然ここが何処なのか、見当もつかない。等間隔で設置されたランタンが、行き先を示すように発光している。
(あの女…私を連れてきたと思ったら、すぐに消えやがって。ここが奴らの巣窟なら、私の手で姉ちゃんを助け出してやるのだ)
敵側に嵌められたものの、寧ろ前向きに捉え、ユィリスは余裕の笑みを浮かべた。
そんな彼女の懐から、精霊のシロが顔を出す。
不安を募らせ、委縮したような面持ち。運命か否か、敵に気づかれることなく、共に拠点へと飛ばされた。
テレポートの知識がないユィリスは、不思議に思い、シロに尋ねる。
「お前も、一緒に転移させられたのか?」
《テレポートは、自身が触れた者ごと転移させられる。それは、誰かを介した場合、間接的にも言えるの…。転移の瞬間、体内の魔力同士が連結するから、あなたに触れていた私も飛ばされたんだ…》
「ふーん」
とだけ返し、ユィリスは人差し指でシロの帽子を優しくつっついた。
両者にとってお互いの存在こそ、予断を許さない今の状況を緩和させている。この二人が、後に大きな奇跡を生むことになるとは、誰にも予想できない未来の話だ。
◇
やがて、回廊の先に一筋の光が現れる。自分は導かれているのだと、ユィリスは言葉を発することなく、そちらへ吸い込まれるように駆け出した。
外に出られたのかと、一瞬頭を過ぎったが、そんなことはなく。とある施設に入り込んだユィリスは、目の前に広がる光景を、まじろぎもせず見入った。
「ここは、どこなのだ…?」
先ず視界に飛び込んできたのは、巨大な倉庫のような一室に、所狭しと並べられた機械の数々。高さもフルに活用し、余白を見つける方が苦労してしまう程、足場の殆どない空間が広がっていた。
様々な液体が泡立つ音や、機械同士が擦れる音、煙やら気体やらが噴き出る音など、あちこちから忙しなく何かしらが稼働している様子が伺える。少し興味を持ち、辺りを見回していると、ユィリスの目に見覚えのある〝鉱石〟が飛び込んできた。
「これ…モナの魔力から抽出した〝魔力鉱石〟なのだ!レアリムから密売されたものか?」
数多のカプセルに保管されていたり、液体や気体へ変換するために砕かれていたり。幅広い用途として、大事に扱われているようだ。
そこまで視認し、ユィリスは勘づく。この施設は、紛れもなく誰かの研究室であると。そして、その答えを告げるようにして、因縁の相手がこの場に姿を現した。
「よく来たな、ユィリス・ノワール!待っていたぞ」
一際目立っている機械の上に堂々と立ち、自慢の白衣を靡かせながら、気分上々といった様子で笑う。
この一件の発端―〝悪性錬金術師〟ファモス。その憎たらしい顔を視界に入れるや否や、ユィリスは怒りに震えた。
「ファモス…!」
姉の光を奪い、更には目の見えないことを良いことに、拉致して…。
望んではいたが、二度と見たくもなかった。その存在が、過去の苦しみを呼び起こさせる。
同時に、ようやく仇が打てるのだと、ユィリスは気力を奮い立たせた。
へらへらと見下すファモスとは真逆。子供ながらに無上の殺気を露わにする。
「せっかく歓迎してやってるのに、なにをそんなに怒っているのかね?私に、その〝千里眼〟を提供してくれるのだろう?」
「黙れ…。姉ちゃんは、無事なんだろうな!」
「ああ、一応無事だ。見せてやろうか?」
「……」
余裕綽々と、ファモスは付近の機械へと魔力を流す。どういう仕組みか、機械同士が連動し始め、研究室中央の巨大な円柱状の装置が作動した。
徐々に壁面が透け始め、装置の中身が露わになっていく。頑丈な壁が、一瞬にして魔力の込められた青白い障壁へと変化した。
中は空洞。最低限その場で生活できるような空間が広がっている。
そして内側には、障壁に両手を置き、ユィリスがいるであろう方角を見据える一人の女性。彼女を直接確認し、ユィリスは大声で呼びかけた。
「「姉ちゃん!!!」」
その声を聞き入れ、装置の中に軟禁されている女性は、ハッと気づいた様子で答える。
「ユィリス!?ユィリスなの…!!?」
半年ぶりに顔を合わせる姉妹。それがこんな形になってしまうなんて、遺憾という言葉では到底言い表せないだろう。
今回救出すべき捕らわれの姫―アィリス・ノワールの無事を確認し、一先ず安堵するユィリス。怪我をしている様子はなく、丁重に扱われてはいるようだが、村に置き捨ててあったファモスの録音が本当のことを流していたのだと、同時に悲愴な面持ちを見せる。
拉致された現場を目撃したわけではないし、嘘であって欲しいとどれだけ願ったか。
しかし、これが現実。今すぐ障壁を破壊しようと、ユィリスは弓を構えだす。
「姉ちゃん、待ってるのだ!今――」
「おっと、待ちたまえ。これを壊せると思うな。この〝主要機器〟は、神霊族の魔力鉱石をふんだんに使った強固な支柱…加えて、姉を閉じ込めている障壁は、勇者キロ・グランツェルの魔力を経て成り立っているものだ。つまりは、どういうことか分かるか?」
そんなファモスの質問に耳を傾けることなく、ユィリスは矢を放つ。スピードに乗って障壁にヒットしたものの、矢先は折れ、ただのガラクタと化して地に落ちた。
「あの男の許可を得ない限り、お前は一生…姉に触れることは出来ないということさ!」
「くっ…!!」
アィリスを閉じ込めている障壁は、キロの結界と同等の性能を誇る。彼女を助け出すには、最低でもキロに結界を解除させなければならない。
勇者を倒すことが一番手っ取り早い解除方法だが、今のユィリスにそんなことが出来る筈もなく、心の端に少しばかりひびが入る。
(勇者は、アリアが絶対倒してくれるのだ。それよりも、私はあの女を…姉ちゃんの仇を打てれば、それでいい!)
折れかけた心を修正するように、ユィリスは意気込み、ファモスを睨む。
この場において、何が怖いのかと言うと、相手に敵対心を抱いているのはユィリスだけであるということ。あくまで、ファモスにとってユィリスは、本当に『千里眼を提供しに来てくれた知り合い』という程度の認識にすぎないのだ。
故にファモスは、なぜユィリスがこんなにも怒っているのか全く理解出来ていない。脳内に?マークを浮かべたまま、彼女は自身の研究について語りだす。
「私の研究は、お前の千里眼をもって完成する。あの日、姉の千里眼を奪ったはいいものの、研究の最中、片目は失敗に終わった…」
「失敗って……その片目はどうなったのだ!?」
「ん?勿論、跡形もなく消えたさ」
「――っ!!」
ぶちっ!と堪忍袋の緒が切れる。怒りの感情に反応し、暴れ出すユィリスの魔力を、シロはすぐに感じ取った。
少なくとも、アィリスの片目はもう復活することはない。非情な事実を突きつけられ、我慢できず、ユィリスは周囲に無数の〝弓神の魔矢〟を生成した。
そのままファモスに向かって放とうとした瞬間、
「「「ユィリス、やめて!!!」」」
この場にアィリスの声が轟く。
喝を入れられたように驚いたユィリスは、冷静さを取り戻し、矢も同時に消滅した。
「え…?」
「私はいいから!ここは敵の巣窟…あなた一人じゃ何も出来ないわ!!私に構わず、逃げて!……お願い、だから………」
妹がいるであろう元へ、必死に声を届ける。
巻き込みたくはない。自分の運命に…。
ファモスの計画を知っているからこそ、来て欲しくなかった。大切な妹だけは、自分と同じ目に遭わせたくないのだから。
両掌を障壁に押し当て、そう願い続けるアィリス。だが、ユィリスの覚悟は既に決まっていた。
「姉ちゃん…。私は、一人じゃない。アリアたちが、ついてる!」
「アリア…ちゃんが??」
「そうだぞ!アイツは、超強いのだ!勇者なんて、すぐにやっつけてくれる。だから私は、今の私に出来ることをやるだけなのだ!!」
それは勿論、ファモスを倒し、姉の千里眼を取り返すこと。
もう一度、あの汚れのない清らかな瞳が見たい。自分の成長を、その目で見てもらいたい。たとえ、片目であろうとも…。
どれだけ危険な目に遭おうが、ユィリスには関係のないこと。姉妹の繋がりだけは、切っても切り離したくない。
自分はアィリスの妹だから、命をかけられる。ただ、それだけなのだ。
「ユィリス…」
「私が姉ちゃんを見捨てるなんて…そんなことする訳ないってことくらい、知ってるだろう?助けたい理由なんて、〝妹〟だからで十分なのだ!」
迷いのない妹の言葉に、アィリスはもう何も返せなかった。
これ以上、否定など出来ない。
(そんなこと、言われたら…)
俯き、感情を押し殺す。
嬉しく思わないわけがない。実の妹が発した言葉を一つ一つ耳にする度、自身の幸福を感じたのだから。
《やっぱり、この人は優しい…》
ユィリスの怒り、そして優しさ。その両方の気迫を傍で感じ取り、シロは心を打たれ、思ったままの言葉を小さく声に出した。
「んで、茶番は終わったかい?こっちも話し足りないんだが…」
姉妹の会話を退屈そうに眺めていたファモスは、キリの良い所を見計らい、勝手に続きを駄弁りだす。
「見たまえ!!この、双極のカプセルを!」
ファモスは懐から、何やら二つのカプセルが連結された装置を取り出し、天に掲げた。
まるで、アルファベットの『H』のような形をした装置。片一方のカプセルの中には、金色に輝く魔力の塊が、フワフワと浮き沈みしている。
「あれは、姉ちゃんの千里眼!!」
「そうさ。もう片方のカプセルに、お前の千里眼を詰めれば…私の研究は完成する。お前たち姉妹の力を得た私が、キロ・グランツェルと共に人間界を支配するのだ!!」
「な、なんだと!!?」
そしてファモスは、遂にグランツェル家が目論んでいる計画について、明言しだした。
「キロはどういう訳か、魔界のとある〝王〟と交流がある。初めは、この世界において最も厄介な存在、魔王アリエ・キー・フォルガモスを討伐すべく、その王に人間界の優れた武器や防具を投資していたようでな。後にそれらは、最高品質である神霊族の魔力を使い、強化されていった」
「そのために、モナを監禁して魔力を吸い取っていたのか…!」
「何の因果か、突如として魔王アリエは死に、人間界は支配し易い環境となった。キロは人間界の頂点に立つため、魔界の王は人間界を手中に収めるため、両者は動き出そうとしている。こんな面白い時代はないだろう?魔王アリエにより、なぜか均衡に保たれていた世界が、急激なスピードで魔界へと傾き始めているのだからな!」
「……」
「気づいた時には、もう手遅れだろう。既に、人間界はキロの手によって闇に染まり始めている。いずれ、かの〝魔王〟と共に人間界を支配できる日も、そう遠くはないということだ!!」
ただ面白そうだから。そんな理由でキロに協力しているファモスの思考回路然り、あまりにも壮大な敵側の計策に理解が追いつかず、姉妹揃って言葉を失う程の衝撃を受けた。
今回の一件によっては、人間界の命運を左右することになるだろう。
その全てを背負い、グランツェル家に相対する少女たちの戦いが、間もなく始まろうとしていた…。




