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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第73話 勇者同士のダイアローグ

 昼時を過ぎた頃、何気ない日常を送る街の雰囲気とは裏腹に、重々しい緊張が、役場のとある一室に漂い始めていた。


「……」


 室内には、黒皮のソファーが長机を挟むようにして、対に置かれている。

 本日、勇者を招くということで、特別に手配した優れもの。背もたれの高さ・幅・奥行きのどれを取っても、比べるものがこの街にはない、余裕で4、5人は座れるであろう程の大きさだ。

 そんな巨大ソファーの中央に、大人しくちょこんと座る幼い少女が一人。持参した人形を大事そうに抱えたまま、キョロキョロと室内を見回している。

 自身の体格の何倍もあるソファーへ堂々と腰掛ける様は、そのルックスも相まって、品のあるドールのようだ。誰もが初対面で彼女を目にした時、子供ながらにお淑やか、そして可愛らしく高潔な令嬢様だと、印象を受けることだろう。

 

 だが、同じく彼女の対面に座した若い男は、全くそうは思っていなかった。

 こちらから仕掛けなければ、少女が危害を加えてくることはない。分かってはいるものの、中途半端に少女の力量が計れてしまう男の額からは、大量の脂汗が滲み出ている。

 なぜだろうか。なぜ、こんな幼き少女から、他を寄せ付けぬ甚大な魔力を感じるのか、全く理解できない。

 部屋に招き入れたはいいものの、そこからの会話は皆無。ただ黙って時が過ぎるのを待つことさえも、男は苦痛に感じ始めていた。


(こんなガキが、ほんとに協力してくれんのかよ。親父…)


 味覚が異常な発達を遂げた男は、少女が無意識に放っている禍々しい気迫を、敏感な舌先で感じ取る。何もしてないのに、常に心臓をきゅっと掴まれているような緊張が、徐々に男の精神を削っていった。

 何を考えているのか全く読めない。だからこそ、少女の背後に感じる()()()の気配に、男はごくりと生唾を呑みこんだ。


 ――彼の名は、テレス。グランツェル家の長男である。


 漆黒の髪と、父親に似て厭味ったらしい目つきを持っているが、今は少しばかり()()()()姿へと扮装していた。それこそ、モナと共に行動していた時の容姿に…。


(話が上手くいけばいいが…。失敗したら、親父は勇者の称号を剥奪されるからな。にしても、この俺が自分よりも年下のガキに恐怖を感じることになるとは…)


 テレスの硬直状態が続く中、徐々に部屋の外から足音が近づいてくる。重苦しい緊張を解くように部屋の扉が開き、残りの勇者パーティの面々がこの場に現れた。


「やっと来た…」


 彼らの姿を確認し、ようやく少女は口を開いて、自分と同じ勇者を横目で睨む。

 当然グランツェル家の殆どは、市民を欺く仮の姿で登場。母親のエマだけは、〝扮装〟が使えないようで、ありのままの姿を晒していた。


「悪いな、リツ。少々、トラブルに巻き込まれてな…。待たせた」

「トラブル??」

「なに、大したことはない。街の警備を、ちょっとな」

「……」


 優しそうな笑みを作り、勇者キロ・グランツェルは、少女の対面に座る。他の者は、二人のやり取りを眺めるためか、ソファーの後ろで静かに佇んだ。


「話をする前に、少し結界を張ってもいいか?」

「なんで…?」

「いや、いつ誰がどこで会話を聞いているか分からない。そう警戒するな。俺が何をしようと、お前には敵わねぇんだからよ」

「……」


 無言で返されたが、それを少女からの同意と受け取り、キロは早々に部屋全体へ結界を張った。無色透明の、自然魔力を使った『魔力連結(コネクション)』や遠距離魔法をシャットアウトする、優れた魔法だ。

 警戒心の強い少女は、不愉快を露わにした表情を絶やさない。無論、この場において最強の彼女も、キロが放つ闇の力を感じ取っているのだから。


「相変わらず、あんたの闇は不快…。過去の功績がなければ、とっくに人間界から追放されてるのに」

「闇を悪く捉え過ぎなのさ。俺は善良な勇者だぞ。じゃなきゃ、今頃〝天命様〟から称号を剥奪されてる」

「……」

「だが、お前もお前だよな…リツ。後ろにいる()()の怨念…どうにかしてくんないか?」


 ほとほと参ったというような顔で、キロは少女の背後に見える暗黒の悪魔へと視線を移した。

 彼には見えている。少女の強さの根底にある、忌まわしい存在を…。

 

「この子は、人間に危害を加えない。私が敵と認識した奴だけを襲うから…」


 そうは言うが、暗黒のローブに包まれた〝精神体〟に近しいその存在は、傍から見れば『死神』そのもの。普通の人間には見えないが故に、彼女が従える悪魔を視覚的に捉えることが出来るのは、世界でも十数人程度だ。

 悪魔の正体は、本人も分かっていない。生まれた時から取り憑いており、彼女の味方をし続けた。

 勇者パーティを持たない少女にとって、この悪魔こそが唯一の心の拠り所。決して言葉は交わさないが、友達のように接している。 

 そんな人間の味方をする悪魔の力もあって、彼女は異例にも、勇者へと覚醒した。

 

 ――≪魔導の聖勇者(メイガス・パラディン)≫、【リツ・シュヴァリエ】。


 巷では、そう称されている。幼き頭に詰め込まれた智慧は、全て悪魔から授けられた賜物だ。

 子供ながらに、他を圧倒する魔法の数々を生み出し、どれだけ破壊力があっても、単純な武力は彼女の前では無に帰する。


(こんな子供の相手が出来る生物が、この世界に20もいないなんてね~…)

(嫌な感じ…。この、心の声も見透かしてるかのような雰囲気…)


 と、聖勇者リツを評価するエマとアーシャは、体を強張らせて身構えた。

 キロ以外の三人が、静かに恐れ戦く中、本題に入ろうとする勇者パーティらの言葉を遮るようにして、リツは続ける。


「さっき、森であんたを知ってる変な女と遭遇したんだけど、知り合い…?だとしたら、領民の躾がなってないんじゃない?いきなり、血を寄越せとか言われたんだけど」

「ん?いや、そんな女は知らないな…。偶にいるんだよ。俺の知り合いを装い、他者に迷惑をかける愚か者がな…。ほんと、止めて欲しい」

「……」


 表情には現れていないが、キロは内心焦っていた。

 利害の一致で手を組んではいるものの、彼も読めないイカれたファモスの思考。そんなあからさまな悪人と知り合いであることが公になれば、計画は漏れ、全て破綻してしまうだろう。


(あの野郎…一体、何を考えてやがる!)


 拳を握り締め、怒りを押し殺したキロ。ようやく本題へと話題を切り替える。


「とにかくだ。お前をここに呼んだのは、他でもない」

「こっちも要件あるから、手短に言って」

「ああ。最近、王都レアリムという場所で、ある()()が起こってな…」

「レアリム…。西の王都〝マウリム〟と同じく、勇者の領地に属さない所だよね。それが、どうしたの?」

「そのレアリムの謀反者が、城の地下で『神霊族』を捕えていた…」

「神霊族…!?存在したんだ…今の世に」


 眉一つ動かさず、微動だにしなかったリツが、神霊族という言葉を聞き入れた途端に無表情を崩した。少し興味を持ったのか、食い入るようにキロの話へ集中し始める。


「ああ、俺も驚いた…。レアリムへ行くには、エルフの森を経由していかなきゃならんし、勇者の守護には不向きな土地に存在しているからな。俺の目が届かなかったとはいえ、奴らの不届きを認知できなかった俺の非でもある…」

「なんで、神霊族を監禁してたの?」

「情報によれば、レアリムの前国王〝ヴァイス・ベルゼン〟は、人間と魔族のハーフらしくてな。市民を欺き、城の地下に魔族を匿っていたのさ。奴らは何を思ったのか、神霊族の魔力で生み出された〝魔力鉱石〟を使い、自分たちの武力を秘密裏に高めていた…」

「反人間主義者が、事件の首謀者ってこと?それで、神霊族はどうなったの?」

「今はグラン街で匿ってる。興味は湧くだろうが、接触は禁止だぞ。精神が回復しきってねぇから、人との関わりは最小限にしたいんだ」

「なるほどね…。下手に勢力を拡大させなかったのは、不幸中の幸いかも。謀反者の処罰は?」

「とりあえず、今の国王に任せてる。十中八九、永久投獄は固いだろうな」


 内心、ニヤリとほくそ笑みながら、キロは平然と虚言を吐く。悪行とは別に、表向きの顔で成してきた偉業が信頼を勝ち取ってしまい、リツが彼の言う事を疑うことはなかった。


「王都の立て直しに、人手貸そうか?」

「いや、事後処理は俺たちで片付ける。それよりも、お前にはこの事件の顛末を、他の勇者にも伝えて欲しいんだ。今後の、人間界の防衛強化のためにな」


 こういった情報操作を、グランツェル家は何度も行ってきた。自分たちの悪が公になる前に、罪を他人に擦り付け、あたかも自分たちが解決したように話す。

 勇者の肩書きを利用した、狡猾な立ち回り。闇を纏っていること以外に欠点がないと思い込んでいるのだから、内情を知らない外部の人間からすれば、彼を信じてしまうのも無理はない。

 ただ今回は、勇者の中でも特に警戒心の強い幼き少女。話し合いは、ここから苛烈になっていく。


「そのために私を呼んだの…?顛末を話すくらい、自分でしたらいいじゃん。あんた、天命様を避けてる節あるもんね。詳しく調べられたら野暮なことでもあるの?」

「言ったろ、こっちは事後処理で忙しいんだ。同じ勇者のよしみだろう?」


 調子に乗った発言をするキロに対し、リツはキッ!と圧をかけるように睨んだ。


「付け上がらないで。じゃあ、私も言わせてもらうけど、今回の〝勇者の祭典〟には、何が何でも出てもらうから」

「勇者の祭典…」

「毎回出席を断ってるようだけど、今回は勇者全員に強制招集がかかってる。当然だよね。議題が議題だもん」

「魔王…アリエのことか」

「そう。今後の世界の均衡について、勇者同士で語らわなきゃいけない。あんたが来ないと、毎回怒られるのは私なの、分かってる?」

「あ、ああ…」


 予想外の要求に、キロは分かりやすく頭を抱える。

 十歳にも満たない子供に叱責される、良い年した大人。その様子が、後ろで話を聞いていた三人の目には、異様に映ったことだろう。


「会場は、人間界の中心…〝ネオミリム〟。招集に応じるまで、私はここを動かないから」


 むすっとした顔で、リツは言い放った。

 勇者の祭典とは、不定期に開催される、人間界の大規模なお祭りの事を指す。そこでは、勇者同士が顔を合わせ、人間界をより良く発展させていくための議論を交わす場でもあるのだが、キロは一度も出席したことがない。

 どんな嘘であろうと見破ってしまう。そんな能力を持つ勇者と会話するのを避けるためだ。

 しかし今回ばかりは、絶対に避けられない。ここで下手に逆らえば、疑いが加速するだけだろう。

 そんな時、狡っからい勇者の脳裏に、またしても下賤な考えが過ぎってしまった。心の中で不敵に笑い、キロはある提案を持ちかける。


「分かった。応じるさ、招集に。だが、一つ条件がある」

「条件…?この期に及んで、何をさせたいの?」

「いや、お前にとっては簡単な話だ。さっき、レアリムの謀反者の話をしたが、調べによると、刑罰を逃れた奴らの一部が、再び神霊族を捕えようと、街に入り込んでる…。そいつらの身柄を確保してくれ」

「それくらい自分でやりなよ…。その人たちは、あんたの手から逃れられるほどの強さを持ってるってこと?」

「逃げ足が速いってだけだ。しかも奴らは、事件の主犯が俺ら勇者パーティだと、世間にでっち上げようとしている。そうなれば、俺の立場も危うくなるだろ?」

「……」

「灰色のフードを付けた女、赤い髪をしたメイドの女、精霊を従えたエルフの女、茶髪の洒落た女…仲間が確認したのは、そいつら四人だ。奴らは一緒になって行動してる可能性が高い。俺たちは一旦拠点に戻って、街を結界で閉じ込める。逃げられないようにな…」

「……」


 キロの持ち掛けた提案に、リツは不審がるような表情を浮かべた。黙し、じーっと対面に座す男の顔をまじまじと見つめる。

 何を考えているのか全く読めない彼女の沈黙に、内心狼狽えつつも、キロは平常心を保ちながら畳みかけるように告げた。


「まだ、俺が怪しいのか?安心しろ。祭典に出りゃ、内心は全て暴かれる。そこまでは、仮でもいい…俺を信じてくれ」


 両手を合わせ、わざとらしく祈る。そんな男に、これ以上振り回されたくないと、リツはソファーからぴょんと飛び降り、部屋を出ようとした。

 その際、


「信じてない…。けど、約束は守ってもらうから」


 と言い残し、連れていた悪魔と共に、役場を後にした。

 そして、強者の気配が消えた一室で、抑えていた感情が爆発する。


「く、ククク…クハハハ!!!!何とか、交渉成立だ!」

「いいの?キロ。あんな約束しちゃって…」

「あん?勿論、祭典に出るつもりはねぇ。また、何とか言いくるめるさ」

「ほんと悪い人だね、お父さん。でも、さいっこう!」

「まあ、何とかなりそうでいいんじゃね?俺たちに逆らった奴らは、リツの強さに恐れおののけばいい」


 などと、家族間で言葉を並べる。

 正真正銘、()()()()()悪魔…その笑い声が暫くの間、役場の一室に響き渡っていた――。

誰かこいつらを早くぶっ飛ばしてください…。

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