第72話 情報屋の秘密
「……どういうこと??」
ちょっと何言ってるか分からない。
と言いたげな表情で、サキを見やる。そんな私たちに、彼女は自身の能力について説明を始めた。
「言葉通りの意味だよ。あたし、普通の人間の…うーん、10倍以上の聴覚を持っててねー、この街の端から端まで全ての音を聞き取れるんだー」
「えっ、嘘!?」
「詳しく言えば、体内に構築された魔力回路が、内耳ってとこに何重もの層を形成してるみたいでね…遠くの方から流れてくる、音の細かーい波長が、脳内で人の言葉として再生されるって感じかなー。
街中を流れてる『音』っていうのは、〝自然魔力〟を通して一種の『魔力音波』に変わる。あたしはその『魔力音波』を、自動的に耳で捉えてるってだけだよ」
…………。
今の説明で理解できる人は、天才か何かだろう。ならば、私はそっち側の人間ではないということだ。
ええっと…『街で発生した音 ⇒ 魔力音波』と変化して、最終産物である〝魔力音波〟を耳で拾い、内耳を通る過程で変換させた元の音を、脳内にて再生する…と。
掻い摘んで言えば、通常人間には聞こえない音波を捉える力が、耳に備わっているのだそう。
私、意外と理解できてんじゃない!?(←すぐつけ上がる)
「そんな人間いるの…?いやでも、ユィリスの千里眼も同じようなものよね」
とルナも自己解決したよう。
理屈なんて、あらゆる魔法の前ではそういうもんだと片付けられるのが常だ。その考えは、私が一番理解している。
けど、力が本物かどうかはまた別の話。だから、私はサキに向かって、ある魔法を使う。
口を魚のようにパクパクさせて、思念とはまた違った〝念波〟を飛ばした。
「ん?アリアちゃん、何をして……―――っ!!?」
私の行動を不思議そうに眺めていたサキは、数秒も経たぬうちに、こちらの意図を汲み取ったのか、目を丸くして静かに驚く。
「ちょ、〝超音波〟…!?それ、どっから声出してんのさ!?」
会話の出来ない魔物が、意思疎通を図るのに用いるコミュニケーション法、超音波。私はそれを飛ばす魔法を開発し、自分のものにしている。
人間には決して聞こえない音域の振動を感知できるのなら、超音波も聞き分けられる筈。そう考え、サキを試してみたけど、本当に優れた耳を持っていたようだ。これはもう、疑いようがない。
――噂程度で聞いたんだが、本当に何でも知ってるらしい。王都の端から端に渡って、住む人の情報から細かい出来事、誰にも話してないような他人の秘密まで、何でもだ。
と、ユィリスが話していたことを思い出す。
これで、逸脱した情報収集力の説明がついた。
まあ、流石に何でもは言い過ぎだと思うけど…。無数の人の声を聞き分けられるなんて、どっかの神様じゃあるまいし。
「ルナ、サキの力は本物だよ。超音波を感じ取ったみたい」
「ほんと!?超音波が分かるとか、もう人間じゃなくない…?」
私が超音波を使えることに、何の疑問も抱かず、さも当たり前だと言うように話すルナ。その事にも、サキは衝撃を受けている。
(な、なな…何なの!??このレベルの高い超人同士の会話は……)
理解し難い会話内容に、頭がパンクしてしまったティセルは、その場でへたり込んだ。レッドと共に、目をぐるぐる回している。
「いやー、驚いたよー。まあでも、これで疑いは晴れたかなー?」
「うん。でも、凄いねその耳。自動的にって言ってたけど、もしかして常にそんな状態なの??」
「そうなんだよー。例えば~、そこの家の中から聞こえてくる……エッチな音とかもね~」
「なっ…!?//」
サキはニヤリと笑い、私だけに聞こえるように囁いてくる。女の子に近づかれたのも相まって、心臓が大きく跳ねた。
この感覚には覚えがある。初めて情報屋さんに近寄られた際に感じた緊張とそっくりだ。
その時は違和感が強かったけど、今となっては納得。姿が全く分からなくても、情報屋さんが女の子だって分かってしまった。って、なんか変態みたいだな…私。
「まあ、冗談だけどねー」
「冗談かい!!」
「いやでも、ほんと厄介でさ。集中すれば、誰かに絞って会話を探知出来るんだけど、それも一年前くらいにようやく編み出した技でねー。情報屋をやる前は、ほんと辛かったよ。人の多い場所に行くなんて殆ど無かったから、根暗で人見知りだったし」
「それは、大変だったね…。生まれつき、なの?」
「うーん、気づいたらこうなってたって感じかな。でも、これを装着してれば、何の問題も無いよ」
そう自慢げに言って、サキは首にかけていた謎の耳当てに触れる。
輪郭に沿って黒い線が入った、白が基調のデザイン。シンプルなものだけど、彼女は大事そうに取り外し、見せてくれた。
「それ、ずっと気になってたわ。何なの??」
「これは〝レシーバー〟って言って、耳に入ってくる音を制御してくれる優れものだよ。これを付けてれば、みんなと同じ聴力に抑えられるし、あたしの魔法で拾った音を記憶させて、いつでも再生することが出来る。ふふん、凄いでしょー?」
「へぇ~!」
なるほど。これで大体、サキ(情報屋)の秘密が明らかになった。
情報収集したい時は、何もつけていない状態で物音を聞き分け、必要のない時は、レシーバーを装着し、普通に過ごすと。
集めた情報を記憶するのも、レシーバーの性能あってのことだろう。でないと、あまりにも現実的じゃない。
まあ、それでもかなり凄いけど…。
「良かったら、つけてみる?」
「いいの?じゃあ…」
機械だけど、ちょっと大きめの耳当てにしか思えないから、見栄えもいいし、ファッションに目がないルナは興味津々だ。「こうかしら…」と向きを確認して、身につける。
「どう?アリア…」
「か、可愛い…!」
何て言うんだろう…この、可憐なルナに少しクールさが付け加えられた奇抜な感じは!そう、ギャップだ!ギャップだよ!
というか、アクセ一つでここまで印象がガラッと変わって、また違う可愛さを見せてくれるルナがもうほんっとに…!
冗談抜きで、今私の目の前にはキラキラと輝く天使がいる。何よりも、シンプルに可愛いからズルい。
咄嗟に口から出た私の誉め言葉を受け、ルナもぽっと頬を赤くさせた。
「そ、そう…?じゃあ、偶には私も、こういうのつけてみようかしら…」
「う、うん!いいんじゃないかな!」
話そっちのけで、二人だけの世界に入り浸る。そんな私たちを見兼ねて、サキは強引にレシーバーを回収する。
「はいはーい、いちゃつくのは後にしてねー」
「いちゃ…!?」
「このレシーバーはねー…情報料代わりに、お客さんから貰った装備の耳当てを改造したものなんだ」
たしか情報屋さんの家には、どこから集めたのか、無数の骨董品が所狭しと並べられていた。もしかしたら、それらも全てお客さんから頂いたものなのかもしれない。
あの場面で、ユィリスに〝骨董品コレクター〟と言わせなくて良かったよ…。
「色々と凄いわね、あなた…」
「ま、生き辛さは感じるけど、今となっては良かったって思ってるよ。この力で、ようやくあの人に一矢報いることが……」
そこまで言って、サキは眉尻を下げ、一瞬の哀愁を漂わせる。そして、暗くなりかけた雰囲気を正すように続けた。
「あたしが情報屋をやってた理由は、モナおね…あーいや、モナちゃんを救う術を探すためだった。言っちゃえば、情報屋なんてただのフェイク。王都を裏で操っている奴らに悟られないよう、姿も何もかもを隠す必要があったんだー」
「知ってる。国王様から聞いたよ。モナのために、色々してくれたって」
「いやいや、もっとしてあげられることはあったと思う。でも、真っ先に国王様や王都の人たちが人質に取られて…。あたしには、最低限モナちゃんに美味しいご飯を食べてもらえるよう、国王様に協力することしか出来なかった」
「ま、待って…!王都に住む人たちも人質に取られてたの!?」
「そうだよ。モナちゃんが捕らわれた直後、情報屋を始めたあたしに、グランツェル家の〝エージェント〟が訪問してきて取引を持ち掛けた。もしグランツェル家に関する情報を喋ったら、王都民全員の命はないと…」
「なによ、それ…」
私たちは、益々勇者パーティの奴らに対し、嫌悪感を募らせる。
そんなの…どうしようもないじゃん。
あの日、一歩間違えれば、王都に住まう人たちの命が失われていたと考えたら、ゾッとしてしまう。それを一人で抱えていたサキに、軽く脱帽した。
――お客さんが、何故その事について知りたいのかは聞かないっスけど、その情報を知るには、相応の覚悟というものが必要なんスよ。
当時サキが情報屋として、私たちに忠告した言葉を思い出す。
そりゃ、見ず知らずの私たちに、そんな責任も命も重くのしかかった情報なんて、簡単には教えられないよね。あの時は知らなかったとはいえ、考えなしにサキを責め立てちゃってたな…。
「サキは、勇者パーティに口止めされてたのよね?てことは、モナのことは最初から知ってたの?」
「そうだよー。二年くらい前に、グランツェル家とモナちゃんが一緒に行動してる様子が耳に入ってきてね。奴らの事は粗方知ってたんだー。まあ、助けたい理由とか、他にも色々言いたいんだけど、今は省略させて。でも、これだけは言える。
――あたしは、アリアちゃんたちの絶対的な味方だよ」
にっと白い歯を見せ、サキは自信満々に豪語した。
もう疑う余地はない。私も笑顔を返し、彼女に手を差し伸べる。
「本当に、心強いよ。改めて、よろしくね!サキ!!」
「うん、必ず力になる。絶対、二人を助けよう、アリアちゃん!」
共に気合のこもった言葉を投げかけ、固い握手を交わした。
この子に初めて触れた時は、背後に迫られて、咄嗟に腕を掴んだんだっけ。明らかに男のものとは程遠い、細く華奢な女の子の手に感じて、すぐに性別を疑ったんだよね。後は、匂い…。
本当の姿を晒してくれた今では、感じ方がまるで違う。一切汚れの無い滑らかな素肌の感触が、純粋で綺麗な彼女の心をそのまま表しているかのようだった。
王都レアリムの元情報屋、サキ。私たちはとんでもない能力を持った少女を味方につけた。
二人の姉妹を救うべく、これから全員で力を合わせ、闇の連中を相手にする。そのためには、先ず奴らの拠点を特定することからだ。
「ところでさー、アリアちゃん」
「ん??」
何を言ってくるのかと思えば、サキは耳元で意地悪に囁いてきた。
「もしかしなくても、女の子…好きでしょー?」
「ふえっ…!?」
サキが聞いてない会話に関して、その時はレシーバーを付けていたんだと解釈していただいて大丈夫です。




