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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第70話 音撃の戦士

「一足、遅かったわ…」


 グランツェル家の連中が、街中を平気な顔でうろついていることを知らなかったとはいえ、迂闊過ぎた。

 最初から全員が纏まって行動していれば、こうはなっていなかっただろう。丁度、比較的警戒心の薄いティセルと二人でいるところに、付け込まれてしまった。

 ユィリス()()に姿が見えるよう、立ち回られたのも原因の一つなのかもしれない。


(ミーニャが初めてグランツェル家と対面した時、5人とも家族の割には、それぞれ容姿が全く違ってたって言ってたような…。まさか、その時からずっと本来の姿を隠して生きてきたって言うの…?)


 あの女がアィリスの成り済ましだったのだとすれば、こちらとしては、勇者パーティ共がそういう魔法を扱えることを知らなかった訳だし、騙されるのも仕方ない。のだが、騙されたとしても、それを阻止する術はあったのではないかと、ルナは更に暗然としてしまう。


(普段のユィリスなら、そんな子供騙しには絶対引っかからない…。でも、お姉さんの事となったら、周りが見えなくなるのも当然よ。なんで、なんで…あの子のことを一番分かってる筈の私が、ずっと傍にいてあげなかったのよ…!)


 アリアとの買い物に、夢中になっていたのは事実だ。4人の中で、ユィリスと共にした時間が一番長いし、誰よりも彼女の事を理解していると思っていたルナは、数少ない彼女の〝弱い〟部分を見切れていなかった。

 ユィリスの心に異変を感じる場面はあった筈。しかし頭のどこかで、()()()()()あの子なら大丈夫だと、勝手に判断していた。

 自由奔放で、気づいたらどこかに走って行ってしまうことも、知っている。それを制御してきたのも自分だ。


(私は、何をしにここに来たのよ……)


 力も無ければ、友達一人の心理も履き違え、目の前で連れ去られる。今回の件は、ルナにとって物凄くダメージが大きかった。

 そんな自責の念に駆られるルナを鼓舞するように、彼女の前へ躍り出た少女は叫ぶ。


「大丈夫よ、ルナ!ユィリスには、()()シロがついてる!!」


 はっと顔を上げたルナの目には、襲い掛かる魔族に対し、精霊のシールドを張って対抗するティセルの姿が映った。バディであるレッドが、ティセルの魔力を用い、無色透明な壁を生み出している。


《アイツは、やる時はやるでやがりますよ!普段は気弱で、バディのいないちっぽけな存在でやがりますが、ウチらにはない、アイツだけが持つ〝加護〟があるんでやがります!人魔問わず、心を汲み取れる…『思いやりの加護』が!!》


 希望が失われたわけではない。シロをこれ以上なく真剣に評価するレッドに、ルナは感化され、前向きな姿勢に直る。


「シロの加護は、必ずユィリスに力を与えてくれるはずよ。ポテンシャルは、精霊界で一番なんだから!二人を…信じよ?」

「ティセル…」


 悔やんでいる暇などない。まだこちらには、こんな最悪の状況をひっくり返す、アリア(切り札)がいるのだから。

 しかし心を持ち直したのも束の間、魔族共は更にギアを上げ、血気盛んになる。


「お前ら如きが、闇の勇者パーティに逆らおうなど、100年早いわ!」

「どけ!魔物の端くれが!!」


 一斉に複数の魔族が、口内へ魔力を溜め込み、強力な光線を打ち放ってきた。その威力に、レッドのシールドはいとも簡単に破壊され、大爆発を引き起こしてしまう。


「キャ!!」


 規模が大きめな爆風により、二人とも思いっきり吹き飛ばされる。ティセルが優しく抱え込んだものの、レッドは爆破の衝撃で気を失ってしまった。


「レッド!レッド!!」


 ティセルが声を掛けるも、反応がない。最後の砦も、無情に打ち砕かれてしまった。

 そしてすかさず、反撃する余裕も時間も与えてはくれず、魔族らは強襲してくる。

 ルナはすぐに感じ取った。この街に居座る魔族は、王都レアリムに蔓延っていた魔族共よりも強者であると。


(私だって、いつまでも逃げ腰じゃいられないわ!!)


 恐怖を押し殺し、ルナは魔族を迎え撃とうと立ち上がる。体格が人間の二倍以上もある魔族の光線が、再び放たれようと彼女に標準を合わせた次の瞬間、


「〝音撃(オンゲキ)〟、サイレンス……」


 と気の抜けた声が二人の耳に届く。同時に、周囲は刹那の一瞬で無音状態と化した。

 まるで時が止まったかのような、不思議な感覚が襲い掛かる。この場にいる者()()が、音のない世界へと誘われた。

 身体に伝わってくるのは、自分たちの鼓動のみ。あっと驚きの声を上げることも許されない空間の中、二人の目に映ったのは、両耳を抑えながら痛々しく地に蹲る魔族たちの姿だった。


(な、何が、起こって…)


 悶絶しているのは容易に見て取れるが、その叫びや悲鳴が聞こえてくることはない。それは魔族も同様で、流血した耳を抑え、自分が声を発し喚いているのかさえも不明なまま、意識は闇の中へ落とされていく。

 そんな理解しがたい状況下、見知らぬ一人の少女が、硬直したルナの隣を事も無げに通り過ぎた。足音も耳に届かなかったため、またしても仰天させられる。

 音が消えてからここまで、恐らく数秒もかかっていないだろう。再び驚く彼女らを尻目に、少女は何食わぬ顔で指をパチン!と鳴らした。

 途端、魔法が解けたように、二人の聴覚が覚醒する。

 自分たちに襲い掛かってきていた筈が、何らかの攻撃を受けて一人残らず気絶させられている魔族。その事実だけが、混乱状態の二人に安堵をもたらした。


「ふぅ…ま、こんなもんかなー。死んではないと思う、多分…」


 ピクリとも動かない魔族をつっつきながら、低いテンションで呟いた少女は、ゆるりと立ち上がりながら、可憐な桃色の髪を邪魔そうに後ろへ追いやった。

 あまりにも場慣れしているその佇まいに、ルナは並々ならぬオーラを感じ取る。そして振り返った少女は、粘るような半眼を二人に向け、ゆるーく話しかけた。


「間一髪だったねー。もう少し早く来れてたら、ユィリスちゃんも助けられたのに…。とろいなー、あたし」

「えっ…!?」


 少なくとも、ユィリスが連れ去られた時、少女はこの場にいなかった。

 初対面にも拘わらず、なぜ彼女を知っているのかと疑問を抱くルナ。未だに頭の整理がつかないままだが、一先ずお礼をする。

 

「あ、その…助けてくれてありがとう。ほんとに、助かったわ」

「ありがとう!小さいのに凄いわね!」

「いやいや、当然のことをしたまでだよー。それにしても、あの時の子だよね…」


 と、なぜかルナの方を見て、少女は懐かしそうに意味深な言葉を並べた…。




 ―――――――――――――――





 グラン街、中心部――。

 キロ・グランツェルによる街の放火被害は、何とか収まった。

 と言っても、直接的な火事の原因を知っているのは、私だけ。現在、街の衛兵が取り調べを行ってるけど、恐らく犯人は特定されないだろう。

 証人として、私はありのままの事実を伝えた。けど、


「勇者キロ・グランツェルが放火したんです!」

「何を言ってるのかね?お嬢ちゃん…」

「この目で見たんだってば!」

「あのね、お嬢ちゃん…。消火してくれたことは大いに感謝するよ。だが、勇者様を犯人呼ばわりするのはいけないなぁ。濡れ衣を着せようとするなら、お嬢ちゃんの自作自演なのではないかと疑われてしまうよ」

「いや、だから――」

「お礼は後でさせてもらうから、今は事後処理の邪魔をしないでくれ…」

 

 てな具合で、全く取り合ってもらえなかった。

 

「むぅぅぅぅ!!!!」


 ハムスターの頬袋のように、限界までぷくりと頬っぺたを膨らませ、衛兵の背中を睨む。

 勇者の仕業だと認めたくない気持ちは分からなくもない。それでも、限度というものがある。いくら何でも崇拝し過ぎだ。

 そんなに凄い勇者なら、火事が起こった時点で助けに来てくれるようなもんだけど。

 結局、私はまんまと奴の尻拭いをさせられたと…。はぁ~~、ムカつくムカつく!!!って、このセリフ聞き覚えあるなぁ。

 と、やり場のない怒りでむしゃくしゃしている私に、目を輝かせたカナさんが歩み寄ってきた。


「アリアちゃん!何なの、さっきの()()は!??」

「え…?」

「ほら、髪がカッコよく?可愛く?なって、もうとにかく凄かったよ!!」


 先ほど、黒炎竜を消し飛ばす際に使用した能力のことを言っているのだろう。あんなものを扱えるのは、世界で私一人だけだし、驚かれるのも無理はない。

 でも、あまり()()()()()()()()()()()から、私は消極的に返す。


「あはは…大したことじゃないよ。あれくらい誰だって…」

「いや、誰でもは出来ないでしょ…」


 ちなみに、カナさんとは街に来るまでにかなり親しくなって、いつの間にかフランクに話すようになっていた。

 敬語はかたっ苦しいと、彼女からの希望でもある。ユィリスに至っては、カナ!と呼び捨てだ。


「とりあえず、馬車に戻ろっか」


 火事の後処理は、全く私を信用してくれない衛兵さん(←まだ根に持ってる)に任せるとして、一先ずみんなと合流しようと、この場を後にする。


 そんな時、私は不意に、そう遠くない地点から不穏な気配を感じ取った。

 これは…!?

 頭部に手を置き、感知を始める。魔力の信号を頼りに、感覚を研ぎ澄ませた私は、複数の異質な殺気を探知した。

 間違いない…これは、魔族のものだ!!

 予想はしていたけど、やっぱりこの街にも潜んでいたよう。殺気を露わにしたということは、どこかで良からぬトラブルが起こっているに違いない。

 

「カナさん、先に行ってて!ちょっと、寄り道してくる!」

「え~!?」


 キロの後をつけた時もそうだけど、誰かと一緒に行動すれば、その人を巻き込んでしまう恐れがある。トップスピードで目的地に向かうことが可能な面でも、私が単独で動くに越したことはない。

 しかしその行動は、時に大きなリスクを伴う。現場に行き着いた私は、起こり得る最悪の結果を前に、猛省することとなった。


「あれは…ルナとティセルだ!」


 感知した路地裏まで飛んできて、真っ先に二人の姿を確認。付近には、何者かに倒された魔族共が、仲良く地に横たわっている。

 そして更にもう一人、視界に見知らぬ女の子が映り込んだ。小柄で、何やら物珍し気な格好をしている。

 ふむふむ…女の子が魔族に襲われそうになったところを、ルナとティセルが助けたのか!

 なんて、根拠のない憶測が頭の中で飛び交う。勝手に脳内解決したところで、私に気づいた二人が、こちらへ手を振ってきた。


「アリア!」


 地上に降り立ち、早速状況説明を求めようとした…丁度その時、二人の後ろに佇む女の子が、嬉しそうに笑みを浮かべながら、私よりも先に口を開く。


「いや~、久しぶり。レアリムの件、痺れたよ~」

「え…??」


 初対面なのに、なぜか親し気に話しかけられ、少し戸惑ってしまう。そんな私の反応を気にすることなく、女の子は頭に身につけていたアーチ状の装備?を外しながら、何か含みを持たせた口調で言った。


「会いたかったよ、アリアちゃん」

※黒炎竜抹消の描写は、書き忘れたわけではありません。

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