第69話 連れ去り
「ふふっ、随分威勢がいいわね~、メイドさん…。でも、こんな所で私を倒しちゃっていいのかしらね~」
「……??」
周囲を気にするような素振りを見せながら、エマはわざとらしく相手を心配する。意味深な発言に疑問を持ちつつ、フランも周りを見渡した。
「街の人たちはね~、私たち勇者パーティを信頼してくれてるの。あなたのような、どこの馬の骨かも分からない余所者が私を傷つけたら…どっちが悪者になるかしらね~」
「そういうこと…ですか」
そもそも、こんな街中を悠々と自由行動している時点で、グランツェル家の悪行は世に知られていないということになる。つまり、ここで一方的に敵対するような真似を見せれば、市民から慕われているであろう勇者に盾を突くことになり、結果自分たちが世間の反感を買ってしまうと、フランは察した。
「なら、どうします?その考えでいくと、逆もあり得ますよね。あなたが、嫌がってる女の子を連れ去ろうものなら、評判はがた落ちです。悪者はそちらになりますが?」
「そうなのよね~。モナ一人だけなら、何とかなるんだけど~…ちょっと邪魔が入っちゃったから、無理っぽいわね~」
と、エマは残念そうな素振りを見せて言った。
そして溜め息をつき、
「まあいいわ~。どうせ、あなたたちはキロの闇には勝てないのだから。遅かれ早かれ、モナは必ず連れ戻す…。その時に、あなたの命を貰ってあげるわ~」
そう言って、背中を見せる。
「貰えるものなら…」
眼鏡の位置を正しながら、フランは更に相手を睨みつけた。去っていくエマを確認した後、モナは安堵し、その場でへたり込む。
「ふにゃ~…ありがとー、フランちゃん。モナ、覚悟は決まってたんだけど、いざ鉢合わせちゃったら、なんか体が動かなくなっちゃって…」
「しょうがないですよ。今回、モナさんは戦いをお休みしてもいいんですから。でも、そうですね…勇者パーティって聞いて、私じゃ一切歯が立たない実力者なのかと思ってましたけど、案外大したことなさそうでしたね。私でも勝てそうでしたし、モナさんなら余裕ですよ」
「そうかな~、フランちゃんは凄いね~」
「あはは…まあ、常識破りのアリアさんを見てきてますから。あんな女を見ても、全く怖くありません!」
鼻息を漏らし、意気揚々と語るフラン。そんな友達の姿を見て、今度こそは自信を持って立ち向かおうと、モナは一層気を引き締めるのであった。
◇
少し時を遡り、数分前――。
アリアと別れたルナは、一人で馬車に籠るのが居た堪れなくなり、みんなを迎えに行こうと周囲をキョロキョロと見回していた。
(行き違いになっちゃうかもしれないけど、勇者パーティの連中が平気な顔でウロウロしてるかもしれないし…。いち早く、モナに知らせてあげなきゃいけないわよね)
と大きく伸びをしたルナの元へ、血相を変えたティセルが駆けつける。
「ルナ~!!あれ、今一人?」
「ええ。アリアは今――」
「一緒に来て欲しいの!ユィリスが、アィリスさんを見かけたって!」
「ええ!??」
ティセルは先程まで、ユィリスと街中を歩いていた。その時、ユィリスが、角を曲がって薄暗い路地に入っていくアィリスを見かけ、すぐに後を追いかけたのだそう。
買い物袋を投げ捨て、姉の元へ全力疾走する彼女に追い付けず、どうしたらいいのか分からなくなり、とりあえず他の者を呼びに馬車まで帰ってきたと、ティセルは説明した。
「私は見てなかったんだけど、すぐに追いかけていっちゃって…。今、レッドがユィリスの位置情報を共有してくれてるから、場所は分かるわ」
「精霊との契約って、そんなことも出来るの!?」
「思念を共有し合えるし、お互いに今どこにいるのかも分かるの」
「へぇ~!」
フランとモナは、まだ帰ってきていない。ここで二人を待っている時間はないと判断し、ルナはすぐに向かうことを提案する。
「ユィリスを一人にしちゃダメよ。元はと言えば、ファモスがお姉さんを餌に、あの子をおびき寄せてる状態なんだから…。うーん、私じゃ頼りないけど、早く追いかけた方が良さそうね」
「わ、分かった!!」
ユィリスが見かけたのは、本当にアィリスなのか。真偽は不明だが、二人はとにかくユィリスの後を追うため、大至急レッドのいる街の中心部へ走っていった。
◇
一方で、アィリスの姿を見かけ、街の裏路地へと入っていったユィリスは、息を切らしながらも嬉しそうに声を掛ける。
「姉ちゃん!姉ちゃん!!」
アィリスは歩いていた筈だが、ユィリスが自分の存在に気づいたと察した直後、なぜか消えるように路地の奥へと突き進んでいた。
盲目なことなど、一切感じさせない。まるで一人になったユィリスを、人気のない場所へと誘い込むように。
(ここら辺、やけに人が少ないのだ…。さっき、向こうの方で火事が起こってたみたいだし、その影響かもしれないが)
追いかけても追いかけても縮まらない距離。絶対に声は届いている筈なのに、アィリスは振り向きもしない。
「ハァ、ハァ…!姉ちゃん!!聞こえてるなら、返事するのだ~!!」
今は姉の事しか頭にないユィリスでも、流石に不審に思い始める。
後ろ姿は間違いなくアィリス。だが、常に自身の足取りを確認するために地面をつつく棒すらも持たず、自由に歩き回っている様子から、ユィリスの中で怪しさが募っていく。
(幻覚でも見てるのか…??)
そう思い始めた所で、ふとアィリスの足がピタッ…と止まる。
どこまで歩いたのだろうか。初めて来た街ということもあり、ユィリスはここがどこだか全く分からない状態で、ようやく姉の元へ追いついた。
怪しげな姉の様子に胡散臭さを感じつつも、ユィリスは最後の希望に賭け、嬉しそうに話しかける。
「やっと追いついたのだ…。姉ちゃん、半年ぶりだな!どうしたのだ?いつの間に、目が見えるように…もしかして、ファモスの奴から千里眼を取り戻したのか?!凄いのだ!!」
期待に満ち溢れた悦びの表情。半年ぶりに対面する姉の姿を前に、瞳を輝かさずにはいられない。
そう心の底から嬉しく思っていたユィリス。しかしそんな嬉々とした面持ちは、直ぐに崩れ落ちることとなった…。
「ぷっ…!ほんっと、おめでたいメスね…」
「え…?」
一瞬にして、絶望に落とされた。振り返った姉の表情が、ユィリスの知るものではなかったのだから…。
口調も声も全く違う。完全なる別人なのだと、その言葉遣いで悟った。
「どんだけシスコンなのよ、あんた。こんなバレバレの罠に引っかかっちゃって、情けないったらないわね~!」
外見も、見る見るうちに変わっていく。いや、逆に元の姿へと戻っているのだろう。
それは正しく〝扮装〟の魔法。グランツェル家が得意とする、善良な人々を欺くためのものだ。
「お前は、誰なのだ……?」
「ぷっ…!なにその間抜けな顔!さっきまでの威勢はどこいったんですかぁ~?」
性格は親譲りといったところだろうか。ほんのり赤く染まったショートヘアを持ち、不快感溢れる目つきで相手を煽る、煩わしい程の腹黒女。
彼女がしているのは、会話ではない。一方的なただの煽りだ。
この女とは、一生かかっても分かり合えないだろう。こいつは、只々自分を馬鹿にしたいだけ…。
そうユィリスは印象付けた。
――彼女の名はアーシャ。グランツェル家の長女である。
言われっぱなしで、黙ってるわけにはいかない。騙されたことを悔やみながら、ユィリスも負けじと突っかかる。
「気色の悪い顔だな…。そりゃ、威勢が吹っ飛ぶのも無理ないのだ」
「は…?何言っちゃってんの、このメス…」
「お前もメスなのだ。いや、メスゴリラの方がお似合いだぞ。一回鏡を見てきたらどうだ?今度、オスのゴリラを紹介してやるのだ。それとも魚がいいか?お前みたいな目をした魚が沢山いる湖を知ってるぞ」
スラスラと口から零れ落ちる挑発文句。ぶちっ…!!と血管の切れる音が、アーシャから発される。
小柄な見た目に惑わされてはいけない。言葉の掛け合いや煽り合いで、ユィリスに勝てる者はそういないのだから。
ほっとけばいいものを、彼女は正々堂々真っ向から勝負を仕掛ける。決してムキになったわけではなく、相手と同等のレベルの会話を展開しているだけだ。
こんな返し方をされたのは初めてだったのか、アーシャは髪を毟るように頭部を引っ掻き回す。
「あああああ!!うっさいわね!!ファモスの指示がなきゃ、今すぐ殺してやるのに~!!」
「ファモスだと!?」
「あんたを連れてくるように言われてんのよ!報酬は美容グッズ一年分…!安いもんだと思ってたら、とんだクソガキだったわ!あああ、殺してやりたい~~!!」
「お前、変な薬でも飲んでるのか?」
「飲んでないわよ!!」
正気の沙汰ではないアーシャに対し、冷静に応対するユィリス。これ以上関われば、こっちの精神がイカれてしまうと、この場から去っていく。
「ちょっと待ちなさい!!この私から逃れられるとでも思ってんの?あんたはもう、私の結界で封じ込めてるんだから!」
少し歩くと、ユィリスは身に異変を感じた。
(足が、地面に引っ付いて…!!?)
自分の置かれている状況を知り、焦りだす。
まるで、足の裏と地面が強力な磁力で引き合っているかのような固着力。どれだけ足に力を入れようと、世界ランクが上のアーシャが扱う魔法には逆らえない。
足先から全身へ、膠着状態が広がっていく。武器を構える余裕すらも与えてはくれなかった。
「なん…なのだ…」
「自分が今誰に逆らおうとしているのか、ようやく知ったかしら?勇者パーティよ。私は勇者の娘なの。これくらい出来て当然よ。あんたみたいな、吠えるだけが取り柄の雌犬を捕獲するくらいねぇ…!」
「クッ…!やられた!!」
「いたぶるのは、向こうに行ってからにしてあげる…。楽しみだわ~。雌犬がぎゃんぎゃん吠え鳴く様子を見るのがね」
「少し黙るのだ、お前…!」
共に〝テレポート〟する気だろう。アーシャがユィリスの背中に触れようと、手を伸ばした瞬間、この場に招かれざる者たちが乱入する。
《こっちでやがります!!》
ピクッ…とアーシャの眉が動く。またしても彼女の苛立ちを加速させるように、遅れて二人の少女がこの場へ現れた。
「ユィリス!!無事!?」
ずっと走り続けていたのか、息を切らしたルナ、そしてその後ろから、レッドの案内でティセルも到着。ユィリスの姿を確認し、一先ずは安堵する。
しかし時すでに遅し。寧ろ二人が現れたことで、状況は更に悪化してしまう。
「こんなこともあろうかと、用意してるのよ…メス共!!」
ニヤリと笑みを浮かべたアーシャは、豪快に指を鳴らす。焦ることのない彼女の指令を受け、この場に何者かが複数人飛来してきた。
背中に青黒い羽の生えた人外なる生物。王都での記憶が蘇り、ルナは蒼褪める。
「ま、ぞく…?嘘でしょ…」
「魔族!?こいつらが…!」
初めて目にする魔族に、ティセルも衝撃を受けた。
本来、人間界にいる筈のない者たちが、人間の指示を受けて行動しているのだ。驚愕するのも無理はない。
「はい、残念でしたぁ~!魔族の餌にでもなってなさい!それじゃ、この雌犬は連れ去っちゃうから!」
「ルナ…」
「ユィリス!!!」
ルナの叫びも虚しく、誰も居なくなった前方の路地へと突き抜けていくだけだった。
完全に敵の思うつぼ。ユィリスはあっけなく、連れ去られてしまった。
絶望に打ちひしがれている場合ではない。彼女らの眼前には、殺意を露わにした魔族共が今にも襲いかかろうとしているのだから。
(アリアに……アリアに、何て説明すれば…)
自分の力の無さを悔やみ、ルナは唇を強く噛みしめた――。




