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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第67話 ファースト・エンカウント

 何の前触れもなく、勇者が現れた。それも、目と鼻の先に…。

 ルナの下着姿に夢中だった私は、当然外の会話なんて聞こえてすらいなかった。ほんと、自分の情けなさに嫌気が差す。


「勇者様、こんにちは~!」

「ああ、こんにちは」

「勇者様、今度また冒険のお話を聞かせておくれよ」

「勿論」


 勇者様~!勇者様~!と、勇者が近くにいるからか、馬車の周りに人だかりができる。随分な慕われようだ。

 別の勇者である可能性は限りなく低い。即ち、今回私たちが敵対する奴らの親玉―キロ・グランツェルが、まさに今馬車の壁一枚を隔てた先にいるということになる。

 それも、私の真裏。だからルナは、聞き耳を立てるために私を押し倒すようにしたのだろう。ちょっと大胆な気もしたけど…。


「どういうこと…?あんだけ悪いことをしておいて、なに街の人と仲良くしてんのよ…」


 嫌悪を示した顔つきのルナが、耳元で囁く。その度に意識が飛びそうになるのをグッと堪え、会話に耳を立てる。


「探してる人って言うのは、俺と同じ勇者の女の子さ。ちょっと気性が荒いけど、俺の事を聞かれたら、役場の応接間に案内してくれ」

「分かりました、勇者様!!」


 聞き込みは終わったのか、勇者はこの場を去っていく。

 今から飛び出していって、戦ってもいい。だけど、今勇者と敵対したら、誰がどう見ても悪者は私たちだ。

 事実を言ったところで、証拠も無いし、ただの言いがかりだと決めつけられるのがオチだろう。ここは我慢して、密かに奴らの動向を伺った方がいいと判断した。


「ルナ、私はこっそり奴の後を追うよ」

「え!?」

「シャトラが言ってた。勇者の拠点は、特殊な場所にあるらしい。ここで尻尾を掴めば、スムーズにアィリスさんを救い出せると思う」


 そう言いながら、急いで着替え始める私に、ルナは少し寂しそうな目を向ける。


「アリア…」

「みんなにも伝えて。特にモナには、その辺で勇者パーティの連中がウロウロしてるかもしれないからって」


 このチャンスを逃すわけにはいかない。街の人に慕われているなら、偶然鉢合わせてもおかしくない状況。モナが見つかる前で、本当に良かった。

 着替え終わり、荷台の窓から顔を出して勇者の姿を確認。特に怪しい様子を見せず、ゆったりとした足取りで、街行く人に挨拶を交わしている。


「よし…」


 荷台から飛び降り、フードを被りながら後をつけ始めた私に、


「アリア!」

「ん?」

「気をつけて!あと、すっごく似合ってるわ!かわいい!!」


 と、見送りの言葉を送ってくれた。

 不意打ちの言葉に、カァァァ…と頬を紅潮させてしまう私。長い袖からちょこっと指を出し、小さく手を振った。

 自分で言うのもなんだけど、このコーディネートは可愛すぎる。

 少し格式ばった白のブラウスの上から、ぶかっとした灰色のフード付きパーカー。下には薄っすらチェックの入った黒のミニスカート、そして華奢な素足を覆うニーソックスから機敏性に優れた茶色のブーツに至るまで、ルナに全て見繕ってもらった。

 ラフ目な格好だけど、防御力に飛んでいて、そう簡単には傷がつかないのだそう。今すぐ戦うことになっても、全然対応できる。


「そういえば、同じ勇者の女の子を探してたって言ってたよね…。アイツだけでも厄介なのに、他の勇者も呼びつけようっての?」


 勇者パーティの目的が益々分からなくなった。他の勇者も加担してるとなると、状況は最悪を辿る一方だけど…。

 まあ、深く考えても意味がない。一先ず真相を明らかにするため、尾行を続ける。

 顔を見たことはなかったけど、勇者キロ・グランツェルだと私はすぐに確信した。

 何も勇者という情報だけで、後を追っている訳ではない。善意の皮を被ったあの男から、只ならぬ闇の魔力を感じ取ったからだ。

 ミーニャも言っていた。初めてモナに近づいてきたキロから、同じく闇のオーラが溢れ出ていたことを。

 あれは間違いなく、魔界に通じる何かを含んでいる。どう考えても、人間が放つような空気ではなかった。

 しかしそれに気づけるのは、魔力の感知に長けた者のみ。黒髪で好青年の風を装った男は、完璧に市民の目を欺いている。

 外面はよくしておかないと、他の勇者に即刻罰を与えられるからだろうね。ほんと、悪行を犯している勇者が女の子じゃなくて良かったよ…。

 そんなことを考えていると、前方を歩いていた勇者が角を曲がり、薄暗い路地へと入っていくのを確認した。私はより慎重になり、人気のない通路を歩いていく。

 一体、どこへ向かってるの…?

 目を細め、後方から様子を伺っていると、勇者は不意にピタッ…と立ち止まった。


「俺は、生まれつき周囲の空気に敏感でねぇ…。少しでも歪んでいたり、流れが変わったりすれば、すぐに分かる。気配を消していようが、()()は常に…空気の流れを変えているのさ」


 独り言のように聞こえるが、それにしては声が大きい。誰かと連絡を取っているにしても、会話が不自然過ぎる。

 まあ十中八九、その矛先はこちらに向けられている訳で…。

 相手は勇者。流石にありきたりな尾行作戦は通用しなかった。


「勇者を舐めるな。そう簡単に後を付けられては、立つ瀬がない」


 まだ私の正体は露見されていないようなので、フードを深く被り直し、渋々物陰から顔を出す。同時に、奴もこちらへ振り向いた。


「リツ…じゃねぇな。子供が俺に何の用だ?」

「……」


 ここで正直に答える馬鹿はいない。私はそれとなく、勇者の弱みに付け入るような言葉を選ぶ。


「勇者さんこそ、何してるの?誰もいない所で、人探しなんておかしいよね」

「お前には関係ないことだ。これ以上後を付けるなら、衛兵を呼びつけるぞ」

「衛兵を呼んだら、私は勇者さんがやってきたこと、洗いざらい話すことになるけど?あ、他の勇者さんに言った方がいいかなぁ。証人は王都レアリムに山ほどいるよ」


 勇者は眉間に皺を寄せた。明らかに嫌悪を示す表情で、私を睨む。

 しかしすぐに爽やかな態度に直り、しらを切り始めた。


「レアリム?何のことだ?誰かと勘違いしてるんじゃねぇか?」

「二年くらい前だったかな…。勇者さんが、当時のレアリムの国王、ヴァイス・ベルゼンと密会してたって聞いたよ。ヴァイスは獣人の女の子を地下に閉じ込め、その罪で今投獄されてる。知ってるよね?だって勇者さん、同じく二年前にその獣人の女の子と行動を共にしてたんだからさ。何人か目撃者がいるんじゃない?それか、()()()()今みたいに外見を偽ってたりしてね…」


 フードから目を覗かせて、私は確信をつく。

 ヴァイスは口を割らなかったけど、モナの記憶通りなら、奴らとモナが一緒になってレアリムへ訪れたことを目撃した人が一定数いる筈。でも実際、それを知っているのは情報屋さんだけみたいだった。

 ならば、モナの姿を意図的に隠していたのか、もしくは自分たちの姿を偽っていたかの二択しかない。そして、今奴が自分にかけている魔法―〝扮装〟を見抜いたことから、勇者は本当の姿を偽り、証拠を残さないようにしていたのではないかと私は考えた。

 だから、真っ先に情報屋さんを口止めし、自分に都合の良いように情報を操作していたのだろう。


「お前、どこまで知ってる…」

「さあ、どうだろ。でも、遅かれ早かれ、勇者さんの悪行は公になるよ。そしたら、全部バレちゃうね。獣人の子を使って何がしたかったのか知らないけど、()()()()が魔界と通じ合ってる事とか…ね」

「――っ!!!」


 そこまで言うと、キロは激昂したのか、勢いよく地を蹴り上げ、私に飛びついてきた。子供相手だからか、あまり力の籠ってない拳を突きつけられる。


「〝コンバート〟…」

「……!??」


 指パッチンで互いの位置を入れ替える。

 いきなり消えたと思ったら背後に現れた私。見たこともない魔法に、キロは動揺を隠しきれずにいた。


「そうやって、証言できるような人たちを始末してきたの?」

「何者だ、お前!!」


 私たち以外の誰もいない路地裏に、キロの声が轟く。圧をかけるように言ったんだろうけど、私には無意味だ。


「只のガキじゃねぇな。まさか…」

「……」

「あまり俺に楯突くとどうなるか、身をもって知るがいい」


 怒りに震えるキロは、魔力を込めた手のひらをこちらに向ける。魔力は一瞬にして暗黒に染まり、黒い炎と化した。

 随分と短気な奴だ。自分から手を出せば不利になることくらい、誰だって分かると思うけど。まあ、私を瞬殺できれば関係ないという思考なんだろう。


「お前は知り過ぎた。死ね、〝暗黒の暁(ブラック・ドーン)〟…」


 ひも状に絡み合った黒き炎が襲い掛かってくる。広範囲なそれを、こんな狭苦しい路地で放たれたら、先ず避けられないだろう。

 これは、消えない炎…?

 冷静に分析して、魔力回路を崩す魔法を初見の技に対応させられるほど、私は器用じゃない。黒い炎は、左右の建物を喰らうように燃え盛る。

 こうなったら、余程強い魔法でなければ、打ち消すことが出来ない。いずれ、建物の中も巻き込まれてしまう。

 中にいる人たちが心配だけど、とにかくこいつを倒せば…!!

 雷属性の魔法を纏い、キロの後ろに瞬間移動して炎を軽々と避ける。


「避けただと!?」


 間抜けに驚嘆する奴の背後を取った私は、得意の大技を与えた。


「〝冥獄の雷撃(ヘル・スパーク)〟!!」


 軽めに投げた魔力玉が、0距離で放電する。軽め…とはいえ、人一人を十分感電させられる威力。しかし奴がそれを喰らうことはなかった。


「ククク…やるじゃねぇか、ガキ。だがな、そもそも俺に攻撃が当たらないんじゃ、意味がねぇ」


 舐めていた訳じゃない。腐っても勇者だし、相応の力は持っていると思った。

 でも、これは想定外。流石に驚かされて、私は警戒心を底上げする。

 私の雷が放電する中、中心に蠢くウネウネした暗黒気体。闇色をした魔力の粒子が集まり、次第に人型へと変わっていく。


「魔法の精度は中々のもんだ。認めよう。だが、お前も所詮そこまで。俺の本質を捉えられなきゃ、強者の仲間入りとはいかねぇな」


 実体がない…。体が、闇そのものってこと??

 不意打ちを喰らってるように見えたから、あの一瞬間で魔法を使ったとは考えにくい。つまり、奴は闇の粒子が集まって出来た〝闇人間〟ということになる。

 いや、実体は必ずある筈。それを突く術を、まだ私が知らないというだけだ。


「流石に動揺したか?安心しろ。すぐ楽にしてやる…」

「……」


 キロは再び黒炎を放とうとする。

 詰んではない。まだ戦略はあるけど、こんなところで大胆な魔法は使えないし、状況判断が難しい場面。何より、建物の被害を何とかしないと…。

 まさに、闇の渦が私を呑み込もうと迫ってくると身構えた途端、キロは何かに気づき、魔力を自分の中へと戻した。


「あん?リツが来ただ?おい、今いいとこだってのに…」


 リツ…?もしかして、探してた勇者って…。

 誰かから思念を飛ばされたのか、連絡を取り合う勇者。苛立ちを隠せない様子で、語気を強める。


「チッ…!分かってるっての、うるせぇ!ハァ…クソッ!」


 通信が終わったのか、キロは私に向き直り、ニヤリとほくそ笑んだ。


「まあいい。俺に楯突こうっていうガキだ。逃げはしねぇよなぁ?こっちの件が終わったら、次は必ず殺してやるよ」

「それは、こっちのセリフ」

「ついてきてもいいぜ。まあ、その代わり…この建物にいる奴らは、全員気づかぬ間に焼け死ぬだろうがな!」

「お前っ…!!」

「クハハハハ!!!」


 路上全体に響き渡る高笑いで、私を馬鹿にした後、奴は〝テレポート〟でこの場を去っていった。

 火がついた建物は、気づけば外壁が崩れ落ち始めている。中で火の海になるのも時間の問題だ。

 先ずは、中にいる人たちの避難。そして、消火……うーん、この黒炎どうやって消そう。


「考えてる暇は無い。一刻も早く、知らせないと!」


 まさか、こんなに早く勇者と相対することになるとは思ってなかったけど、いくつかの情報は得られた。アイツの闇も次に戦う時のため、万全に対策できる。

 予期してなかったエンカウントだったものの、今回は私の厚意により、引き分けとしておいてやろう。

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