第66話 不穏漂うグラン街
――彼女は、産まれた瞬間から〝悪魔〟に取り憑かれていた…。
グラン街から少し外れ、西の森。勇者キロ・グランツェルからの招待を受け、とある一人の少女が、重そうな足取りを隠すことなく、街へと続く森を散策していた。
「……特に怪しいとこはないね」
木々に触れ、異常がないかを確認する。警戒心が強く、疑り深い彼女は、街に入る前の段階で既に目を光らせていた。
身長は低く、どう見ても10歳前後の年齢だと誰もが思うだろう。白いウサギのぬいぐるみを抱え、ゴスロリ調の装束を着飾った彼女は、ここら一帯の自然には不釣り合いで、異様な雰囲気を醸し出していた。
招待を受けたものの、少女は不満げな様子。1、2回程度しか接点のない妙な男の元へ、自ら出向かなければいけないからだ。
それに、彼女からもキロ・グランツェルには用がある。お互いの距離が近いこともあり、不本意ながら、今回の誘いに応じるしかなかった。
「お~、これは何たる偶然!こんなところで、お前のような偉大な人間に出会えるとは!」
そんな中、同じく異質な空気を放つ性悪女が、わざとらしく姿を見せる。
女が現れた…という心底興味を示すことのない〝エンカウント〟セリフを頭の中で呟いた少女は、見え見えな演技で登場したその女に対し、とてつもない嫌悪感を抱く。
奇しくも、厄介な男に出会う前に、また一癖も二癖もあるような女に声を掛けられ、ムッとした表情を露わにした。
だが、働きかけられたのなら仕方ない。と、少女は招待を受けた男の居場所について尋ねる。
「ねぇ…キロ・グランツェルがどこにいるか、知らない?」
「ちょうどいい、少し血を分けてくれたまえ!お前の素晴らしい遺伝情報を共有し、強力な〝ホムンクルス〟を作ろうではないか!!」
「……」
まるで話が通じない。質問に答えず、自分勝手にのたまう錬金術師―ファモスは、瞳の奥を輝かせながら、出鱈目な提案を持ちかけてくる。
少女は溜め息をつき、無言でこの場を去ろうとした。
しかし、相手は狐憑きのような偏奇な思想の持ち主。自分中心に世界が回っていると思い込んでいる、最悪のマッドアルケミストだ。
当然今回も、手にしたいものは何が何でも手中に収めようと、少女に迫る。
「待ちたまえ。血を寄越せば、そのキロとやらの元に案内してやろう」
「……あんたのような変人が、キロ・グランツェルと知り合いなんだ」
「あまり人様を変人呼ばわりするもんじゃない。お前のようなガキには、理解できないだけさ」
「うん…普通の人間には到底理解できないね」
ファモスの狂人っぷりを目の当たりにしても、一切動じない少女。そんな彼女を知っているかのように振舞うファモスは、茂みに潜ませていた人工生命体を出現させる。
「子供が大人に逆らうものじゃないよ。錬金術は、魔法に応用できる。お前の実力は分かっているつもりさ。血を流させれば、いいんだからな…」
「ハァ…」
十数体のホムンクルスが、少女を取り囲む。異常な思想に、少女は呆れてものも言えなくなった。
「どうだ?大人しく採血に応じるか、私に逆らい傷を負うか…どちらかを選ぶがいい」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるファモスに対し、少女は上目でギロッと睨みつける。そして、落ち着き払った声質でこう告げた。
「ねぇ、もう一つの選択肢が入ってないよ」
「……??」
「あんたを、殺すこと…」
ドサッ…と、何かが一斉に倒れる物音。それに気づいた時には、既にファモスの視界から、活き活きとしたホムンクルスの姿は見る影もなかった。
「なっ…!?」
少女は何もしていない。ぬいぐるみを大切そうに両手で抱えながら、静かに佇んでいる。
人工生命体は、全員血反吐を吐き、その機能を失っていた。何が起きたのか理解できず、流石の〝マッドアルケミスト〟も、この惨状を前に硬直してしまう。
ファモスは何者かの気配を察知し、冷や汗を額に浮かべた。その正体が何なのか…それは、少女に劣らぬ精神力を持った者にしか映らない。
イカれた女を何もせずに黙らせた少女は、
「あっ…第4の選択肢。関わらないこと…」
そう思いついたように言って、ファモスの横を平気な顔で通り過ぎる。
数秒硬直していたファモスがパッと後ろを振り返ると、そこにはもう少女の姿はなかった。
ぎょっとした空気の中、この場に流れていた緊張が一気に解けていく。勇者キロ・グランツェルと行動を共にしてきたファモスは、
「あれは、キロよりも厄介じゃないか…?」
と少女を評価した。
だが、恐れたのは一瞬。人間とかけ離れた思想を持つファモスは、すぐに切り替えて笑い出す。
「ククク……なるほど、この私を軽くあしらうとはな。まあいいさ。もう少しで、あの姉妹の千里眼を喰らい、私は勇者以上の力を手に入れることが出来るのだからな!!」
懲りない性悪女は、気絶したホムンクルスを放置し、グラン街へと戻っていった…。
―――――――――――――――
「到着~!!」
「やっと着いたわね、グラン街!」
丸一日以上をかけ、街にようやく辿り着いた私たち。グラン街は王都と違い、自由に出入りが可能なので、特に検査も無くスムーズに入り込めた。
街並みや規模は至って普通。勇者が居座る街にしては、特に変わった様子はない。言ってしまえば、カギ村の方が盛んなほどだ。
そういえばあれ以来、シャトラから全く連絡がないなぁ…。
――敵の拠点は、少々特殊な場所にあります。勇者の結界が、外部との〝魔力連結〟を阻害しているので、我が勇者共に接触している間は、思念を飛ばし合うことは不可能かと…。進展があれば、こちらから連絡します。
なんて後に伝えられたけど、それも今日の出発前に受け取ったもの。つまり、進展がないか最悪の場合…。
いやいや!ネガティブな事を考えるのは止めよう。シャトラは上手くやってくれている。恐らく、今は外に出られる状況じゃないのだろう。
「うわぁ!人間がいっぱいね~!」
荷台から身を乗り出し、街を見渡すティセル。そんな彼女を目にした街の人たちが、こちらに注目し、驚いた様子で話し始める。
「おい、あれエルフじゃねぇか!?」
「ほんとだ!」
「珍しいな!こんなところに!」
訪れて早々、馬車の後ろに人だかりができてしまう始末。仮にもここは敵の巣窟だし、私としてはあまり注目されたくない。シャトラの作戦が上手くいってれば、私は死んだことになってるし。
調子に乗って手を振り返すティセルを、無理やり引きずり込んで、カナさんに役場まで直行してもらう。
「先ずは、ティセルちゃんの服を何とかしないといけないかもね…」
「服??これじゃ、ダメなの?」
「その服は、その…露出が多すぎて、男連中がすり寄ってきますからね」
「ふーん、そういうもんなのね」
エルフはずっと森の中にいて、世間知らずなのも仕方ない。これ以上目立つわけにはいかないので、馬車を預ける前に、街の服屋へ立ち寄ることにした。
「さっさと選んじゃいましょ!コーデは私に任せて!!」
タオルで耳を隠すように覆ったティセルを引っ張り、ルナが一緒にお店へ入る。せっかくなので、私たちも服を見て行くことに。
「ええっと、これとこれ……あと…うん、これ似合いそう」
服選びに関しては、ルナの右に出る者はいない。私が着る服の殆どは、彼女に選んでもらってるのだから。
試着室で佇むティセルに、パッパと服を渡し、試着させる。その素早さたるや、店員さんが声をかけることすら躊躇してしまうレベルだ。
「うわ~!可愛い!!」
鏡を前に、ティセルは自分の姿に感激する。
際どいエルフ装束の上から、白の肩出しトップスにベージュのミニスカート。耳を隠すため、チャームポイントのお団子はそのままに、少しヘアアレンジも加えられていて、可愛さが爆発していた。
「ま、こんな感じかしらね!」
流石はルナ。ティセル本来の魅力を残しつつ、あまり派手過ぎない色合いを自然に溶け込ませている。
「アリア、アリア!どう?似合ってる??」
「う、うん!すっごく似合ってる。可愛い…よ?」
子供のように無邪気に駆け寄り、距離感を知らないティセルは、私にずいっと顔を近づけた。
その勢いに押されながらも、正直に答える。可愛すぎて、直視できないけど…。
「へへ、褒められちゃった~!」
《服を着ただけで大袈裟でやがりますね…。目的を忘れちゃダメでやがりますよ、ティセル》
「もう、分かってるわよ。でも、これで気合入ったわ!世界ランクが20くらい上がった気がする!」
《それが本当ならいいんでやがりますがね…》
人間にバレないように、レッドはティセルの懐から顔を出す。ちなみにシロの方は、コソコソとユィリスの髪の中に紛れ込んでいた。
◇
その後、一足先に馬車へと戻った私とルナは、他のみんながそれぞれの買い出しをしてる間に、早速新しい服に着替え始める。
リニューアルされた荷台は、左右と後ろ側がしっかり壁で覆われていて、前側も操縦席の背もたれのおかげで、座ったままなら堂々と着替えても問題ない。下着姿で少しもじもじしながら、同じ格好のルナをチラッと見やる。
や、やっぱり直視できない~~~!!いや、直視したら只の変態じゃん、私!
なんて脳内で叫びながら、心臓をバクバクさせてしまう。
「アリア、まだ人前で着替えるの恥ずかしい?」
「え?いや、その…」
「まあ、私はその恥ずかしがってる感じ、すっごく可愛いからいいけど」
「――っ!!?//」
またしても私をドキュン!とさせるルナ。何においても、私はこの子には絶対勝てないのだろうとつくづく思わされる。
下着姿の女の子と二人きりの時点で、私の頭はお花畑。周囲の状況や声など、一切が遮断される。私の悪すぎる癖だ。
何も起こらない筈はなく…なんて、妄想に浸るのは止めにしよう。今はそんなことを考えてる場合ではない。
さっさと着替えようと新しい服に手を伸ばそうとした私は、次の瞬間、勢いよく後ろへ倒れ込んだ。いや、詳しく言えば押し倒されたというのが正解だろう。
――……!!??
何が何だか分からぬまま、思考が停止する。為されるがままの私の体に覆いかぶさり、ルナは耳元で囁いてきた。
「ごめんなさい…。私、どうしたらいいか分からなくて、咄嗟に……」
慌てることも声を出すことも出来ない。体はぴったりと重なり合い、唇に人差し指を押さえつけられている。
ちょ、ちょっとまっ……な、何が起きてるの~~~!!?
完全に、今私は手籠めにされようとしている。色っぽさ満開の下着姿のルナに押し倒されて、気づけば目をぐるぐると回していた。
咄嗟だったからか、お互いの生足が絡み合い、太ももが股の間に押し付けられている。下着越しに鼓動が伝わり、耳に甘い吐息をかけられ、全身が熱を帯び始めた。
これから何をされるのだろう。恥ずかしすぎて、脳が想像すら拒んでいる。
こんな状況に持ってかれたら、もう成すすべはない。少しばかり目に涙を浮かべ、受け入れる準備は万全だと、ルナに視線を移す。
しかしながらこの状況、頭の中がピンク一色に染まっていたのは私だけだったようで、既にルナは別のことに意識を向けていた。
「まさか、こんなところに現れるとはね…」
え…??
神妙な面持ちで呟くルナ。何の事かと、私は冷静さを取り戻し、周囲の声に耳を傾けた。
「今日は、何のご用でしょうか?勇者様」
「いやね…。少し、人を探しているんですよ」
その会話を聞いた途端、私の体に帯びた熱は、一瞬にして冷めていった――。




