第64話 アリアとユィリス
エルフの森に戻ってきた私は、みんなを集めてシャトラの行動について話した。
「シャトラ、先にグラン街へ行っちゃったの!?」
「う、うん…」
あれから色々と考えてみたけど、上手い誤魔化し方が思いつかず、結局曖昧に伝えることしか出来なかった。そんな私に、フランが意地悪そうな表情で深く追求してくる。
「アリアさん、やっぱり何か隠してるんじゃないですかぁ?」
「や、やっぱりって?」
「初めてシャトラさんを家に連れてきた時は、ただの白い虎と言ってましたけど、馬車が精霊に襲われた時に見せた強者の佇まい…あれは、動物が成せる動きではありませんよ」
「うぅ…」
「執拗にアリアさんを慕ってるみたいですし、アリアさんはアリアさんでシャトラさんの強さを分かっているかのような指示を出していたり…。ちょっと引っかかる部分が多かったんですよね~」
よく見てるな~フランは…。
思い返せば、霧の中での攻防は、もはや隠す気ないだろと自分でも思ってしまったくらいだ。このまま有耶無耶にし続けても、己の首を絞めるだけだろう。
「分かったよ。ちゃんと、話すね…」
魔王関連の事柄は伏せつつも、私は観念して、シャトラの境遇を正直に話した。
「シャトラは……本当は魔物なんだ。でもって、勇者キロ・グランツェルの元で、強制的に従わされてたみたいでね…」
「えぇ~~!??そうだったんですか!?」
「昨日、シャトラが村に来たのは、私がいるカギ村を襲うためだった。勇者に命じられてね」
「アイツら、そんなことまで…!?」
「ごめんね…。あの時点じゃ、こっちから勇者に殴り込むなんて考えてもいなかったし、みんなに心配をかけたくなかったから…」
だけど、これじゃ説明不足。肝心の、シャトラが何故私に付いてきたのかが分かっていないままだ。
私はそれと…と前置きし、思い切って話した。
「私とシャトラは、元から知り合いだったの…。昔、あの子が小さい頃にね…凄く流れの速い川で、遊び半分で人間に沈められそうになっていたところを私が助けたんだけど、その事にトラウマを抱えちゃって…。魔物の本能も少しはあったんだろうけど、今でも私以外の人間を毛嫌いしてるんだ…」
これは、粉うことなき事実だ。
シャトラが嫌いなものは、流れる水。それこそ、川を見ただけで、人間に軽い気持ちで溺死させられそうになったトラウマが蘇ってくるのだそう。
私の幹部になると言ったのも、この時からだ。行く当てがないから、ペット感覚で連れて帰った記憶があるけど。
「そんなことが…。というか、アリアちゃん後出し多すぎない!?」
「ほんと、隠すつもりはなかったの。でも、シャトラは魔物だし、人間である私が魔物と仲良くしてたら、おかしいかなって…」
「だから、嘘を…」
シャトラが村に襲い掛かった時、私はついはしゃいじゃったけど、村の人たちの反応は想像以上に苛烈なものだった。
人間と魔物は相容れない。それは、この世界の理だ。
仲良くしてくれるのが私の理想だったけど、そんな一個人の綺麗事がまかり通るほど、世は甘くない。だから、せめて争うことだけはさせたくなかった。
魔物と仲良くする人間なんて、たしかにおかしいだろう。エルフと精霊の関係を目の当たりにするまで、そう思っていた。
今、ハッキリとシャトラとの関係を話すことが出来たのは、人間と魔物は仲良くしていいのだと教えられたからなんだよね。
「シャトラは人間が嫌いだけど、根は凄く良い子なんだよ。一人でグラン街に向かったのも、アィリスさんの現状を誰よりも早く私たちに知らせるためで。だから…ね、あの子の事を嫌いにならない――」
「ア~リア!」
そこまで言いかけた私を止め、ルナは諭すように口を挟んだ。
「みんな、アリアが魔物と仲良くするのを反対すると思う?少なくとも、アリアが仲良くしてるってことは、その魔物に害はないってことでしょ?」
「ルナ…」
「そうそう!小さくなった時のシャトラ、すっごく可愛いもんね~。魔物とは思えないくらい!獣人の里に連れて行ってくれたのに、嫌いになる訳ないよ、アリアちゃん」
「アリアさん、私たちに気を使ってくれていたんですね。でも、問題ありません!どんな魔物であれ、アリアさんの知り合いならば、受け入れる準備は出来ています」
「後で、アイツにお礼を言わないとなのだ」
ルナに続いて、みんなもそれぞれシャトラの事を思って言葉を並べる。
ほんと、この子たちはなんて優しいのだろう。このみんなの温かさを感じ取って、感化されて、シャトラは自ら人間の役に立とうとしてるんだ。
なんだか感動してくるよ。もう、私が元魔王だって隠さなくてもいいんじゃないかとさえ思えてくるなぁ。
「さ、今日はもう寝ましょ。明日は早いんだから」
「うん!!」
心に残っていた隠し事の一つをさらけ出し、すっきりした私は、ホッと安心しながら部屋へと戻っていった。
シャトラの行動を無駄にしないよう、明日は私の全身全霊をもって、勇者共に勝つ。そう、心に刻み込みながら…。
◇
夜更けに差し掛かり、良い睡眠作用を施すかのようにして、一時的に森の大樹が輝きを抑えている。自然に囲まれ、香木のいい匂いに包まれながら、みんな寝静まっていた。
そんな中、隣から微かな唸り声が聞こえてきて、私は目を覚ます。
ベッドがないため、全員が床で雑魚寝状態。右奥から順に、フラン、モナ、ルナ、私、ユィリスと並んでいる。
どうやら、唸り声は左側から漏れているみたいで、気づいた私はすぐにユィリスの方へ寝返った。
寝ぼけ眼で様子を伺うと、ぎゅっと強く目を瞑り、まるで悪夢に魘されているかのような顔をしたユィリスを確認する。
「う~~ん……」
こちらへ顔を向け、横になっているユィリス。口をきゅっと結び、何かを耐えているようにも思える。
嫌な夢でも見ているのだろうか。そう思った途端、ユィリスの口が開く。
「う~ん……全っ然眠れないのだ………」
「……」
そういう表情かい!!なんて、寝ぼけた状態で突っ込める訳はなく、一先ず悪夢に魘されていなかったことに安堵する。
「ユィリス…」
私が囁くように声を掛けると、ユィリスはパッと目を開けた。その際、瞳の奥に輝く銀結晶のような千里眼が、鮮明に視界へ飛び込んでくる。
やっぱり綺麗だな…ユィリスの目。クリッとしてて、可愛らしい。
ユィリスはこちらに気づくと、申し訳なさそうに話しだした。
「アリア…ごめん、起こしたか?」
「大丈夫だよ~。中々眠れない??」
「う、うむ…。明日、朝早く姉ちゃんを助けにいくために、さっさと寝ないとって思うのだが…。そればっか考えて、逆に目が覚めてしまうのだ」
「そっか…。そりゃ、気が気じゃないよね。分かるよ、その気持ち」
「なんかこう…落ち着かないというか、安心できないというか…ん~、よく分からないのだ」
不安げな表情で語るユィリス。恐らく、気持ちに力が入り過ぎて、体が眠ることを拒んでいるのだろう。
だから私は、自分なりに彼女の心を落ち着かせるため、手を差し伸べた。
「ユィリス、手を出してくれる?」
「え…?う、うむ…」
布団から現れた、小さな女の子の手。自分よりも一回り程小さなそれを、私は優しく包み込んだ。
「あ、アリア…」
「大丈夫だよ、ユィリス。お姉さんは必ず、私が救い出すから。安心して、ゆっくり眠ってていいよ。もしかしたら、ユィリスが起きる頃には、もう助けだしてるかも。ふふっ……」
寝ぼけているからか、冗談交じりの言葉が口から飛び出てくる。自ら女の子の手を握り締めていることに意識が向かない程、私は彼女を安心させることに集中していた。
「あ、安心って…これじゃあ――」
「ん?」
「い、いや、その……」
顔を赤くし、目を泳がせる。そんなユィリスの表情に気づかないでいる私は、更に声を掛け続けた。
「もし悪い夢を見たら、私が繋いでる手を通して、助けに行く。それくらい、朝飯前だよ~。だから、辛いときはいつでも言ってね。どこに居ても、私が必ず駆けつけるから…」
目を瞑り、朦朧とした意識の中、思いつく限りの言葉を紡ぐ。
変な事言ってないかな…。多分、大丈夫。
繋いだ手に、少し力が加わる。私の手を握り返したユィリスは、緊張した様子で答えた。
「アリアの手、温かいのだ。すっごく、安心する…」
「えへへ~、そう、かなぁ……」
口に出してるのか否かも判断できないレベルで、もう私の意識は沈みかけていた。薄っすらと、こちらに優しく笑いかけるユィリスの表情がぼやけた視界を覆い尽くす。
大丈夫そうかな…。眠れると……いい、な………。
可愛い笑顔を最後に、私は寝落ちてしまった。
「もう、なんだよ…。こういう時、真っ先にお前が緊張して、私がからかって…。でも…今は、逆なのだ…」
少しずつ瞼が落ちてく中、ユィリスは私の寝顔を覗き込む。
「ほんと可愛いな、こいつ…。顔だけじゃなくて、全部なのだ。私をおかしくさせた責任、きっちり取ってもらわないとな」
そして一呼吸置き、
「一生のお願いなのだ。私の世界でたった一人の姉ちゃんを、助けてくれ…。もし、この戦いでみんな無事に帰ってこれたら、お前の事…いっぱい聞かせてもらうのだ。それと、今まで以上に沢山の意地悪をしてやる。覚悟しとくのだ、アリア………」
もう片方の人差し指で、私の頬をつっつきながら、ユィリスは最後に柔らかな口調で思いを伝える。切ない感情を、押し殺すように…。
私たちは手を繋ぎながら、深い深い悪のない夢の中へと落ちていった。
◇
翌日――。
太陽が昇り始めて間もない時間帯。エルフたちがまだ眠っている中、私たち5人は外へ出る。
女王様へは、カナさんが事前に話をしてくれたので、すぐ旅立つことは了承済みだ。私たちも、軽く挨拶をしてきた。
行商人の馬は、今日も気合十分な様子。疲れているだろうに、本当感謝しかない。
荷台の方は、昨日精霊たちが魔法で作り直してくれたみたいで、大きめにリニューアルされている。中に、箱いっぱいに入った食料が二箱分乗せられていた。
お邪魔させてもらった身なのに、何から何まで申し訳ない。
ティセルは、まだ寝てるだろう。この一件が片付いたら、改めてお礼を言いに来ないとね。
「じゃあ、みんな準備は良い?」
「はい、お願いします!」
ゆっくりと馬車が動き出し、来た道と反対方向へ進んでいく。目指すは、勇者キロ・グランツェル率いる外道共の巣窟、グラン街だ。
相手は腐っても勇者。絶対に油断はしない。必ず、とっちめてやる!!
人間界を震撼させる戦いの幕が開けようとしているが、私自身はそんな深く考えていない。とにかく、アィリスさんを救い出せれば何でもいいのだから。
「姉ちゃん、待ってて…」
この時、私たちは気づかなかった。
「う~ん、むにゃむにゃ……」
《……》
《……》
食料が入っている筈の箱から漏れ出る寝息と、荷台から漂う精霊二人の気配に…。
いよいよ、敵の本拠地に突入です。※既存のキャラ&新キャラの掛け合いがメインになりそうですが…。




