第62話 精霊の悲劇とエルフの歓迎
エルフの森…その最大の特徴は、何といっても中央に聳え立つ巨大な大樹。地中に伸ばした根から、栄養だけでなく自然魔力も吸い上げ、自ら光源と化し、神聖な光を纏っている。
「樹齢1000年!未だに成長を続けている、エルフの森のシンボルよ」
「お~!」
「近くで見ると、迫力が凄いですね~!」
大樹の真下に案内され、その壮大さに感銘を受けた。
凄いのは外見だけでなく、空洞になっている大樹の中も、自然と一体化したエルフたちの楽園となっている。ティセルが事前に説明してくれたおかげで、私たちは客人として、快く迎え入れてもらった。
「エルフの森へようこそ~!」
「楽しんでいってね~」
「まあ、可愛い子たち!!」
美しい女の子たちに囲まれて、無意識に心が躍ってしまう。鼻の下を伸ばして、下心を露わにするなというのは無理な話だ。
そうか、ここが人間界の〝パラダイス〟。選ばれし者たちのみが踏み入れる、桃源郷なんだ!
「大樹の中は、巨大な螺旋階段状になってて、大樹から分かれている枝へ向かうための層が内部にいくつもあるの。枝には、エルフたちの住処が木の実のようにぶら下がってるわ。安全性は十分よ」
ティセルの説明を耳に入れつつ、上へ通じる階段をひた進む。
枝にぶら下がる住居にどうやって入るのか疑問であったが、なんと各層に簡易的な〝テレポート〟機能を伴う魔力装置が配備されており、認証済みの者の部屋へ一瞬で飛べる設計になっているようだ。
自然から恵まれる魔力を応用した、エルフの森ならではの画期的な機構。これにもかなり驚いた。
基本的に、多くのものは丈夫な木材や大きな樹葉で形作られていて、自然を大切にしてる様子が伺える。ここで生活している者たちは皆、かなり充実した生活を送っているように思えた。
「みんなには枝の方じゃないけど、三層目の〝下宿層〟に泊まってもらう予定よ。その前に、最上層のママがいる場所へ案内するわ。カナさんの知り合いだから、きっと会いたがってると思う」
「もしかして、そのママって…」
「エルフの女王ってところかしらね。まあ、私と同じように気軽に話してくれていいから」
十数分かけて、大樹を登り切った私たちは、最上層の女王の部屋に辿り着く。大きめの木の戸を開けたティセルは、私たちを中へ招き入れた。
奥の台座に堂々と座す、貫禄のある女性。入って早々、その威厳に溢れる様相が、私たちに少しばかり圧をかけてくる。
「ママ、もう耳に入ってると思うけど、この人たちがカナさんの知り合いよ」
「ああ、そうかい。よく来たね…。まあ、勝手に寛いでくれたまえ」
巨乳を開けさせ、セクシーな装束で足を組み、色気を前面に出しているティセルの母親は、ゆる~く挨拶をした。加えていたパイプ煙草からポクポクと煙を出しながら…。
凛としたティセルとはまた違った、強い精悍さを感じる。何と言うか、大人なカッコいい女性を体現しているかのような人だ。
「急にお邪魔させてもらって、すみません」
「いいさ。ロッジは十分空いてる。世話になってる行商人の知り合いなら、いくらでも泊っていけばいい」
そう女王様は素っ気なく言う。その際、妖艶な口元から吹かれる煙が部屋に充満した。
「怖いのは、見た目だけでしょうかね…」
誰もが心の内に留めていたことを、私の耳元で囁くフラン。私は普通だけど、あまり見ない女性の風格を目の当たりにして、みんな無意識に気を張っている。
「あーあと、ウチの精霊共が色々と世話になったようで…。まあ、許してやってくれ。人間があんな馬鹿なことをしなけりゃ、アイツらも気楽に人間と分かり合えるだろうにな…」
声のトーンが自然と下がってしまう女王様。ティセルも精霊たちの事を思ってか、少し俯き気味になる。
精霊は人間嫌いだと聞いてたけど、その原因はよく分かっていない。どれだけ人間を忌み嫌っているのかを目の当たりにした私は、気になって尋ねてみた。
「その、精霊が人間を嫌い始めた理由って…」
「なに、単純な事さ。人間が、自分たちの私利私欲のために森を荒らした事がきっかけだ」
そして、女王様はその経緯について詳細に語ってくれた。
「40年程前だったか。人間の中でも異様な〝闇〟を抱えたとある一族が、森に踏み入ってな。執拗に、ここら一帯の自然を荒らし尽くしたのさ。奴らはこんなことを言っていた…『我らの血筋から、勇者を誕生させるのだ』と」
「酷い…」
闇、そして勇者というワードを聞き入れ、私は目を細める。良からぬ推察をしてしまったが、思い違いの可能性もあるので、一先ず最後まで聞くことにした。
「奴らは、人間界では嫌われ者の一族だったらしい。他人の住処を平気で荒そうとする性悪だからな。当然だろう。そんな奸悪共から勇者が生まれるわけがない。だが、奴らは何から情報を得たのか、この森から供給される自然魔力を腹に宿した赤子に吸わせれば、勇者レベルの人間を誕生させることが可能だと言い張った」
「……」
「奴らは勇者を生みだすのに最適な場を探し出すためか、森を荒らして回り、精霊共の生活を奪っていった。そして、突出して豊富な自然魔力が発生する地帯を見つけ、そこで子を腹に宿した女を中心に〝魔法陣〟を描き、訳の分からぬ儀式を始めたのさ」
儀式…?
私は更に嫌悪感を示した。
この世に生を受ける者へ、祝福という名の魔力を与える儀式があることは知っている。でも、その発祥は〝魔界〟で、本来人間界にはもたらされることのないものだ。
つまり、森を荒らした人間たちは、どういう訳か魔界と通じていたことになる。
魔界…魔族…。最近、それらと繋がりのある奴をレアリムでぶっ倒した記憶が新しいけど、まさか…。
「儀式が終わった頃には、騒ぎを聞きつけた勇者が次々と反逆の人間を捕えていった。だが、その捕らえた者の中に、子を宿した女の姿はなかったのさ…」
「……」
「で、森を荒らされた精霊共は激怒した。二度と人間を森に踏み入れないと結界まで張ってな…。今はそこまで厳重には警戒してないみたいだが、当時は近寄ってきた人間を殺す勢いで魔法を放ち、怪我で済むなら安い程に恨みを募らせていた。まあそんな背景があって、今に至る…。アイツらの気持ちも、少し汲んでやってくれ」
「そんなことがあったんですね…」
この森が狙われたのは、人間界でも指折りの自然魔力が豊富な地であったからだろう。
恐ろしいのが、儀式を受けた母子共に消息が不明であったこと。未だに生きているとすれば、産まれた子は今頃、勇者級の強さと闇を同時にもらい受け、どこかに居座っている可能性がある。
まあ、40年以上も前の話だし、あくまで可能性の話ではあるけど…。
「精霊があんな態度になるのも無理ないわね」
「寧ろ、モナたちに対する魔法は優しい方だったのかも…」
今の話の中で、少し引っかかる部分はあったものの、漠然としたものであったから、これ以上は深く踏み込まなかった。
以前の、人間とも仲良く心を通わせていた精霊が存在していた頃を想像し、胸が痛くなる。それは、私が魔王であった時から望んでいたこと。それを壊したのが人間側なのだから、ほんとにやるせない。
「んっと…その、アリア?」
「え?」
気難しそうな顔で唸る私の顔を、ティセルが覗き込んできた。
「いや、なんか怖い顔してたから…」
「ほ、ほんとに!?」
客観的に言われて、焦りながら自分の顔をさする。昨日今日で色々考え過ぎたのもあってか、無意識で不快感を表に出してしまっていたようだ。
すぐに深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「これで、どう…かな?」
「うんうん。可愛い顔に戻ったわ」
「かわっ…!!?」
無自覚に私を動揺させたティセルは、ささっと部屋の扉に向かう。
「私も、精霊たちの事を思うと悔しい気持ちでいっぱい…。それでも一部の奴らのせいで、人間と一括りにされて、あなたたちのように優しい人間が森に遊びに来なくなるのも悲しいの。今はまだ難しいかもしれないけど、次期女王である私が、なんとか折り合いをつけられる方法を探していくつもりよ!」
「ティセル…」
「ふん、言うじゃないか。半人前が…」
笑みを零しながら、女王様は満足げに煙を吐いた。ティセルの主張に後押しされる形で、私たちも明るく振舞う。
「難しい問題かもしれないけど、今回の件が片付いたら、私たちも精霊と人間の関わりについて、一緒に考えていけたらなって思うよ」
「そうね!」
「はい!」
私の言葉に、ティセルは驚きつつも大喜び。
「ほんとに!?ありがとう、アリア~!」
そして、押し倒すような勢いで私に抱きついてきた。
なっ……!??とみんなが反応する声は、私の耳に入らない。露出が多い服装だからか、女の子の柔らかいふにっとした触感に包まれ、幸せハピネス状態だ。
「それじゃ、ママ!みんなをロッジへ案内してくるわ」
「ああ」
私を悩殺したティセルに続き、部屋を後にする。なぜか頬を膨らますモナに腕を引っ張られ、私だけ強引に外へ連れ出されたのだが…。
◇
いくつか層を経て、三層目。来客用の部屋が並ぶ下宿層へやってきた。
大樹独特の自然な香りが充満した、見晴らしもいい好待遇な部屋。既に布団が床に用意されていて、5人で過ごすには十分すぎる空間を提供してもらった。
「晩御飯もまだだって聞いて、少しだけど用意したわ。まあ、殆ど森で採れた木の実を使ったデザートだけど」
お~~!!と、みんなしてエルフの食事に釘づけになる。
色とりどりの木の実が盛られたケーキに、果物いっぱいのプリンアラモード。木の実を絞って作られたソースがたっぷりかかったひんやりムース。アイスが乗った巨大なパフェ。
エルフのパティシエが、次々と紹介してくれる。ごくりと唾を飲みこみ、高級そうなスイーツに、遠慮なく目を輝かせてしまう。
「こ、これは…暫くは甘いもの禁止になるわね…」
「うわ~、どれから食べようかな~!」
「ふむ、盛り付けも参考になりますよ、これは…」
みんなが盛り上がる中、私は目の前に置かれた一皿に注目した。
ホワイトチョコレートが丸いクッキーの上に満遍なく敷き詰められたもので、添えられた木の実がまるで動物の耳のように見える。お好みでかけるチョコソースを追加して、私は見知った猛獣を描いた。
「見て見て、ルナ。これ、シャトラに似てない?」
「あ、かわい~!アリア、センスあるじゃん!」
「えへへ……って、あれ?」
そこまでのやり取りを経て、私はようやく忘れていたペットに気づく。
「「「シャトラどこ行ったの!!??」」」




