第61話 心のざわつき
「もう、あまり無茶しちゃダメよ?いくら強いからって…」
「う、うん…。ごめんね、心配かけちゃって」
精霊たちとも和解し、故意に怪我をしてしまった私は、ルナと向かい合って座り、軽いお叱りと傷の手当てを受けていた。
荷馬車に置いてあった救急箱からコットンを取り出して、そこに魔力を含んだ薬を塗り付けたルナは、傷口の消毒をする。回復したわけではないので、後は粘着性のある薄っぺらい布を傷跡に張ってもらい、完治するのを待つのだそうだ。
施されている間、自ずと顔が近くなり、ドキドキしてしまっていた私。顔を赤くしてるのがバレないように俯いていたけど、
「ほ~ら、下向いてちゃ消毒出来ないでしょ?」
両手で頬っぺたを掴まれて、益々キュン…!とする展開に。終始見つめ合う形で、ルナから優しく丁寧な応急処置をしてもらった。
やっぱり、世話焼き上手でルナの右に出る者はいない。同い年なのに、なぜこうも憧れてしまうのだろうか。
可愛いから、美しいから、綺麗だから、あとあと……。
こうして、ルナに優しく手当てしてもらうのは凄く幸せなんだけど、私のために手間をかけさせるのは申し訳ない。その旨を伝えようとしたら、先にルナの口が開いた。
「ねぇ、アリア。今、こんな手当受けなくても、回復魔法かければいいじゃんとか思ってるでしょ」
「え?い、いや、思ってないよ!」
「ほんとに?」
「ほんとだよ!やってもらってるのに、そんなこと…。申し訳ないなとは、思ってるけど」
再び俯く私を見て、ルナはクスリと笑う。そして、この治療の意味を答えてくれた。
「普通に考えたら、回復魔法の方がいいに決まってるわ。でも、そんな易々と回復されたら、またアリアは簡単に自分を犠牲にしちゃうでしょ?」
「それは…」
「アリアがあんな魔法を喰らっても大丈夫なのは分かってる。分かってるけど、私だってアリアは大切な友達なの。傷ついてるところも、ましてや私たちを庇って怪我を負うところも見たくない」
「ルナ…」
「だから、これは忠告よ。私はしたいからやってるだけだけど、アリアが申し訳ない気持ちになるなら、軽々しく犠牲になるような真似はしないで。次そんなことしたら、どんな大きな怪我でも、私が全部手当てするんだから」
と、ルナは気合を入れるように言った。
誠意を見せるのはいいけど、自己犠牲の精神が強すぎるあまり、みんなを悲しませることになったら元も子もない。最初の矢は仕方なかったにせよ、その後の発言は良くなかった。
そうだよね。みんな心も体も強い子たちだもん。もっと頼りにすべきなのかも。
「うん、ありがと…ルナ」
はにかんで言った私に、ルナも笑顔を返してくれた。
◇
温かい施しを受けたところで、私たちはエルフの王女―ティセルから話を伺う。最初に出会ったエルフがまさかの王女様だから、これにもびっくりだ。
「エルフの森へようこそ!王女っていうのは肩書きだけだから、気軽に接してくれて構わないわ。同じくらいの歳みたいだしね!」
元気よく言って、ティセルは私にぐいっと顔を近づけた。
間近で見ると、その妖艶さに目が釘付けになってしまう。子供でも、大人な色気を持ち合わせているのが、エルフの魅力の一つなのだろう。
エメラルドグリーンの輝きにも劣らない麗美な緑髪。頭部に二つのお団子を作ったような髪型で、そこから腰辺りまで細長く髪が伸びている。
濃緑色の瞳に凛とした目つき。それでいて、幼さの残るほんのりと赤く染まった頬に、丸みを帯びた顔つきが特徴的である。
身長は私と変わらない。肉付きが良く、細すぎない程度の体型が露出の多い服装から見て取れる。
白色を基調とした水着のようなものの上から、透明な羽衣とスカートを見に纏ったもので、中々際どい。髪から突き出た細長い耳も相まって、まさにキラキラとした妖精の姿であった。
あまりに美しく、見入ってしまったのもあって、ワンテンポ返答が遅れてしまう。
「よ、よろしくね、ティセル」
「さっきの、『でやがります~』って変な語尾の精霊は、私の〝バディ〟でね。ここに来る途中の森でも悪戯してたみたいで…。後でキツく言っておくわ」
「全然大丈夫だよ。それより、バディって?」
「ああ。精霊っていうのは、人と〝契約〟を結ぶことが出来るの。メリットは色々あるけど、単純に強くなれるからっていう理由で契約する人が多いわ。お互い合意の元でだけどね」
「精霊って、そんなこと出来るんだね」
「彼らは魔物だけど、エルフとは代々仲が良くて、私たちの殆どが精霊と契約してるわ。森を守るために、協力するって感じで」
魔物であるのに、亜人であるエルフと仲が良いのは非常に珍しい。人間界にしか生息してないから、私の記憶にもなかった訳だ。
自分だけのパートナーって、なんかいいよね~。恋人とかとはまた違う特別な関係だろうから、憧れるな~。
そして、ティセルは私たちの目的について尋ねてきた。
「そうそう。カナさんから聞いたんだけど…あなたたち、グラン街に行きたいのよね」
「うん。でも、馬車が…」
乗ってきた馬車は、荷台が破損し、無数の木片と化してしまっている。〝物質改変〟で修復は可能だけど、その荷台を引く馬がびっくりして動けなくなってるから、無理矢理走ってもらう訳にもいかない。
どうしたもんかと悩んでいると、
「ほんと、どう詫びたらいいか…。でも、森を抜けてグラン街までの道は険しいから、夜に行くのは危険よ。今日は、ここに泊っていって」
そうティセルが提案してくれた。
「え、でも…」
「これくらいはさせて欲しいの。それとも、その…結構大事な用事だったりする?」
「……」
私たちは顔を見合わせる。
移動手段を失ったとはいえ、ここでのんびり過ごしてる間にも、アィリスさんが何をされているのか、分かったもんじゃない。ユィリスだって、気が気ではない筈だ。
ふとユィリスの方を見やると、彼女はなぜかボーっとして、ずっと私の方を凝視している。今の今まで会話が耳に入っていないのではないかと思われる程に…。
「えと…ユィリス?」
「へ??」
私が声を掛けて、ようやく反応を見せる。思えば私が矢を喰らった時から、どこか上の空だった気がして、ちょっと心配になった。
「いや、へ?じゃなくて。その、大丈夫?」
「え、あ…お、おう!何か変だったか?」
「だって、ずっと心ここにあらずって感じだったから…」
「そ、そんなことないのだ!話はちゃんと聞いてたぞ」
「ほんとに?」
「勿論!馬車が壊れたのなら仕方ないのだ。明日、街に向かうしかない。目は見えなくても、姉ちゃんはやるときはやるんだぞ!」
腰に両手を置き、ユィリスは無理して胸を張る。余計に心配かけないよう、振舞っているようにしか思えない。
「そりゃ、今すぐ行ってやりたい気持ちは山々なのだ。悔しいが、今はここで明日になるのを待つしかないだろう。私は信じてるのだ。姉ちゃんは、無事でいることをな!」
「ユィリス…」
「エルフは森の外に出ることがなくてね。馬車とか、大人数を乗せられる移動手段がないの。ごめんなさい…」
「ティセルが謝ることじゃないのだ。明日、朝一に行けばいいのだからな!」
不安を感じていない訳ではないだろう。強がっているのは、話し方や態度で伝わってきた。
それでも、私たちに気を遣わせまいと、ユィリスはいつも通りの明るさを振り撒く。どれだけ私たちが心配そうに接しても、それを貫くのが目に見えていた。
「……分かった。じゃあ、明日すぐに向かおう!私も、アィリスさんの無事を信じてる!」
「うむ、信じてろなのだ!」
ということで、再出発は明日に決まった。今日は中間地点であるエルフの森で、一夜を過ごすことに。
「色々話したいことはあるけど、一先ず森を紹介するわ。付いてきて」
ティセルに続き、私たちは早速エルフたちの住処へと足を運ぶ。
「アリアちゃ~ん!私は馬を安全なところで寝かせておくから、先に行ってて~!」
とカナさんが馬を落ち着かせながら、こちらに手を振った。
その周りでは、私たちに悪戯してきた精霊たちが、渋々壊れた荷台を片付けている。ティセルに大目玉を喰らって、夜中まで働かされるらしい。ちょっと可哀そう。
ん?そういえば、何か忘れているような…。まあ、いいか。
この場にいないペットの存在を完全に忘れていたが、そこまで気には留めなかった。
―――――――――――――――
先程、なぜユィリスがボーっとしていたのか。この時、今すぐには助けに行けないお姉さんのことを心配して、間が抜けたような様子を見せていたのだと、アリアは思っていた。
「アリア…」
みんなが森へ入っていく中、後方にポツリと佇むユィリスは、自分を庇ってくれた女の子の後ろ姿をじーっと眺める。
――打つのは私だけにして。みんなを傷つけることだけは、絶対にさせない!
どうして?なぜ??分からない…。
いくら友達だからって、そこまで自分を犠牲にできるものなのだろうか。あんなに、他人の姉を心配してくれるものなのだろうか。
分からない…。
自分だったら…と、ユィリスは心の内に尋ねる。
(あの時、私を守ってくれたんだよな…アリアは)
心がざわつく。こんなことは始めてだ。
異常なほどに強いし、優しい。人生何周したのだろうと思えるほどに強い心・精神。それでも、女に弱いという大きな欠点もあって。
一体、彼女はどんな人生を送ってきたのだろうか。誰も聞こうとしないから、知らぬままであったけど…。
知りたい。もっと、彼女の事を分かりたい。
(って、私は何を思ってるのだ…!!姉ちゃんが大変な時に…!)
アリアで一杯になった脳内をリセットするように、頭をブンブン振る。
初めて抱いた人に対する感情の正体が分からぬまま、ユィリスは小走りでみんなの後に続いた。
《あの人間…心が凄く乱れてる。何か、力になってあげられないかな…》
その更に後ろから、真っ白で気弱な精霊―シロが、無理に強がるユィリスを心配そうに見つめる。声も何もかけられないまま、取り敢えずその後を付いていくことにしたのであった。




