第57話 もういい
「半年前、この村を出て行ったのは、強くなるためもあったが、頃合いかと思って姉ちゃんの千里眼を奪い返しに行きたかったからなのだ。でも、全く足取りがつかめなくてな。まさか、アイツが今騒ぎを起こしてる勇者パーティの仲間だとは思いもしなかったけどな~」
アィリスさんの光を奪った時は、自分を『錬金術師』とは名乗らなかったのだろう。レアリムの時、度々錬金が関係してると話していても、ユィリスが察せなかったわけだ。
そんなことより、ここまで話の通じない人間が存在するのかと、話を聞いてるだけでフラストレーションが溜まっていく。
人間であることすら怪しい。少なくとも、アィリスさんが最後に見た景色を聞いた限りでは。
私たちが神妙な面持ちで黙っていると、ユィリスはいつも通りの笑顔で明るく振舞う。
「これで話はお終いなのだ!そんなしんみりとするな。大丈夫!治せる根拠はないけど、姉ちゃんの目は私が元通りにするのだ」
椅子から勢いよく立ち上がり、ユィリスは宣言する。迷いのない自信に満ち溢れた性格が、その目に現れていた。
「ユィリス、その…アィリスさんの千里眼を取り戻すのを、私たちにも――」
「あ~!!そうだ、姉ちゃんに顔を見せに行かないとな!」
私の言葉を遮って、ユィリスは玄関へ向かい、外に出ようとする。「ちょっと…!」というルナの静止も聞かずに、家を飛び出して行ってしまった。
残された私たちは、今のユィリスの様子について話し合う。
「ユィリスちゃん、ちょっと強がってるように見えた…」
「私も、そう思います」
「あの子、昔から気を落とすような性格じゃないのよ。ポジティブとはなんか違って、人前では絶対に悲しんだりしないから、さっき錬金術師の名前が出た時の反応を見て驚いちゃったわ。まさか、お姉さんにそんなことがあったなんて…」
ルナの口ぶりからするに、ユィリスはアィリスさんに起こった悲劇を今まで誰にも打ち明けることなく過ごしてきたのだろう。
一人で姉を支えて、強くなって。誰にも助けを求めずに。
でも、そんなユィリスが私たちに話したってことは…。
「もう、つくづくムカつきますね。勇者もその錬金術師も…。いっそ、奴らの本拠地に乗り込んで、懲らしめてやりましょうよ!!」
ガツガツと残った食事をやけ食いするフラン。こんなにも、瞳の奥をメラメラ燃やしている彼女を見るのも珍しい。
全員、意思は同じのようだ。私はコクリと大きく頷き、立ち上がる。
「うん。取り敢えず、ユィリスのお姉さん…アィリスさんの元へ行こう。ユィリスに、確認したいこともあるから」
◇
昼食を素早く済ませ、私たちはユィリスを追うようにアィリスさんの自宅へと向かった。
その道中、村が異様にざわついていたことが少し引っかかったものの、特に急ぎはせずに家の前まで辿り着く。そんなダラダラしている間にも、事態が何の因果か、悪い方向へ進んでいたことに気づきもせず…。
「ここが、アィリスさんの家ね」
「うん」
私たちがついてきたら、ユィリスは嫌だろうか。姉妹水入らずで話をさせたいとは考えたけど、あのユィリスの事だから、何か無茶をしかねないかと心配になってしまった。
二人で話をさせてくれと言われたら、一旦家へ戻ろう。
そう思いながら、玄関の戸を軽く叩こうとした瞬間、
「えっ…!?」
勢いよく扉が開き、中からユィリスが燎原の火の如く飛び出してきた。
俯いているから、表情はよく汲み取れない。
私たちにも気づいていない様子で、そのまま何処かへ走り去る。引き止める間も与えなかった。
「ユィリス!!……どうしちゃったの?」
余計なお世話だと言われるだろうが、ここまで来たのに引き返せない。何があったのかと、私はすぐに中へと入り込んだ。
「アィリスさん!アリアです!一体何が――」
玄関から声を掛けた私は、部屋の奥の方で壁に寄りかかって倒れている誰かを視認。傷を負っているようで、苦しそうな形相で腕を押えている。
「えっ…カナさん!!?」
なんとそこには、アィリスさんの仕事仲間であるカナさんの姿が。朝の買い物から、ずっとアィリスさんに付いていてくれてたのだろう。
カナさんは私に気づき、助けを求める。
「アリアちゃん…だっけ?た、大変なことになったわ…。アィリスちゃんが…」
イマイチ状況が読めないけど、真っ先にカナさんの傷を癒そうと駆け寄った。軽症であるものの、何やら〝爆発〟を喰らったような焼け跡から、痛々しく出血している。
「アィリスさんに、何かあったんですか?」
「あれを……」
冷静になって尋ねると、カナさんは震えた手で私の後ろを指差す。そちらに振り返った私は、ゾッと鳥肌を立たせた。
「なんで、ここに…!?」
部屋の隅に、もう一人…いや、一人と数えていいのかも怪しい。そんな機械じみたボロボロの人間が、力尽きたように床へ伏せている。
「アリアちゃん、これって…!」
昨日の今日で、また目に入れることなど微塵も思っていなかった。すぐにモナも気づいて、眉間に皺を寄せる。
「うん、ホムンクルスだよ…」
「これが!?」
大人よりも一回り小さい機械人形。火花を散らすように気絶しているそいつをよく見ると、既視感を覚えた。
こいつ、昨日いた奴だ…。
それも、意思のあるこいつらを先導していたファモスが、外部に音声を伝えていたメイン機体のよう。
気になりはするが、それよりもここにアィリスさんの姿がないことが疑問だ。色々と思考を張り巡らせる中、回復を施したカナさんが状況を説明してくれる。
「ありがとう、アリアちゃん。魔法使えるなんて、びっくりしたよ。って、今はそれどころじゃないか!」
「……」
「さっきまで、私とアィリスちゃんは普段通り、ここでゆっくり過ごしていたわ。雑談したり、ご飯食べたりね。そんな時、こいつともう一体のロボットが、家の窓を割って入ってきたの。もう、パニックで…。それで逃げる間もなく、アィリスちゃんが連れ去られちゃって…」
「えっ…!!?」
理由も何も思い浮かばず、頭の中が真っ白になる。そもそも、こいつらホムンクルスが不法にカギ村へ侵入できたことが理解できない。
いや、そうか…こいつらは魔物でも魔族でも、ましてや人間であるかも疑わしい。私の結界に引っかからないのも納得だ。
想定外の事態に混乱状態の中、恐る恐るホムンクルスに近づいていたフランが何かに気づく。
「あの、ホムンクルスから僅かに声が聞こえます!」
「ほんとに!?」
すぐに近寄り、全員で耳を澄ませる。
《………たしの事を覚えているかね?あの時の妹よ。あれから研究を重ねたが、姉の千里眼だけでは上手くいかなくてねぇ。調べてみたが、お前たちは『ノワール』の末裔らしいじゃないか。だから私は待っていた。お前も、もしかしたら千里眼を持つのではないかとな。案の定、昨日の夜にお前は千里眼を披露してくれた。神霊族だけでなく、お前も釣れるとは思いもしなかったが、これもまた、私が研究者として天が与えてくれた賜物。ぜひ、お前の千里眼を研究したい。
こちらから迎えに行ってやりたいが、私も忙しい身でね。拉致した姉を返して欲しくば、研究に協力するのだ。変な対抗心を抱くのはやめておいた方がいい。私のバックには勇者がついているのだから…。ククク…人間界南東『グランツェル領』にある〝グラン街〟で待っているぞ。………私の事を覚えているかね?》
音声は録音されているようで、その後は同じ内容を繰り返している。
こんなことになるなんて、思いもしなかった。
モナの件で一段落した後、完全に油断して、倒したホムンクルスの処理を他の冒険者に任せてしまった私にも原因がある。それを加味しても、偶然が重なり過ぎて、その〝天〟とやらに呆れすら覚えてしまう。
「連れ去ろうとしたロボットを止めようとしたんだけど、私は爆発に巻き込まれて…。妹ちゃんは、その音声を聞いた途端、外へ飛び出していったわ…」
と、カナさんは申し訳なさそうに告げる。
「アリア…」
怒りに震える拳。今にも、このホムンクルスを音声ごと破壊しそうになる私を落ち着かせるよう、ルナが声を掛けてくれた。
もういい…。分かったよ。お前らがそのつもりなら、もう手段は選ばない。
どれだけ人を見下し、ぞんざいに扱えば済むのだろう。とてもじゃないが、同じ人間だとは到底思えない。
モナやユィリスだけじゃなく、他の人間だって同じ目に遭ってる可能性だって考えられる。これ以上、奴らの好きにはさせられない…。
「みんな、ごめん…。私、もう我慢の限界だよ」
「アリアちゃん…」
「村の事も、友達の事もあるし、こっちから仕掛けて不利になるようなことはしたくなかった。出来れば、みんなを巻き込みたくないんだけど…」
「……」
私は、ハッキリと言葉にする。
「今から、グラン街に乗り込んで、勇者パーティとそれに加担する奴ら全員を打ちのめす!!止めたって無駄だよ。私一人でも――」
「ア~リア!」
横からルナにぎゅぎゅっと包み込まれ、何を言おうとしたか一瞬で頭の中から吹っ飛んだ。
少し興奮しすぎたのかもしれない。いつだって、ルナの抱擁は私を心の底から落ち着かせてくれる。
「落ち着いて、アリア。みんな、同じ気持ちだから…」
甘い香りに包まれながら、みんなの方へ振り返ると、フランもモナも志気を高めたような表情で大きく頷いてくれた。私も答えるように、笑みを零す。
「勿論、我もです」
「あ、シャトラいたんだ…」
「グサッ!!?」
今まで空気だったシャトラも、返事をしてくれる。しゅん…って言って落ち込んじゃったみたいだけど。
覚悟が決まったところで、ユィリスを探しに行かなきゃ。と思って歩き出そうとしても、体が動かない。
「ぎゅ~」
「……」
「ぎゅ~!」
「え、ええっと…る、ルナ?その、もう私落ち着いたから――」
「ぎゅ~は?」
ルナが、ちょっと意地悪気味な表情で目を合わせてくる。
ドキドキしてるだけじゃ、離してくれないらしい。ふにゅっと大小二つの胸が重なり合う中、私も平静を装いながら、ルナの要求に応える。
「………ぎゅ、ぎゅ~」
「ぎゅ~~~!!!」
凄く幸せそうだ。私もだけど!!
こんなことしてたら、フランが真っ先に反応してきそうなもんだが(モナはちょっと羨ましそうにこっちを見てる)、ちょうど彼女は別の事に目を向けていた。
「ふむふむ…この音声機器、何かに使えそうですね。一応、取り外しておきましょう」
勝手にホムンクルスから何かを取り出し、懐にしまい込む。私は興味ないから、気に留めもしなかったけど。




